第19章 事故
買い物の翌日、探索を終えて宿へ戻った頃には、外はすっかり夕暮れだった。
「今日はここまでですね」
セレナの言葉に、リオは小さく息を吐く。
中層後半の探索にも、少しずつ慣れてきていた。
以前ほど、“見えすぎる”感覚に振り回されることもない。
「常に広げ続ける必要はありません」
以前、セレナにそう言われた。
必要な時だけ集中する。
普段は絞る。
それも訓練の一つだった。
だから今も、宿へ戻ってからは感知をかなり緩めている。
敵意。
殺気。
そういったものだけ拾うようにしていた。
宿の中まで全部感知していたら、正直落ち着かない。
「ふぅ……」
リオは階段を上がりながら、小さく肩を回した。
その時だった。
「きゃっ!?」
上の方から、少女の悲鳴が響く。
直後。
ばしゃっ!!
「うわっ!?」
大量の水が頭から降ってきた。
完全に不意打ちだった。
冷たい。
髪から水が滴る。
服も一瞬でびしょ濡れになった。
階段の上では、宿の手伝いらしい少女が青ざめていた。
「ご、ごめんなさいっ!」
空になった水桶を抱えて震えている。
リオは濡れた前髪をかき上げ、ため息をついた。
「……いや、怪我ないからいいけど」
「ほ、本当にごめんなさい……!」
完全に事故だった。
敵意も殺気もない。
だから感知にも引っかからなかった。
「……なるほど」
リオは小さく呟く。
「敵意と殺気以外を感知しないようにすると、事故は感知できないのか……」
「そこ!?」
背後からミアのツッコミが飛んだ。
リオは気にせず、濡れた上着へ手をかける。
気持ち悪い。
張り付く感覚が不快だった。
だからほとんど反射で脱いだ。
「ちょ、リオちゃん!?」
ミアが慌てた声を上げる。
だがリオ本人は気にしていない。
濡れたままの方が問題だった。
上着を脱ぐ。
薄い下着姿になる。
そこで。
「あれ、リオ――」
階段下から声がした。
リオが振り返る。
そこにいたのは、クラウスだった。
数秒。
空気が止まる。
クラウスの視線が固まった。
濡れた髪。
水滴の落ちる白い肌。
そして。
以前とは違う、身体に合った下着。
薄い布越しに浮かぶ柔らかなライン。
それが、不意に“女”として目へ入ってきた。
「……っ」
クラウスが言葉を失う。
一瞬。
本当に一瞬だけ、見惚れた。
――何考えてるんだ俺。
慌てて視線を逸らす。
心臓が妙にうるさい。
「……クラウス?」
リオが不思議そうに首を傾げた。
その無防備さが余計に危ない。
クラウスは慌てて咳払いした。
「い、いや……悪い」
「なんで謝るんだ?」
「いや、その……」
言葉に詰まる。
ミアがじーっとクラウスを見た。
「……ふーん?」
「な、なんだよ」
「別にー?」
完全に面白がっている顔だった。
クラウスは本気で居心地が悪そうになる。
リオだけが状況を理解していなかった。
「……?」
セレナが静かにため息をつく。
「リオ」
「せめて人前ではもう少し気をつけてください」
「なんでです?」
「今の自分を自覚してください」
「……?」
リオは本気で分かっていない顔だった。
クラウスは額を押さえる。
――いや、本当に危ないだろ今の。
だがその言葉は、なんとなく口にできなかった。
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