24: 関係に名前を
「ううぅ、なんだかすっごく酷い目にあった気がする」
諸外国のマッサージやエステを融合した最先端エステとやらは、本当に恐ろしい代物だった。
最初に痩せやすく健康的になるツボなるものをぐいぐい押された時には本当に痛くて叫ばずにはいられなかったし、その後の全身マッサージもお肉を揉まれて大変だった。あれでなんの効果もなければ泣きたくなる。
いや、キャロライン様もたまに利用するらしいから効果がないことはないのだろうけれど、美容と健康のためとはいえ、よくこんな体験を再びしようと思うものだ。
「さすがキャロライン様だわ……」
美を保つために、こんな苦行に耐えているなんて。
それに比べて、フェルナンド様が送ってくれるチョコレートでうっかり太ってしまった私ときたら、本当に情けない。少し前に気がついてフェルナンド様のチョコ攻撃をストップしたものの、もっと自制しておけばと悔やまれる。
もしかして今日連れてこられたのは、自己管理がなってないというお叱りだろうか。
そんなことを思いつつ温かいお茶を飲んで休憩していると、侯爵家御用達のエステ店のスタッフさんが再度私に近づいてきた。
「次はお顔や髪のお手入れをいたしましょう。ささ、準備が整いましたのでこちらへ」
「はい……」
逃げたいけれど逃げ場なんてないし、そもそもキャロライン様が私に与えてくれた課題なのだ。甘んじて受けなければ。
軽く絶望しながらも、逃げ道のない私は再びエステコースへと戻され、お昼の時間を大幅に過ぎてからようやく食事(大変健康的な内容だった)にありつけたのだった。
2度と体験したくないと思った最先端エステだけれど、終わってみると体はスッキリ、お肌も髪もしっとり艶々になり、実感した効果にちょっと気持ちが回復した。
けれど今日の予定は、それで終わりではなかったらしい。食事と着替えの後に連れてこられたのは、大きな鏡のある部屋。私は美女揃いの侯爵家の使用人に取り囲まれ、あれこれ説明されながらお化粧を施されている。
そして思った。
最先端のお化粧技術、とんでもない、と。
私の地味顔で、キャロライン様のような迫力ある美女になるなんてことはもちろんできない。けれどここに影を、ここにはこの色を足してなどと細かく説明されながらお化粧が進むにつれて、私の顔に上品で大人っぽい華が生まれ、顔の印象もはっきりしたものになっていった。
地味なくせに頑張ってお化粧するとケバくなる残念顔の私は、ミドレ家の使用人達と「地味でも無難な化粧に留める方がいい」という意見で合意していたのだけれど、化粧の仕方でこんなにも変わるなんて。
これならもう少し、自分に自信を持てるようになるのかもしれない。心無い言葉に抗って、フェルナンド様の隣で微笑む余裕を心に宿せるかもしれない。
外見を変える事でこんなにも前向きな気持ちが湧いてくるなんて、すごい発見だ。
今までの常識が覆されて半ば呆然とするうちに、巻かれていた髪も綺麗に仕上げられる。そして完成した私は、間違いなく人生で一番美人だった。
「す、すごいわ……」
その仕上がりに感動していると、みんなが口々にお美しいですよと声をかけてくれて、化粧が服に移らないようかけていた布をさっと外される。
現れた服も、普段の私ならば選ばないような女性らしく華やかな印象のワンピースだ。きっちりお堅めの服を着慣れた私には、肩からの腕にかけての肌見えするレース生地も、背中が少し開いてスースーするのも恥ずかしく感じるけれど、同じくらいどきどき心が弾む。
思わず鏡に見入っていると、ノックと共に部屋のドアが開いた。
「あら、なかなかいい仕上がりね」
現れたのはキャロライン様とアメルディ様で、反射的に椅子から立ち上がった。
軽めのスカート生地が、ふわりと揺れる。
つかつかと歩いて目の前に立ったキャロライン様はじっと私の表情を観察した後、ふっと笑みを浮かべた。
「どうかしら? 今の自分は」
「まるで、魔法をかけていただいたようで……、信じられない思いです」
「そう。なら今日彼女達から学んだことを、今後に生かしなさい。自信がないと嘆く暇があるのなら、それを解消するための努力をすべきでしょう?」
キャロライン様に言われて、彼女の前でポロッと口にしてしまった弱音を思い出した。
自信がなくて……。私なんて冴えない地味顔ですし、と。
彼女の立場からすれば、私の存在や言動を腹立たしく感じても仕方がない。それなのに今、私は怒りや蔑みを受けるどころか、苦しみと共に抱えていた外見への劣等感を改善できる問題なのだと教えてもらっている。
「キャロライン、さま……」
昨日からの一連の出来事が蘇って、なんだか涙が出そうになった。
彼女の言う通り、私にはフェルナンド様との未来を描く上でまだまだやれることがある。
それを指摘するだけでなく、こうして実現するための方法を示してくれるキャロライン様の温かさが、どうしようもなく胸に迫った。
「本当に、ありがとう、ございますっ」
「ちょっと、何を泣きそうになっているの。涙でお化粧を崩したら承知しないわよ?」
呆れ顔で叱られたので、必死に涙の衝動を堪える。確かにせっかくのお化粧を早々にダメにするなんてもったいないし、この完成形をもってミドレ家の使用人達とも話し合いたい。
ぐっと感情を抑えていると、キャロライン様の隣で私達を見守っていたアメルディ様が優しく声をかけてくれた。
「その服もとてもお似合いです。きっとフェルナンド様も惚れ直されるでしょう」
彼の言葉で自分の格好を思いだして、思わずそっと肩に指を這わせた。
「ありがとうございます。すこし、気恥ずかしい思いも致しますが……」
パーティー用のドレスさえ露出の少ないタイプを着ている私にとって、この服は少々心許なさを感じてしまう。同時に今の自分には似合っているような気がして、なんだかくすぐったかった。
「ふふ。その服、ルーサムさんが選んだのよ。普通の外出着にしては大胆なデザインに思えたけれど、着ているところを見ると悪くないわ。なかなかセンスがあるのね」
「恐れ入ります。ですが普段露出のない服装が多いなら、十分フェルナンド様を動揺させられるでしょう」
「あの澄ました顔が崩れるところを想像するだけで楽しいわ。ぜひ今度反応を教えてちょうだい」
「はい、必ずや」
キャロライン様とアメルディ様が楽しそうに笑みを交わしている。
私が変身する間に親しくなったらしい2人を思わず見つめていたけれど、すぐに胸に疑問が浮かんだ。なぜ私がこの服でフェルナンド様に会う前提で、話が進んでいるのだろう。
「あの……」
「エイリーン。その服は今日フェルナンドさんからいただいたものに対する、お返しの品なの。そろそろいい時間だから、あなたとルーサムさんをカーディス伯爵家のお屋敷に送らせるわ。しっかり披露してらっしゃい」
「え」
疑問を口に出す前に、さらりととんでもないことを告げられた。どうしよう、そんな心の準備なんてまるでできていないのに。
動揺のあまりキャロライン様を止めようと口を開いたけれど、少し考えてぐっと言葉を飲み込んだ。
そもそもアメルディ様がここにいるのは、フェルナンド様に心配をかけてしまったせいだ。その誤解を解く為にもこの後直接会って話せるのはいいかもしれない。
それに……。
少し視線を動かすと、大きな鏡の中の自分と目が合う。
映っているのは自分史上、一番綺麗な私。とはいえ数多の美女が名を連ねる貴族界隈では、少しマシになった程度のものだろう。
それでもこの変化は、私の中で砕け散っていた自信を集めて、固めてくれた。この気持ちのまま、3日後に伝えるはずだった言葉をフェルナンド様に伝えるのもいいかもしれない。
「キャロライン様」
名前を呼んで、いつもまっすぐな翡翠の双眸に視線を合わせる。彼女がくれた覚悟と勇気が今、胸の中で輝いていた。
「昨日の言葉も、今日教えていただいたことも、本当にありがたく感謝の念に堪えません。心より、お礼申し上げます。私……」
すっと息を吸い込む。
「譲れないものに、手を伸ばして参ります」
私の言葉を受けたキャロライン様が、ふっと表情を緩めた。
「ええ、そうなさい」
そしてくるりと身を翻す。
「ああそうだわ、フェルナンドさんに伝えておいてちょうだい。半年に満たない程度付き合いのあなたとは違って、私とエイリーンは幼い頃からの友人なのだから、今後のお気遣いは結構だとね。さぁ、馬車までお送りするわ」
そう言って歩き出すキャロライン様の背中を、思わず見つめる。
幼い頃からの、友人。今確かにそう言ってくれた。
今までの不思議な交流は友人扱いしてもらっていたからこそなのだろうか。もしかして、今日のこれも?
ああ、すごく嬉しい。関係に名前がつくだけで、こんなにも嬉しいものなのか。勝手に距離を感じて、恐れ多いだなんて思っていた時間が勿体ない。ちゃんと友人としての自覚があれば、もっと彼女と色々な話をしたり、私からお誘いしたりなんてこともできたかもしれないのに。
大きく息を吸って、その背中を追いかける。
これからは私も、自信を持ってキャロライン様の友人を名乗りたい。もっともっと、彼女のことを知りたい。
関係に名前をつけるのは時に多大な勇気と覚悟を必要とするけれど、名前がつくことで生まれる心の変化を今、痛いほどに感じていた。
すれ違ったり、一方通行だったり、歩み寄れなかったり。人と人との関わりの中で、互いの思いを等しくするのはきっと簡単なことではない。だからこそその機会を、その人を大切にしなければと改めて心に刻んだ。
フェルナンド様のことだってそう。曖昧なままではいられない。それに今の私ならきっと、まっすぐ彼の目を見て伝えられるはずだ。
あなたのことが好きだと。
この先ずっとずっと、一緒にいたいのだ、と。




