11: 手紙を書く日々
「おはよう、エイリーン」
「おはようございます……」
ふわぁとあくびをしながら、朝食の席に着いた。
手紙って、なんであんなに書くのに時間がかかってしまうのだろう。おかげで少し寝不足だ。うっかり書き損じたら一から書き直しなので、すごく気を使うし。
あ、でもフェルナンド様から送られてきたあの書類。流石にちょっとしたミスを書き直す時間はなかったのか、書き損じ部分を動物のシルエットみたいな形に塗りつぶしていて、ちょっと可愛かったなぁ。
ぽやんとそんなことを思っていると、母にくすりと笑われた。
「エイリーンったら、フェルナンドさんからの熱烈なラブレターを思い出してるの? 好きなもののところなんて、すごく素敵でしたものねぇ」
「ちょっ、なんでお母様も知ってるの!?」
一瞬で眠気が吹っ飛んで、頬が熱くなる。
「あら、だってあれミドレ家にって渡されたのだもの。急ぎのものかしらと思って中身を確認したら、ラブレターで驚いてしまったわ。でも早く見せた方がいいと思って、急いでお父様のもとへ運ばせたのよ」
「そ、そう……」
確かに封筒だけ見ると、中身があれとは思わないかもしれない。
「ふふ。彼がエイリーンの優しくてまっすぐなところを好きになってくれたんだわって感じて、お母様とても嬉しかったの。よかったわね、冷たくしてくれる女性がタイプって説は大外れよ」
「うぅ……」
昨日読んだ、全身が痒くなりそうな言葉の数々を思い出す。あの心を一瞬で捉え云々書かれていた後に、特にどんなところに惹かれたかの詳細も綴られていたのだ。
私が彼を気遣って案内を断ったことも、資産が勝手に湧いてくるものではなく労力と引き換えに得たものだと理解していることも、下心なく彼を褒めたことも、彼の心に響いていたらしい。
え、そんなことで? と思うけれど、普段あれだけご令嬢に囲まれていると、がっついてこられないだけで心安らげる特別な人に見えてもおかしくはない。それに高位貴族のご令嬢には、まだまだ「働くこと」への理解が浅い人も多くいる。
家の補佐や官僚として生きることに比べ、事業経営はリスクが高い。自身の力で身を立てていく予定だった彼からすると、贅沢が当たり前の生粋のお嬢様は寄り添う相手として不安を感じるのだろう。
とはいえ、爵位付きだったり事業に理解があったりする貴族の娘が、私だけというわけでもない。
「でも本当に私でいいのかしら。ほら、彼の結婚相手ってキャロライン様が最有力って思われてたでしょ? あの方は侯爵家の後継で身分も申し分ないし、何よりご自身も精力的に領地経営や事業に関わられている方だから、価値観も合うと思うのに」
ウェルズ侯爵家の後継であるキャロライン様は、男に生まれていればさぞ、と残念がる人も多いほどの傑物で、女性でありながらウェルズ侯爵の片腕として表舞台で活躍していた。カーディス家次男を婿として狙っていることも隠しておらず、最終的にはこの2人が縁を結ぶだろうと大半の人は予想している。
そんな彼女と私を比べて私を取るだなんて、正気の沙汰とは思えなかった。
「働きすぎて、疲れちゃってるとか?」
フェルナンド様の精神状態を心配していると、父が苦笑気味に口を開いた。
「エイリーン、彼の気持ちはあの書類に込められていただろう? それにウェルズ侯爵令嬢と結婚する気なら、もうとっくに話は進んでいるさ」
「確かに……」
理由は定かではないけれど、彼にその気がないから今の状態になっているのだろう。エイリーンったら心配性なんだからと笑っている母から視線を逸らして、パンを手に取った。
彼のことを前向きに考えられるようになっても、やはり2人の格差が大きいと不安は尽きない。3歩進んで2歩下がるような気持ちの揺れを繰り返して、いつか最後の一歩を踏み出す勇気を持てる日がくるだろうか。
そんなことを考えていた時。
まるで弱腰の私を叱り飛ばすかのように、不意に頭の中でパメラの声が響いた。
「このチャンスをものにしないでどうします!」と。
ああ、そうだ。
地味で卑屈で心配性で、とても恋愛小説のヒロインにはなれないような脇役体質の私。そんな私を見つけて、求めて、心を得ようと頑張ってくれる人に、私は人生で初めて出会っているのだ。しかもその人は家柄も能力も十分過ぎるほど。こんなチャンスが2度も巡ってくるはずがない。
ただ待っているだけでは、ダメなのだ。
私もフェルナンド様に自分のことを分かってもらえるように、そして2人の考えを合わせられるように、努力しよう。きっと今が私にとって「頑張らなければならない時」だから。
急に胸に湧いてきた熱に駆られるようにパンをちぎって、多すぎるくらいのジャムをつけて口に放り込んだ。
うん。手始めに、今日も手紙を書こう。彼の要望通り彼が私に教えてくれたことを、私も彼に少しずつでも伝えていきたい。肝心の題材は……家族や領地のこととか?
あ、その前に。今日送る手紙には、よく眠れるお茶タイプの伝統薬を添えておこう。あれは味も香りも良くて私も気に入っているものだ。ここで「私の好きなお茶です」なんてメモもつけておくのもいいかもしれない。
頭の中で計画を練りながら、またジャムたっぷりのパンを口に運ぶ。その過ぎた甘さが、今の私にはちょうどよかった。
それから、フェルナンド様に手紙を書く日々が始まった。
最初の手紙に返事はいらないと書いたけれど、その翌朝には速攻返信が送られてきて「あなたからの手紙が嬉しくて、思わずペンを手に取っていました。私を気遣ってくれてありがとう。その優しさがたまらなく好きです、エイリーン」なんてひいぃっと悲鳴をあげずにはいられない言葉が綴られていた。こんな短い手紙で、よくもまぁこれ程人の感情をぐちゃぐちゃにしてしまえるものだと感心する。もはや一種の才能だ。
ちなみにその手紙はブレスレットと共に小箱に封印し、心の安寧のために鍵もかけてある。母に見つかったらと想像するだけで、顔から火が出そうなので仕方がない。
今後ひと月ほどは特に多忙らしいと聞いていたので、再度返事は落ち着いてからでいいと伝えたものの、フェルナンド様はまめに返信をくれた。ほんの一言だけの時もあるけれど、その手間をかけてくれていることに喜びを感じてしまう。
実際に会った時よりも、手紙のやり取りの方が彼を身近に感じられて、そして互いの理解が進むようで、この会えない時間がとても大切に思えた。
「フェルナンド様はどうなんだろう」
こちらの好意が育つ一方、「会った時とは違って、平凡でつまらない」なんて相手に思われていたら、悲しいし辛い。面白い女系ヒロインが出てくる小説を漁ってみたものの、私が実践に使えそうなテクニックなんてほとんどないし、この先ずっと面白い女を演じ続けられるとも思えなかった。
「理想の結婚感は、同意できるんだけどなぁ」
現カーディス伯爵は事業第一の人で、特に新しいものが好きらしい。領地経営も方針を決めたあとは大半を代理の者に任せ、国内外を飛び回る生活を送っている。対する夫人はファッションにかけるお金があれば満足な人で、男児2人をもうけた後は別邸で悠々自適に暮らしているそうだ。
そんな2人から想像できる通り、子育てはナニーや教育係に丸投げ。子どもの誕生日を祝うことすらほとんどなく、プレゼントもお抱えの商人に任せて毎年流行りのものが届くよう手配だけしていたというから驚きだ。
事業に携わるようになってからは父親とは距離が縮まり、その多忙さも尊敬すべき点も理解できたとしつつも、自分の味わった寂しさを自分の子には味わわせたくないと書類には書かれていた。自分の幼少期に重なる甥達の様子を見ているとなおさら、ミドレ家の仲の良さが好ましく、公私共に夫婦で支え合う関係が理想と感じるのだと。
私も支え合う関係は大歓迎だけれど、支える相手がこれほどの大物になる可能性が浮上するとは思ってもいなかった。
「鉄道とか運送とか事業相談とか、なにから勉強すればいいかすら分からないのよね。とりあえず、取り寄せた本を読んではみてるけど」
フェルナンド様がミドレ家の事業に明るい一方、私はフェルナンド様の仕事について何も分かりませんではよろしくない。そう思って何冊か本を取り寄せ、空いた時間に目を通していた。フェルナンド様に時間的な余裕ができたらおすすめの本を聞いてみたい。
手紙に勉強にと突然忙しくなったものの、前に進めている充実感も感じていた。
両親も私の気持ちを悟って静かに見守ってくれている。けれどなぜかケイトやパメラまで私が前向きになったことを察知していて、ケイトおすすめの恋の駆け引き指南書やパメラ直伝の男の嘘を見抜く方法など、役に立つのか分からない知識も増えてしまった。
そんな感じで、家族どころか仕事仲間にまで後押しをしてもらい、手紙をやり取りすること約3週間。歯の浮くようなセリフに多少の耐性がつき、自分の心の成長を感じ始めていた頃に、フェルナンド様の仕事も落ち着いたようだ。
新しく届いた手紙には「ようやく仕事がひと段落つきそうです。手紙をもらうたびにあなたに会いたくてたまりませんでした。この胸が張り裂けてしまう前に、どうかデートに誘われてはくれませんか?」と書かれており、相変わらずの言葉選びに笑ってしまった。
そして顔合わせの時とはまるで違う心情で「もちろんです」と手紙に書いた後。少し悩んで「お会いできるのをとても楽しみにしています」とペンを走らせたのだった。




