18: 明るい方向へ
「おじちゃん! 串焼き3つくださいな」
「はいよぉっ、おや嬢ちゃん、今日は男前ふたり連れてんのか? どっちが彼氏だ?」
「俺ですよ」
「ちょっとルイっ」
はははっという威勢のいい笑い声と共に、顔馴染みの屋台店主から炭火でこんがり焼かれた串焼き肉を手渡される。
この香ばしい匂いがたまらない。そしてお行儀悪く、その場で食べるのも。
「はい、ルイ。ジャンもどうぞ」
「ありがとう」
「悪りぃな」
ルイことフェルナンド様と、同行者のふりをした護衛のジャンに串焼きを手渡す。ちなみに周囲にも市に慣れた平民の護衛が数人目を光らせており、防犯対策はバッチリだ。
「さあ、召し上がれ」
不思議そうに串焼きを見ていたフェルナンド様に声をかけると、彼は隣にいるジャンがその場で豪快に齧り付いたのを見て、私に視線を向ける。頷くと、ジャンに倣ってぎこちなく串焼きの肉を口に入れた。
お肉はちょっと硬めに感じるかもしれないけど、この屋台の串焼きはタレが美味しいのだ。甘辛さに焼きたての香ばしさが合わさって、ガツンと口いっぱいに広がる。フェルナンド様も同じように感じたのか、紺碧の双眸が少し見開かれた。
「初めて食べる味だけど、インパクトがあって美味しいね」
「そうでしょ? 私もここのお店の味は好きなの」
串焼きはちょっと食べづらいけれど。特に最後の方。
案の定口の端にタレをつけてしまったフェルナンド様を見て、思わず笑ってしまう。ポケットからハンカチを取り出して口を拭ってあげると、その頬が微かに赤らんだ。
この様子で一人称「俺」を選ぶのだから、フェルナンド様はなかなか面白い人である。
「ごめん」
「いーえ」
ああ、楽しい。それにフェルナンド様も、このお忍びデートを楽しんでくれているみたいだった。
先ほどまで生鮮品を売る場所を見学していたのだけれど、彼は人の多さと活気に驚き、普段目にしない調理前の食材に興味を惹かれ――と、忙しそうにあちこちに視線を向けていた。その様子は、まるで久々のお出かけにはしゃぐ子どものようで微笑ましい。貴族にはあまり縁のない場所だし、きっと目に映るすべてが新鮮に映ったのだろう。かく言う私も初めて来た時は、ミドレ領とは規模の違う市と人の多さに圧倒されたものだ。
今は買い物客の休憩スペースとして屋台が並ぶ場所にいるけれど、お昼には少し早めの時間のためか、人混みは他よりも少ない。
人が増えてくる前に、甘いものも食べておかねば! と視線を巡らせる。
「ルイ、次はあっちにあるパンも食べてみない? 砂糖がまぶしてあるから、口や手を砂糖だらけにしないように注意が必要だけど」
「エリーのおすすめなら是非に。次こそ美しく食べてみせるよ」
「ふふ」
どうやら彼は、先ほど口元にタレをつけて私に拭われたことを気にしているらしい。変なところで負けず嫌いを発揮しているフェルナンド様を微笑ましく思いつつ、お店へと向かった。
お店に並べられた楕円形のパンは、上からたっぷりの砂糖が振りかけてある。他の屋台の商品に比べるとかなりお高くはあるものの、柔らかめのパンにジャリっと感じる砂糖の食感と甘さが美味しくて、結構人気のお店だ。
「はい、どうぞ」
紙に包まれた小さめのパンを3つ購入して、フェルナンド様とジャンに渡す。するとフェルナンド様が、じっとジャンを見つめ始めた。
「おいおいルイさん、そんなに見つめられると照れるんだが?」
「君はこのパンを食べ慣れているんだろう? ぜひ手本を見せてほしいと思ってね」
「俺が甘いパン買って食べるような面してるか? それに砂糖くらい、手についたところで舐めちまえばいいだろうに」
「舐める……?」
きょとんとしているフェルナンド様を見て、ジャンがどうしたものかと視線を彷徨わせたけれど、構わずパンを食べることにしたらしい。豪快な彼の大口にかかれば、小さめのパンは2口で消えてしまった。
その速さにおおっと感心したフェルナンド様は、さらに彼が口元をぐいっと親指で拭って、その指をぺろりと舐めたあげくさっと服で拭いてしまったのを見て、衝撃を受けている。
「なるほど、これが砂糖パンを食べる作法……」
「ルイ、お砂糖がついたらまた拭いてあげるから」
誤った知識をつけそうになっている彼を制し、紙袋でちょっと押しつぶして食べるとお砂糖がつきにくいですよとアドバイスをしてから、見本を示すようにパンに齧り付いた。
私にとっては馴染みの味。その体に染みる甘さを感じながら、おっかなびっくり一口目に臨もうとしているフェルナンド様と、それを「大丈夫か?」とでも言いたげに見守るジャンに意識を向けた。
実力ある護衛ではあるけれど若干粗野な感じを受けるジャンと、隠していても品の良さが出てしまうフェルナンド様の組み合わせは、なかなか面白い。それにフェルナンド様がごく普通の態度でジャンに接しているのを見て、ちょっと安心もしていた。
貴族の中には、平民をひどく見下す人もいる。フェルナンド様はそんな人ではないだろうと思ってはいたけれど、実際こうして彼の態度を目の当たりにすると嬉しい気持ちになってしまう。
なんて密かに和んでいる間に、フェルナンド様は意外にも宣言通りの上品な仕草で砂糖パンを攻略しつつあった。
自分のぶんを食べ終え、その微妙に庶民には馴染みきれない様子を見守っていると、私の視線を感じた彼の表情が、ふっといたずらっぽいものへと変わった。
そして彼は最後の一口を食べる時に、ちょっと口の端に砂糖をつけてから口の中へとパンを放り込んだのだ。
期待に満ちた紺碧の双眸が、私へと向けられる。
「エリー。ごめん、砂糖がついてしまった」
いやそれ、わざと……と突っ込みたくもなるけれど、お砂糖がついたら拭いてあげると言ったのは確かに私だ。ちゃっかりそれに乗っかる抜け目のなさが彼らしい。
「もう、美しく食べてみせるんじゃなかったの?」
どうぞどうぞとでもいうように少し屈んだ彼を見て、思わず笑いながらその口元を拭った。するとなんとも幸せそうな、柔らかな笑みが美しい顔を彩る。
「自分のプライドを守るより、エリーに優しくしてもらう方が得だと気付いたんだ」
「変なルイ!」
すごく大人で聡明な人のはずなのに、時々みせる子どもっぽいところがなんだか可愛く、放っておけなく思えてしまう。
そうやって新しい彼を知るたびに、このまま一緒にいられたらという思いは少しずつ膨らんでいくのかもしれない。
もしフェルナンド様も同じ気持ちでいてくれたなら、それはとても幸せなことだと思った。
屋台を楽しんだ後に足を運んだのは、加工品や手芸品などの出店が並ぶエリアだ。客引きの威勢の良い声、買い物客の熱気、所狭しと並べられた物珍しい品の数々。フェルナンド様は相変わらず楽しそうな様子で、足を進めている。
そしてふと、彼は私に意味ありげな視線を向けた。
「ねぇエリー、見てごらん。ここでは恋人同士のデートはああやって密着して歩くのが作法のようだ。怪しまれないように、俺たちも倣うべきじゃないかな?」
「……え?」
嫌な予感と共に、フェルナンド様の示す視線の先に目を向ける。するとそこにはお互いの腰に手を回し、「歩きにくくないですか?」と聞きたくなるほどべったりぴったりくっついて歩いているザ・熱愛! なカップルがいて、思わず顔が引き攣った。
あれを私にしろと? フェルナンド様と? ひいいいいっ、無理無理絶っ対ムリ!
「あ、あ、あんなのはごくごく一部の人だけなの! 倣ったらむしろ悪目立ちするんだから!!」
「そう? 残念」
激しく首を振って否定する私を見て、フェルナンド様はおかしそうに笑う。
というか、いつの間に3人組のお買い物が恋人同士のデートになったんだろう。もしかしなくても揶揄われていただけなんじゃ?
思わず非難の眼差しを視線を向けると、彼はすぐさまウインク付きの謝罪を寄越した。
「ごめん、レディを揶揄うなんていけなかったね。浮かれて少しタガが外れてるみたいだ」
「まぁ楽しんでもらってるなら嬉しいけど……」
「うん、楽しいよ。なんというか、人目を気にせず歩けるのは胸がスッとするね」
その言葉で、彼がいつもより生き生きしている理由が腑に落ちる。
貴族社会では常に大勢から注目されて、姿を見せるやいなや速攻人に囲まれてしまうフェルナンド様。でもここには彼の一挙手一投足を監視する人なんていないし、あれこれ話しかけてくる人もいない。
その他大勢でいられる事に、心安らぐこともある。
私でさえそうなのだから、普段から人に注目されまくりのフェルナンド様は尚更、開放感を感じるだろう。
「それに仕事の予定を入れない日でも、資料を読み込んだり付き合いで出かけたりということがほとんどだったから、こうして自分のための時間を噛み締めていられるのはすごく贅沢に感じるんだ」
「まぁ」
それって休日がほぼないに等しいのでは?
フェルナンド様のワーカーホリックぶりを心配していると、彼はフォローするように言葉を続けた。
「それが苦痛だったわけではないよ。父も兄も仕事こそが生き甲斐で、大勢を驚かせて喜ばせることが何より好きな人たちだから、そんな日々が普通だと思ってたんだ。でも俺自身の幸せは、彼らとは少し異なるらしい」
「ルイの幸せ?」
「そう。エリーと今一緒に過ごす時間とか、ね。こうして今までとは違う生き方や考え方に触れて、自分を見つめ直すたびに、未来が明るい方向へ変化していく気がする。ぜんぶエリーと出会わなければ知り得なかったことだよ。ありがとう」
告げられた感謝の言葉に、胸がふっと熱を持った。こんな私でも彼に与えられるものがあるのであればとても嬉しいし、少しだけ自信がつく気がする。
揶揄われた恨めしさはどこへやら。単純だなぁと思うけど、すぐ嬉しい気持ちになれる方が得じゃないか。うん、そう思おう。自分に言い聞かせながら歩いていると、ふとフェルナンド様の足が意外なお店の前で止まった。
「まぁ、かわいい」
そこは木彫り細工のお店で、道側の目立つところに小さな動物達が並べられている。ウサギやリス、小鳥に猫、ネズミやカエルなんてものまで可愛らしく飾られていた。
「よくできているね」
「うん。この寝そべる犬もかわいいっ。ルイはどれが好み?」
「この怒ってる子猫。エリーにそっくりで、すごく可愛いと思わない?」
そう言ってフェルナンド様が指さしたのは、毛を逆立てて怖くない威嚇を披露するまん丸な子猫の木彫り。
いや、可愛いは可愛いけど、フェルナンド様の中で私はどんなイメージなんだろう。
複雑な気持ちになりつつも、でもまぁこれを可愛いと思って足を止めたのであれば、彼への贈り物にはいいかもしれない。
「すみませーん」
無骨な職人さんという感じのお店の人がちょうど接客を終えたので、思い切って声をかけた。
「この子と、この袋ももらえますか?」
「はいよ」
「エリー?」
お金を払って、威嚇子猫とこれに入れて持って帰れとばかりに一緒に売られていた巾着袋を購入する。そしてそれを、フェルナンド様へと差し出した。
「お出かけの記念にどうぞ。夜遅くまで仕事をしていたら、怒ったこの子に引っ掛かれるかもしれないから気をつけてね」
驚いたように、差し出された子猫と袋を見つめるフェルナンド様。じっと反応を待っていると、やがて弾けるような笑みがその顔に浮かぶ。
「ありがとう。嬉しいよ、エリー。なんだか子ども時代を取り戻している気分だ」
そう言って受け取ってくれたフェルナンド様の横では、親に気に入った動物を買ってもらえた女の子が嬉しそうにはしゃいでいる。
「もともと、何か記念になるものがあればって思ってたの。こういうところでは欲しいと思ったものを逃すと2度と買えなかったりするし、他にも気になるものがあれば教えてね。財布を取り上げたのは私なんだから、遠慮しないで」
「ありがとう。こんなことをされたら、ますますエリーに惚れてしまうね」
「い、いいからほら、袋にしまって!」
息を吸うように恥ずかしいセリフを口にするフェルナンド様に動揺させられつつ、威嚇子猫を袋に入れて、彼に持たせる。
その袋を目の高さに上げてゆらっと揺らしたフェルナンド様はとても嬉しそうに微笑んでいて、その様子を見たこちらまで温かい気持ちになった。




