第85話 黒槌のガルド
ベルグランのギルド近く。
大通りから少し外れた路地に、その鍛冶工房はあった。
派手な看板はなく、小さな槌と炉の絵が、鍛冶工房であることを示していた。
店先に並ぶ武具も多くはない。
だが、扉の奥からは、常に槌で鉄を打つ低い音が響き続けていた。
「ガルドはいるか?」
店先にいた店員らしき女性にドルクが尋ねると、女性は小さく頷いた。
「ああ。奥で鍛冶をしてるよ」
「なんの用?」
「仕事を頼みたい」
ドルクは短く答えた。
「親方はそう簡単に仕事を受けないよ」
「知っとる」
ドルクは再び短く答えた。
「なら、自分で頼みな」
「親方は一番奥だ」
ドルクは頷いて、中に入っていく。
リオも後に続いた。
一番奥までいくと、筋肉隆々とした男が一人、背を向けてひたすら鉄を槌でたたいているのが見えた。
「ガルド、俺だ。ドルクだ」
ガルドと呼ばれたその男は振り向きもせず返事をする。
「そんな奴は知らん」
ドルクは黙ったまま続く反応を待った。
「わしの忠告を無視して、壊れかけの盾でダンジョンに向かった馬鹿な男がそんな名前だった気はするが」
「もう一年も顔も見せとらん」
「死んだと思っとる」
ドルクはうつむいて答えた。
「すまん。ガルド」
「お前に合わせる顔がなかった」
「お前の忠告は正しかった。俺は盾を破壊され、ダンジョン奥地で死にかけた」
「だが、生きとる」
「昔のよしみで話だけでも聞いてくれんか?」
ガルドはようやく振り返り、ドルクを睨みつけた。
「だから言ったろうが」
「この馬鹿が」
ドルクはしばらく黙っていたが、静かに頭を下げた。
「……本当にすまなかった」
ガルドはしばらく黙ってドルクを見ていた。
「盾を壊したことを怒ってるんじゃねぇ」
「わしが怒ったのはな。わしの忠告を無視したことだ」
「武具は命を預けるものだ」
「それを軽く見た奴に、わしは武具を打たねぇ」
ドルクは何も言わなかった。
ただ、頭を下げたままだった。
やがて、ガルドの視線がリオへ移る。
「で、その子は何だ」
「リオ。蒼天の軌跡の仲間だ」
「こいつの武器と防具を頼みたい」
リオは慌てて頭を下げた。
「お願いします。ドルクさんと何があったかは知りませんが、俺も謝ります」
「すみませんでした」
ガルドはリオをじろりと見た。
「なんでお前が謝る」
リオは頭をさげたまま答える。
「ドルクさんには色々教えてもらってます」
「師匠のようなものです」
ガルドは、黙ったままリオの様子を見ていた。
顔。
肩。
腰。
手。
そして、腰の剣へ視線を落とす。
「まぁ悪くない装備じゃねぇか」
リオは顔を上げてお礼を言った。
「ありがとうございます」
「だが、合ってはいないな」
リオは少し驚いた。
ガルドはそれ以上言わず、ドルクへ視線を戻す。
「素材はあるのか」
「ああ」
ドルクは袋を開いた。
まず取り出したのは、赤黒い巨大な角。
レッド・サイクロプス・ギガントの角。
それを見た瞬間、ガルドの目が変わった。
「……ほう」
ガルドは角へ近づき、手を伸ばした。
表面を撫で、重さを確かめ、軽く叩く。
音を聞いた瞬間、わずかに口角が上がった。
「もしかして、階層主の落とした素材か」
「ああ」
「相当奥深くの階層主だな?」
「そうだ。四十五階層、レッド・サイクロプス・ギガントの角だ」
「面白ぇものを持ってきやがったな」
続いてドルクは、黒鉄の塊を取り出した。
ウォー・オーク・エンペラーの黒鉄素材。
ガルドは、黒鉄を持ち上げ、炉の光にかざす。
鈍い黒光りが、工房の中で重く沈む。
「……こ……こいつは??」
「こっちは五十五階層、ウォー・オーク・エンペラーが落としたものだ」
「よく持って帰って来たな」
「お前ら、価値がわからないとかいって魔石しか持って帰らねーんじゃなかったか?」
ドルクは短く答えた。
「方針が変わった」
「これで、こいつの剣と防具を作ってほしい」
「頼む」
ドルクが再び頭を下げる。
ガルドは鼻を鳴らした。
「ふん。ずいぶん殊勝になったな」
「まぁいい。こんな素材を見せられたら鍛冶屋の血が騒ぐ」
「それをわかって持って来やがったな」
ガルドはニヤリと笑って、ドルクに言った。
「よく生きて帰ってきた。まぁ生きてるのは知ってたがな」
「次にわしの忠告を無視したら、今度こそ縁を切るぞ」
ドルクは頭を下げたまま答えた。
「分かってる。二度と忠告を無視したりはせん」
ガルドは笑って続けた。
「ホントに殊勝になったな」
「まず、この角だが」
「この角は剣にできる。火を吐くような派手な魔剣にはならねぇ」
「だが、魔力を通せば刃が熱を帯びるかもしれねぇな」
リオは思わず角を見た。
アレッタは、熱や炎に強い剣になると言っていた。
だが、ガルドはそれより先を見ているようだった。
「黒鉄はどうだ?」
ドルクが尋ねる。
「いい素材だが……重すぎる」
ガルドは即答した。
「だが……」
「嬢ちゃん、身体強化は得意だな? わしにも溢れんばかりの魔力が見て取れる」
「ならなんとかなるか」
「とはいえ、この素材ならおそらく胸当てと籠手が良いと思うぞ」
「急所を守るには最適だろう」
「嬢ちゃんの動きにも合うだろう」
「俺の動きが分かるんですか?」
リオが思わず聞くと、ガルドは鼻で笑った。
「今の装備をみれば大体はわかるさ」
「重い鎧で受ける奴じゃねぇ」
「避けて、踏み込んで、斬る奴だ」
リオは少し驚いた。
その通りだった。
ガルドはリオへ向き直る。
「作るなら、採寸がいる」
「採寸、ですか?」
「当たり前だ。防具は体に合わせるもんだ」
「合ってねぇ防具は、守るどころか体を壊す」
リオは少しだけ戸惑った。
自分専用の防具。
しかも、今のこの身体に合わせたもの。
そう考えると、どうしても落ち着かない。
ガルドはそんなリオの様子を見て、眉をひそめた。
「嫌なら作らねぇ」
「いえ。お願いします」
リオは慌てて頭を下げた。
「俺は、もっと先へいかないといけないんです」
「そのために、必要なら」
ガルドはしばらくリオを見ていた。
やがて、短く息を吐く。
「いい目だ」
そして、ドルクへ視線を戻した。
「ドルク」
「ああ」
「この依頼、受けてやる」
「全く。生きてるなら早く詫びに来い。一年も待たせやがって」
ドルクは静かに頷いた。
「すまん。助かる」
「ただし」
ガルドは太い指で、赤黒い角と黒鉄を叩いた。
「半端なものにはしねぇ」
「時間はかかる」
「金もかかる」
「それでもいいな?」
リオは迷わず頷いた。
「はい」
ガルドは満足そうに鼻を鳴らした。
「それと」
「ドルク、お前の盾と斧もおいていけ」
ドルクは首をかしげて尋ねた。
「なぜだ?何かに使うのか?」
「整備してやると言ってる。また壊されちゃかなわんからな」
ドルクは少し驚いたように答えた。
「すまん。助かる」
「よし」
「始めるぞ」
炉の火が、低く唸る。
深層の階層主素材。
レッド・サイクロプス・ギガントの角。
ウォー・オーク・エンペラーの黒鉄。
それらが、リオのための武具へと変わろうとしていた。
※挿絵はAIで製作したイメージ画です。
読んでいただき、ありがとうございます!
ドルクの過去を知る頑固鍛冶屋・ガルド。
リオの新しい装備も決まり、ここからさらにパワーアップしていきます!
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