第103話 目覚めないリオ
――治療院。
迷宮都市ベルグランの中心部、探索者協会の近くに位置する、探索者たちがその身体を治療し、命をつなぐ場所。
今日も多くの探索者たちが、その身体を癒しに訪れていた。
そして、その治療院の最奥の特別室は錬金術で精製された回復薬の独特の匂いが部屋の空気を満たしていた。
ベッドにはリオが横たわっており、傍らにはミアがリオの手を握り、祈るように何度も呟いていた。
「リオ……」
あれから――
リオはドルクに背負われ、治療院に運ばれた。
治療院では、ベルグラン随一の癒やし手として名高い賢者カスパルが、最高レベルの回復魔法をリオに施し、表面上リオの身体から火傷の跡は消え失せていた。
しかし、リオは一向に目覚めなかった。ミアの震える指先が、返事のないリオの掌を深く握りしめる。
特別室の外にある待合室では、忙しなく行きかう治療師たちの足音だけが響く中、蒼天の軌跡の一行は全員が俯いていた。
沈黙を破ったのは、セレナ。
「私のせいね。リオに、うかつにフレアストームを使わせてしまった」
「……誰のせいとか、そういうことを言ってもしょうがないだろう」
フィエルが下を向いたまま、硬い声で答える。
「作戦は全員で共有していたんだ。誰のせいでもない」
「そんなことはないわ」
セレナはかぶりを振った。
「私は昔あの盾を見たことがあった。光り輝く盾。魔法を反射し、術者を攻撃するあの盾を」
セレナの拳が震えていた。
「なのに、リオを止められなかった。部屋に入ってすぐに警告を出せていれば、リオもあんなことにはならなかったのに」
「それよりも」
レオルがセレナの自嘲を遮るように、低い声で言った。
「どうしてリオは目覚めないんだ? 体は回復したんだろう?」
「わからないわ」
セレナが続ける。
「賢者カスパルも、首をひねっていたわ。リオの体は回復したはず。なのに、なぜ目覚めないかが分からないらしいわ。ただ……リオの身体は普通の人間とは違うとも言っていた。何かその特別な身体のせいで目覚めないのかも……とも」
閉ざされた特別室の扉を見つめる一行の背中には、拭いきれない不安が影のようにまとわりついていた。
そんな中、アレッタがおずおずと、その右手を挙げた。
「アレッタ、何かある?」
「僕は新参者なので、的外れならすみません」
アレッタは肩をすくめながらも言葉を紡いだ。
「亡霊とやらに、連絡をとることはできないんでしょうか?」
「亡霊に?」
セレナが眉をひそめる。
「リオさんは亡霊が手を加えたことで今の身体になったんですよね? で、あれば」
アレッタは続ける。
「亡霊がリオさんの今の状態に一番詳しいんじゃないでしょうか?」
セレナは、しばらくの間何かを考えるように俯いていた。
「それは、良い案だと思うわ」
セレナの言葉に、アレッタは希望を見つけたように目を輝かせた。
だが、セレナの続く言葉にその輝きもすぐに消えてしまった。
「でも、我々は一度も亡霊を見たことがない。亡霊に連絡をとる手段もわからないのが正直なところだわ」
待合室に、再び重苦しい空気が停滞した。
◇
その夜――
特別室。ベッドに横たわるリオの傍らでミアは、変わらずにリオの手を握っていた。
ミアを除く仲間たちは、特別室をすでに後にしていた。
六十階層までの探索で誰もが疲弊しており、セレナの判断で一旦宿へ戻ることになったのだ。
だが、ミアだけは納得しなかった。
「私は大丈夫。リオのそばにいる」
そう言って、リオのそばを動こうとしなかった。
そして、夜。
治療院の特別室は深い静寂に包まれていた。
ミアも疲れから意識を手放しかけたその時――リオの腕輪が夜の闇を切り裂くような強い光を発した。
「……っ!?」
ミアは、その光に意識を取り戻し、跳ね起きるようにして、その光を凝視する。
光は収束し、やがて一人の人影へと形を変えた。物理的な質量を持たない、半透明の影。
亡霊はミアに向かっておどけるように手を振った。
「やほ。はじめまして」
軽やかな挨拶に、ミアは息を呑む。
この男が、リオが言っていた亡霊なのか。
リオを今の身体に変えた謎の存在。
「何の用なの!? リオが目覚めないのはあなたのせいなのね!」
「違う違う」
心外だとでもいうように、亡霊は両手を広げて肩をすくめた。
「逆だよ。逆。リオちゃんが目覚める為のヒントをあげようと思ってね~。ホントはリオちゃん以外に姿を見せるつもりはなかったんだけど……緊急事態だからね~」
そう言って、亡霊は話を続ける。
「君たちが古代遺跡と呼んでいる場所があるよね。このまえ、クリスタル・アイアン・モノリスとやらを倒したダンジョン。そこの六十階層の奥の隠し部屋に僕の昔の研究室がある。
その部屋に、今リオちゃんがつけている腕輪とよく似た腕輪がある。それを取ってきて、リオちゃんの右腕にはめてくれるかな?」
亡霊は、そう言って小さく微笑む。
「リオちゃんは、定着した魂が不安定になったことで、起きたくても起きれない状態になってる。僕もなんとかできないかとさっきまで今つけている腕輪を通して魂を安定させようとがんばってたんだけどね。
ちょっと厳しそうなんだ。もう一つの腕輪があれば、リオちゃんの魂を再び安定させることができるはずなんだよ。
取って来れるかな?
それとも」
少し馬鹿にしたように鼻を鳴らして亡霊は言い放つ。
「リオちゃんに頼りっぱなしの君たちじゃ荷が重いかな?」
「……やるわ。リオのためなら。たとえそれがどんな場所だって」
ミアの瞳に、迷いは消えていた。
亡霊の鼻で笑うような態度にはいらつくが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「なら、急いでね。じゃーね。頑張って」
変わらず馬鹿にしたような態度で亡霊は言うと、その姿を消した。
「古代遺跡のダンジョン六十階層……」
そう呟いたミアの瞳には光が宿り、表情には覚悟を決めた色が見えていた。
※挿絵はAIで製作したイメージ画です。




