10:恬淡
あの後、時間も時間だったので二人で夕食を摂ることにした。軍の敷地内を出て、近場の小洒落た飲食店に入る。中に入るとほとんど木製の構造で、子供の頃を思い出すような清々しい香りが漂っている。まず中に入って目を引くのが、そこかしこに置かれた樽に収められている武器の数々だろう。年代物なのか所々錆びついており、決して今使えるとは思えないものばかり。客席近くにこんな物騒なものがあると落ち着いて食事できないと思っていたのだが、慣れてくれば意外とそうでもない。前にカイムたちと来た時も、あれ?入る店間違えた?と困惑したのをよく覚えている。
そして由姫は興味深そうにあちこちを見渡している。
「雰囲気は物騒だけど味は保証する。何と言ってもメニューが豊富なんだ」
どさっとテーブルの真ん中にメニューを置く。
「なにこれ。古文書?」
「そうそう。この店の古文書みたいなものだな」
テーブルの脇に置いてあったかなり分厚いメニュー表。割と古文書とは的を得ている。手触りの悪い表紙に所々文字が消えているページ。分厚くて一頁一頁見てられないので適当なページを開く。そもそもここに書いてあるメニュー全て存在するのだろうか。一生をかけてこの店に足を運べば、その真実を明らかにすることはできると思うけど……。
「すごい量だね。選びきれないよ」
真剣に悩んでるのか頬杖をつきながらページをめくっている。そんな様子を見守っていると、こちらの視線に気づいたのか半目を向けてくる。
「おすすめはある?」
当然あるんでしょ、と詰め寄るようにメニューを渡してくる。
「おすすめはない」
「へ……?」
「ないよ」
「ない?」
「うん」
「……」
「正直、毎回違うの食べてるから勧めるほどのものは見つかってないんだ」
「それでもあるでしょ、これはおいしかったってやつ」
「うーん、味あんまり覚えてない」
「……」
今度は反感を持った、もの言いたげな目を向けてくる。
「違うんだ。別に意地悪したいワケじゃないから。俺が初めてこの店に来た時、メニューの多さに選びきれなかったんだ、由姫みたいに。そして結局、適当に頼んで食べたんだ」
「それで?」
「味は別に覚えていないくらいのレベルだった。でも今までで一番楽しい食事だったんだよ。だから、由姫もその気持ちになれるかなと思って……」
しばしこちらを見つめた後、煮え切らない態度でメニューを開いた。
「ふーん……じゃあ、これ」
そのまま開いてあったページの右上を指差す。よかった、自分の思い伝わったんだなとうれしくなった。俺は由姫の指差す真下の料理を選ぶ。
「よし、決まったな。……店員呼ぶか」
店内のカウンターの方に目を向けると、屈強な体に角を生やした魔族の店主がしかめっ面でこちらを見ていた。
「あ、あのぉー……」
手を挙げて強面の店主を呼ぶ。何故か包丁を手に取り、ずんずんとこちらに迫ってくる。
「ま、まさかさっきの会話聞こえてたとか……?」
「絶対そうでしょ!じゃなきゃあんな怒らないって!」
命の危険を感じながらも、俺たちはひそひそと過去のやりとりを後悔する。
「柊、謝ってきて」
「俺!?いや、なら由姫も一緒に」
「なんで、私なにも言ってないよ!」
「意気投合できたということで——」
不毛な争いをしている場合ではない、店主がすぐそこまで来ている。
「——ひゃぁ!」
「——ひゃぁ!」
ドスっとテーブルの中央に包丁が刺されると、あまりの衝撃に変な声が出てしまった。
「お客さん、すんませんね。これ今日品切れなんすわ」
震えながらもテーブルのメニューを覗き見ると俺が選んだ料理に店主の包丁が刺さっていた。
「あ、そうなんですね。じゃあこれ、同じのを二つで」
「了解っす」
包丁を抜き取り、ゆったりとキッチンに戻っていく。
「よかったー聞かれてなくて」
「でも、なんで品切れの料理を注文するってわかったんだろう」
「……」
「あの店主、耳いいんだね」
追い討ちをかけてくるってことは、さっきのことちょっと根に持ってるな。
——出てきた料理を適当に平らげて、店を後にする。
「味、微妙だったね。なんか可もなく不可もなくって感じ」
「だよな、微妙すぎてどんな味だったか忘れそう」
「もしかしたら、それが狙いなのかも……」
真剣に悩んでる姿を見るとこの店を選んでよかったと思える。今度はみんなで来ようと約束して帰路についた。
辺りはもうすっかり暗くなり、都市も静かになっていく。道中すれ違うのは執行官ばかりだ。
「彼ら、なんか生気を感じないんだけど」
これだけ目につけば考えてることも同じなのか、由姫が会話を切り出した。
「ああ、同感だ。種族も性別も何もかもわからない。奇妙さで言ったら序列を超えてるよ」
執行官はこの中央都市から出ることはない。討伐軍に執行官の数を導入すればかなり戦力の増強になるのになぜかやらない。この都市から出られないのか、なにか別な理由があるのかはわからない。
「でも話すと意思疎通はとれるんだ。前にカイムが怪しい見た目をしてるからって取り調べ受けてた」
「確かに、私でもそうするよ」
笑い合いながら夜の道を歩く。こうしてると最初に出会った夜が夢みたいだ。いいや、もしかすると今が夢なのかもと疑ってしまう。ほんと最初はただのお嬢様にしか見えなかったというのに。今やもう隣の彼女はたくさんの表情を見せてくれる。今までになかった感情に襲われて心の枷が緩む。そして今なら、話してみようと思った。
「……手紙が届いたんだ」
月明かりもない夜道を歩きながら唐突に切り出した。対して驚きもしないまま由姫が先を促す。
「手紙って?」
「故郷から。竜人族に攻撃を仕掛けるから戻ってこいってさ」
「戻ってどうするの?」
「戦争だろうな。数年はかかるだろうし、討伐軍を抜ける羽目になる」
「そう……」
「でも、戻る気はないんだ。ただ、気になって……里に置いてきた小夜、俺の世話係してたやつなんだけど」
里に帰る気はないけど残された小夜が気になっていると、一人では出せない答えを彼女に求めた。
「うーん……じゃあ一緒に行ってみる?」
「え?」
「私と二人で。何年も帰ってないんだから状況もわからないでしょ?だから確かめに行けばいいんじゃない?」
そんな簡単な答えも出せないほど、帰るのに抵抗があったらしい。彼女に話すと背中を押してくれる、そう確信していたのかもしれない。
「……そうだな。確かめに行くの、ありかもしれない。……一緒に来てくれるか?」
「いいよ、別に。やることないし」
——破り捨てた手紙には確か決まった日付は書かれていなかったため、明後日には鬼族領地へ行く予定だ。やることが決まればすぐにでも、もやもやしてる感情を払拭したい。日程は由姫にも確認済みで、明日には一応みんなに数日軍を離れる旨伝えようと思う。
「やることを決めるのって、こんなに清々しいのか……」
道にレールを敷いただけなのに、謎の達成感。今までどれだけ自分が波に流されていたのかがよくわかる。由姫のその見た目に反した即決力。あんなこと自分を信じていなければできない芸当だ。自分には持っていない、あの生き方がひどく眩しかった。
「俺は、そうなりたいのかな……」
もう考えることはやめてゆっくりと目を閉じ、明日を待つことにした——。




