第59話 王都観光①
翌朝。
銀翼の剣の屋敷。
「よし!」
「今日は王都観光だよ!!」
朝からミアはやたらとテンションが高かった。
銀翼の剣から貰った王都フリーパス。
それを嬉しそうにひらひら振っている。
一方。
リオも楽しみにしていた。
五十階層攻略後の休養期間。
王都をゆっくり見て回れる機会など、そうそうない。
しかも。
ミアが案内してくれるらしい。
「王都ってそんなに広いのか?」
「広いよー!」
「美味しいお店もいっぱいあるし、面白いところもいっぱいあるし!」
「絶対楽しませてあげるからね!」
ミアは自信満々だった。
リオも苦笑する。
「じゃあ今日は頼りにしてる」
「うん!」
ミアは嬉しそうに頷いた。
そして。
二人は王都中央区へやって来た。
◇
「すごいな……」
リオは周囲を見回しながら感心していた。
大通りには人波が続いていた。
高級店の並ぶ街並みに、屋台の声が彩りを添える。
貴族の馬車がゆっくりと通り過ぎていく。
「でしょ?」
「ベルグランも賑やかではあるけど、王都はやっぱり華やかさが違うよね」
そんなことを言いながらしばらく歩いた後。
ミアが不意に立ち止まった。
「よし!」
「まずはここ!」
「……?」
リオが顔を上げると、そこは。
白を基調とした高級感溢れる建物だった。
入口には綺麗な女性達が出入りしている。
「……ミア?」
「ここ、何の店なんだ?」
ミアは満面の笑みで答えた。
「美容室!」
リオの動きが止まった。
「…………え?」
「観光は明日から!」
「まずはちゃんとお互いを磨きましょう!」
「いや、待ってくれ」
「なんでそうなるんだ?」
リオは戸惑う。
だが。
ミアは当然のように続けた。
「今後はリオも外へ出ること増えるんだから」
「ちゃんとしたお店に行く時は、それなりの準備が必要なの!」
「これ、ベルグランでミアに選んでもらった服だぞ?」
「恥ずかしくないんじゃないのか?」
リオは自分の服を見下ろす。
以前、ベルグランでミアが選んでくれた服。
リオとしてはかなりまともな格好をしているつもりだった。
だが。
ミアはびしっと指を突きつけた。
「そういうことじゃないの!」
「それは普段着!」
「ちょっとおしゃれなお店に行く時には、それなりの服装、それなりの事前準備が必要なんだから!」
「そ、そういうものなのか……?」
「そういうものです!」
ミアは胸を張った。
その顔は妙に自信満々だった。
「まぁ私に任せて!」
「今日はリオを磨き上げてあげる!」
「王都観光は明日から!」
「磨き上げるって……」
リオはちょっと不安になる。
だが。
ミア自身も今日はいつもより気合いが入っているように見えた。
髪も、服も、どこか普段より丁寧に整えている気がする。
そんなミアを見ていると。
強く拒否する気にはなれなかった。
「……なあ、ミア」
「ん?」
「俺もミアとは楽しみたいし、言うこと聞くのはやぶさかではないんだが……」
リオは店を見上げながら、困ったように続ける。
「さすがに、女性専門のこういう店には抵抗がある」
ミアは一瞬きょとんとした後。
「あー……」
どこか納得したように頷いた。
「まぁ、リオはそういう反応するよね」
「するだろ……」
リオは遠い目になる。
「俺、見た目はともかく中身は男だぞ?」
「こういう場所、どう考えても場違いだろ」
だが。
「リオ、どうしても嫌?」
「本当にどうしても嫌なら無理にとは言わないよ?」
「でもさ」
「私はリオに綺麗になって欲しい」
「そんなリオと王都を回りたい」
「どうしてもだめかな?」
「今のままのリオももちろん良いんだけど」
「王都という特別な場所で、完璧に整えた特別なリオと過ごしてみたいの」
「ダメなら諦めるけど」
リオは言葉に詰まる。
そう言われると弱かった。
ミアは本気で今日を楽しみにしていた。
それは朝からずっと伝わってきている。
しかも。
支援魔法の件だけじゃなく、蒼天の軌跡に加入して依頼、こちらが一方的に世話になっている負い目もある。
リオは大きくため息を吐いた。
「……わかった」
「そこまで言うなら付き合うよ」
その瞬間。
ミアの顔がぱっと明るくなった。
「ほんと!?」
「ありがとう、リオ!」
◇
店内へ入る。
受付の女性が二人を見た瞬間。
丁寧に頭を下げた。
「いらっしゃいませ」
だが。
ミアが銀翼の剣の黒いカードを見せた瞬間。
空気が変わる。
「――っ」
「こちらへどうぞ」
「特別室へご案内いたします」
リオが小声で聞く。
「な、なんかすごい反応なんだけど……?」
「銀翼の剣のカードだもん!」
ミアは当然のように言った。
そして。
案内された特別室。
ふかふかの椅子。
落ち着いた香り。
静かな音楽。
どう考えても自分には似つかわしくない場所だった。
その時。
数人の女性スタッフが入室した。
「お二人とも、全身を磨き上げるトータルリファインコースでよろしいですね」
「お一人ずつ個室で施術を始めさせていただきます」
「施術……」
リオはどうにも落ち着かない。
だが。
ミアは隣で嬉しそうに笑っていた。
「大丈夫だよ!」
「すぐ慣れるから!」
「女の子って大変なんだな……」
リオが小さく呟く。
ミアはくすっと笑った。
「ふふっ」
「そうだよー」
「じゃ、あとでねー」
そう言ってミアは店員に連れられて奥の部屋へ消えていく。
リオも別の店員に案内され、個室へ入った。
「では、施術を始めますね」
「まずはこちらへどうぞ」
言われるまま、リオはベッドへ横になる。
次の瞬間。
「ひゃっ!?」
冷たいオイルが背中へ触れ、思わず変な声が出た。
店員がくすりと笑う。
「ふふっ。皆さま最初は驚かれるんですよ」
「そ、そういうものなんですか……?」
「はい♪」
そのまま丁寧に施術が始まる。
肌を撫でられ。
髪を整えられ。
顔へ何かを塗られる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「顔にも何か塗るんですか!?」
「お肌の手入れですよ♪」
「女の子ってホントに大変なんだな……」
リオは遠い目になった。
正直逃げたい。
だが、ミアと約束した手前逃げるわけにもいかない。
そんなことを考えながらもベッドに横になっていると。
静かな音楽と落ち着いた香りの中で、少しずつ身体の力が抜けていく。
(……なんか……疲れが…)
その時、店員が優しく声をかけた。
「お疲れでしたら、そのままお休みいただいても大丈夫ですよ」
「……え?」
「皆さま途中で眠られることも多いんです」
リオは目を見開く。
だが。
たしかに。
五十階層攻略からここ数日。
ずっと気が張っていた。
静かな空間。
暖かな手。
心地よい香り。
気づけば。
まぶたが少しずつ重くなっていく。
(……眠い……)
店員が小さく微笑む。
「ふふっ」
「どうぞ、ごゆっくり」
そしてリオは、抗う間もなく静かな眠りへ落ちていった。
◇
「……ん」
リオがゆっくり目を開ける。
どうやら眠ってしまっていたらしい。
ぼんやりしたまま身体を起こす。
その瞬間。
「……え?」
鏡へ映った自分を見て固まった。
肌。
髪。
爪。
全身。
明らかに以前と違う。
髪には艶があり。
肌は驚くほど滑らかになっている。
「な、なんだこれ……」
思わず自分の頬を触る。
すべすべしていた。
その時。
「起きた?」
隣の部屋からミアがやって来る。
そして。
リオを見た瞬間。
ぱっと顔を輝かせた。
「わぁ……!」
「やっぱりすごい!」
「リオ、めちゃくちゃ綺麗になってる!!」
「き、綺麗って……」
リオは複雑そうな顔になる。
だが。
自分でも分かる。
明らかに変わっていた。
ミアは満足そうに頷く。
「うん!」
「素材がいいから絶対こうなると思ったんだよねー♪」
そして。
ミアはくすっと笑った。
「それにしても、リオ」
「よく逃げなかったねー」
「私はまた、“俺は男だー!”とか言って逃げるかと思ってたよ」
「うっ……」
リオは思わず口を閉ざす。
否定できなかった。
実際のところ、逃げたかった。
だが。
ミアと約束したこともあり、逃げられないでいるうち、疲れで眠ってしまったのだ。
「……途中で眠った」
ミアが吹き出した。
「あははっ!」
「まぁ、リオは疲れてるよねー」
「それ、すごくリオらしいー!」
そう言って笑うミア自身も、いつも以上に綺麗になっていた。
艶のある髪。
磨かれた肌。
ほんのり施された化粧。
いつもの可愛らしさがさらに引き立っている。
リオは思わず見つめてしまった。
「……ミア、すごいな」
「えっ」
ミアが声を上げる。
「そ、そう?」
「うん」
「なんか……綺麗だ」
その瞬間。
ミアの顔が一気に赤くなった。
「~~~っ!?」
「そ、そういうのサラッと言うの禁止!!」
「え?」
「もう!!」
ミアは真っ赤なままリオの背中を軽く叩く。
だが。
その表情は、とても嬉しそうだった。




