第1章 隠し部屋
隠し扉の奥は、驚くほど静かだった。
リオは片手でランタンを掲げながら、慎重に中を覗き込む。
薄暗い石造りの通路。
だが、通常のダンジョンとはどこか違う。
湿気が少ない。
苔もない。
空気そのものが妙に澄んでいた。
「……隠し部屋か? まさか、こんな浅層に?」
思わず小さく呟く。
《アグレス坑道》は巨大だ。
長い歴史の中で、未発見区域や埋没遺跡が見つかることもある。
もっとも、それを発見するのは大抵、深層を探索する上位パーティなのだが。
リオは慎重に足を進める。
床を確認。
罠の有無。
壁面の傷。
魔力反応。
浅層とは思えない異様な空気に、自然と神経が研ぎ澄まされていく。
やがて通路の先に、小さな部屋が現れた。
円形の部屋だった。
中央には、見たこともない装置が置かれている。
金属とも石ともつかない素材。
幾重にも重なる魔法陣。
細い輪が何層も宙に浮き、ゆっくり回転している。
しかも。
動いている。
「……なんだ、これ」
思わず息を呑む。
古代遺物。
それも、かなり高位のもの。
少なくとも浅層に存在していい代物ではない。
リオは部屋の入口から動かず、まず周囲を確認した。
敵影なし。
罠反応なし。
魔物の気配もない。
妙だ。
これほどの場所なら、普通は守護者か防衛機構がある。
なのに静かすぎる。
ランタンを少し上げる。
壁面には古代文字が刻まれていた。
だが読めない。
ギルドで習う程度の古代語知識では歯が立たなかった。
「……持ち帰れば金になるか?」
小さく苦笑する。
久しぶりだった。
探索中に少しだけ胸が高鳴っているのは。
慎重に部屋へ入る。
足元。
床の継ぎ目。
魔力線。
一つずつ確認。
危険がないことを確かめながら、少しずつ中央へ近づく。
装置は近くで見るとさらに異様だった。
複数の輪が空中で回転している。
中心部には透明な結晶体。
淡い光が脈打っている。
まるで生き物の心臓のようだった。
「……生きてるのか?」
当然、返事はない。
リオは装置の周囲を回り込む。
その時だった。
装置表面の紋様が、ふっと光る。
リオは即座に距離を取った。
剣へ手を伸ばす。
だが装置はそれ以上反応しない。
沈黙。
静寂。
数秒待つ。
何も起きない。
「……気のせいか?」
ゆっくり息を吐く。
そして再び装置へ近づいた、その瞬間。
装置中央の結晶が強く発光した。
『適性反応確認』
唐突に、知らない声が響いた。
リオは反射的に剣を抜く。
「誰だ!」
その瞬間。
背後から、弾んだ声が聞こえた。
「みーつけた!」
リオは振り返った。
そこに、男がいた。
いや。
正確には、“浮いていた”。
半透明。
輪郭が少し揺らいでいる。
年齢は二十代後半くらいに見える。
黒髪。
軽装。
妙に楽しそうな顔。
どう見ても普通ではない。
男は目を輝かせながら、リオを見つめていた。
「すごい! 適性値9999!」
「こんな素体がまだ残ってたんだ!」
リオは一歩下がる。
「……幽霊か?」
「失礼だなぁ。高位情報生命体って呼んでほしい」
男は笑った。
軽い。
あまりにも軽い。
だが逆に、それが不気味だった。
リオは剣を構えたまま、周囲を確認する。
出口までの距離。
装置との位置関係。
敵意。
魔力流動。
だが、妙だった。
目の前の男から、ほとんど魔力を感じない。
存在そのものが曖昧なのだ。
「お前は何者だ」
「んー?」
男は少し考える仕草をした。
「昔、別の世界から来た研究者……みたいな?」
「……は?」
「いや、説明長くなるんだけどさ」
男は楽しそうに笑う。
嫌な予感がした。
本能的に。
探索者として培った危機感が、全力で警鐘を鳴らしていた。
逃げろ。
関わるな。
ここは危険だ、と。
リオはゆっくり後退する。
その動きを見て、男が慌てたように手を振った。
「あっ待って待って!」
「怖がらなくて大丈夫だから!」
「十分怖いんだが」
「いやほんと安心して!」
「人生がちょっと変わるだけだから!」
その瞬間。
装置が轟音と共に起動した。
床一面へ魔法陣が展開する。
「っ!?」
リオは即座に飛び退こうとした。
だが遅かった。
光の輪が足元から出現し、身体を拘束する。
「なっ……!?」
腕が動かない。
足も。
魔力そのものを封じられている。
あり得ない。
こんな高位拘束術式、見たことがない。
男は目を輝かせていた。
「うわぁ、ちゃんと動いた……!」
「いやー、残しておくもんだなぁ!」
「ふざけるな! 解除しろ!」
「えー?」
「でも絶対そっちの方が幸せだって!」
意味が分からない。
リオは拘束を振りほどこうと全力で力を込める。
だがびくともしない。
装置中央の結晶が激しく明滅する。
周囲の魔法陣が高速回転を始めた。
嫌な予感が、限界まで膨れ上がる。
「待っ――」
男が、満面の笑みを浮かべた。
「大丈夫大丈夫!」
そして。
「人生変わるだけだから!」
視界が、白く染まった。




