21
エヴィンが用事で席を離した際、俺はグレイス家の屋敷の中を少し見て回ることにした。
暫く歩いていると、怒鳴り声が聞こえてきた。かなり凄まじい言い合いが繰り広げられていた。
興味本位で俺は声がする方へと進んだ。
「よくこのお屋敷で働こうなんて思ったわね。本当に使えない子」
「貴女がいると仕事が増えるのよ。正直、邪魔なの」
「あんたの代わりなんていくらでもいるのよ。明日あんたが消えたって、誰も困らないわ」
俺とそう歳の違わない見習い侍女が、先輩の侍女たちに責め立てられていた。
叱責というよりも虐めの類だ。
壁の隅で先輩侍女に囲まれた少女は俯いたまま、何度も小さく謝っている。「ごめんなさい」と言う声は震えていた。
「足手まといなのよ。あ、し、で、ま、と、い。意味わかる?」
一人の侍女が甲高い声で笑いながら、少女頭に濡れた雑巾を落とす。
誰にも見られていないと思っているのか、かなり陰湿だった。
「ご、ごめんなさい」
少女のか細い謝罪をかき消されるように、他の侍女がバケツを蹴り飛ばす。その音が廊下に響き、その場は水浸しになる。
「泣けば許してもらえると思ってるの? お前の要領の悪さで私たちが迷惑してるの? 分かんない?」
侍女のその荒々しい言動で急に空気が張り詰める。
「ちょっと、静かにしないと聞かれるわよ~」
他の侍女が苛立っている侍女を落ち着かせるような口調でそう言った。
俺はこの屋敷では完全に部外者だ。だから口出ししない方が良い。だが、これは流石に止めた方が……。
俺が動こうとしたまさにその時だった。
小さな女の子がの横を勢いよく駆け抜けていった。その子は俺になど目もくれず、一直線に見習い侍女のもとへ向かっていく。
その小さいながらに逞しい背中に俺は目を奪われた。
女の子は見習い侍女を庇うようにして立ち、鋭く先輩侍女たちを睨んだ。
「何をしているの」
その時、初めて女の子の顔を確認できた。
ニコル・グレイスだとすぐに分かった。あらかじめ知っていた容姿の特徴、上質で可愛らしいドレス、そして、なによりもその立ち姿は生まれた持った気品と威厳があった。
背筋はまっすぐに伸び、相手を見据える瞳にも怯えはない。
――美しい。
そう思った。美少女だからという理由ではない。彼女の凛とした気高さに、心の奥を射抜かれた。




