第108話 階層主との死闘
そして――六十階層、守護者の間。
巨大な扉をドルクが開くと同時に、渦巻く魔力の流れが一行の身体を覆い尽くす。
守護者の間の中央、そこには薄暗い光の中にたたずむ、漆黒の鎧に身を包まれた階層主 ―― 後にカメレオン・アーマーと名付けられた魔物 ―― が、一行を歓迎するかのように、その黄金に輝く瞳を一行に向けていた。
階層主の周囲には、眷属たち。階層主を小型にしたような身体を持つ、ミドル・アーマーと名付けられた魔物たちは、階層主を守るように一行を警戒する。
「いきなり襲い掛かってはこないようだな」
アレクシアが呟く。
「輝く装備も無い。ノーブル・リザードマンのような反射攻撃の可能性はなさそうね。姉さん!作戦通りいくわ!」
セレナがそう言い、アレクシアと同時に詠唱を始めた。
共鳴魔法。アレクシアとセレナの超級魔法を同時に放つことでその威力を数倍高める必殺技。
膨大な魔力が守護者の間の空間を満たしていく。
白銀と深紅。
氷と炎。
二つの超級魔法は、まるで最初から対となる存在だったかのように、静かに共鳴を始めていた。
その魔力の危険性にようやく気付いたのか、眷属たちが一斉にセレナとアレクシアに向かって動き始めた。
だが、遅い。
二人の高速詠唱は既に終章。そして――
「――響き渡れ『氷魔の鎮魂歌』!!」
「――轟き渡れ『炎魔の鎮魂歌』!!」
白銀と深紅が混ざり合い、重なり合い、渦となり、氷と炎が混ざり合い、暴走する。強大な魔力振動が、階層主と眷属たちを包み込んだ。轟音と爆発。
魔力の渦が収まった時、守護者の間に残るのは、セレナたち一行と階層主のみ。眷属たちはことごとく氷と炎の渦に飲み込まれ、消え失せていた。
そして、階層主の身体からも氷と炎の余韻なのか、煙が立ち上り、シューシューと音をたてていた。
「階層主にも効いている!セレナ。もう一発いくぞ!できるだけ弱らせる!」
突然のアレクシアの声にセレナは驚くが、すぐにその有効性に気づき、同意する。
「分かったわ!ドルク、戻って!もう一発行くわよ!」
共鳴魔法の後、階層主に向かっていたドルクを呼び戻し、二発目の共鳴魔法を唱えるアレクシアとセレナ。
そして――
「『氷魔の鎮魂歌』!!」
「『炎魔の鎮魂歌』!!」
二度目の共鳴魔法が階層主を襲った。
だが――階層主の身体は、謎の青と赤の光に包まれており、健在。先ほどと全く変わらぬ様子で立ちはだかる。
「今度は効いてない?なんだ?あの光は?」
アレクシアが驚きで混乱する中、セレナは皆に次々と指示を飛ばす。
「作戦通りいくわ! ドルク、階層主を抑えて!フィエルは補佐を!レオル、リュザードは攻撃!アレッタは土の属性矢で攻撃!姉さんは氷・水魔法をお願い!ミアは前衛陣に支援を!」
その声に各々の役割を果たそうと全員が素早く動く。ドルクが階層主の元に駆け寄り、タウントスキルで階層主を自分に引き付ける中、攻撃の火蓋を切ったのは素早い動きで遠距離から土属性の矢を放ったアレッタ。
アルカナ・コアクロスから放たれた土属性の矢が階層主の肩口に突き刺さり、階層主が一瞬アレッタを睨むと同時に、階層主の身体は土色の光に包まれた。
「土の属性矢、有効です!」
アレッタが声を上げ、再度土属性の矢を装填し、階層主に向けて放った。
だが――
二発目の土の属性矢は階層主にあたる直前、土色の光に邪魔され、突き刺さることはなかった。ニヤリと笑ったかのような表情で再びアレッタを睨む階層主。それを見たアレッタは階層主の光の意味を即座に理解し、皆に共有する。
「土の属性矢の二発目! ダメージほとんどありません! おそらくあの光のせいです!」
「そんな! 一度受けた攻撃を学習するとでもいうの?」
驚愕に包まれたセレナが叫んだと同時に、階層主の攻撃をドルクの盾が受け止める音が守護者の間に響く。
「こいつの攻撃、ヤバイ!長くはもたんぞ!」
階層主を抑えているドルクから悲鳴のような声が届く。
「こいつ、物理攻撃も学習していやがる。同じ攻撃が効かねぇ!」
「最初の一撃は通るが、同じ攻撃だとダメージがほとんどないぞ!」
前衛アタッカーのレオル、リュザードからも混乱の声が届く。
そして、炎魔法を試していたセレナは、階層主の特徴を正しく捉えていた。
(属性そのものに耐性を得ているわけじゃないわ。同じ技、同じ術式、同じ攻撃だけを覚えている)
セレナは一瞬の逡巡の後、決意した表情で全員に指示を飛ばす。
「皆! 同じ攻撃は通じないと考えて! 魔導士は同じ属性でも違う魔法を叩き込んで! ミア、階層主に可能な限りの弱体魔法を!
おそらく弱体魔法も二度は効かない。ミアの弱体魔法が効いている間が勝負よ。
共鳴魔法のダメージは大きいはず。倒しきるわ!」
セレナの指示を聞いた直後、ドルクは悲鳴のように叫ぶ。
「ミア、早くしてくれ!受け流すのも限界だ」
その言葉の通り、ドルクが階層主の攻撃を受け流している盾には大きな傷がついている。ミアはドルクの叫びに答える時間も惜しむように、階層主に向けて弱体魔法を詠唱する。
「集え、停滞の澱よ。抗えぬ重圧となりて、時の流れを縫い留めよ。逃避を許さぬ絶対の枷を以て、その歩みを停めよ!──減速魔法!!」
「グァァァァ!」
ミアの減速魔法の直撃を受けた階層主が小さく叫ぶと同時に、攻撃が明らかに遅くなり、ドルクの防御が安定する。ほぼ同時に、アレクシアを含む蒼天の軌跡の全員が自分の出来うるあらゆる種類の攻撃を叩き込み始める。
「くらえぃ!」
最初に火ぶたを切ったのはドルク。
ドルクの斧が唸りを上げ、上段からの斬り下ろしを叩き込むと、刃が食い込む感覚と共に、階層主の身体がわずかに光を帯びる――同じ攻撃は通じない、その証だった。
その光を見て、ドルクは下段から胴体を切り上げる。手ごたえは十分。だが、またあの光がともる。そこから先は、同じ斧筋を二度と使わぬよう、上下左右へ技を変え続けた。
だが、階層主もただやられてはいない。時には初めての攻撃すら、盾を利用して防ぎ、逆にドルクに剣で反撃を加えてくる。ミアの弱体魔法で弱っているとはいえ、その攻撃をまともに食らえばただでは済まない。
ドルクは攻撃を受けそうになる度に左腕の盾で受け流して戦うが、ついに斧を使った技がどれも通じなくなった。
「ちぃっ」
盾を前面に構えての体当たり。はじめて叩き込む技に階層主はたたらを踏むが、また体にあの輝きが灯る。ドルクが階層主の攻撃を引き付けて戦う中、フィエルの剣戟が階層主の側面からその身体を切り付け、レオルの穂先が幾筋もの傷をつけ、リュザードは風を纏わせた曲刀でフィエルとは異なる攻撃を繰り出し続ける。
アレッタは亜空間収納からあらゆる種類の矢を装填して攻撃し、アレクシアとセレナの氷と炎の魔法が交互に飛び、ミアの光魔法が階層主の目を焼く。
階層主は攻撃を受けるたびに七色に色を変え、あらゆる攻撃を覚えていくが、覚える速度よりも、叩き込まれる攻撃の密度の方がはるかに勝っていた。満身創痍となったその巨体が、ゆっくりと膝を折る。
「いけるぞ!もう少しだ!」
階層主が膝をつく。
しかし――。
「ウォォォォォーン」
階層主が大きく吠えたと同時に、小さな光が階層主を包む。
自己回復。その回復量は微々たるものだったが、一旦は膝をついた階層主が再び立ち上がる程度には効果のあるものだった。
そして、そのわずかの回復は攻撃陣には致命的であるかのように思われた。
「ヤバイぞ。もう使える魔法がない!」
アレクシアが叫ぶ。
「僕ももう手がありません」
少しでもダメージを与えようと、通常矢を階層主に放ちながら、アレッタも叫ぶ。
「俺たちも同様だ!」
ドルク、フィエル、リュザードからも同様の声が上がる。
「弱体魔法がもうきれちゃうわ!」
ミアも大声で叫ぶ。そんな中、前衛で唯一まだ切り札を放っていなかったレオルが、静かに瞳を閉じる。
――すべてを焼き尽くす覚悟を込め、彼は槍に紅蓮の炎を宿した。
「くらえ!!」
レオルが目を開けて、吠える。同時に、炎を帯びた槍の穂先が階層主の胴体に突き刺さり、爆炎を上げた。
レオルの真骨頂、渾身の『炎纏い』。
穴の開いた腹を抑えながら、再び苦しそうに呻く階層主。だが、先ほどのような小さな光は灯らない。
再び膝をつく、階層主。
だが、レオルにももう攻撃手段は残っていない。あと一撃。あと一撃が足りない。そんな中――
「前衛の皆!下がって!!!」
セレナが叫び声をあげた。一斉に下がるドルク、フィエル、リュザード、レオルたち前衛陣。
(リオ、力を貸して!!)
瞳に決意の色を込め、祈るようにしてセレナが詠唱を紡ぐ。
唱えた魔法は――。
「大気に満ちる我が魔力、烈火の檻となりて爆ぜよ――フレアストーム!!」
リオの得意技。詠唱が短い割に威力が高いが、魔法効率が悪く、一発撃てば魔力枯渇しかねない。ネタ魔法と揶揄される、フレアストームだった。
――フレアストームの爆炎が、階層主の全身を無慈悲に包み込む。
範囲を可能な限り絞って階層主に叩き込まれたフレアストーム。激しい閃光の中で、階層主の黄金の瞳が驚愕に揺らぎ、やがてその光を失った。
セレナが完全な魔力切れで倒れる中、階層主が完全に力を失い、地に伏した音が、守護者の間に響いた。
※挿絵はAIで製作したイメージ画です。
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