第56話 終焉の前奏
◇
聖紋の迷宮五十階層。
そこは、これまでの階層とは明らかに空気が違っていた。
広大な空間。
まるで古代闘技場のように広がる白い大理石の床。
壁一面へ刻まれた巨大な紋様。
そして中央。
純白の巨体が静かに佇んでいた。
ホワイト・ダイア・ガーディアン。
銀色と白色が混ざり合った巨大な守護者。
その全身から放たれる圧力は、これまでの敵とは比較にならない。
そして、その周囲を取り囲むように。
三種の魔造兵が配置されていた。
マーブル・センチネル──大理石の盾を構え、前衛を固める石像兵。
スレート・リーパー──刃の破片を纏い、空中を漂う斬撃の魔物。
コア・モニター──魔力の目を持つ監視者が、静かに空間を見渡す。
それぞれが、まるで“儀式の守護者”のように配置されている。
だが、そこで。
「リオ、頼む」
アレクシアがリオに声をかける。
その声をきっかけとして。
リオが詠唱を開始する。
「――時は燃え尽き、影は焼かれ、万象は紅蓮の炉へと沈みゆく」
「光なき深淵より噴き上がるは、命なき者たちが奏でる滅火の調べ。」
「荒れ狂う劫火よ、世界の形を奪い、すべての執念を灰燼へと帰せよ。」
「逃れる術すべなき絶対の灼熱よ、迷える子らに終焉の裁きを与えん。」
「――轟き渡れ、『 炎魔の鎮魂歌 (インフェルナル・レクイエム)』。」
紅蓮の嵐が闘技場を飲み込む。
爆炎。
熱風。
超高熱の炎が広場全域を蹂躙した。
残ったのは階層主・ホワイト・ダイア・ガーディアンのみ。
銀翼の剣のメンバー達が目を見開いた。
「すげぇ……」
ロガーナが呟く。
以前は雑魚処理だけでも大きな消耗だった。
だが。
今回は違う。
開幕直後。
リオの超級魔法が戦場を一瞬で浄化した。
「一気に行くぞ!」
ロガーナが突撃する。
ハルバードが轟音と共に振り下ろされた。
直後。
カイゼルの斬撃。
リュザードの風刃。
ミレティアの支援魔法。
銀翼の剣が一斉にホワイト・ダイア・ガーディアンへ襲い掛かる。
リオは後方からファイア・スピアを放ちながら、全力で感知能力を展開していた。
(見える……!)
魔力の流れ。
ガーディアン内部の循環。
攻撃によって削れていく耐久力。
確かに。
ダメージは通っている。
ロガーナの一撃。
カイゼルの斬撃。
自分の炎魔法。
全て有効だ。
だが。
その瞬間。
リオは違和感を捉えた。
「……っ!?」
白い大理石。
闘技場全体へ刻まれた紋様。
そこから巨大な魔力の流れが発生している。
そして。
その魔力がホワイト・ダイア・ガーディアンへ流れ込んでいた。
「アレクシアさん!!」
リオが叫ぶ。
「回復してます!!」
「闘技場です!」
「床全体から魔力供給を受けてる!!」
全員の動きが一瞬止まる。
アレクシアが即座に理解した。
「なるほど……!」
「だから倒し切れんのか!」
その瞬間。
ロガーナがホワイト・ダイア・ガーディアンへ体当たりを叩き込んだ。
轟音。
巨体がわずかに動く。
「台座から引きずり下ろす!!」
さらにハルバードによる強撃。
カイゼルも斬撃を重ねる。
リュザードの風魔法が押し込む。
だが。
ホワイト・ダイア・ガーディアンは、自ら元の位置へ戻ろうとする。
まるで。
そこから離れてはならないと理解しているかのように。
「チッ!」
ロガーナが舌打ちする。
何度押しても。
何度吹き飛ばしても。
奴は戻る。
そして。
戻るたびに再び回復する。
「……まずいな」
アレクシアが低く呟いた。
このままでは削り切れない。
「一旦作戦を練るぞ!」
「全員、撤退だ!!」
銀翼の剣が後退した。
ホワイト・ダイア・ガーディアンは追ってこない。
ただ。
闘技場中央で静かにこちらを見ていた。
◇
一時撤退後。
銀翼の剣は五十階層入口付近で作戦を練り直していた。
「闘技場全体が術式だな」
アレクシアが腕を組む。
「おそらくあの大理石そのものへ巨大な魔法陣が刻まれている」
「だからガーディアンは中央へ戻る」
「供給源だからだ」
リオも頷く。
「はい」
「あの大理石がある限り、ガーディアンはほぼ無敵といえるんだと思います」
全員の視線が集まる。
リオは続けた。
「ですが」
「最初に超級魔法級の大出力を受けた瞬間、大理石の魔力供給が揺らいだように感じました」
アレクシアの目が細くなる。
そして。
小さく笑った。
「なるほどな」
「面白い」
ロガーナが笑う。
「つまり大理石をぶっ壊せばいいんだな!」
「単純化するとそうなるな」
アレクシアが立ち上がる。
その目には、強い闘志が宿っていた。
「リオ」
アレクシアはリオに呼び掛けた。
「ニブルヘイム・レクイエムとインフェルナル・レクイエムは」
「私とセレナが作ったいわば姉妹魔法」
「極限まで圧縮された氷と炎の終焉波長だ」
「同時に打つことによって魔法が共鳴しあい、遥かに強力な効果を生み出すはずだ」
「私と一緒にやってみるか?」
アレクシアは口角を上げた。
その笑みは、リオを信頼し魔法を成功させる確信を宿した者だけが浮かべるものだった。
「あれならば、大理石を破壊することも無理じゃないはずだ」
「私は、少し休めば私は三発は撃てる」
「リオ、お前はどうだ?」
「大丈夫だろ?」
リオは少しだけ考える。
超級魔法は確かに負荷が大きいが、まだまだ余力はある。
「はい」
「問題ありません」
数秒。
沈黙。
ロガーナが呆れた顔をした。
「お前ら、おかしくねぇか?」
ミレティアも苦笑する。
「普通、超級魔法ってそんな連発するものじゃないのよぉ~……?」
だが。
アレクシアは楽しそうに笑った。
「ハッ!」
「決まりだな!」
リオは息を呑む。
つまり。
狙うのはホワイト・ダイア・ガーディアンではない。
あの闘技場そのもの。
大理石へ刻まれた巨大術式。
魔力供給の骨格だ。
アレクシアが笑う。
「派手にいくぞ」




