第88話 未踏破領域①
蒼天の軌跡の面々は、予定通り五十六階層、未だ蒼天の軌跡だけでなく、クラン「灯火の輪」の誰も踏破していない領域へと足を向けていた。
一行は、四十階層まではリオのフレアストームを最大限活用して一日で移動した後、まだ階層主が再出現していない五十五階層までは一気に進み、先日ウォー・オーク・エンペラーを倒した五十五階層の最奥の階段へと向かっていた。
五十一階層から五十四階層のように大森林地帯や砂漠地帯、溶岩地帯や氷雪地帯のような状況が広がっているかもしれない。一行はそんなことを考えながら階段を下りて五十六階層にたどり着いたが、一行の目の前には、これまでの階層と同じようにダンジョンが広がっていた。
「ここは普通のダンジョンっぽいな」
レオルが呟く。
「ちょっと待って下さい。確認します」
同じく階段を下りたリオが、その鋭い感知能力を広げ、あたりの様子を探った後しばらくして結果を告げる。
「そうですね。五十五階層と同じくダンジョンが広がっているようです。ただ、ダンジョン自体に何か違和感があります。一番近いところでは、ここから二十メトルほど先の壁に、何か魔力反応がありますね」
それを聞いたアレッタは、何かを考えるように呟いた。
「何かの罠かもしれません。慎重に進みましょう」
リオが感知した場所の近くまで来ると、アレッタは壁の前にしゃがみ込み、石床と壁の境目をじっくりと確かめ始めた。
小さな魔道具を取り出し、魔力の流れを読み取っていき、しばらくしてからアレッタは難しい顔で顔を上げた。
「やはり罠のようです」
一見すると、何の変哲もない壁だが、近づいてみると石の継ぎ目に沿って、ごく薄い魔力の流れが走っている。
アレッタは小さな魔道具を慎重に壁へ近づけた。
「確認します」
しばらくして、アレッタは小さく頷く。
「壁に仕込まれた起動罠ですね。このまま近づくと、魔力弾が飛んでくるようです」
「解除できそうか?」
レオルが尋ねる。
「はい。大丈夫です」
アレッタは迷いなく答えた。
「術式は少し複雑ですが、仕組みは分かります。少し時間をください」
「分かったわ」
セレナが頷く。
「周囲は私達で警戒する。アレッタは解除に集中して」
「はい」
アレッタは細い金具を石壁の継ぎ目へ差し込み、魔力の流れを少しずつ乱していく。
その間、リオは周囲へ感知を広げていたが、やがて、リオがわずかに眉を寄せる。
「……近い範囲だけでも、罠らしい魔力反応がいくつもあります」
「そんなにか?」
「はい」
リオは通路の先を見つめたまま答えた。
「床にも、壁にもあります。王都のダンジョン、《聖紋の迷宮》より多いですね」
レオルが顔をしかめた。
「罠が多いことで有名な、あの迷宮よりかよ」
それを聞いたリオは、苦笑いしながらレオルに答えた。
「『アグレス坑道は罠が少ない』と言われているのは、あくまでも深層上部までの話ですからね。深層ではこういうこともあるでしょう」
セレナは静かに通路の奥を見据えて呟く。
「未踏破領域では、これくらいは覚悟しておくべきね。でも、罠自体は感知で発見できるし、それをアレッタが解除できるなら、問題ないわね」
アレッタは作業を続けたまま小さく笑った。
「任せてください。時間はかかるかもしれませんが、ちゃんと進めるようにします」
その言葉通り、しばらくして壁に走っていた魔力の光が消えた。
「解除できました」
アレッタが立ち上がる。
「これで、この罠は大丈夫です」
「アレッタ、すごーい」
ミアが言う。
「もしアレッタがいなかったら、大変だったねー」
「そうね」
セレナも頷いた。
「リオが見つけて、アレッタが解除する。この階層では、その二人の力が特に重要になりそうね」
リオは改めて、通路の奥へ感知を広げた。
だが、見える魔力反応は一つや二つではない。
床の下。
壁の向こう。
天井の奥。
進む先には、まだ数え切れないほどの罠らしい反応が続いていた。
「……これは、進むのにかなり時間がかかりそうですね」
「ええ」
リオが呟き、セレナは頷く。
「急がず、一つずつ進みましょう」
蒼天の軌跡は、これまで以上に慎重な足取りで、五十六階層の奥へ進み始めた。
※挿絵はAIで製作したイメージ画です。




