8:心中
中央都市の中心に位置する一際高い”天塔”と呼ばれる建造物。その最上階では大陸守護者らによる会議が行われる。宇宙めいた空間に巨大な円卓に五つの席が設けられている。竜人族担当「イチドウ」、魔族担当「フタバ」、獣人族担当「ミウラ」、吸血鬼担当「シカマ」、鬼族担当「ゴリン」ともに見た目はほとんど変わらない。白い仮面に白装束。声と体のラインから性別は確認できる。イチドウ、ミウラ、ゴリンは男性。フタバ、シカマは女性。五か所に取り付けられた窓から日の光が入り込み、その姿を照らし出す。
「一人、足りない。フタバはどうした」
「半月前に魔族領地へ調査に行ったきり連絡が取れない」
「同伴した戦人序列は?」
「5位二階堂、8位ベルキャットともに連絡なし」
「捜索部隊はまだ出すな」
「なぜだ?」
「近頃、魔族領地の動きがきな臭い。それに獣人族領地の空を徘徊する竜も目撃された」
四人の感情の見えない会話に微かに動揺が滲み出る。
「荒れるやも知れぬ——」
討伐軍の寮を出ると、ただただ広くなにもない敷地が広がっている。あるものは日陰で食事をし、またあるものは模擬戦なんかを行っている。これだけ広いんだから何かしら立てればいいんじゃないか、なんて考えることもある。サライスは闘技場でも立てればいいんじゃない?とか言ってたけどあいつはあまり戦闘向きじゃない。日々適当に発言してるのがよくわかる。
「それで、ここで試すの?」
隣を歩いている由姫が問いかけてきた。
「うん、みんな模擬戦とかやってるし変には見られないから大丈夫だぞ」
「でも試すにしても私、見て治癒することしかできないよ?」
「しか、ってね……それ、めちゃくちゃすごいんだけど」
「そーなの?」
「そもそも軍にヒーラーっていなかったような気がするし」
「ふーん」
由姫は興味ないような返答をして周りを眺めている。いつもと違う髪型、腰まである長い銀髪を頭の後ろで結っている。
「今日、髪型違うな」
「なんか試すっていうから、邪魔になるかと思って」
「邪魔になんか——」
思ったよりも勢いよく返してしまったことに気づいて行き止まる。口を開いたまま、喉を詰まらせたように。
「邪魔になんか?」
「なんでもない。それより始めよう」
平静を装って歩き出す。
一応配慮して日陰に入って二人で座り込む。
「とりあえず、昨日は内傷だったから今日は外傷で試してみよう」
「んんー?怪我してるようには見えないけど」
こちらをじっと見つめて首を傾げる。
「いや、これで——」
そういって自分の腕を手刀で切りつけた。傷が浅いと実験にならないと思い、それなりに深い傷をいれた。すると由姫は驚愕の表情でこちらの手を掴んできた。
「なに……してるの」
「なにって……実験だろう?由姫の力を試す……」
しばらくの沈黙。血が苦手ってわけでもないだろう、散々外で見てきたんだし。自分には分かりかねる状況に戸惑ってしまう。視界に映るポタポタと滴り落ちる赤い血。
「もう……実験は、しない」
「え、おい。急にどうしたんだよ」
由姫は冷めた様子で俯き、その場を後にした。
彼女の後ろ姿はとても冷たく暗い印象。腕から流れる鮮血を眺める。考えてもやっぱり理由がわからなくてその場に座り込んでしまう。
「……なにか気に触ることでもしたのか」
自分の心境とは異なり、心地の良い風が肌に触れ通り去っていく。
迷いに満ちた気持ちを洗い流そうと、近くに備え付けの水道で顔を洗った。ついでに自分でつけた腕の傷も洗い流す。冷たく透明な水が、赤黒い汚水になって流れていく様子をぼうっと見つめた——。
『柊さま、もっとご自分を大事にしてください!』
『いや、一方的に殴られたの俺なんだけど』
『そういうことではなくて……もっとあるでしょう……身を守るなら彼らから距離を取るとか、逃げるとか!!』
『う、うん……でも結果は変わらないと思うんだけど』
『柊さま……』
大きな屋敷で小さな子供が二人、傷だらけの男の子と綺麗な着物を着た女の子。女の子は憂に満ちた表情でこちらを見つめている。その顔を見ると、身体中骨が折れている痛みよりも胸がきつく縛られるようで痛かった——。
濁った水はいずれ元の透明な水に戻っていった。切り口の見た目は変わらないが、だいたい血は止まり、さほど痛みもない。
「まぁ綺麗になったか」
あの時と同じ感覚、今は傷よりも胸に違和感を感じていた——。
一度寮に戻って由姫と話をしよう。もやもやした気持ちを少しでも晴らしたくなった。決心して歩み出そうとした時。
「夜月くーん」
名前を呼ばれた方に振り返る。喪服のような真っ黒な服装に、黒い髪を肩まで伸ばした高身長の男がこちらに手を振っている。近づいていくと彼から滲み出る曖昧な空気感に神経が乱される。
「……誰だ?」
「あ、僕はフカシギナユタ。最近、やっと戦人序列に任命されてさー。まだ一番下なんだけどねぇ」
間近で見て気づいた、額には魔族特有の角が見られる。
「あんたは魔族か。一番下って序列10位?」
「そうそう。今まで必死に努力してきたんだから上位にしてくれてもいーよねー」
「さぁ、俺にはそのへんわからないんだけど」
「まあそーだよねー。僕もみんなに勝てる気しないもん」
やけに気さくな態度にやることも忘れて流されそうになる。とりあえず会話を切り上げようと、相手の目的を聞く。
「それよりなにか用でも?」
「あ!そーだった。えーとー……はい、これ。上から預かってたもの」
フカシギが懐から出したのは手紙のようなものだった。
「これは?」
「キミの実家からの手紙だよ」
——思い出したようにフラッシュバックしてくる。あの緑の山々、自然の中に立ち並ぶ瓦屋根の家。実家なんてものじゃない、ただそこで目を覚まし眠りにつくだけの場所だ。そんなところから手紙……?数年間音沙汰もなかったのになぜ、今?
「あのー、夜月くん?顔……怖いよ」
はっと、目を細め拳を力強く握っていたことに気づく。脱力して受け取った手紙を雑にしまった。
「ありがとう、もう行くよ」
そこから逃げるように寮に向かって歩き出す。とっと部屋に戻ってやることをやろう。
部屋に戻ると、さらにどっと疲れが押し寄せてきた。ため息をついて、意味もなくベットに横たわった。なにもする気力がない、壁に飾られた時計を見るとまだ夕方前。
「はあー……」
何度目かのため息とともに、さっき受け取った手紙を開封する。中身を確認して適当に流し見る——。
やはり読んだことを後悔し、手紙を破り捨てた。
「バカだな、まだやってるのか……」
内容を要約すると、近いうちに竜人族領地へ攻撃を仕掛ける。そのため、鬼族の鬼門序列は里に集まるように。俺は鬼門序列じゃない、そう自認している。しかし連中は夜月 柊を序列とみなし帰ってこいとそう言っている。正直戻る気はないが、里に置いてきた”小夜”のことは気掛かりだった。当時、俺の世話係をしてくれた女。俺が里を出て行くと言うと彼女もついてくると泣き喚き、里の当主に止められていた。結果的に俺は彼女を置いて里を出た。
とりあえずこの件は保留にする。心のもやをそのままに、それでも気分転換をしようと身支度を整えて部屋を出る。玄関のドアを閉めて廊下に目を向けると、ちょうど由姫が出てきた。
「あ……」




