第6章 蒼天の軌跡
中層の通路に、一瞬静寂が落ちた。
先頭に立っていたミアが、ぱっと顔を明るくする。
「あっ! この前の子!」
その後ろで、大盾を背負った大柄な男――ドルクが目を丸くした。
「え、知り合いか?」
「ほら、セーフティエリアで倒れてた子!」
「あー……」
納得したような声。
リオは反射的に視線を逸らした。
なんとなく気まずい。
逃げるように去ったことを思い出す。
「……この前は」
リオは小さく頭を下げた。
「助けてもらったのに、ちゃんと礼もしないで去ってすみませんでした」
《蒼天の軌跡》の面々が、少し意外そうな顔をする。
ミアが慌てて手を振った。
「えっ!? そんなの全然気にしてないよ!?」
「無事だったなら、それで十分です」
セレナも静かに言った。
「……それより」
セレナの青い瞳が、周囲へ向く。
倒れたオークナイト。
切断面。
視線がリオへ戻る。
「中層を一人で?」
リオは少し言葉に詰まった。
「……まあ」
後ろで槍を肩に担いでいたレオルが、感心したように口笛を吹く。
「“まあ”で済むレベルじゃないだろ」
「普通に強いぞ、この子」
リオは眉をひそめた。
その“この子”にもまだ慣れない。
ミアがリオへ近づいてくる。
距離が近い。
リオは少しだけ後ろへ下がった。
「名前、聞いてなかったよね!」
「なんていうの?」
一瞬、リオは固まった。
名前。
偽名を使うべきか。
そう考えたのは、一瞬だけだった。
だが、咄嗟に別の名前など出てこない。
「……リオ」
「リオちゃん!」
即座だった。
リオのこめかみが引きつる。
「ちゃん付けやめろ」
「えー、なんで?」
「可愛いのに」
「……」
リオは黙った。
その言葉への反応に困る。
ミアは全く悪気がない。
だから余計困る。
リオは小さく息を吐いた。
「……リオ」
「灯火の輪の末席に所属してる」
その瞬間。
「えっ!?」
ミアが目を丸くした。
「リオちゃん、《灯火の輪》なの!?」
「……一応」
「えっ、いつ入ったの!?」
「新人?」
「いや……」
リオは少し視線を逸らした。
「かなり前から所属はしてる」
《蒼天の軌跡》側が少しざわつく。
「そうなのか?」
「見たことないぞ」
リオは苦笑した。
「D級だし」
「蒼天の軌跡からは認知されてないと思ってたけど……」
するとレオルが、あっと声を上げた。
「……いや、リオという名前は聞いたことあるぞ」
「浅層専門のソロ探索者じゃなかったか?」
リオは内心ぎくりとした。
だがレオルは首を傾げただけだった。
「……まあ、同じ名前なんて普通にいるか」
「だな」
話が流れる。
リオは内心、小さく息を吐いた。
セレナだけは、黙ったままリオを見ていた。
その視線に少し落ち着かないものを感じる。
まるで観察されているみたいだった。
「しかし、本当に中層ソロか」
ドルクが感心したように言う。
「見た感じ、まだ若いだろ?」
「……まあ」
「しかも消耗してない」
セレナが静かに言った。
リオは少しだけ視線を逸らした。
自分でも異常だと思っている。
以前なら、中層などここまで余裕では来れなかった。
だが今は違う。
身体が軽い。
感覚が鋭い。
敵の動きが見える。
その事実を認めたくないのに、戦うたび理解してしまう。
ミアが心配そうな顔になる。
「でもさ、中層ソロって危なくない?」
「リオちゃん強いけど、それでも一人は危険だよ?」
「……目的があるから」
リオは小さく答えた。
「探し物?」
ミアが首を傾げる。
リオは少し迷ってから頷いた。
「……そんなところ」
隠し部屋のことを説明する気にはなれなかった。
説明しても信じられないだろう。
自分だってまだ信じ切れていない。
その時、レオルが笑った。
「じゃあさ」
「?」
「一時的にパーティ組んでみるか?」
リオは固まった。
「……は?」
「いや、実際強いし」
「中層ソロやれるなら十分戦力だろ」
「そうそう!」
ミアが勢いよく頷く。
「リオちゃん、動きすごかったし!」
「ちゃん付けやめろ」
「そこ気に入ってるんだ?」
「気に入ってない!」
《蒼天の軌跡》の何人かが吹き出した。
リオは顔をしかめる。
だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
以前の自分なら。
A級パーティとこんな風に話すことすらなかった。
遠い存在だった。
眩しい側の人達。
それが今、自分を普通に会話へ混ぜている。
対等に話している。
リオは少しだけ困った顔をした。
「……俺なんかが」
言いかけて、止まる。
今の自分は強い。
それはもう否定できない。
悔しいくらいに。
セレナが静かに口を開いた。
「少なくとも、足手まといには見えません」
その言葉は、淡々としていた。
だが、お世辞ではなかった。
リオは少し黙り込む。
胸の奥がざわつく。
嬉しい。
認められている。
そう感じてしまった。
それが嫌だった。
「……今回だけなら」
気づけば、そう答えていた。
ミアがぱっと笑顔になる。
「やった!」
「よろしくな、リオちゃん」
「だからちゃん付けやめろ……」
再び笑いが起きる。
その輪の中で、リオは小さく息を吐いた。
中層の冷たい空気。
魔物の気配。
そして、自分を囲む人の声。
以前なら、想像もしなかった光景だった。




