第92話 緊急依頼③:迷宮の境界へ
しばらくの間、誰も口を開かなかったが、その重い沈黙を破ったのは、フィエルだった。
「五十階層の階層主は、どんな相手だったんだ?」
カイゼルが顔を上げる。
「巨大な柱のような魔導兵器だ。黒い鉄の塊に、いくつもの結晶が埋め込まれていた」
「名前は?」
「仮称だが……クリスタル・アイアン・モノリスと名付けた」
アレッタが小さく呟く。
「モノリス……古代施設の防衛端末、ということでしょうか」
「おそらくな。動きは速くない。だが、戦闘を開始するとすぐにモノリスの上部が光り、それと連動するかのようにロガーナの足元の床の文様が輝いた」
「危険を感じる暇もなく、ロガーナがどこかに飛ばされた。後は、言った通りだ。アレクシアはロガーナを一人にしないために、自分から飛び込んだんだ」
カイゼルの表情が、険しくなる。
「魔法陣が発動する前後で、何か気づいたことはないですか?」
リオが尋ねると、カイゼルは俯き、何かを思い出すように口に手を当てた。
「……部屋のあちこちに、同じような文様があったはずだ」
アレッタは、ゆっくりと頷いた。
「階層主本体と、床の文様が連動している可能性が高そうですね。どの文様が発動したかによって、飛ばされる場所が変わるのかもしれません」
「ロガーナが踏んだのと同じ文様を、再び発動できると思うか?」
フィエルの問いに、カイゼルは即答できなかった。
「ちょっと待ってくれ。リュザード、どうだ?」
リュザードが、俯いたまま呟く。
「……ああ。場所は覚えている。現地に行けばどの文様が発動したかを説明できる」
「なら、現地を確認する必要があるわね」
セレナがゆっくりと呟いた。
「二人が心配だわ。同じ場所の転移罠を発動して、後を追うのが一番早そうだけど……」
それを聞いたミアが不安そうにリオを見る。
「でも……転送先にはなにがあるかわからないのよね?」
リオは黙って床を見つめていた。
恐らくは転移結晶が使えない場所。
何があるか分からない転送先。
そこに、アレクシアとロガーナは飛ばされ、脱出できないでいる。
「俺が行きます」
リオが顔を上げ、そう告げると、室内の視線が、一斉にリオに集まった。
「同じ場所に飛ばされる保証はないと思います。でも、二人を見つけるのには俺の感知能力が役立つはずです」
リオは続ける。
「ウォー・オークエンペラー戦で深く広く感知するようにしてからは、罠やダンジョンの違和感なんかも感知できるようになりました。もし転移装置や、外につながるような魔力の流れがあるなら……俺なら見つけられるかもしれません」
アレッタが、リオを見て言った。
「僕も行きます」
「アレッタ?」
「古代の転移装置なら、見つけるだけでは足りません。どう動かすか、何を意味しているのかを調べる人も必要です」
小さな手が、ぎゅっと握られる。
「僕のこれまでの研究がどれだけ役に立つかはわかりませんが、専門知識は僕が一番持っているつもりです」
「私も行くわ」
セレナが続ける。
「アレクシア姉さんを助ける。二人のような知識や能力はないけれど、姉さんのことなら私が一番わかる」
フィエルが腕を組んだまま、低く言った。
「待て。セレナが行くのには反対だ」
その声に、部屋の空気が引き締まる。
「リオとアレッタが行く理由は理解できる。だが、セレナのはただの私情にしか聞こえん」
「あと一人行くのであれば、光属性の回復魔法を使える俺かミア、もしくはミレティアにするべきだと俺は思う」
「合流さえできれば、タンクであるロガーナ、氷系の超級魔法使いアレクシア、感知が使え、魔法も武器も使えるリオ、錬金術師で罠や魔道具に詳しいアレッタ、あと一人回復役がいればバランスはいいはずだ」
「でも……フィエル……」
否定されたセレナが抗議するように声を上げる。
「なら、私が行く」
ミアは何かを決意したように言った。
「ロガーナさんやアレクシアさんが怪我をしているようなら私が治す。それに、リオとアレッタならなんとかしてくれる。私はそう信じてる。セレナ、フィエル。私が行ってもいいかな?」
小さくため息をついたセレナはあきらめたように言った。
「……まずは現地へ向かいましょう」
やがて、セレナは言った。
「遺跡の入口近くに待機場所を作る。補給と連絡の拠点、それから――万一に備えた次の救出隊を準備するために」
カイゼルが、ゆっくりと頷く。
「それがいい」
「リオ、アレッタ、ミアを行かせるかどうかも、五十階層の状況を見てから決めるわ」
セレナは三人を一人一人見つめる。
「でも、行く可能性の高い三人はそれに備えて準備をしておいて」
「はい」
「分かりました」
「わかったわ」
三人が同時に頷いた。
「分かった」
レオルが、短く頷く。
「なら、俺たちは外で準備しておく。次に動く時、足を引っ張らないようにな」
ドルクも頷く。
「うむ」
アレクシアとロガーナを救うための作戦が、ついに動き始めた。
※挿絵はAIで製作したイメージ画です。
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