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貧乏男爵令嬢なこの私に、富豪の貴公子が即落ちするとかありえない!  作者: 秋灘 才


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22: 譲れないもの

 燃えるような翡翠の瞳を前に、私はひたすら小さくなっていた。


「本当に信じられないわ。交際の申し入れから5ヶ月近く経っているうえ、まだ返答を保留にしたまま悠長に悩んでいるですって? あなた、今後彼以上の男性を捕まえられるとでも思っているの!?」

「そ、そういうわけでは……」

「なら何を悩む必要があるの! 悩むどころか、家を継ぐ者としてこの良縁を手にすべく尽力するのが当たり前ではなくって?」


 正論を叩きつけられて、ぐっと言葉に詰まる。

 この言葉はきっと、両親や従業員達が私に対して言いたい本音と同じだろう。そう思うと、余計心に刺さった。


「まったく。あなたが無駄に時間をかけるせいで、私を含め彼を伴侶にと考えていた女性達も道連れに時間を浪費させられて、たまったものではないわ」

「も、申し訳……」

「それとも、これだけ悩むに値する懸念事項があるのかしら? 私にはそうすべき要素がまったく思いつかないのだけれど」

「うぅ……」


 最初こそ急だったし、彼の為人も不明で見極める時間が必要だと思っていた。けれどお忍びデート以降は、ほぼ私の自信のなさが問題だ。


「いいえ。ただ、自信がなくて……。私なんて冴えない地味顔ですし、中身も平凡で……」


 思わずポロっと本音がこぼれる。

 けれどそんな私の言葉を、キャロライン様は鼻で笑った。


「あら。釣り合わないと言うのなら、私に譲ってもらえるかしら」

「そ、それはっ」


 いやだ。という感情がモロに顔に出ているのだろう。その翡翠の双眸がすっと厳しく細まる。


「他人に譲れないものなら迷わず手にするべきよ。自分のものでもないものが、いつまでも手の届くところにあるとは思わないことね」


 返す言葉もない。

 へこたれて俯いていると、キャロライン様の小さなため息が耳に届いた。


「変なところでは行動力を発揮できるのに、どうして肝心な場面では尻込みしているの。本っ当に変な方!」


 出来の悪い子を叱るような口調でそう言って、キャロライン様はその場から立ち上がった。そして応接室のドアを開けて、そのままさっと店の外へと出てしまう。

 慌ててその後を追うと、待たせていた馬車に乗り込む前に、キャロライン様は私を振り返った。


「明日。何か外せない予定はあるかしら?」

「え? いえ……」

「なら、明日の朝迎えにくるわ。ここで待ってなさい!」


 それだけ言って、キャロライン様は馬車へと乗り込んでしまう。すぐに動き出し遠ざかっていく馬車を見送りながら、私はいろんな意味で痛む心を抱えて、しばし外で呆然としていたのだった。







 馬車が跡形もなく姿を消した後。ようやく店に戻ると、心配顔の従業員達に迎えられた。


「エイリーン様、大丈夫ですか?」

「先程の方、もしやカーディス伯爵令息様とのことで?」

「ええ、まぁ。でも大丈夫よ。何も心配いらないわ」


 もしかして、叱られる声が漏れていたのだろうか。

 深刻そうにしている従業員達に笑顔を向けて、作りかけだったフェルナンド様用の薬草茶を手早く仕上げる。そして完成したそれを持って、お昼ご飯のために隣の屋敷へと歩き始めた。


 なんとなくぼうっと、足を進める。すると自然に、先程のキャロライン様の言葉が頭に浮かんだ。

 ――自分のものでもないものが、いつまでも手の届くところにあるとは思わないことね。

 本当に、その通りだと思う。

 曖昧な関係のままでは、もしフェルナンド様が痺れを切らして他の人を選んだとしても、それを悲しいと伝える権利すらない。自分可愛さに足を止めたままでは何も得られず、失うことしかできないのだ。


 ふぅ、と大きく息を吐いた。

 きっと今日キャロライン様が来てくれたのは、情報が他に漏れていることの警告も含めてのことだろう。うかうかしていると思わぬところから横槍を入れられて、フェルナンド様が本当に手の届かぬ人に戻ってしまうかもしれない。


「いい加減、覚悟を決めるのよエイリーン!」


 ぐっと歯を噛み締める。

 外野の声がなんだ。起こるかわからない悪い予想がなんだ。そんなことをいつまでも悩んでいたって仕方がない。私にできるのはただ、今の最善を尽くすことのみなのだから。

 無理やり自分の気持ちを上向きにして、一歩を踏み出す勇気をかき集める。


「他の人に譲れないのなら、手を伸ばさなきゃ」


 キャロライン様はフェルナンド様を婿にと思っていたのに、こうして私を叱って、背中を押すような言葉をかけてくれた。いつも公平で正しくてまっすぐで、私はそんな彼女を尊敬している。彼女の厚意を、無駄になんてできない。

 自分に喝を入れて、両親がお昼を取っているであろう部屋へと向かった。


「随分と遅かったねエイリーン。先にいただいてるよ」


 私の姿を見つけてそう言った父と、お疲れ様ねと笑う母のそばに近寄って、大きく息を吸う。


「お父様、お母様」

「な、なんだい?」

「どうかしたの、エイリーン」


 私の気迫にぱちぱちと瞬きしている2人を前に、ぎゅっと拳を握って口を開いた。


「4日後に、フェルナンド様とお会いする予定になっているでしょう? そのときに私、お話を進めてくださいと、彼にお願いするわ」


 ずっと言えなかったその言葉を、ようやく両親に伝えられた。少し声は震えたけれど、もう迷ってなんていられないから。


「ようやくか!」

「まぁまぁ! お母様応援してるわよ。これから忙しくなるわねぇ」

「そうだな、カーディス伯爵様にも改めてご挨拶に伺わなくては」


 嬉しそうな両親を見て、少しだけ心が軽くなる。

 返事をしたところでそれがゴールではない。むしろ大変なのはそれからだった。

 でもきっとこの選択は間違っていない。間違いではなかったと証明できるように、私ももっと強くなりたい。


 喜ぶ両親と少し話をして、お昼を食べ終えた後。使用人が、フェルナンド様からの手紙が届いていることを教えてくれた。

 私もちょうどフェルナンド様に手紙を書かなくてはいけないので、まずは彼からの手紙を読むために、それが置かれている自分の部屋へと向かうことにしたのだった。




 〜*〜*〜*〜*




 愛しいエイリーンへ



 仕事から帰ったら素敵なプレゼントが届いていて、今日の疲れが一気に吹き飛ばされてしまった! 

 ありがとう、エイリーン。

 この間のデートで、ペンをなくしたって話をしたから贈ってくれたんだよね? 他愛もない笑い話がこんな嬉しい結末に繋がるなんて、想像もしていなかった。


 エイリーンからもらった大切なペンを厳重に部屋へしまっておくか、四六時中持ち歩くかでさっきからずっと悩んでいるんだけど、未だに結論が出せない。でもその悩む時間もとても楽しくて、満ち足りた気持ちになるんだ。


 ちなみにこの手紙はエイリーンの贈ってくれたペンで書いているよ。書き心地もとてもいいし、何より幸せだ。本当にありがとう。

 エイリーンは私を驚かせたり喜ばせたりするのが本当に上手で、私の日々にたくさんの幸せを運んでくれるね。その度に、あの日出会えた奇跡と今の時間をくれたエイリーンに感謝しているんだ。


 今日のお礼にチョコレートを贈りたいところだけど……エイリーンに禁止されてしまったから、代わりに早くいい報告ができるように頑張ることにする。

 実はもう少しで、エイリーンと話した未来に一歩近づけそうなんだ。ミドレ家の婿として不足ないことを証明してみせるから、どうか期待していて。


 色々書いていたら、4日後のデートがますます待ち遠しくなってしまった。

 ちゃんと庶民用の服も財布も取り寄せて、私の準備は万端だ。久しぶりに「エリー」に会えることも、とても楽しみにしているよ。



 幸せを噛み締めるフェルナンドより




 〜*〜*〜*〜*




「ふふっ」


 相変わらずなフェルナンド様の手紙に、なんだか気が抜けて微笑みが浮かぶ。散りばめられた幸せの言葉に、そっと指を這わせた。

 私が少しでも彼に幸せを運べているのなら、私も幸せだ。そしてこの先も同じであれば、これほど嬉しいことはない。


「さて、と」


 4日後はお忍びデート第2段を予定していて、彼も楽しみにしてくれているようだけれど、大事な話があるので私の屋敷で過ごして欲しいというお願いの手紙を書かなくてはいけない。

 今日中にお茶と手紙が届くよう手配して、自分の逃げ道は塞いでおこう。


「明日のことも考えないとね」


 待ってなさいとキャロライン様に言われたけれど、行き先も目的も不明だ。とりあえず外出着を漁って無難そうなものを見繕わなくては。

 キャロライン様にもきちんと自分の決めたことを伝えたい。ああ、やるべきことが山積みだ。でも忙しい方が余計なことを考えずに済んでいいかもしれない。


 手紙を書いて使用人に託して、明日のお出かけと4日後のコーディネートを考えていると、あっという間に時間は過ぎる。

 こうして服を並べると、使い勝手はいいけれど地味な服ばっかりだ。告白のための勝負服は買いに行った方がいいだろうか。でも多少服を変えたところで地味顔が浮いてちぐはぐになるかもしれないし、……なんだか頭が痛い。


 そんなことを考えつつあれこれ準備して、いつもより少し遅い時間に、ようやく眠りについたのだった。


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