第91話 緊急依頼②:蒼天の決意
緊急依頼を受けた蒼天の軌跡は、翌朝を待たずに王都へ向かうことになった。
未踏破領域の探索は、一時中断。 五十八階層へ向かうための準備も、風属性の範囲魔法の習得も、すべて後回しだ。
今は、それどころではなかった。
銀翼の剣。
その名は、王都でもよく知られている。
つい先日リオとミアがお世話になった王都のAランクパーティ。
そして、行方不明になったのは、ロガーナとアレクシア。
どちらもリオたちが一緒に行動した探索者。特にアレクシアは、セレナの姉でもある。
蒼天の軌跡の面々は、急ぎ王都へ向かい、そのまま探索者ギルドへ足を進めると、ギルドの一室にはすでに三人の探索者が一行を待ち構えていた。
カイゼル。
ミレティア。
そして、リュザード。
銀翼の剣三人だ。
「来てくれたか……」
カイゼルが、蒼天の軌跡を見るなり立ち上がったが、その顔には、明らかな疲労の色が浮かんでおり、ミレティアでさえ、普段の余裕を失っていた。
そして、もう一人、リュザードに至っては、椅子に座ったまま俯き、拳を強く握りしめていた。
「詳しく聞かせて」
セレナが言った。
「姉さんたちに何があったの?」
カイゼルは一度目を閉じ、深く息を吐いた。
「俺たちは、新発見の古代遺跡にあるダンジョンの調査依頼を受けていた」
「古代遺跡のダンジョン……」
リオが小さく呟く。
「最近見つかったばかりの場所だ。古代遺跡の地下に、迷宮化した区画が広がっていた。ギルドからの依頼で、俺たち銀翼の剣が先行調査に入った」
「どこまで進んだの?」
セレナが尋ねる。
「四十階層までは、問題なく進めていた」
カイゼルは悔しそうに拳を握った。
「新発見のダンジョンとはいえ、魔物の強さも罠の傾向も、こちらで対処できる範囲だった。だから五十階層の階層主にも、撤退を前提に一度当たってみることにしたんだ」
「撤退を前提に、ですか」
リオが確認するように言う。
「ああ。無理に討伐するつもりはなかった。相手の能力を見て、危険ならすぐに引く。そう決めていた」
そこで、カイゼルは言葉を詰まらせた。
「だが……戦闘が始まってすぐだった」
部屋の空気が重くなる。
「転移罠が発動して、ロガーナが消えた」
「ロガーナさんが……?」
「ああ。俺たちの目の前から、一瞬でだ」
カイゼルは歯を食いしばる。
「そして、アレクシアはすぐに判断した」
セレナの表情がわずかに強張る。
「アレクシアは何をしたの?」
「俺たちに撤退しろと指示した。俺とミレティア、リュザードは転移結晶で脱出しろ、と」
「アレクシアらしいわね」
セレナは苦しそうに呟いた。
カイゼルは頷く。
「あいつは、補給物資の入ったバッグを掴んだ。回復薬、食料、予備の装備……もちろん、転移結晶も入っていた」
「まさか……」
ミアが息を呑む。
「アレクシアは、そのままロガーナが消えた転移罠に飛び込んだ」
部屋に沈黙が落ちた。
「転移罠が閉じる前だった。止める暇もなかった。あいつは、ロガーナを一人にしないために、自分から飛び込んだんだ」
「……」
リオは何も言えなかった。
アレクシアなら、そうする。
そう思えてしまうからこそ、胸の奥が重くなった。
「俺たちは、アレクシアの指示に従って転移結晶を使った」
カイゼルの声が低くなる。
「正直に言えば、俺たちも後を追いたかった。だが、あの場で全員が消えれば、誰も外へ知らせられなくなる」
「正しい判断です」
セレナは言った。
「でも、辛い判断だったでしょうね」
カイゼルは答えなかった。
代わりに、リュザードがかすれた声を出す。
「俺が……見抜けなかった」
全員の視線がリュザードへ向かう。
「斥候役の俺が、転移罠を見つけられなかった。ロガーナが飛ばされる前に、俺が気付いていれば……」
「違う」
カイゼルが、静かに首を振った。
「お前だけのせいじゃない。戦闘中に発動する階層主のギミックを、事前にすべて見抜くなんて、誰にもできない」
「だが……!」
「リュザード」
ミレティアが、震える声で言った。
「あなたのせいじゃないわ」
リュザードは唇を噛み、黙り込み、カイゼルは、改めてセレナたちを見る。
「アレクシアなら、ロガーナを見つけて、転移結晶で戻ってくる。俺たちはそう信じていた。だが……」
カイゼルは続ける。
「何時間待っても、二人は戻ってこなかった」
「……転移結晶が使えない場所に飛ばされた、ということね」
セレナが静かに言う。
「ああ。俺たちも、そう判断するしかなかった」
部屋の空気が、さらに重くなる。
隔離された領域。
転移結晶すら機能しない場所。
そこに、ロガーナとアレクシアが取り残されている。
「俺たちも……同じ転移罠を発動させて、後を追おうとは思った」
だが、とカイゼルは続ける。
「俺たちまで飛び込んだら、誰も二人の救援を頼めなくなる」
セレナは小さく頷いた。
「だから、信頼できるパーティに緊急依頼を出すことにした」
カイゼルは、セレナたちを真っ直ぐに見た。
「ホワイト・ダイア・ガーディアンの討伐に大きく貢献したリオ。そして、アレクシアの妹であるセレナがいる蒼天の軌跡」
カイゼルは、少しだけ言葉を詰まらせた。
「真っ先に、お前たちのことが浮かんだんだ」
リオは、胸の奥が重くなるのを感じた。
アレクシア。超級魔法の使い手。
いつも豪快で、無理を押してまで自分にいろいろと教えてくれた。
ホワイト・ダイア・ガーディアン戦でも、魔力切れ寸前になりながらリオとの共鳴魔法を成功させ、大理石の台座を破壊した。あの勝利に、大きく貢献してくれた人だ。
そのアレクシアが、今度は助けを必要としている。
「……分かりました」
リオは静かに頷いた。
「詳しい状況を、教えてください」
カイゼルは、わずかに目を見開いた。
セレナも、リオの言葉に続く。
「依頼は引き受けるわ」
「セレナ……」
ミアが隣で頷く。
「もちろんです。アレクシアさんとロガーナさんを助けに行きましょう」
リオが再び言葉を重ねる。
「ええ。そうね」
セレナは短く答えて、そのまま続ける。
「二人とも、必ず連れ戻すわ」
カイゼルは深く頭を下げた。
「頼む」
その声には、銀翼の剣としての意地も、仲間を失いかけている者の切実さも、すべて込められていた。
※挿絵はAIで製作したイメージ画です。
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