7:面白い女枠
「エイリーン。フェルナンドさんから明日こちらに訪問したいと連絡があったから、お受けするよ」
「……はーい」
突然のカーディス伯爵令息襲来から5日ほど。パーティー前と何も変わらない平穏な日々が続き、もしやこのままなかったことになるかも? と淡い期待を抱いていたけれど、そう都合よくはいかないらしい。
「気乗りのしなさそうなお返事だねぇ」
あからさまに肩を落とした私を見て、父がやれやれというように笑った。でも気乗りする理由がないのだから仕方がないと思う。
「私だって、あれから色々考えたのよ? 私に近づく理由は何かとか、それを受けて私はどうすべきなのか、とか。考えすぎてわけが分からなくなってきたけれど。とりあえず私に近づく理由については、大きくふたつに分類できると思うの」
「まぁ、何かしら」
母の目が楽しそうに輝く。
「ひとつはやっぱり訳アリで、次会うときにそれを相談しようとしている、かな。でもミドレ家を頼らなくちゃならない事情なんて思いつかないし、言動からしてこの線は薄いって気はしてる」
「まぁ、彼なら大抵のことは自力で解決できるだろうからねぇ」
まったくその通りで、領地のこととか事業のこととか色々並べて考えてみても、ミドレ家――それも私個人に近づかなくてはならない理由が見つからなかった。
「そしてもうひとつは」
これを言葉にするのはちょっと恥ずかしい。けれど羞恥を抑えて、思い切って口に出した。
「私が俗に言う『面白い女枠』ってやつで、彼の目に留まってしまったって可能性よ!」
「は?」
「え?」
両親が揃ってぼかんとした表情を浮かべる。
やっぱり言うんじゃなかったかも。そう密かに後悔していると、やがて言葉の意味を理解した母が、堪えきれないというように笑い始めた。
「ふふっ、やだわエイリーンったら」
「面白い女枠? なんだねそれは」
理解できずに未だきょとんとしている父が、私と母に視線を向ける。
自分の発言で、頬が熱い。けれど会場への案内を断った私をその場に留め、去り際の態度に「ますます惹かれた」なんて発言した彼の様子から考えるに、この線が的外れだとは思えないのだ。
こほんと咳払いして、説明して欲しそうな父のために言葉を紡ぐ。
「恋愛小説とかでたまにあるのよ。なんでも持っててモテモテの男性が、自分に靡かない女性を『他の女とは違う、面白い女だ』って意識しちゃうってストーリー展開が」
「ほう。ちなみにそれは、最終的にどうなるんだ?」
「そんなの、恋愛小説だからくっつくに決まってるじゃない」
「ならいいじゃないか」
何がいいのかまったく分からない。
「よく考えてよお父様。私はごくごく普通の男爵家の娘よ? 仕事ができて顔もいい男性には普通に好感を持つし、小説のヒロインみたいに新鮮な驚きを提供し続けられないし、石を投げれば当たる程度の存在なの。面白さを維持できる素質がないのよ!」
「いや、そんなことを考えている時点で十分面白いと、お父様は思ってしまうよ」
「そんなの親の贔屓目でしょ! あまり褒められてる感じもないけどっ。とにかく、初対面でちょっとした誤解から冷たくしたことが原因で興味を持たれてはいるけれど、きっとそれはすぐに醒めるだろうってことが言いたいの!」
きっと数回会ったなら、私が期待したような「面白い」女ではないことに気がつくだろう。勝手に期待されて勝手にガッカリされるのは非常に腹立たしくはあるけれど、彼は大切な業務提携相手。にこやかにフェードアウトするしかない。
「ねぇねぇエイリーン。彼が冷たくしてくれる女性がタイプっていう可能性もあると思うわ」
「やめてよお母様っ。そんなの余計私には務まらないわ」
にこやかな顔で告げられた言葉に、ゾワッと寒気が走る。嫌な考えを散らすようにぶんぶん首を振っていると、父が呆れたような視線を母に向けた。
「こらこら、エイリーンが本気にするじゃないか」
「あら、可能性はなくはないでしょう? でも私は、フェルナンドさんがうちの娘の可愛さと優しさを一目で見抜いて恋に落ちたって説を推しますけどね。ふふふ」
そんなのあるわけないじゃない! と心の中で叫んで、天を仰ぐ。真面目に話しているつもりなのに、なぜ変な方向へ話が向かってしまうのか。解せない。
「まぁその推測が正しいかは、フェルナンドさんの様子を見て判断するしかないだろう。エイリーン、あまり失礼がないようにね」
何かやらかすのではと心配されているようだけど、あの夜ほどのびっくり展開でもない限り、私だって気取ったお嬢様言葉で上品に対応するくらいはできるのだ。
「分かってるわよ。明日はお父様も同席してくれるんでしょ?」
「ああ。それと肝心のお前の気持ちを聞いておきたいんだけど、もしフェルナンドさんが真剣にこの先を考えていたら、どうするつもりだい?」
「それは……」
急に言葉が出なくなって、口籠る。それこそ考えても考えても答えの出なかった部分だ。
「正直、分からないわ。だって相手のこと、何も知らないも同然だもの。仕事面とかお父様の話を聞く限り、尊敬できる人だって思ってはいるけどね。生きる世界が違うように感じて、これから先を一緒に過ごすイメージがぜんぜん浮かばないの」
「そうか。今はそれでいいと思うよ。ちゃんと考える姿勢でいれば、最終的にどんな結論をだそうとも悪いようにはならないさ」
「……お父様は、私に彼と結婚して欲しい?」
もし揶揄われてるとか一時の気の迷いとかでなければ、パメラも力説していた通り、カーディス家との縁談は両手を上げて喜ぶべきお話だ。むしろ一時の気の迷いだろうが血迷っているうちに結婚まで押し進めてしまえ! と考える人の方が多いだろう。
優秀で家柄もよい人と縁を繋げる機会を、男爵家の後継として手にするべきかもしれない。そう思うと同時に、自分の手に負えない相手を家に入れることへの不安もあった。
もし彼に「伝統薬関連事業はやめて、もっと採算の取れる事業に移行しましょう」と推し進められたら? 想像するだけで怖くなる。家を継ぐのは私であるとはいえ、経験実績共に彼の足元にも及ばない身で、その意見を簡単には退けられない。
考えれば考えるほど、自分がどうするべきか分からなくなっていた。
「エイリーン」
そんな私を見透かしたように、父がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私はフェルナンドさんがお前に興味を持ってくれて嬉しかったよ。それは、彼ならお前を幸せにしてくれるかもしれないと思ったからだ。でも親とはいえ真にお前の幸せが分かるわけではないし、彼が私に見せる顔と、お前に見せる顔が同じとも限らない。もしお前が彼とでは幸せになれないと判断するのなら、私は彼との結婚は反対するよ」
「ミドレ家のためには結婚した方がいいと思っても?」
「それも含めてのお前の幸せじゃないかい?」
一瞬その言葉の意味を考えて、納得する。
私が「ミドレ家のためになる」と考える相手は、ミドレ家の理念や一緒に頑張ってくれる領民、調薬師達を大切にしてくれる人だ。
私とミドレ家は切り離せない。ミドレ家に寄り添い同じ方向を向いてくれる人なら私はきっと好意を抱くだろうし、それなりに幸せになれる気がした。逆にどんなに強く惹かれる人でも、ミドレ家の守ってきたものを蔑ろにする人であれば、私は幸せにはなれない。
「そうね。とりあえず、頑張って幸せになれる人かを見極めるようにするわ。見極める前に彼の目が醒めてしまうかもしれないけど」
「なら並行して『面白い女枠』とやらを学びなさい」
「あれって学んで身につくものなのかしら……」
悩みは尽きないけれど、少し自分の心は整理できてきた気がする。そうこうするうちに昼食を食べ終えて、母と談笑する父を残して事務所に戻ろうかと立ち上がった時に、ふと思った。
なんでも手にしているように思えるフェルナンド・カーディス伯爵令息は、どんな相手を「幸せになれる人」だと思うのだろうか、と。




