第63話 深層中部攻略会議
翌朝、赤狼亭の一階では、蒼天の軌跡の面々が朝食を取っていた。
だが、いつもと少しだけ空気が違う。
「……」
セレナがリオのお土産のペンダントを胸に着け、少し赤い顔をしていた。
リオは無邪気にセレナに呼び掛ける。
「あ、セレナさん!早速つけてくれてるんですね!」
「嬉しいです!とても素敵です!!」
それを聞いたセレナは戸惑いながら答える。
「そ、そう? ありがとう。似合ってるかしら?」
「はい!セレナさん、すごく綺麗です!」
その瞬間、セレナの顔はこれ以上ないほど真っ赤になった。
そして、その様子を──
ミアがじーっと見ていた。
レオルは面白そうに肩を震わせている。
ドルクはいつも通り無表情だった。
リオだけが、本当に何も分かっていなかった。
「セレナさん?」
「熱でもあるんですか?ちょっと顔が赤いですけど」
「……いえ。これは違うわ。気にしないで」
セレナは即答したが、少し返事が硬い。
ミアは頬を膨らませてよこから割り込む。
「へぇー?」
「な、何?」
「べっつにー?セレナは確かにすごく綺麗だもんねー」
「ふーんだ、リオの馬鹿」
リオは困惑していた。
「え?」
「お、俺、またなにかミアを怒らせるようなことを言ったのか?」
レオルが吹き出す。
「お前、本当にすげぇな……」
「なにがですか!?」
さらに笑いが起きた。
そんな空気の中、セレナが小さく咳払いする。
「……こほん」
「そろそろ真面目な話へ戻りましょう。深層中部の攻略についてです」
空気が引き締まった。
リオも表情を変える。
「はい」
セレナは続ける。
「以前少し説明しましたが、五十一階層以降は深層中部と呼ばれる領域」
「ここからは……なんと説明すれば良いのか難しいですが」
「いわば、別世界になります」
「別世界……」
リオが呟く。
「ちなみに、アグレス坑道では、五十階層には階層主はいない」
「なのに、五十一階層からが深層中部とよばれるのには理由がある」
「俺達も最初は五十階層が深層上層の最終層だということで警戒していたんだが、強敵がいなくて拍子抜けしたくらいだ」
「四十五階層の階層主を倒した後、そのまま攻略を続けたんだが……」
「結局、五十階層には階層主らしい敵は現れなかった」
ミアも苦笑する。
「『あれ? 五十階層ってボスいないんだー』って感じだったよね」
「ええ」
セレナも頷いた。
「まぁ、三十階層の中部階層主、ゴーレムロードの次が、四十五階層のレッド・サイクロプス・ギガントでしたから」
「五十階層に階層主がいなくてもおかしくはないんですけどね」
「深層中部が五十階層からという事前情報は持っていたので、五十階層にもなにかないかと警戒していました」
レオルが続ける。
「そして、そのまま五十一階層への階段を下りたんだが」
「そしたら……全員、言葉を失った」
リオは思わず身を乗り出す。
「何があったんですか?」
「そこは、ダンジョンじゃなかった」
レオルは静かに言った。
「いや、もちろんダンジョンの階段からつながっている場所なんだが」
「巨大な森林が広がっていてな。空には太陽みたいな光まであった」
「暖かい風も吹いてた」
「とても地下五十一階層とは思えなかったな」
ミアも思い出したように笑う。
「太陽も、空も風も本物としか思えないんだよねー」
「最初、本当に意味分かんなかった」
セレナも小さく頷いた。
「坑道の階段を下りたはずなのに、別世界へ来たような感覚でした」
レオルが苦笑する。
「階段下りた瞬間、俺も思ったよ。……まるで、異界だなって」
ドルクも静かに頷いた。
「……うむ」
リオはしばらく言葉を失っていた。
ここは、ダンジョンの地下深く。
そのはずなのに、そこには、別世界が広がっている。
そんな不思議な話があるのか……と。
セレナは続ける。
「そして」
「五十二階層は、砂漠地帯」
「五十三階層は、溶岩地帯」
「五十四階層は、氷雪地帯と続きます」
「しかも、深層中部は危険なだけではありません。素材の宝庫でもあります」
「素材?」
リオの言葉にセレナは頷く。
「ええ。魔力草、魔法樹もそうですし、大森林に住むフォレストベア、ミストディア等の毛皮や肉等の部位も高級品です」
「そのほかにも超高級品として扱われる素材が多数存在しています」
ミアも笑う。
「だから王都の商人とか錬金術師は、深層中部素材をすっごく欲しがるんだよねー」
「だがな、普通の探索者は、そんなに持ち帰れない」
レオルが肩を竦めた。
「素材は重いし、かさばる。深層で荷物抱えて戦うのは危険だからな」
「結局、魔石とかレアドロップ優先になる」
「なるほど……」
リオは納得したように頷いた。
その時、セレナが真面目な表情になる。
「まぁ、我々も目的は深層中部の素材ではありません」
「目的は以前も話した通り、五十五階層の階層主、ウォー・オーク・エンペラーです」
空気が再び引き締まった。
「以前の私達は、正面から削り切ろうとしていました」
「ですが、リオが持ち帰ってくれたホワイト・ダイア・ガーディアンの情報を合わせて考えると、それでは駄目だった可能性が高い」
レオルも真剣な顔になる。
「つまり、また何か仕組みがあるってことだな」
「ええ」
セレナは頷く。
「そして、それを見抜ける可能性があるのがリオです」
リオは頷く。
「はい!」
その返事を聞き、レオルが笑う。
「まぁ、一度は撤退する前提で仕組みを探るの良いかもしれないな」
「そうですね」
セレナも小さく微笑んだ。
「それに、仕組みを見つけたとして、それを破壊する手段も必要になります」
「それについても、ホワイト・ダイア・ガーディアンとの闘いが参考になりますね」
「リオ、聖紋の迷宮ではアレクシア姉さんと、超級魔法の重ね撃ち、共鳴魔法を使って大理石の台座を破壊したんでしたね」
「ぶっつけ本番で成功させるのは姉さんとリオらしいといえばらしいですが、私とは事前にその練習をしておきましょう。いざという時に使えるように」
「私がインフェルナル・レクイエム」
「リオがニブルヘイム・レクイエム」
「いいですね?」
「はい、もちろんです。よろしくお願いします。セレナさん」
リオが元気よく答える。
すると、ミアが少しだけ頬を膨らませた。
「ふぅん……またセレナさんと特訓するんだ」
「……二人っきりで長時間」
「え?」
「何か変ですか? これまでもそうでしたけど」
「……べっつにー?」
ミアはぷいっと視線を逸らした。
レオルが吹き出す。
「おいおい、面白くなってきたな」
ドルクも頷く。
「うむ……」
リオだけはいつも通り困惑していた。
そんな空気の中。蒼天の軌跡は、再び深層中部へ向けて動き始めていた。




