閑話:秘密会議
その日、リオは美容室に出かけていた。
先日、ミアに身だしなみについて指摘され、定期的に身だしなみを整えるように蒼天の軌跡の全員から言われたからだ。
そして、リオがいなくなった後。
蒼天の軌跡の面々は、宿の一室に集まっていた。
セレナ、ミア、レオル、ドルク。
そして、フィエルとアレッタ。
セレナは全員を見回し、静かに口を開いた。
「リオがいない間に、フィエルとアレッタにも話しておきたいことがあるわ」
フィエルが少しだけ眉を動かす。
アレッタも真面目な顔で姿勢を正した。
「リオのことよ」
その言葉に、ミアがわずかに視線を落とす。
レオルとドルクは、すでに事情を知っているからか、黙ったままだった。
「信じられないかもしれないけど、リオは、元々は男性だったの。私達のクラン、灯火の輪に所属していたD級のソロ探索者よ」
アレッタが目を丸くした。
「……はい?」
フィエルは一瞬だけ驚いたようにしたが、すぐに納得したように頷いた。
「なるほどな。だから、リオちゃんと呼ばれるのを嫌がったのか」
「フィエル、今はリオと呼ぶ約束でしょう」
セレナが言うと、フィエルは小さく肩をすくめた。
「ああ。悪い」
セレナは続ける。
「リオは、亡霊によって今の身体に変えられた。本人は元の身体に戻る方法を探しているわ。その手がかりを得るために、今は深層下部にいる亡霊に会おうとしている」
「それがリオの一番の目的」
アレッタはしばらく黙っていた。
錬金術師として、何かを考えているようだった。
「なるほど。それであの身体なんですね。魔力が溢れ、人間ばなれしているとは思っていましたが、身体そのものを変えられているんですね」
「ええ」
「それは……普通の薬や魔道具で男性に戻るのは難しいと思います」
アレッタは真剣な表情で言う。
「作り替えられたものを元に戻す方法が必要です」
「そうね。そうだと思うわ」
セレナは頷いた。
そこで、レオルが口を開いた。
「創生の雫では元に戻せないのか?」
フィエルの右脚を再生させた秘薬。失われたものを取り戻す力を持つ、奇跡の雫。
しかし、アレッタは首を振った。
「無理だと思います。創生の雫は、失われたものを再生する霊薬」
「いまのリオさんは身体そのものを別の形に作り替えられている。創生の雫を使っても、今の健康な身体……リオさんの今の状態から何も変わらないでしょう」
その場に、重い沈黙が落ちた。
ミアが小さく息を吐く。
「……そうなんだ」
その声は、ほんの少しだけ安心したようにも聞こえた。
全員の視線がミアへ向く。
「ち、違うから!」
ミアが慌てて顔を上げる。
「戻れなければいいなんて思ってないから!」
レオルが苦笑する。
「本当か?」
ドルクが短く言った。
「本音が漏れてたぞ」
「ドルクまで!」
「本当よ!リオの望みなら、できれば叶えてあげたい。戻れなければいいなんて思ってない」
ミアが頬を赤くする。
だが、その空気はすぐにまた静かになった。
セレナは改めて口を開く。
「でも、実際の話、もしリオが元の身体に戻れば、今の力を失う可能性が高いわ」
「今の感知能力。魔力。身体能力。魔法、全てを失う可能性がある」
レオルが腕を組んだ。
「戦力として考えれば、とんでもない損失だな」
「そうね」
セレナは否定しなかった。
ドルクが低く言う。
「だが、本人の望みだ」
「ええ」
セレナは頷く。
「だから、私達は協力する」
その言葉に、ミアはすぐには頷けなかった。
しばらく黙った後、ミアは俯いたまま口を開いた。
「分かってる。リオが戻りたいなら、協力する」
一度、そこで言葉が切れた。
ミアは拳を握る。
「でも……本音を言えば、戻ってほしくない」
誰もすぐには言葉を返さなかった。
ミアの声は震えてはいない。
けれど、その言葉が軽いものではないことは、全員に伝わっていた。
「今のリオが好きだから」
ミアは小さく続ける。
「綺麗で、可愛くて、でも中身はカッコいい男性で……」
「だから、元に戻ったら、そのリオがいなくなっちゃう気がして」
レオルが少し困ったように頭を掻いた。
「まあ、ミアはそうだろうな」
「何よ、それ」
「見てれば分かる」
「分からないわよ!私の気持ちがわかるわけない!」
ミアが言い返す。
そのやり取りに、少しだけ空気が緊張した。
セレナも静かに口を開く。
「……気持ちは分かるわ」
ミアが驚いたようにセレナを見る。
「セレナも?」
「リオが今のままでいてくれたら、と思ってないと言えば嘘になるもの」
セレナは少しだけ苦笑する。
「でも、それとリオの望みを否定することは別よ」
その言葉に、ミアは何も言えなかった。
セレナは全員を見回す。
「リオはこれまで何度も私達を助けてくれた。特に今、フィエルがここにいるのはリオのおかげ」
「だから、私達もリオに恩を返す」
「リオの希望通り、深層下部――亡霊のところへ行く」
「そこまでは、私達が何が何でも叶える。ただし、リオが元に戻るかどうかは、リオ自身に決めてもらう」
「そういうことでいいわね?」
レオルが頷く。
ドルクも静かに頷いた。
フィエルも、アレッタも、それぞれ真剣な表情で頷いた。
だが、ミアだけは少し不満そうに唇を尖らせていた。
「でも、引き止めるくらいはいいでしょう?」
セレナは一瞬だけ目を丸くした。
それから、小さく笑う。
「ええ。それは、いいと思うわ」
「まあ、ミアが黙っていられるとは思えねぇしな」
レオルが言う。
「レオル!」
「事実だろ」
ドルクが続ける。
「無理だな」
「ドルクまで!」
ミアの声に、部屋の空気が少しだけ軽くなる。
秘密会議。
リオがいない間に交わされたその話し合いは、決して軽いものではなかった。
けれど、少なくとも一つだけは決まった。
深層下部へ行く。
亡霊のもとへ辿り着く。
そして、その先を選ぶのはリオ自身。
蒼天の軌跡の大きな目標がリオ以外の全員に共有された。
蒼天の軌跡は、深層下部へ向かって進む。
深層の謎を解き明かすために。
そして――リオの望みを叶えるために。
読んでいただき、ありがとうございます!
実は、閑話を含めると今話で記念すべき100話目(ep100)となります!
ここまで走り続けられたのも、いつも読んでくださる皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございます!
これからもリオたちの旅を温かく見守っていただけると嬉しいです。
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