第51話 屋敷
三十階層攻略から一夜明けた。
三十階層の階層主を倒したことで街に戻った銀翼の剣とリオ達は、王宮周辺の街にある銀翼の剣の屋敷に案内されていた。
「ここが銀翼の剣の屋敷だ」
アレクシアの先導で、リオ達は王都北区の一角へ足を踏み入れた。
周囲には豪華な邸宅が並んでいる。
その中でも。
銀翼の剣の屋敷は別格だった。
白い石造りの巨大な屋敷。
広い庭園。
鉄柵の門。
探索者の拠点というより貴族の住むお屋敷という感じだ。
「……でか……」
思わずリオが呟く。
隣ではミアも目を丸くしていた。
「王都のAランク探索者ってこんなに稼げるの?……」
「危険も多いがな」
アレクシアは平然と言う。
「王都の高難度迷宮を攻略できる探索者は少ないからな」
「その分、報酬も大きい」
ロガーナが笑った。
「維持費も馬鹿にならねぇけどな!」
屋敷の中へ入る。
豪華なシャンデリア。
赤い絨毯。
磨き上げられた床。
さらに探索者用の装備保管庫や、大浴場らしき設備まで見える。
「すご……」
リオは思わず辺りを見回した。
蒼天の軌跡が住んでいる宿屋も豪華だと思ったが、そこと比べてもこの屋敷は別格だ。
そんなリオを見て、ミレティアがくすりと笑う。
「あらあら~♪ リオちゃん。何か珍しいものでもあった~?」
「い。いえ……」
「こんな豪華な場所、初めて見ました……」
リュザードが肩を竦めた。
「ま、こんな広いところは必要ないんだがな」
「王都のAランクパーティともなるとはったりも必要になる」
「貴族からの依頼も多いしな」
「そうなんだ……やっぱり王都って違うんだね」
ミアが小声で突っ込む。
その後。
リオとミア、それぞれに客室が一部屋割り当てられた。
客室も他の部屋と同様、まるで高級宿の特別な部屋のようだった。
大きなベッド。
柔らかなソファ。
専用の浴室まである。
これが……王都のAランク探索者の生活……
上には上があるもんだ……
蒼天の軌跡の宿屋でさえまだ落ち着けないリオがあまりの豪華さに落ち着かず、部屋を出たところで。
アレクシアが声をかけた。
「屋敷の裏には訓練場もあるぞ」
「自由に使って構わない」
「ありがとうございます」
「ミア、お前はどうする?」
遅れて部屋から出てきたミアにもアレクシアが声をかける。
「んー、私は王都を少し見て回ってくるかな」
「王都はしばらくぶりだから、王都の色んな情報を集めておきたいしね」
そう言いながら。
ミアの頭の中には別のことも浮かんでいた。
(……せっかく王都に来たんだし、リオと楽しく回れそうな場所をチェックしとかなきゃ)
王都には洒落た店も多い。
喫茶店。
女性用の服飾店。
なんでも、噂によれば髪、顔から身体まで磨き上げる女性のための美容室というものが最近できたらしい。
それに、王都ならではの観光地もある。
そういう場所にリオと一緒に行けたら楽しそう。
「じゃ、私は行ってくるねー」
「リオ、明日は探索なんだし訓練でむりしないでね」
リオに手を振り、ミアは屋敷を出ていった。
◇
リオが向かった屋敷裏の訓練場。
そこは一パーティーが所有するような訓練場とは思えない規模のものだった。
石畳の広い演習場。
材質不明の訓練用の木人。
ありとあらゆる武器防具がそろっているかのように見える巨大な武具庫。
魔法訓練用の標的。
「これ、ベルグランの探索者ギルドの訓練所より凄いな……」
そう呟きながら、リオは木剣を手に取る。
脳裏へ浮かぶのは。
三十階層で見たあの一撃。
カイゼルさんの剣。
(……ブレーク・エッジ)
速く。
鋭く。
美しかった。
ただ速いだけではない。
あの瞬間。
一連の流れの中でのカイゼルさんの身体強化。
身体を流れる魔力を完全に制御し、瞬時に圧縮した魔力を。
アーマード・ミノタウロスに剣を当てた瞬間に解放。
あの分厚い筋肉と黒鎧を簡単に切り裂き、致命傷を与えていた。
リオは構える。
そして振る。
何度も。
だが、違う。
全然違う。
形だけ真似ても意味がない。
何かが決定的に足りない。
汗を流しながら剣を振り続けていると。
ふと、背後に気配を感じた。
振り返る。
そこには、黒髪の剣士が立っていた。
カイゼルさん。
いつから見ていたんだろうか。
壁に寄りかかるように腕を組み、無言でリオを見ている。
「カイゼルさん、見ていたんですか……」
カイゼルは答えない。
しばらくリオを見つめ。
小さく呟いた。
「……剣はまだまだだな」
「……魔法剣士で魔法が得意なタイプか……」
そのまま背を向ける。
去ろうとしている。
だが。
リオは反射的に声を上げていた。
「待ってください!」
カイゼルの足が止まる。
リオは木剣を握ったまま頭を下げた。
「お願いします!」
「俺に剣を教えてください!」
静寂。
カイゼルはしばらく何も言わなかった。
やがて。
低い声が返る。
「……断る」
リオが顔を上げる。
カイゼルは振り返らないまま続けた。
「剣技は、盗むものだ」
「最初は見て。真似て。自分で磨き」
「自分のものにする」
「俺もそうしてきた」
短い言葉。
だがそこには確かな実感があった。
「俺は指導はしない……」
「だが」
「俺から何かを得たいと思うなら」
そこで初めて。
カイゼルが僅かに顔だけ振り返る。
鋭い目がリオを見た。
「勝手に盗め」
「これから一ヶ月、同じ迷宮に潜る」
「機会はある」
そう言い残し。
カイゼルは歩き去っていく。
リオはその背を見つめ続けた。
そして。
ゆっくりと木剣を握り直す。
(……盗む)
(あの剣を……)
胸の奥で。
新しい目標が静かに燃え始めていた。
その少し離れた場所。
訓練場入口では。
アレクシアが腕を組みながらその様子を見ていた。
「……驚いた」
隣のロガーナが首を傾げる。
「何がだ?」
「カイゼルがあんなに喋るとはな」
「それは確かに!」
ロガーナが豪快に笑う。
アレクシアは小さく息を吐いた。
「どうやら……カイゼルもリオを気に入ったらしいな」
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