第34話 補給物資
翌朝。
リオが目を覚ますと、既にドルクが朝食の準備をしていた。
深層の朝は早い。
簡単な食事を終えると、一行は再び探索を開始した。
三十六層。
既に蒼天の軌跡が何度も到達している領域ではある。
だが、深層だ。しかも、三十五階層より下では魔法を使う敵も出てくる。
油断できる場所ではない。
「行くぞ」
レオルの声で探索が始まる。
深層では、魔物の気配そのものが濃く、深層全体の空気が重くなっている。
リオが感知を広げると、周囲に複数の反応がある。
その日は魔物は妙に多かった。
シャドウウルフ。
デュラハン。
ミノタウロス。
コカトリス。
強力な敵が群れで襲ってくる。
発見。
戦闘。
移動。
発見。
戦闘。
移動。
発見。
戦闘。
幸い、魔法耐性が低い魔物が多く、セレナやミア、それにリオも魔法を効率的に使うことで、探索自体は順調だった。
だが休む暇が少ない。
戦闘後、ミアが肩を回しながら言った。
「今日多くない?」
「確かにな」
レオルが頷く。
「多すぎるよー。さっきから全然休憩してないもん」
セレナも周囲を見回した。
「確かに少し多いですね。運が悪いだけかもしれませんが」
探索を続けると、リオの感知にまた反応が現れる。
「前方です」
「数は?」
「四体」
レオルが剣を抜く。
「行くぞ」
再び戦闘が続き、昼過ぎになってようやく休憩を取ることになった。
ミアが地面へ腰を下ろす。
「ふぅー。疲れたー」
ドルクが荷物を広げ、セレナも腰を下ろした。
そして自然な動作で小さな小瓶に入った赤い液体を取り出すと、一気に飲み干した。
ミアも同じく、赤い液体を飲み干していた。
それを見てリオは目を見開いて尋ねた。
「マナポーションですか?」
セレナが頷いた。
「深層ですから、余裕があるうちに回復するのが基本です」
そう言ってもう一本取り出した。
「リオも飲んでください」
「え?でも……」
正直、まだかなり余裕があるように感じる。
「飲んでください」
セレナは真剣な表情で繰り返した。
「分かりました」
リオは素直に従う。
マナポーションを飲みながら思う。
(まだ大丈夫だと思うんだけどな……)
だが経験では圧倒的にセレナの方が上だ。素人判断は危険だろう。
休憩を終えると再び探索を再開したが、午後になっても魔物の数は減らなかった。
むしろ増えているようにさえ感じる。
戦闘。
移動。
戦闘。
移動。
気付けば三十七層の階段前、セーフティエリアに到達していた。
レオルが足を止める。
「どうだ?」
ドルクが荷物を確認した。
「回復薬が足りないな」
ミアも自分の袋を確認する。
「マナポーションも残り少ないよ」
セレナも苦笑した。
「予定よりかなり大量に消費していますね」
レオルは少し考え、決断する。
「今回はここまでだな」
「えー」
ミアが不満そうな声を出すが、反対はしなかった。
深層では補給物資も重要な戦力だ。それが不足した状態で探索を続けるのは危険だった。
「補給して出直しだな」
レオルが言う。
「まぁしょうがないかー」
ミアも肩を竦めた。
こうして一行は街へ戻ることになった。
その夜、赤狼亭。
夕食を食べながら自然と本日の振り返りが始まる。
「今日は敵が多かったな」
レオルが言う。
「補給計画かなり狂ったねー」
ミアも頷く。
「でも三十七層への階段まで進めました」
セレナは前向きだった。
「十分な成果だと思います」
リオも同意する。
深層攻略は消耗戦だ。無理をしてはいけない。今日一日でそれがよく分かった。
その時、セレナがふと思い出したように口を開く。
「そういえばリオ」
「はい?」
「今日の探索で、どれくらい魔力を消費しましたか?」
リオは少し考えたが、正確には分からない。
だが、大体の感覚なら持っている。
「えっと……」
「三割くらいですかね?」
沈黙。
ミアが固まる。
レオルも固まる。
ドルクも動きを止めた。
セレナだけが真顔だった。
「三割……ですか?」
「はい」
リオは頷く。
「たぶんそれくらいです」
再び沈黙。
やがてミアが叫んだ。
「リオちゃん!あれだけ魔法使っててたった三割しか使ってないの?」
リオは思わず肩をすくめる。
「え?」
「変ですか?感覚的には七割くらいは残っていそうなんですが」
誰もすぐには答えなかった。
セレナは真剣な表情のまま、じっとリオを見つめている。
「……リオ」
「はい」
「その感覚が正しいなら」
セレナは静かに言った。
「あなたの魔力量は、私達が想定していた以上です。同じように補給するように指示していたのは間違っていたかもしれませんね」
リオは首を傾げる。
だが。
その時のリオはまだ知らない。
その三割という感覚すら。
大きく間違っていることを。
◇
その夜。
リオは自室のベッドへ身体を横たえていた。
今日は流石に疲れた。
深層探索。
連戦。
帰還。
そして皆での振り返り。
そんなことを考えながら目を閉じた、その時だった。
リオの左腕の腕輪が急に輝きを放った後、部屋中に聞き慣れた声が響く。
「やっほー!!ひさしぶり!!」
リオは飛び起きた。
「お前!何しに出てきた!」
亡霊はいつものように空中へ腰掛け、楽しそうに笑っていた。
「さっきの話、聞いてたよ」
亡霊は再び笑う。
「面白かったなぁ」
「面白い?何がだ?」
「うん。三割ってところ」
リオは眉をひそめる。
「違うのか?」
亡霊は肩を竦めた。
「違うよ。というか、あれって多めに言った数字でしょ?」
リオは固まった。
確かに、三割という数字は多めに見積もったものだったかもしれない。
感覚的には2割、いや、1割程度しか使ってなかったようにも感じる。
「今思ったよね。1割程度しか使ってなかったんじゃないかって」
亡霊は笑う。
「まだそれでも多すぎ」
「今日のリオ、魔力はほとんど減ってないよ」
「え?」
リオは思わず聞き返した。
ほとんど減っていない?
そんなはずがない。今日だけでもかなりの数の魔法を使った。身体強化も維持していた。感知も使い続けている。
「お前にはわかるのか?」
「わかるよ。ずっと見てるからね」
「どれくらい使ったんだよ?」
亡霊は少し考えるふりをした。
「そうだなぁ」
「五%くらい?」
沈黙。
「……え?」
リオは驚きに動きを止めた。
「五%?」
「うん」
亡霊はあっさり頷く。
「そんな馬鹿な」
「馬鹿なじゃないよ」
亡霊は楽しそうだった。
「あの、セレナという女と訓練した後のリオはね。大量にある魔力を少しずつ、少しずつ、節約して使ってる。まるで、海の水をストローで吸って使っているような状態だ」
リオは意味が分からなかった。
「なんだそれ」
「そのままの意味」
亡霊は言う。
「僕の作ったその身体には、魔力が溢れている。なのにそれを節約してちょっとずつ使うとか、愚の骨頂さ。まぁ確かに、制御を覚えずに使ったら仲間を殺すことはあるかもしれないけれど。そこまで節約しながら使うのは、愚かとしか言いようがない」
リオは黙り込む。
正直、すぐには信じられなかった。だが、亡霊はこういう話で嘘をついたことがない。
「……本当に……五%?」
「本当だよ。嘘なんてつかない」
亡霊は頷く。
そして少し真面目な顔になった。
「僕が作ったその身体を見くびらないでね」
「え?」
「君はまだ、自分の能力を全く理解していない。あのセレナっていう女もね。君を普通の人間の魔導士の枠にあてはめている」
亡霊はそう言った。
リオはしばらく黙っていた。
五%。
もしそれが本当なら。
セレナ達の常識も。
自分の常識も。
全部ひっくり返る。
亡霊は満足そうに笑った。
「うん。気付いたようだね。まぁ、僕の話をあのセレナとかいう女に話してみるといい。どういう反応するか見ものだね。まぁ、ここまでの話を聞けばさすがに気づくだろう。どうすればいいのか」
そう言うと、亡霊の姿はゆっくりと薄れていった。
部屋に静寂が戻る。
リオは、黙ったまま天井を見上げたのだった。
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