12: 初のデート
デート当日。
手にキスされても慌てないぞと心の準備をしつつ待っていた私の前に、久方ぶりのきらきら貴公子が降臨した。
「エイリーン、お久しぶりです。……とても、会いたかった」
私を見つめて感極まったとばかりにそう言った彼は、その長い足で私との距離を詰める。
え? は? いや、近っ! と驚く間もなく彼の腕が私に回り、そしてそのままふわりと優しく、抱き寄せられた。
ひ。
ひいぃぃぃっ。
うわぁウソウソどうしよう近すぎるしいい匂いがするしあったかいしうわあぁぁっむりむりむり!!
心の準備なんて、一瞬にして消失してしまった。
カチンと固まったまま思考停止した私に構うことなく、さらに私の髪を優しくひと撫でふた撫でした彼は、少ししてようやくその身を離した。輝かしい笑みが、その顔に浮かんでいる。
「会えない間、あなたのくれる手紙が本当に嬉しく励みになっていました。ありがとう、エイリーン。あなたとの距離が近づいたように感じたのは、私の自惚れでしょうか」
予想外の暴挙に言葉が出なくなった私に、フェルナンド様は更に甘い言葉を続けた。
「早く会いたくて、これでも頑張って仕事を終わらせてきたんです。愛しい姿を目にしてしまえば抱きしめずにはいられませんでしたが……驚かせてしまいましたね、申し訳ない」
そ、そんなキラキラした笑顔で謝られたところで許せるかぁっ!
思わずキッと彼を睨みつけてしまう。
歯の浮くようなセリフに多少の耐性がついたなんて思っていたけれど、実際会って接触までされるとお手上げだ。自分の見目の良さを分かってのこの距離の詰め方だろうけど、私には刺激が強すぎる。
お仕事お疲れ様でしたとかお身体は大丈夫ですかとか、労りの言葉でもかけてあげなさいと諭す理性と、いやそれより先に言ってやらねばならないことがあるぞと叫ぶ熱い感情が、ぐるぐると胸で渦巻いた。
「フェルナンド様っ」
「はい」
「まずはお忙しい中でもお手紙を送ってくださり、ありがとうございましたっ。私もフェルナンド様のことを少し理解できたように感じて、嬉しく思っておりましたの!」
「それは、何よりです」
感情が整理できなくて怒りながら礼を述べる私に、フェルナンド様が小首を傾げながら応えた。その不思議そうな顔を見ていると、なんだか小憎たらしくなってくる。
「ですが!」
いくら金持ち美形とはいえ、許せることと許せないことがあるのだ。
「婚約もしていない女性を、突然抱きしめるのは、いかがなものかと!」
まさかこれまでも気に入った女性を片っ端から抱きしめて口説いていたとか? やだーっ、信じられない!
「まさかフェルナンド様はよく、このようなことを……?」
「何やらひどい誤解を与えてしまったようですが、私が抱きしめたいと思うのはエイリーンだけですよ」
思わず数歩彼との距離をあけると、目を丸くした彼がすぐさま私の言葉を否定した。でもそんなセリフがすらすら出てくるのも、言い訳経験豊富な気がして怪しい。
疑いの眼差しを向けていると、彼は悲しそうな表情を浮かべてみせた。
「私はすっかりあなたの虜だというのに、肝心のあなたの心はまだ遠かったようですね。思う女性との距離も測れぬ未熟者とお笑いください。けれど浮かれてしまうほど、あなたに会えたことが嬉しかったのです」
「くっ」
なんと素晴らしい切り返し。でもパメラが口の上手い男性は要注意だと言っていたし、このまま信じていいのだろうか。
「それに私の方は、今すぐにでも結婚に進む覚悟はできています」
「いっ、いいえ、まだお会いするのは4回目ですもの。もう少しお互いを知ってからの方が、よろしいと思いますわ」
悩む間もなく、間髪入れない追撃を喰らってしまった。彼とのことを前向きに考えたいとはいえ、さすがに今婚約しようとは思っていない。それに婚約したら言葉だけでなく抱きしめたりされるかもと思うと、尻尾を巻いて逃げ出したい気持ちになった。
再び距離を詰められないようフェルナンド様を警戒しつつ、どうしたものかと悩んでいると、不意に後ろから笑い声が響いた。
「もう、エイリーンったら。ごめんなさいね、子どもっぽくて」
すっかり存在を忘れていた母が、とりなすようにフェルナンド様へ言葉を向ける。
振り返ると、父がなんともいえない眼差しを私に向けていた。忙しい中時間を作って会いにしてくれた彼を前に、いったい何をやっているんだと思われているのかもしれない。確かに、その通りかも。
ちょっぴり反省しつつ、でもいきなり抱き締めた彼も悪いのにと思っていると、フェルナンド様は爽やかな笑みを両親へと向けた。
「いえ。礼を失していたのは私の方ですから、お叱りはもっともです。それに……」
言葉を切った彼は、視線を私へと戻して、甘く微笑んだ。
「怒りながらもお礼を伝えてくれるエイリーンは、とても可愛らしかった。新たな一面を知るたびに、ますますあなたに惹かれてしまいます」
うわぁっ、油断した!
その言葉と笑顔をもろに喰らって、顔が赤くなっていくのがわかる。さすがフェルナンド・カーディス、私なんかが太刀打ちできる相手ではなかった。
完全敗北して意気消沈していると、彼はそろそろ行きましょうかと私に手を差し出した。もはや抗う気力もなく、大人しく手を重ねる。
「では、大切なお嬢様をお預かりします」
「楽しんでいらしてね」
「迷惑をかけないようにな、エイリーン」
楽しそうな母と心配そうな父の声に見送られて、馬車へと乗り込んだ。出発前からこんな有様で大丈夫なのかとこの先に不安を感じながらも、ついに彼との初のデートが始まってしまったのである。




