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貧乏男爵令嬢なこの私に、富豪の貴公子が即落ちするとかありえない!  作者: 秋灘 才


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20: 乞うご期待

 お忍びデートから、はやふた月。

 フェルナンド様とは手紙をやりとりしたり、たまにデートをしたり、そんな穏やかな交流が続いている。


 幸せだな、と思える時間を噛み締めている私だけれど、福は福を呼ぶのか、伝統薬事業にも嬉しい兆しが見えてきていた。


「簡易薬、思ったよりも広い層に手に取ってもらえているのね。やっぱり気軽に買えるのがいいのかしら」


 薬は普通、病院医師や調薬師の診察を受けて手に入れるものだ。金銭的に余裕のない人は、野草を自分で煎じて代用することもある。

 一方ミドレ家が売り出した簡易薬は、軽い症状向けに限ってはいるものの、診察なしで購入できる手軽さが受けている要因らしい。工場勤めなどで休みが取りづらく、早く体調を整えたいという近年ならではの需要にもあっているのだろう。

 私と同じく執務室で資料を見ている父も、右肩上がりの数値を見て満足そうに頷いていた。


「診察を省ける分、時間もお金も節約できるからね。金銭的余裕がない人達だけじゃなくて、病院にかかる時間がない人達も購入してくれているそうだよ」

「販売は調薬師達だから服用の注意点も説明してもらえるし、このまま問題なく定着させられそうで一安心だわ」


 ミドレ領で製造する簡易薬は、生薬と共に各地の調薬師に卸して販売してもらっている。調薬師にとっても収入源が増えるだけでなく、簡易薬をきっかけに診察の依頼も増えているらしく好評だ。

 明るい未来が見えたようで喜んでいたけれど、ふっと暗い想像が影を差す。


「ああでも、あまり目立つと国や他の貴族に睨まれないかが心配になるわね」


 国が病院の拡大を推し進めている中で伝統薬が注目を集めると、伝統薬の見直しに繋がるどころか、逆に邪魔者として排除される可能性すらある。悲しいことに国を動かす上流階級の人ほど伝統薬に対する偏見が大きいのが現状だった。


 無防備に出た杭は、すかさず打たれてしまうもの。弱小男爵家だからこそ慎重にならざるを得ない。

 そう心配する私とは対照的に、父はのほほんとした様子で笑みを浮かべていた。


「そう心配はいらないだろう。購入層が広がってきたとはいえ、大多数は病院にかかる余裕のない人達だからね。しかもカーディス家が『民衆の健康向上のために』という名目を掲げて、うちと提携を結んでくれたんだ。今の状態でミドレ家や伝統医療を叩けば民衆の怒りを買ううえ、あのカーディス家の行動を否定することにも繋がる。欲を出して目的を見失わない限り、大した手出しはできないさ」

「……そっか」


 もともと伝統薬事業は、高額な病院診療を受けられない人達を救うために続けてきたものだ。伝統医療や調薬師達の優れた点を認めさせたい、という思いも少なからずあるけれど、それにはもう少し時間がかかる。でも今の活動の先には、再びそれらが光を浴びる未来があると信じたい。


「カーディス家との事業提携は、本当にうちにとってありがたいものね」


 フェルナンド様の顔が脳裏に浮かんで、自然と笑顔になった。

 カーディス家が慈善事業の一環としてミドレ家と繋がってくれた事実が、今ミドレ家や調薬師達を守ってくれている。本当に得難い素敵なご縁だ。

 ぽやっと気を抜いていると、父が大きく咳払いをして私に視線を向けた。


「ところでエイリーン。フェルナンドさん個人もうちにとって大変ありがたい存在だとお父様は思っているんだが、おまえはいつまで彼への返事を伸ばすつもりなんだい?」


 ギクリと体が固まる。

 そろそろ答えを出すべきだとは、私も思っていた。でもいざ彼を前にすると心配性の私がしゃしゃり出てきて、どうにも喉が詰まってしまうのが現状だ。


「その……、近いうちにはと、思ってはいるのよ、ええ」


 ミドレ家の後継としても私個人としても、彼と将来を共にしたい、いやむしろするべきではという思いはある。でも最後の一歩を踏み出す勇気がなかなか出てこなかった。


 私なんてぱっとしない残念顔だし捻くれ者だしいいとこないし、まるで彼には釣り合わない。婚約を発表すれば、それを他人の口から指摘されることは容易に想像がついた。

 それを乗り越えられるだろうか? 後悔しないだろうか? その指摘を受けて、フェルナンド様が目を覚ましてしまわないだろうか?


 彼を好きになればなるほど、失敗が恐ろしくなる。むしろこんなに好きにならなければ、早くに思い切れたのかもしれないとすら思う。

 でもフェルナンド様への信頼が深まっているのも事実で、あと少しで未来を決める勇気を持てるかもしれない。

 ……かも、しれない。


「そ、そういえば今日、急に調薬師がひとりお休みしてるみたいね。人手が足りてないかもしれないから、ちょっと下を手伝ってくるわ」


 うん。未来の私に乞うご期待。

 あからさまに逃亡を図る私を見て、困った子だとでも言いたそうな父のため息が執務室に響いた。

 申し訳なさと情けなさが胸に込み上げるけれど、まだ覚悟が決まらない私は、店の調薬師に支給している白衣を羽織ってそそくさと執務室を後にしたのだった。






 貴族街の端にあるこの店舗は、昔ながらの煎じ薬を提供するスタイルであること、庶民街に簡易薬専門店舗を別に設けている事もあり、訪れる人はさほど多くない。生薬を買い付けにくる調薬師、診察を必要とする中〜上流階級に仕える下働きの人達の他、金銭面や症状から病院診療が適さなかった中流階級がちらほらと言った具合だ。

 でも最近は、こんな相談を受けることが少なくない。


「手術で命が助かったのは幸いでしたが、その後腹痛とかが治らなくって……」


 そう言ってお腹をさする商家の奥様は、少し前にお腹を切る手術をしたそうだ。

 実はこうした相談は、地方の調薬師達もよく受けている。

 王都中央病院などの上流階級御用達の病院は例外として、外科医師を育成中の病院では医師の技術向上――つまり若手医師に手術経験を積ませるために、低所得者にも手が届く金額で手術を請け負うことも多くあった。


 手術でなければ助からない病気も存在するため、庶民にとってもありがたい制度ではあるものの、アフターフォローは十分に受けられない。術後の状態が安定して一度退院となってしまえば、その後の通院時には通常の金額を請求される。そうして行き場を失った庶民がたどり着くのが、調薬師のところなのだ。


 そのため調薬師間では、手術後の腹痛や吐き気などの訴えに対しての症例及び有効生薬の配合ついて、頻繁に情報交換されていた。他にも体力回復や術後慢性痛の改善などもよく話し合われており、一定の解決策は用意できている。


「それはお辛いですね。詳しくお伺いしますので、こちらへどうぞ」


 父から逃げてきたけれど、お昼交代で調薬師の数が少ない時間だったため、ちょうどよかったようだ。

 まさか相手が貴族だとは思っていない奥様を個室に案内して、詳しく症状の聞き取りを行い、腹部も触診させてもらう。


 手術後に起こるこの症状は重篤になれば再手術するしかないけれど、その手術でまた症状が出ることもある。手術自体に問題がなくとも一定割合で起こるため、病院医師も頭を悩ませる厄介なものらしい。

 幸いこの奥様はまだ症状が軽い部類なので、食事に気をつけて薬を飲んでもらえれば、改善の可能性はあるだろう。


「では薬を調合してきますので、少々お待ちくださいね」

「ええ。今日ここへ来て本当によかったわ。あなたみたいに品のある素敵なお嬢さんがいらっしゃるなんて、さすが貴族様の手がけられているお店ね。丁寧にお話を聞いてくださって、それだけでとっても気が楽になったもの」

「恐縮です」


 品のある素敵なお嬢さん! に喜びたくなるけれど、私の正体がバレたら「貴族のくせに何してるんだ?」に感想が変わりそうだ。喜ぶのはやめておこう。

 複雑な心境で個室を後にして、ちょうど昼休憩から帰ってきた調薬師を捕まえて念のため処方を相談し、生薬の量と組み合わせを決定する。


 この術後腹痛に用いる伝統薬の基本形は、カーディス家を通じナツィーラの研究者へ紹介してもらっているらしい。腹痛は再発する例も少なくないのだけれど、予防効果もある程度見込めると思っているので、あちらで効能を認めてもらえることを祈ろう。

 そんなことを思いつつ薬を包んで、奥様のところへと戻った。


「お待たせしました。こちらがお薬です。服用後、一時的に症状が悪化することもありますので何かあれば相談にいらしてください。それと……」


 注意点や煎じ方、服用方法、食生活などのアドバイスも伝えて、ようやく奥様の対応が終わった。あとは受付事務員がお会計をして終了。うん、よく働いた。

 気がつけば小一時間経過しており、父はお昼を食べに屋敷に戻っている頃だろう。幸い新たな依頼者の姿も見えないため、私も白衣を脱いで屋敷に戻ることにする。


 どうか父に先程の話を蒸し返されませんようにと祈りながら歩く自分に、なんだか情けないなぁと、ほんの少し苦笑が浮かんだ。


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