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3-2.

 

 いつの間にか時間も経って、そろそろ夕食の頃合になっていた。

 運びこまれるのかしら、それとも呼ばれるのかしら。

 そう思っていると、アリスが「あっ」と唐突に声をあげた。


「どうかされましたか?」

「わたし、ここに来ることをユリアンに伝えていないです!」


 幼なじみだという少年のことだ。

 昼食時などにはアリスがアーサライルに同席させられ(さらわれ)ることはともかく、ほとんどの授業では同郷の彼と一緒に行動することが多いらしい。

 それが女生徒たちにやっかまれる一因でもあるのだが、アリスも本人の言葉を借りるなら兄(・)の(・)よ(・)う(・)に(・)ユリアンを慕っているのだから仕方がない。

 闘技場では他の生徒たちと共に避難させられたそうで、いつまで経っても帰ってこないアリスにさぞ業を煮やしていることだろう。


「心配してるかな……」

「監督の先生に一言お伝えすれば、アリス様なら問題なく外に出してもらえると思いますよ?」


 提案すると、そわそわしていたアリスは表情を明るくしてぱっと立ち上がった。


「それなら、わたしちょっとだけ行ってきます!」


 ……引き留められたりするんじゃないかしら。

 ちらっと思ったが、もしもそうだとしても、寝馴れないベッドよりも寮の自室の方が良いに決まってる。

 私はそう思いなおして、アリスちゃんを見送った。


(好きになったことがないのかー……)


 一人になった途端、途端に不安が首をもたげてくる。

 人を好きになったことのない子が、同性から告白をされたらどう感じるだろうか。

 生まれ変わって心機一転、と考えたが、クレアドール王国だって男女間での結婚が大多数だ。

 振られるだけならまだしも、もしも拒絶されたら……。

 そう考えるだけで、ずんと身体が重くなるような気がした。


 ──コンコン、


 部屋の扉がノックされたが、立ち上がる気力が出ずに声だけで「どうぞ」と入室を促した。

 アリスは今出ていったところだし、おおかた助手の先生かメイドだろう。


「なんだ!?空気がよどんでるぜ!?」


 かかった声は予想外のものだった。

 驚いて振り返ると、胸元の大きく開いた羽織を着たギルベルトが、入口のところできょろきょろと部屋を見渡している。

 上着のあわせのところから白い包帯が覗いている。


「ギルベルト様……淑女の部屋を訪ねる格好ではありませんわね」


 思わず口にしてしまったが、元気そうで安心した。

 落ち込んでいたのを振り払うように立ち上がってギルベルトをソファにうながす。


「お怪我は大事ありませんの?」

「大したことねぇよ。ただ、古い鎧だったから剣も錆び付いてたし、治療はしてもらったけど細菌でも入ってたら大変だからとりあえず傷口は閉じずに様子見だってさ」


 そう言ってぺろんと肩から羽織をおろすと、筋肉質な胸元を覆うように包帯が何重にも巻かれていた。


「……だから、場所を弁(わきま)えてくださいませ。けれど、ご無事でなによりです」

「ああ。……それでさ」


 いそいそと服を着なおしたギルベルトが、なにか言いたげにじっとこちらを見てくる。

 ぎゅっと眉が寄せられていて、なんとも言い出しにくいことのように思えた。

 私はそれを見て首を傾げたが、ふと心当たりに思い当たってクローゼットの扉を開いた。

 吊るしておいた制服のポケットを探ると、すぐに指先に触れたお目当ての品を引き出す。


「はい、これのことでしょう」


 手を開いて見せると、ギルベルトはあっと声をあげた。

 開いた手のひらに、預かったままだったアリスのおまもりをそっと置いてあげると、ギルベルトはそれを凝視したまま再び固まってしまった。


(おまもりを取りにきたのではないのかしら?)


 内心首を傾げながらも、急き立ててしまわないよう紅茶を淹れなおす。

 相手がなにか言おうとしているときは、急かさず待つのが苦ではないよう振る舞うのが貴族の女性のマナーだ。

 ポットでゆっくりと蒸らした紅茶を、お湯を捨てたばかりのティーカップに静かに注ぐ。

 芳しい香りが私たちを包んだ。

 ミルクを注いだ小さなピッチャーを添えたところで、ギルベルトはようやく顔をあげたのだった。


「あのさ!」

「なんでしょう」

「わ、わるかった!」


 両膝に手をついて、勢いよく頭を下げられた。

 垂れた赤い前髪が紅茶につきそうで、私はさっとギルベルトの前に置いたカップを避けた。


(軟禁されてることか、決闘に巻き込んだことか、そもそも魔法獣のことで私を疑っていたことか──どれ!?)


「ええと……顔をあげてくださいませ。私、なんのことか心当たりが──」


 心当たりが多すぎる。

 ギルベルトはようやく頭を戻して、情けなさそうに頭をかいた。


「俺、間違いなくお前がアリスいじめてるんだって思っててさ、正々堂々勝負したら尻尾出すんじゃないかって……なのにお前、危ない目に巻き込まれたっていうのに守ってくれるし、コレもさ」


 そう言っておまもりをきゅっと握りしめた。


(全部なのね……)


 私はなんだか面白くなって笑いをこぼしてしまった。

 ギルベルトが首をかしげる。


「なんだよ?」

「いえ、鎧の魔法が私の仕掛けたものではないと判明しましたの?」

「まだだと思うけど、けど俺はお前がやったんじゃないってわかる!」

「ふふ、そうなのですね」

「だからなんで笑うんだよ?」

「いえ、とても素直な方だなと思いまして」

「はぁ?」


 私がくすくすと笑いを抑えられずにいると、ギルベルトは不思議そうに私を見てから、少し照れたように頬をかいた。


「そ、そういえばそろそろ夕飯だから広間に集まれってさ」

「あら、そうなのですね」


 ギルベルトはそこで部屋の中をきょろきょろと見渡した。


「そういえばアリスは?風呂?」

「……もう、本当にデリカシーのない方ですね。アリス様は用事があって少し外されています。もしかしたらそのまま寮に帰られるのかも」

「へえ……まあ、馴れない部屋より寝やすいだろ」

「そうですわね」


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