第5話 届かなかった場所へ
翌朝。リオは迷うように、階段の前で足を止めていた。石造りの下り階段から、濃い魔力を含んだ冷気が流れてくる。この先は、中層だ。
行ったことがないわけではない。昔、まだパーティメンバーが揃っていた頃、一度だけ踏み込んだことがある。だが、その時に思い知らされた。自分は、ここで戦うには足りない側なのだと。仲間達が前へ出る中、自分だけが置いていかれ、皆の足を引っ張っていた。あの感覚は、今でも覚えている。
それ以来、リオは無理に中層へは来なくなった。無茶をせず、浅層で稼ぐ。生き残るのが最優先、それが自分のやり方だった。
だが、今は。
「……行けそうな気がする」
小さく呟く。根拠はないが、分かってしまう。今なら行ける、と。そう確信してしまう自分の感覚が、リオは気に入らなかった。
亡霊の声が頭をよぎる。
『今の君は、元の君よりずっと高性能』
「うるさい……」
吐き捨てるように呟き、リオは階段を降りた。
中層は空気が違った。浅層より冷たく湿気を含んだ空気と、肌へ張りつくような濃い魔力が圧迫感を与えてくる。以前なら、この時点で身体が強張っていた。だが今は違う。むしろ感覚が鮮明になる。
通路の先、左側に大型のオークが二体。さらに奥には、オークナイトが一体いる。気配が手に取るように分かった。
「……そこか」
リオは腰の剣へ手をかける。次の瞬間、自分でも信じられない速度で踏み込んでいた。オークが反応するよりも速く、一体目の喉元を斬り裂く。さらに、横薙ぎの棍棒を半歩で回避し、踏み込み、二体目の顎下へ剣を突き刺す。
二体目のオークが倒れると同時に、奥にいたオークナイトが動いた。以前なら、一人で正面から相手にするには危険だった魔物。だが。
「遅い」
飛びかかってくる軌道や着地点がはっきり見える。リオは一歩だけ位置をずらして斧を躱し、地を蹴って跳び上がると、剣でオークナイトの首を斬り飛ばす。頭部をうしなったオークナイトの巨体はそのまま後ろへ倒れ込んだ。
沈黙が辺りを支配する中、リオはその場に立ち尽くし、自分の手を見つめていた。息は乱れていない。身体も重くない。中層の魔物をたった数秒で。以前の自分なら、一体でも慎重に時間をかけて戦っていた相手だ。それが今は。
「はは……」
乾いた笑いが漏れる。自分でも分からない笑いだった。強い。本当に強い。今まで届かなかった場所へ、あっさり手が届いている。以前の自分は、見上げる側だった。酒場では、《蒼天の軌跡》を羨み、クラウスを見送っていた。それが今は。
「……くそ」
嬉しくないわけじゃない。戦える。勝てる。もっと先へ行ける。その感覚は、探索者として確かに嬉しい。身体が自然に動く。戦闘が怖くない。今まで知らなかった感覚に胸が高鳴る。
だが。
「自分で手に入れた力じゃない」
リオは低く呟く。努力したわけじゃない。積み重ねたわけじゃない。全部、あの亡霊が勝手に押し付けたものだ。
「……こんなので」
納得できるわけがない。リオは、入り混じる感情をぶつけるように壁へ拳を叩きつけた。
◇
その時、通路の先から数人の気配が近づいてくるのを感じた。重い装備音、統率された足音、強い魔力の気配。リオが顔を上げると、通路の角から一団が姿を現した。
一団の先頭を見て、リオは固まる。長いプラチナホワイトの髪と静かな青い瞳を持つ、美しい女性――セレナだった。その後ろには、ミア達、《蒼天の軌跡》の面々。
ミアがリオを見るなり、ぱっと目を見開く。
「あっ!」
中層の通路に、一瞬静寂が落ちた。
※挿絵はAIで製作したイメージ画です。




