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3. お泊まりの夜に

 

「わたし、とっても勘違いしてました……」


 恥ずかしそうに頬をおさえて、アリスはソファに沈みこんだ。


 特別棟は応接室や貴賓室などがいくつか用意されている、一見どこかの中流貴族のお屋敷のように思える建物だった。

 校舎の主だった棟や寮などからすると、劇場を内包する大きな広場をわざわざ渡って行かなければならず、わざわざ行ったところで大抵使用されず閉鎖されているので、外部の来賓が来るというとき以外はほとんどの生徒がその存在を忘れがちになっている。

 いわば迎賓館なので、どの部屋も豪華な調度品で整えられていて使われていないのがもったいないぐらいだ。

 私とアリスにあてがわれた部屋も、何人部屋だ?と思うぐらい大きなソファがぐるりとローテーブルを取り囲み、室内の扉で行き来できる二つの寝室にはそれぞれ天蓋付きのベッドがしつらわれていて、窓にかけられたカーテンまで全て落ち着いた花柄で統一されていた。

 軟禁状態が聞いて呆れる華やかさだ。

 アリスはどうやらてっきり牢屋のようなところに私が放り込まれると思っていたようで、だからこそあんなに強固に反対したのだろう。


「特別棟なんて、入学したばかりではなおさらわかりませんものね」


 紅茶を注いだティーカップをふたつ、自分とアリスの前に置きながら私は笑う。

 あれから、丁重にここに連れてこられ、ゆっくりとお風呂につかった私はなんとか平静を取り戻していた。

 アリスちゃんもこの豪華な部屋に通されてからは、ふにゃ、と元の小さな可愛い女の子に戻ってとても安心した。


(本当にあれはびっくりしたわ……)


「ここなら疲れをとるのにあまり心配いらないでしょうし、アリス様はいまからでも寮にお戻りになってもよろしいのですよ?」

「いえ、調査協力でなにかひどいことをされるかもしれません!一緒にいます!」

「けれど、実際に調査されるのは助手の先生方ですし、身体検査も丁寧でしたわ」

「そうなんですけど……えっと」


 アリスちゃんは女性なら余裕で二人腰掛けることができる大きな一人がけのソファの上で、もじもじと膝を揺らす。

 言いにくそうに言葉を濁して、ちら、と伺うように私を見上げた。

 ……ほんのり赤く染まった頬と上目遣いが大変目に毒だ。


「なあに?」


 こほん、と咳払いしてごまかす。

 促されて、アリスはえっと、ともう一度呟いた。


「お泊まりみたいで、なんだかワクワクして……」

「まぁ!」

「不謹慎ですよね!カミリア様はこわい目に合われたばかりなのに!でもっ、わたしの育った町では年の近い子たちで一緒に遊んだり、誰かの家に集まって夜までおしゃべりしたりしていたので、なんだかこういうの久しぶりで……っ」


 いっそう赤面しながらアリスがまくしたてる。


「学園の寮は一人部屋ですものね」

「そうなんですっ!ベッドもふかふかで落ち着かないし、おしゃべりもなにか粗相したらどうしようって不安だし、遊ぶっていっても皆さん縫い物とか読書とかばかりで……」

「ふふ、貴族の方が多いとどうしてもね」


 実のところ、貴族といえども年頃の女子はわりとやんちゃだ。

 けれど普通の家庭でのびのびと育ってきたアリスにしてみれば大人しいものなのだろう。それにお互いまだ遠慮もあるだろうし。

 私としても、こうしてゆっくりアリスちゃんと話せる時間が来るなんて幸運以外のなにものでもなかった。


「町のご友人方とは、どういったおしゃべりをしますの?」

「カフェの新しいパンが美味しいよ、とか、貸本屋に入った新刊の感想とか、あと好きなひとのおはなしとか、あと──」

「ちょっと待ってくださる?」


 今聞き捨てならない言葉が出た。

 私は思わずストップ、と掲げた手を口元に持っていき、もう一度こほん、と咳払いをした。


「アリス様は育った町にお好きな方がいらっしゃるの?」


 おそるおそる聞いた私に、アリスは眉を下げて笑顔になった。胸の前でぱたぱたと手を振る。


「あっわたしは全然、みんなのそういうおはなしを聞くばっかりで!」


 ほっと胸を撫でおろすと同時に、さらにあやうい質問を投げかけたくなる自分に気づいた。

 答え次第では自ら傷つきにいくようなものなのに、我慢は利かなかった。


「そう。……じゃあ、今はどうですか?」

「えっ今ですか?」


 アリスはうーんと思いを巡らすように天井を見上げる。

 攻略対象たちのことを、もしくはそのうちの一人を思い浮かべているのだろうか。


(こわい……)


「なんていうか、わたし、恋愛ってよくわからないんですよね」


 アリスの答えは意外なものだった。


「わからない?」

「はい。優しくされて嬉しいなとか、仲のいい友達とずっと仲良しでいたいなって気持ちと、だれか一人を好きになるときの気持ちって、違うんですか?」

「そうね……」


 逆に問われてしまった。

 なんだかアリスちゃんらしいなあ、と思いながら、問いの答えを探して黙りこむ。

 ベアトリーチェや他の友人に対する気持ちと、アリスちゃんに対する気持ちの違い。

 ついつい目の前にいる好きな相手を凝視しながら考えにふけっていると、アリスも答えを待つように私を見つめてきた。

 丸くて大きな瞳がかわいい。

 瞳もまつ毛も黒いから、いっそう目力があるんだな、と思った。

 彼女が笑うとき、瞼を閉じる、というよりも頬があがって上まぶたに合流するように目が細められるのだ。

 そうすると白目の部分が隠れて、きらきら星がかがやく夜空みたいになる。

 笑っていてほしいな、と思った。


「──たとえば、大事な友人には幸せでいてほしいと思うけれど、好きな相手に対しては、その方が幸せだと感じたときに、自分が傍にいることを()()()しまうものなのだと私は思います」

「ずっと一緒にいたいっていうことですか?」

「もちろんそれもありますわ。それに……私自身が、その方を笑顔にすることができたら自分は幸せ、と思うようなことですわね」

「わたしが、笑顔にできたら……」


 アリスは小さな声で繰り返して、ちょっと考えるような仕草をした。

 そして、あ、と呟く。


「カミリア様は、クラウス様に対してそう感じるのですか?」


 なにを言うのよ。


「……アリス様。クラウス様とのことは、本当に親同士の口約束でしかありませんのよ」

「それって、笑顔にしたい、とは違うってことですか?」

「ええ。勝手に幸せに楽しくやってらしたら良いと思っていますわ」


 ふっとアリスちゃんの頬が緩む。


「わたしも、クラウス様や皆さまが幸せになってくれたら嬉しいです」


 ──ああ、本当に良い子。


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