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1:不信

 この地”ノイエヴェルト大陸”中央都市の目的は大陸の統制。中央都市を除き大きく五つに分かれ領地を構えている五つの種族。

鬼族、獣人族、吸血鬼、魔族、竜人族。

 五つの土地をそれぞれが管理している。中央都市とまるで違う思想を持った五種族だが数百年前から均衡状態が続いている。しかし裏では絶えず戦が続けられているため、中央都市以外に自分とは違う種族領地に出入りすることは基本的にありえない。

 そんな中で大陸守護者を筆頭に全大陸を統制していこうというのが中央都市の目的だ。

 これらを叶えるため大陸守護者によって作られた軍、それが異端討伐軍。異端討伐軍は中央都市の思想に賛同した五種族の隊員たちで出来ている。そのためこの軍自体があらゆる種族の裏切りであると都市外から非道な扱いを受けるのは当然だった。しかしそんな蔑視の眼差しを向けられようとも、この軍にはその名の通り異端を討伐する使命があった。

 異端……それは「老種」と呼ばれる化け物、種族の成れの果て。各地で発見される化け物を討伐することがこの大陸の最優先事項だからだ。

そして俺、「夜月 柊——よづき しゅう」は異端討伐軍に所属している。


「はぁ〜、何だったんだ…」


 異端討伐軍、本部敷地内にある寮に着いた俺は自室に戻りベッドに沈み込んでいた。薄暗い部屋で天井を仰ぎ見る。心が、心臓がここまで動いたのは久しぶりだった。血色の彼女を見た時の恐怖と高揚、謎の気持ちの感覚にまだモヤモヤしている。結果的に助ける形になったが、自分が誰かをどうしたいという気持ちになったのは初めてかもしれない。


「綺麗な女…だったな…」


日付も変わり過去を過去にするため、すっと気持ちを落ち着かせる。明日に備えて今日はもう眠ろう——。


朝、携帯端末の着信音に目を覚ます。


「ぅー〜んん……」


不細工な電子音での目覚めに不快感を感じる。欲を言えば温い日光やこそばゆいそよ風に起こされたいものだ。連絡相手に嫌悪感を浮かべて携帯を手にする。


「…あい?」

「私だ、彼女の治療終わったぞ」


…北条か…彼女、治療……。あぁそうだ、あの女のことか。昨日の出来事は現実味がなくて夢だったんじゃないかとさえ思えてくる。新たな日光で意識がはっきりとしていき、横たわる彼女の一枚絵を思い起こす。


「わかったすぐに向かうよ」


あぁ、と簡潔に電話を切った相手。北条のやつ仕事が早いなー、なんて感心して時計を見るとまだ朝の4時過ぎだった。


「はやすぎ…だな」


 想像ではあったがあの怪我ではもっと何日も時間がかかるものだと思っていた。もちろん仕事が早いのは尊敬するが早すぎるのも考えものだと思う。あらぬ誤解を受けかねないぞ。

 電話の後、すぐに身支度を整えて寮を出た。この時間だとまだ都市の住民はもちろん執行官さえも見えない。


「さすがにこの時間は勤務時間外ですか…っと」


 数十メートルあるビルの頂上に登る。大中小様々な建物が立ち並ぶこの巨大都市を眺めて深呼吸をする。誰もいない静かな街はこんなにも空気が澄んでいるのか。


「……」


 たくさんの木々と緑に囲まれた瓦屋根の家を思い出す……。この都市よりもはるかに空気が透き通っていて、自然の甘い香りがする。情景の甘さとは裏腹に喉奥には腐った苦味を感じていた——。


「風景なんかにいちいち動揺してられないな」


ここは昼になれば色んな種族の匂いや建造物特有の化学物質の匂いが散漫してくる。密集する中にいたのならすぐさま帰りたくなる。


 建物を足場に走っていたためかなり時間を短縮できた。目的地の廃図書館に着いて中に入る。昨日とは随分雰囲気が違う。窓ガラスから差し込む太陽の光。キラキラと散らかった内装を埃が舞っている。地下の階段を下って昨日の通路を歩く。


「ここだと昼夜わからないな」


 薄暗い通路を抜けて鉄の扉前に立つ。少しの緊張を胸にいつも通り勢いよく扉を開けた。

ドアを開けると目を見開く光景が——。


「あ……」


 そこには昨日のことが嘘のような、雪の如く純白なシルエットが半裸の姿で髪をかきあげていた。切り抜かれた風景画を見ているかのようで立ち尽くしてしまい、全神経が奪われていた。まるで別人だ、血で染まった髪や肌は俺たちと同じ世界の住人だと証明しているようだったが……。しかしこれではまるで場違いな異星人にしか見えない——。


「おい、いつまで視姦している」

「!っいや、俺は別に……!」


慌てふためいて部屋から出てしまった。そうだよな、あれは絵でも写真でもないんだから。この状況で失礼になってしまうけど彼女は本当に絵画や写真のようで静止している姿がやけにしっくりきた。まるで動かない生物のようで、だから動いた時の衝動は激的に押し寄せてくる。……自分でもよくわからない感情だった。


「……はぁ」


あと変な目で見てないしな、てか北条もいたのか気づかなかった——。


部屋の外で立ち呆けていた。少し時間を置いてドアをノックする。


「……」


返事がないのでゆっくりとドアを開ける。中にはすでに着替え終わっている彼女と北条がこちらを見ていた。


「何してたんだお前」

「い、いやまだ着替えてるかなって…」

「30分もかかるわけないだろ」


別になんとなく時間置いただけだし……。


「とにかく、治療は終わったのか?」

「ああ」


……俺は、銀髪の彼女を覗き見る。視線は合わず何もしゃべらず、ただじっと座っていた。それよりもなんで俺と同じ制服を着てるんだ……?視線を外して彼女に問いかける。


「それでわかったことは?」

「わからないことが分かった」

「は?」

「この娘の血液に合致する種族はなかった…というより私では判別できない。そしていくつか質問もしてみたんだが……」

「?」

「どうやら記憶喪失みたいだな」

「記憶喪失って……。えーっと、何も思い出せないの?」


病み上がりの彼女に問いかけてみた。ゆっくりとした動作でこちらに向き直り、目を合わせた。


「うん」

「まいったね、それじゃこれからどうするか……」


出身どころか種族もわからず、記憶も無いとなると手の施しようがない。


「名前……」

「へ?」


ぽつりと雫が滴るように声を零した。


「名前は覚えてる……。由姫、それが私の名前——」


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