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【毎日更新】亡霊の罠で女になった万年D級探索者、拾われた先で頭角を現す ~灯火の輪のリオ~  作者: アサトン


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第94話 転移迷宮①

 その頃――。


 アレクシアは、焦っていた。


 目の前には、また一つの行き止まり。


 壁際には、淡く光る文様が刻まれている。


 この迷宮で何度も見てきた、転移罠と同じような文様だ。


「……またかよ」


 アレクシアは、苛立たしげに髪を掻き上げた。


 隣では、ロガーナがハルバードを杖のように使いながら、重く息を吐いている。


「次の転移も試すのか?」


 ロガーナの言葉に、アレクシアは呟く。


「転移の規則が分からないと厳しそうだな……ここで少し休息しよう」


「そうだな」


 ロガーナは短く頷いた。


 だが、その声にも以前ほどの力はなかった。


 補給物資は、すでに尽きている。


 食料も回復薬も残っていない。


 水だけなら、アレクシアが魔法で作れる。


 だが、戦闘と探索を続けるための魔力を残しておかなければならない。


 今のアレクシアに残された魔力は、決して多くなかった。


 このまま先へ進めば。


 次の広場で多数のガーディアンに襲われれば。


 本当に、魔力が尽きるかもしれない。


 そこまで追い詰められていた。


 そもそもの始まりは、三日前。


 五十階層の階層主との戦闘が始まってすぐだった。



 ロガーナが転移罠に飲み込まれた。


 アレクシアは、補給物資の入ったバッグを掴み、迷わずその後を追った。


 ロガーナを、あの場に一人で残すわけにはいかなかった。


 その判断が間違っていたとは、今でも思わない。


 幸い、転移先でロガーナとはすぐに合流できた。


 だが。


 予定していた転移結晶は、発動しなかった。


 結晶に魔力を通しても、何も起こらない。


「……こりゃ、面倒な場所に飛ばされたな」


 アレクシアは焦る気持ちを隠し、軽く肩をすくめた。


 転移先は、石造りの通路が延々と続く迷宮だった。


 進んでも進んでも、道はことごとく行き止まりに突き当たる。


 そして行き止まりには決まって、五十階層でロガーナが飛ばされた転移罠に似た、怪しく光る文様があった。


 最初のうち、二人はそれを避けていた。


 何が起こるか分からない転移罠など、踏むべきではない。


 普通なら、そう考える。


 丸一日かけて、文様を避けながら通路を調べた。


 だが、出口らしい場所はどこにもなかった。


 しかも、広めの部屋へ出るたびに、複数のガーディアンが襲いかかってくる。


 黒い石と金属で造られた、人型の守護兵。


 ロガーナがハルバードで迎え撃ち、アレクシアが上級魔法でまとめて吹き飛ばす。


 初日は、それでどうにかなった。


 だが、いつまでも続けられるわけではない。


 戦闘のたびに、魔力も補給物資も減っていく。


 そもそも、五十階層まで進んだ後だったため、補給物資にも余裕がなかった。


 そして二日目の朝。


 アレクシアは、転移罠に似た光る文様の前に立っていた。


「……避けてるだけじゃ、何も変わらねーか」


 ロガーナが隣に並ぶ。


「踏むのか?」


「ああ」


 アレクシアは、光る文様を睨んだ。


「ここまで調べて、出口は見つからなかった。だったら、こいつを使って進むしかないんだろ」


「自分は、こういうのは分からん」


 ロガーナは素直に言った。


「アレクシアに任せる」


「ああ」


 アレクシアは小さく笑った。


 そして二人で、文様の上に立つ。


 淡い光が足元から広がり、視界を白く染めた。


 次の瞬間。


 二人は、見知らぬ通路に立っていた。


「……迷宮内の別の場所か」


 ロガーナが周囲を見回す。


 アレクシアは床と壁をじっと見た。


 似たような造りだ。


 だが、同じではない。


 壁の傷の位置も、通路の幅も、わずかに違っていた。


「ただ飛ばされただけじゃねーな」


「文様ごとに、行き先が違うのか?」


「たぶん、な」


 アレクシアは腕を組んだ。


 行き止まりの文様を使い、別の区画へ進む。


 正しい順番で文様を踏み続けなければ、出口へはたどり着けない迷宮。


 そんなところだろう。


(……リュザードを連れてくるべきだった)


 壁や床に残る痕跡。


 文様ごとの違い。


 通った場所と、まだ見ていない場所の判別。


 アレクシアも、何も考えられないわけではない。


 だが、こういうことに関しては、斥候であるリュザードの方が圧倒的に経験が上だ。


(アタシもそれなりに考えてはいるんだけどな)


 そう思いつつも、二人は何度も転移を繰り返した。


 文様を踏み、別の通路へ移り、行き止まりを見つける。


 広場へ出れば、ガーディアンの群れが現れる。


 最初は上級魔法で一気に片づけていた。


 だが、二日目の途中から、アレクシアは中級魔法を中心に使うようになった。


 敵の数を減らし、ロガーナが受け止めた相手を一体ずつ確実に倒す。


「マナの節約か?」


「ああ」


 ロガーナに問われ、アレクシアは素直に答えた。


 先が見えない以上、魔力を使い切るわけにはいかなかった。


 そして三日目。


 最後の食料が尽きた。


 回復薬も残っていない。


 アレクシアの魔力も、かなり減っている。


 広場の敵を片づけるたびに、二人は休息を取るようになった。


 水を作るための魔力まで、残しておく必要があった。


「アレクシア」


「なんだ?」


「次の広場で、またあの数が出たらどうする」


 アレクシアは、少しだけ黙った。


「何とかする」


「本当にか?」


「……何とかするつもりだ」


 ロガーナは、それ以上聞かなかった。


 聞かなくても分かっていた。


 この先で魔力が完全に尽きれば、水すら確保できなくなるかもしれない。



 そして現在。


 アレクシアとロガーナは、次の転移罠が刻まれた小さな広場で休息を取っていた。


 広場の奥には、淡く光る文様。


 次に進むためには、あれを踏むしかない。


 だが、今の二人にはそのための余力が残っていなかった。


 アレクシアは壁際に腰を下ろし、目を閉じる。


 少しでも魔力を回復させなければならない。


 隣ではロガーナが、ハルバードに体重を預けるようにして座っていた。


「……少し休む」


「ああ」


 ロガーナも短く答えた。


 その時だった。


 通路の奥から、重い足音が響いた。


 石が床を叩く音。


 アレクシアが、ゆっくりと目を開ける。


「……来たか」


 闇の奥から、二体のガーディアンが姿を現す。


 さらに、その後ろから三体。


 合計五体。


「多いな」


 ロガーナが立ち上がり、ハルバードを構えた。


 だが、疲労の色は隠せない。


 アレクシアも杖を掲げる。


 残った魔力で、どこまで戦えるか。


 考えるまでもなかった。


 ロガーナが前へ出る。


 先頭のガーディアンが振り下ろした腕を、ハルバードで受け流す。


 だが、すぐに別の一体が横から迫った。


「くっ……!」


 鈍い音とともに、ロガーナの身体が揺れる。


「ロガーナ!」


 アレクシアは杖を突き出した。


 氷の槍が一体の胸を貫く。


 だが、倒れた敵の隙間を埋めるように、また別のガーディアンが迫ってくる。


 数が多すぎる。


 ここで大きな魔法を使えば、この場はしのげるかもしれない。


 けれど、その後に魔力が尽きれば終わりだ。


「自分が抑える!」


 ロガーナが、さらに前へ出た。


「アレクシアは、転移罠へ行け!」


「ふざけるな!できるわけねーだろ!」


 アレクシアは叫んだ。


 ロガーナを置いて、自分だけ転移する。


 そんな選択ができるはずもない。


 その時。


 広場の奥にある転移文様が、急に強く光り始めた。


「……何だ?」


 ロガーナが、荒い息のまま目を向ける。


 アレクシアも杖を構え直した。


 白い光の中に、三つの人影が浮かび上がる。


「アレクシアさん!」


 聞き覚えのある声が、広場に響いた。


 光が消えるより早く、リオがこちらへ駆け出す。


「これを飲んでください!」


 リオは小さな瓶を、アレクシアへ向かって投げた。


 アレクシアは反射的に受け取る。


「何だ、これ――」


「回復薬です!」


 リオの声が飛ぶ。


 迷っている余裕はなかった。


 アレクシアは栓を抜き、中身を一気に飲み干す。


 次の瞬間。


 身体の奥に、強烈な熱が流れ込んだ。


 張りついていた疲労が消える。


 枯れかけていた魔力が、一気に満ちていく。


 重かった腕が軽くなり、鈍っていた思考まで澄み渡った。


「……っ」


 アレクシアは、自分の手を見た。


 失われていた力が、完全に戻っている。


「お前、アタシに何を飲ませた!」


「回復薬です!ここはとにかく先に敵を!」


「後で聞かせてもらうぞ!なんだこれは!体力も魔力も完全に回復してるじゃねーか!」


 アレクシアが怒鳴る。


 その横で、ミアが杖を掲げた。


「ロガーナさん、今治します!」


 柔らかな光がロガーナを包み込む。


 傷ついた身体に、温かな魔力が流れ込んでいく。


「……助かった」


 ロガーナは低く息を吐いた。


 そこに、アレッタがアルカナ・コアクロスでロガーナを援護する。


「リオさん! ロガーナさんの左、二体を止めてください!」


「分かりました!」


 リオのディープ・フリーズが、ガーディアンの足を止める。


 その隙に、アレッタの矢が敵へ突き刺さった。


 完全回復したアレクシアが声をかける。


「……いいぞ。皆!どいてくれ」


 杖の先に、冷気が集まり始める。


「アタシがやる」


 ーーそして。


 広場の敵が、一斉に凍りついた。


挿絵(By みてみん)


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