4: ますます、ひかれ?
ちょっと古臭い1階店舗は客の待機スペースは狭く、個室の相談室とカウンター裏の生薬等保管棚が大部分を占めている。
幸い他のお客さんはいなかったけれど、そんな場所に小ぶりな花束を手に立つフェルナンド・カーディス伯爵令息は、自然と放たれるきらきらとした貴公子ぶりが水と油のように浮いて、なんだか目眩がしそうだった。
「お待たせして申し訳ございません。どうぞこちらへ……」
「いえ、こちらこそ急に申し訳ありません。すぐにお暇しますのでお気遣いなく。ここで結構ですよ」
お付きの人を後ろに従えた彼は、昨日会場で見たのと変わらない素敵な笑顔で応接室への案内を断ると、手にしていた花束を私へと差し出した。
「え、あの……」
「昨日は大変失礼を致しました。私の謝罪の気持ちです。受け取っていただけますか?」
派手過ぎず地味過ぎずちょうどいい感じの花束。思いがけない言葉と行動に、心が揺れた。
私とは比べ物にならないほど多忙だろうに、彼は昨日の件をわざわざ謝罪に来てくれたらしい。
去り際の態度で、私があからさまに気分を害したことは伝わってしまったはず。そのまま無かったことにしてくれてもよかったのに、こうして足を運んでくれた彼を見て、過剰に怒ってしまった自分が恥ずかしくなった。
「ありがとうございます。私こそ子どものような振る舞いをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」
きっと酔い覚ましにきたのを私が邪魔してしまったから、勢いで変なことを言ってしまっただけなのだろう。本気にされないようにという牽制も含まれるのかもしれないけれど、わだかまりを残さずこうして解消する機会を作ってくれた彼には、素直に感謝したかった。
「いいえ。貴女がお怒りになるのももっともです。むしろ毅然としたその態度に、私はますます惹かれてしまいました」
女癖が悪いとか逆恨みされるとか、全部私の勝手な妄想だったのだ……と考えながら彼の言葉を聞いていたのに、なんだか最後に妙な単語が聞こえた気がする。
ますます、ひかれ? 引かれ?
なに?
思わず彼を見つめると、その美しい唇が甘く弧を描いた。
「お酒の入った状態であのようなことを申し上げるなど、軽率で信頼を損ねる行いだったと反省しております。どうぞお許しください。そして今日はこれから商談もありますし、昨日の酒気は抜けております。つまり私は、まったくの正気です」
「さ、左様ですか」
「ええ、ですので」
柔和だった彼の雰囲気に、挑むような真剣さが宿る。それは昨日の夜、私の手にキスを落とした時の様子に重なった。
「エイリーン嬢。私はあなたのことをもっとよく知りたいし、私のことも知っていただきたい。無論、将来を見据えての真剣な申し出です。今改めて、それをお伝え致します」
「え、は、え??」
嘘だ! と言うには、あまりに彼の目が真剣過ぎた。むしろ真剣すぎて怖い。思わず半歩後ずさると、彼はぱっと穏やかな笑みを纏い直した。
「本当はもっとゆっくりお話ししたかったのですが、この後王弟殿下との約束が控えておりまして。残念ながらもうここを立たねばなりません。再びお会いできるのは早くとも数日先になりそうですが、どうか前向きにご検討いただけますと幸いです」
「え、と」
どうしよう、何を言えばいいのか全然頭に浮かばない。完全に相手の雰囲気に押し負けていると、店のドアが急に開いた。
「お、お父様!」
そこに現れた父の姿を見て、なんだか泣きそうになる。よく分からないけど助かったかもしれない。
そんな思いで父を見つめたけれど、カーディス伯爵令息の方が一枚上手だった。
「ミドレ男爵、お邪魔しております。昨日はお話しする機会がなくて残念でした」
「こちらこそ。フェルナンドさんはなぜ店の方へ? よろしければ屋敷へお越しになりませんか?」
「いえ、実はエイリーン嬢にお会いしたくて、まずこちらに寄らせていただいたのです」
「エイリーンに?」
驚きに丸くなった父の目が、私に向けられる。カーディス伯爵令息の遊び相手にされそうでした〜なんて言いづらくて、昨日彼に会ったことすら父には説明していない。状況が飲み込めない父に、彼は悪戯っぽい笑みを向けた。
「これほど魅力的なお嬢さんを今まで私に隠していたなんて、男爵もお人が悪い。今度是非、顔合わせの場を設けていただきたいものです」
「本気かね?」
父の信じられないといった眼差しが彼と私の間を行き来するけれど、私だって信じられないし、助けてほしい。
「ええ、本気です。ですが今日はこれから王弟殿下とお約束がありますし、後日機会を設けていただけると幸いです。ではそろそろ遅刻してしまいそうなので、このあたりで。またお会いできるのを楽しみにしております」
私達親子を混乱の渦に叩き落としたまま、カーディス伯爵令息はさらりと一礼してお付きの人と一緒に退出してしまった。嵐が去った後の店の中はしんと静まり返り、各自どうにか事態を飲み込もうと努力している。
「あ、あの……」
そんな中、静寂を破ったのはカウンター内で一部始終を見ていた従業員だった。その手には、なぜか綺麗な紙袋を持っている。
「先程の方が、皆さんで召し上がってくださいと、こちらを……」
「まぁ……」
手土産まで持参していたらしい。受け取ろうとして、手に花束を抱えていることに気がつく。そうだった、花束ももらったのだった。
遠い目をしていると、父がこほんと咳払いをして中身を確認した。
「おそらく言葉通り店宛の手土産だろう。皆で分けてしまいなさい」
「ありがとうございます」
普段口にしない「高級感漂う綺麗なお菓子」に、従業員達が嬉しそうな様子で集まる。どうしよう、うちの従業員達がカーディス伯爵令息のファンになってしまうかもしれない。
「エイリーン」
そんなくだらないことを考えていると、父に名前を呼ばれた。
「説明してくれるね?」
「はい……」
説明も何も、私だって説明して欲しい。
そうは思うけれど、父より私の方が情報を持っているのも事実で、とりあえず一旦屋敷に戻って、緊急家族会議が開かれることになったのだった。




