魔道具オタクと人間オタク
「よし」
寮の地下にある簡易作業室は、本当に最高の場所だ。
机や工具、魔道具の簡易修理設備、小型の結界まである。
入寮初日に見つけたルカには感謝だな。
実家から届いてきた木製の箱を机に置いた俺は、大きく伸びをした。
「何送ってもらったんだ?」
そういって箱を覗き込んでいるのはルカ。今朝荷物が送られてきたところに丁度居合わせたコイツは、そのまま興味津々で授業中ずっと俺をストーキングしてきたんだ。
まあ、この部屋を見つけてくれた恩も無いではない。仕方ないと、俺は諦めて蓋を外した。
そうして、それは姿を現した。水色で、箱の中ぴったりに収まっている物体。プラスチックの外枠に、一番特徴なのは薄いパーツだ。
「……何だこれ」
「知らないのか? こいつはな、扇風機ってんだ」
「……センプウキ?」
ルカの目が点になった。
俺は実際にそれを取り出して見せつける。両手で持ち歩けるくらいの大きさ。机の上に置くことだって出来そうなそれは、三枚羽根の顔が可愛らしい。
「この頭の奴が回って、風をだすらしいぜ」
「風? このヘンテコなのが風を出すのか?」
「人間の世界ならな。どうやって出るのかとか、俺には全く分からないんだけど」
この小さな機械を机に置いたところで、ルカがあちこちに触れだした。
「ほーん。紋無しってのも結構面白いものを作るモンだな」
やがてその特徴である三枚の羽根に触れると、それは簡単に揺れた。そのまま、ルカの指に弾かれてくるくると回り出す。
「うおっ! 何だこれ、全く支えられてねえのか」
「それ触ると危ないわよ」
その声は、女子生徒の声。
見れば、作業室の入り口に二人の女子生徒が並んでいた。
「沙耶香に、ミカか」
「よーっす。マナッちにルカっち」
え、そのマナッちって俺か? ルカはそのままなのに俺は改変されているのな。
沙耶香とミカは、それぞれ作業室に入ってくる。彼女たちは机の上に置かれている扇風機を見つけて、それぞれ目を丸くした。
「あんたたち、どうしたのその扇風機?」
「実家から持ってきた」
「……ねえ。わざわざご実家から持ってきたそれを、今からどうするつもり?」
「もちろん、分解するんだよ」
「今から? 何か忘れてない?」
「ん? なんかあったか?」
忘れていることなんて……特に心当たりないな。
すると沙耶香は、机をバンって叩いた。
「放課後、魔法教える約束だったでしょうが!」
「あ、やべ……」
「忘れてた?」
「忘れてない……多分」
「その多分、信用できない」
うう、すごい睨んでくる。
その間に、ミカが扇風機を覗き込んでいる。
「で、この……センプウキ? をブンカイ? するん?」
「ああ! 前々からやってみたかったんだ!」
「はあ……もう一回言うけど、その羽根には触らないでよ?」
「何で……痛だァ!」
「……そうなるからよ」
見れば、ルカの指から血が噴き出していた。
羽根で指を切ったらしい。「ピュー」って、面白い勢いで血が噴き出ている。
「何だよこれ! 風を起こすのは嘘で、本当はこれをぶん投げる武器なんだろ! 首ちょんぱ出来るぞこれ!」
「初見でその発想が出てくるのはちょっと怖いわよ……そうじゃなくて……それ一回置いて」
ルカは言われた通りに扇風機を机に戻した。
すると、沙耶香は杖を取り出して、唱えた。
「危ないから離れてよね。えっと……魔力はこれくらいで……《軟風》」
やはり、魔紋は現れない。代わりに、彼女の杖には小さな緑色の魔法陣がその役割を担った。
魔法陣から、優しい風が吹き出した。すると、それを受けて扇風機がゆっくりと回り始める。
「おおおおっ……!」
「すげえ、キリキリと回ってる」
「ちょっと可愛いじゃん」
俺たち魔法使いは、それぞれ三者三様の反応をした。
ぎこちない動きでも、扇風機はしっかりと回転している。
ある程度の回転を見せてから、沙耶香は魔法を止めて杖をしまった。
「それにしても、ずいぶん古いの持ってるね」
「古い? この最先端のおシャンティが?」
「その言い方も相当よ。あと、この型なんてもう田舎でしか見ないと思うわ。最近は羽根が見えないタイプとか、もっと違う形のもあるし」
「羽根がないのに風出るの!?」
何それ、どうなってんの? すごく見たい。
俺が沙耶香に顔を近づけると、彼女は両手で俺を引き離してきた。
「仕組みは知らないわよ、中に送風する仕組みがあるんだろうけど」
「え……見たい……見たいみたいみたい!」
「うるさいわね! 今ここにはないでしょ!」
「人間の町ならあるんじゃね?」
ああ、ありがとうミカ。その一言で、俺とルカの目がより一層輝く。
「あるの? あるのか?」
「すげえ! そいつは是非お目にかかりたい!」
ルカも賛同した。さっきまでの痛みなんて吹っ飛んで、俺と一緒に沙耶香に顔を近づける。
少し戸惑っていた沙耶香は、やがて口を横一文字に結んで教えてくれた。
「まあ、家電量販店ならあるんじゃない?」
「家電量販店……家電量販店」
よし、覚えた。家電量販店に行けば、羽根のない扇風機があるんだ。
「その顔、絶対行くつもりでしょ」
「もちろん」
「忘れているかもしれないけど、この学校、全寮制よ。行く機会なんてないでしょ」
「休日の外出許可取ればいいだろ」
「行動力だけはあるんだから……」
そう呆れられてもさ、俺としては羽根も見えないのに風を出す機械を気にするなという方が無理だった。
「それでさ、これどうやって動いてるんだ?」
家電量販店のことは頭の半分くらいにして、今はこの扇風機だ。
「どうやってって、そりゃ当然電気で動いているのよ」
「デンキ……! 人間の重要要素!」
「またその顔」
「どういう顔?」
「知らない魔法見つけた子供みたいな」
「でも、魔法じゃないもので動くなんて面白いじゃん」
おお、とうとうミカも味方になってくれた。
すると、沙耶香はどこか諦めて天を仰いだ。
「それで、わざわざそんな骨董品を持ち込んで何するつもり?」
「何ってそりゃあ……分解して直すんだよ」
「溜めないでよ。第一、電源コード切れてるから動かないわよ」
沙耶香が千切れたコードを摘まんだ。
そういうと思った。予想通りの反応に、俺は笑みを浮かべる。
「だから、魔力で動かせないかなって」
「……」
沙耶香も、そしてルカも黙った。
ただ一人、ミカだけが「マジで!?」と驚きを示してくれた。
「マナト……人間の道具を魔法で動かすの?」
「そう」
「魔法より人間の方が面白いって言ってなかった?」
「言った」
「矛盾してない?」
「全然。魔法で人間のもの動かしたらもっと面白いじゃん」
「……」
沙耶香が何か言いたそうな顔をしている。
「その理屈、すごくマナトっぽいな」
ルカが笑った。
「だろ?」
「もう……壊さないでよ」
沙耶香が扇風機の背中を優しく撫でた。いや、これもう壊れているって。
「じゃあ開けるぞ」
「待って」
いいや、我慢ならない。開けるね!
ローブの内側に入っているドライバーを装備! 背面のネジを外して、カバーを開く。
「おお」
ルカが顔を近づける。
「人間の機械ってこんな感じなんだな」
ああ。当然、魔力の回路なんて存在しない。
中には、魔法使いの世界では見たことのない部品が所せましと敷き詰められていた。
「マナト、これは何だ?」
「モーター」
「何する?」
「回る」
「……何で?」
「電気流すと回るんだってよ」
「じゃあさ、これに魔力流せば回る?」
お、ルカもいろいろ分かってきたな。
「それを今から考えるんだよ。このままじゃダメだろうから、どうにかすれば出来るようにならないかな」
「いいな」
「だろ?」
「二人とも楽しそうじゃん」
背後で、ミカの笑い声が聞こえる。一方で、沙耶香が「嫌な予感しかしない」と呟いている。
「なあ、だったらこれとか使えないか?」
ルカの声とともに、目の前に小さな魔石が現れた。
「これって……魔力蓄積石か? よく持ってたな」
「へへ、魔道具屋のせがれの性って奴だな。ストックしておくと気になる魔道具を拾った時に便利だぜ」
「へえ」
俺が電池を持ち歩いている様ななもんか。
背後からは沙耶香とミカが「持ち歩くの?」「持ち歩かないじゃん」というやり取りをしているけど、今は気にしない。
「これに魔力入れて、細い術式通して雷魔法に変換するんだ」
「雷?」
「電気に近いだろ」
ルカがにやりと口を歪めた。
コイツ、なかなかユニークな発想をしている。まあ、雷魔法と電気は似て非なるものだけど、魔紋から杖に魔力を伝える要領で機械の内側に魔法を発動させることも出来そうだ。
「……ねえ、それ大丈夫? 間違えて爆発したりしない?」
「大丈夫だろ。……多分」
「だから信用できないって!」
またか。まあ、気にしなくていいか。俺とルカはそれぞれ杖を取り出して術式を組む。
俺が人間側。ルカが魔道具側。
「この配線に繋げばいい?」
「ああ」
「……ミカ、私たちはもっと離れよう」
「え? 何で? 面白そうだし、もっと見たいじゃん」
「爆発するかもしれないから」
ええ、何だよ。
沙耶香がミカの肩を取って部屋の入り口まで退避している。何だよ、そんなに離れてくれてさあ。
「爆発なんてしないってのに。……多分」
「アンタの多分、信用できないってさっきから言ってるじゃん!」
そんなに信用できないのかなあ、俺って。
「じゃあ行くぞ」
全く俺たちのやり取りを気にしないルカが、魔石へ魔力を込めた。そのまま術式が起動。彼の魔紋から淡い光が配線へ流れていく。
俺も続かないと。俺の魔力も同じように、扇風機の配線に伝わっていく。
だけど、何も起きない。
「……失敗したの? よかった……」
なんでそんなに安心しているんだよ、ひどいな沙耶香。
「まだだ」
ルカがスイッチを入れた。
すると、羽根が少し震えた。
「おッ!」
「動いた!」
「本当に!」
「じゃん!」
女子たちが戻ってきた。
扇風機はそのまま、何とか動き続けて、ようやく一回転した。
「回った!」
「回ったな!」
俺とルカが顔を見合わせて、がっしりと腕を組みあう。
「もっと魔力を!」
「合点だ!」
「……ね、ねえ待って。いきなり増やすのやめた方が――」
「少しだけだって」
もう止まらない。もっと魔力を増やせば、その分強く回るはずだ。
「だろ?」
「普通は電力増やしたって強くならな___」
え? 何? よく聞こえなかった。
ぶおん! と、風を切る音が、沙耶香のセリフを吹き飛ばした。
机の上の扇風機が勢いよく回り出して、狭い室内は風であふれ出していた。
「動いた!」
「やった!」
「ちょっと待って、速くない!?」
「本来こんなもんじゃない?」
「もっと遅い!」
「なんて? 聞こえない!」
「もっと遅いの! 止めて!」
「なあ、あのセンプウキ、変な音しているけど、いいのか?」
「あ」
ミカの間延びした声が、妙によく聞こえた。
彼女の言う通り、扇風機ががたがたと不気味な振動を続けて、悲鳴を上げていた。
「止めろ!」
「止めてる! けど、止まらない!」
「何で!?」
「術式が固定された!」
「はあ!?」
「二人ともどうにかして!」
沙耶香の悲鳴が、今度はよく聞こえた。
俺は咄嗟に手を伸ばす。
「じゃあ――」
だけど、俺が考えたプランが実行に移ることはなかった。
魔力と魔石を注がれた人間の英知の結晶は、そのスペック以上の力を発揮したんだ。
工具や魔石が次々に天井目指して猛ダッシュして、俺たちの衣類も次々に煽られていく。俺たち四人も揃って壁に打ち付けられて、ひどい音とともに意識が飛びかける。
これはやばい、となれば、すぐに風は弱まっていった。
見れば、台風の中心にあった機械は、すでに想定以上の力を使い果たしていた。
まだ形を保っていたボディは砕けて、内部の機構がむき出しになっている。支えられていたバネが伸び放題になって、羽根を弾き飛ばしているし、あちこちから煙が上がっていた。
「ああっ! そんな!」
そんな姿を見たら、もう悲鳴しか上がらなくなる。
痛む体の訴えを無視して、俺は扇風機に駆け寄る。
こいつはもう虫の息だ。そして扇風機は俺の手の中で、ひっそりと息絶えた。
「せ、扇風機いいいいいいいいいッ!」
そしてそんな俺に、ルカは生暖かい目線を、沙耶香とミカは冷めた目線を投げていることに気付かなかった。




