↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法学校に普通の人間が入学してきた ~紋無しと人間オタクの魔法使い~  作者: カラス
第二章 ダメダメメイドは命令を聞かない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
65/67

記録された失敗

「おいルカ。今の火矢、見たか?」


 俺が尋ねると、ルカは炎の落ちた場所に目を向けた。


「ああ。曲がったな」

「アリサが使ったときも、ああなったんだ」


 飼育場で、初めて沙耶香の火矢を真似したとき。それから、腕輪に操られて俺たちに杖を向けたときも、炎は真っ直ぐには飛ばなかった。

 あの曲がり方が、妙に目に残っている。


「あいつ、俺たちやアリサの魔法を覚えているんだよな……癖まで真似したってことか?」

「まだ分からない。でも――」


 大きな音がして、俺たちは身を縮めた。

 悪魔の大剣が、セレナ先生の作った光の帯を引き伸ばしている。先生は拘束を緩めず、その腕を横へ引こうとしていた。正面では、クドウ管理官が盾ごと悪魔を押し戻そうとしている。

 いつまでも、ここで考え込んではいられない。

 アリサは、柱の陰へ敷かれた毛布の上に寝かされている。医療担当の先生が左腕に包帯を巻き、沙耶香がその肩を支えていた。


「アリサ。少し聞いてもいいか」


 声をかけると、アリサの瞼が動いた。

 俺を見てから、ゆっくりと入口の外へ視線を向ける。黒い鎧の巨体を見つけた途端、小さな身体が強張った。


「わたしの……」

「え?」

「今の魔法、わたしの火矢なのです」


 起き上がろうとした肩を、沙耶香が支え直した。


「そのままでいいよ。ここからでも見えるから」

「ですが、あれが――」

「分かってる。だから、マナトの話を聞いて」


 アリサが俺の方へ顔を戻す。

 俺はその横に屈んだ。左手首の包帯に、薄く赤いものが滲んでいる。


「腕輪に操られていたとき、お前、俺たちに魔法を撃っただろ」

「……はい」

「そのときも、火矢が曲がった。あれは、わざとだったのか?」


 アリサは答えようとして、唇を閉じた。

 しばらく黙ったあと、小さく頷く。


「最初は、上手にできなかっただけなのです。お姉ちゃんと同じようにしたつもりでも、どうしても左側が崩れてしまって……」

「飼育場のときだな」

「はい。でも、あのときは……真っ直ぐ飛ばない方が、よかったのです」


 包帯を巻かれていない方の手が、沙耶香の袖を握った。


「お姉ちゃんに、当たらないようにしたかったので」


 沙耶香が、何も言わずにその手を包んだのを見届けて、俺は外に目をやる。

 誰もいない石畳に、黒い焼け跡が残っていた。悪魔は確かに入口へ狙いをつけていたのに、炎はその手前で逸れた。


「腕が動いてしまうのは、止められませんでした。でも、魔法を作るときには、少しだけ……」


 アリサが言葉を探すように目を伏せる。


「綺麗に作れなくてもいいから、そちらへ飛んでいかないでほしいと、思っておりました」


 頭上で、雷が鳴った。

 入口の外が白く染まり、俺は反射的にアリサの前へ腕を伸ばした。

 三本に分かれた雷が、広場へ落ちる。

 二本はクドウ管理官の防壁にぶつかり、残る一本は、その手前の地面を大きく抉った。

 砕けた石片が入口に飛んできたが、ミカの風に押されて横へ流れていく。


「あ、あれもなのです!」


 アリサが、俺の腕の向こうを見ていた。


「三本に分かれるのも、わたしの雷です!」

「全部、同じなのか?」

「全部かは、分かりません。でも、あの魔法なら……」


 アリサは、沙耶香の手を握り直した。


「塔では、皆様がいる場所から、少しでも離そうとしておりました」


 俺たちは、アリサの魔法を避けながら腕輪に近づこうとしていた。あのときも、アリサは当てないようにしていたのか。それが、どこまでできていたのかは分からない。俺たちが避けた分も、先生たちに守られた分もある。

 けれど、目の前の焼け跡まで、ただの偶然で片づけることはできなかった。


「マナト」


 レイナが、入口からこちらを見た。


「何か分かったのか?」

「ああ。もしかしたら、あいつ、アリサの失敗したところまで真似してるのかもしれない」


 そう口にしてから、俺は少しだけ言い直した。


「それに、俺たちに当てないように変えたところも」


 レイナの目が、アリサに向いた。

 アリサは俯きかけたけれど、今度はその視線から逃げなかった。


「全部を、止められたわけではございません」

「ああ」

「皆様に、何度も危ないことを……」

「今、話してくれて助かった」


 レイナは短く答え、杖を持ち直した。


「続きはあとで聞く。お前が知っていることがあるなら、今はそれを教えろ」

「……はい」


 アリサの手から、少しだけ力が抜けた。


     ◇


 悪魔の足元に、水が溢れ始めた。

 下側の腕が生み出した青い魔法陣から、大きな水球が膨らんでいく。黒い鎧の横で回るそれを見て、俺は思わず立ち上がった。

 俺の水魔法より、ずっと大きい。あんな塊を入口にぶつけられれば、柱の陰にいても巻き込まれる。クドウ管理官もそれが分かったのか、防壁を入口に寄せ、広く張り直した。

 やがて、巨大な水球が放たれた。

 よく見れば分かる。表面を走る筋が、俺の作る水とは逆に回っていた。


「先生! 正面から全部受けないでください!」


 叫びながら、俺は杖を突き出した。


「《水球》!」


 青い光から水が膨らむ。

 でも向こうの水球に届いた途端、俺のものは大きく押し潰された。量も、押してくる力も違いすぎる。

 それでも、ぶつかったところでは、二つの流れが激しく跳ね返っていた。


「そのまま押さえろ、アズマ!」


 クドウ管理官が防壁を斜めに立てた。

 俺の水球とぶつかって形を崩した部分が、そこに引っかかる。巨大な塊が歪み、中心から外れた水が、防壁の側面に沿って滑っていった。

 結果、入口へ流れ込んだ水は左右に逸れ、足元を少し濡らすにとどまった。

 俺は膝をつき、杖を握った腕を押さえる。指の奥が痛んだが、水が柱の陰まで届かなかったことを確かめて、ようやく息を吐いた。


「……逆向きに回ってたんです」


 俺の言葉に、管理官が一瞬だけ振り返った。


「アリサを受け止めたときも、俺の水球とぶつかって、あんなふうに崩れました」

「同じ術式を使っているということか」

「……少なくとも、今の水魔法は」


 悪魔の足元では、流れた水に土が削られている。悪魔が傷ついた脚に体重をかけ直した拍子に、足先が少し滑った。

 セレナ先生が、その隙を逃さず拘束を引く。すると、巨体がそのバランスを支えられずに傾いた。

 悪魔は盾を地面に突き立て、転倒を免れた。だが、入口に伸ばしていた鎖が緩み、その先端が敷石の上に落ちた。


「奴の魔法がアリサのものと同じなら、こちらにも知っていることがあるってわけか」

「ああ、多分な」

「おい、本当に大丈夫なんだろうな? お前の多分に、今俺たちの命がかかってるぜ」


 俺はルカの手を掴み、立ち上がった。

 相手は、俺たちの戦い方を知っている。でも、俺たちだってアリサの魔法を見てきた。上手くいかなかったときも、それで何とか切り抜けたときも、同じ場所にいたんだ。


「上手くできなかったところまで残ってる。もしかしたらあいつには、失敗と手本の区別がついてないのかもしれない」

「だからといって、勝手に外れるのを待つつもりかい?」


 キサラギが、汚れた袖で額を拭った。


「違う。分かってる癖を使えないか、考えてる」

「……ふん」


 キサラギは悪魔に目を戻した。

 低く構えた盾が、傷ついた膝を覆っている。さっき一度狙われた場所を、あいつはもう開けようとしなかった。


「こちらが試すたびに、向こうも覚えていってしまう……か」

「ああ。何度も同じことはできないな」


 俺は入口の奥を振り返った。


「アリサ。風は?」


 アリサが顔を上げる。


「お前の軟風は、最初だけ強くなるだろ。あれも、毎回そうなのか?」

「はい。最初に魔力を入れすぎてしまうのです。それなのに、その強さのまま続けようとすると、上手くいかなくて……」

「急に弱くなる?」

「……なのです」


 返事をしたあと、アリサは自分の左手首を見た。


「何度使っても、上手にはできませんでした」


 今、広場では悪魔の腕を縛っている光の帯が、一つずつ引き伸ばされている。先生たちが押さえきれなくなるまで、もう長くはなさそうだ。

 もし、あいつが風魔法まで同じように真似するなら……。


「先生! 管理官!」


 俺の言葉に、二人は一斉に振り向く。


「もし、あいつが風を使ったら、最初の一度だけ防いでください!」

「最初だけだと? その後は?」

「多分、弱くなります! アリサの術式が、そのままなら」

「多分、か……」


 管理官の視線が、俺からアリサへ移り、正面の悪魔へ戻る。


「サキモト。聞こえたか」

「ああ。この学院で一番信用ならない保証付きでな。……弱まらなければ全員下がらせる」

「それでいい」


 先生は、悪魔を縛っていた光の帯を握り直した。


「アズマ。風が弱まっても、勝手に飛び出すな。先に私たちが腕を止める」

「分かりました」

「使わない可能性もある。他の攻撃から目を離すなよ」


 俺は頷き、杖を持つ手を拭った。手のひらに、汗と泥が混ざっている。

 分かったつもりになって前へ出れば、今度こそ鎖に掴まれる。自分たちに都合よく動いてくれる相手じゃない。

 それでも、ただ押されていたときよりは、見るべきところが増えていた。


     ◇


 クドウ管理官とセレナ先生が、左右から悪魔を押さえた。

 光の帯が剣を持つ腕に巻きつき、足元には新たな拘束が走る。悪魔は盾を持ち上げたけど、その下に潜り込んだ光までは防ぎきれなかった。

 黒い鎧が軋む。

 ナギが、その後ろで一歩退いた。


「バルグレム。押し返しなさい」


 悪魔の下側の手が、俺たちに向いた。

 指の間に緑色の光が集まり、魔法陣が開いていく。

 あの術式。風魔法だ。


「来るじゃん!」


 ミカが杖を両手で握った。

 俺も身を低くし、柱に肩を寄せた。ルカがキサラギを壁際に引き、レイナは入口の奥を庇う位置に移る。


「頭を下げろ!」


 セレナ先生の声とともに、風が膨れ上がる。

 広場に溜まっていた水が、一斉に吹き飛ばされる。泥も石も混ざった白い塊が、防壁に叩きつけられた。

 入口の柱が震え、身体を押し潰されそうな音の中で、俺は杖を抱え込んだ。真正面に立っていたクドウ管理官が、片膝をついている。

 強すぎる。でも、アリサの魔法そのものと同じじゃない。

 あいつが真似しているのは、魔力の量じゃなくて術式の形だ。そこへ流している力は、あの悪魔自身のもの。

 だから威力は違っても、術式に残った癖まで同じになる。飼育場でアリサが放った風も酷かったけれど、今度はそれが狭い入口に向けられている。いかに強靭な御霊代の校舎でも、耐えられるか疑問だ。実際に、防壁にも亀裂が入っている。


「まだ下げるな!」


 セレナ先生が叫び、管理官の防壁に光を重ねた。

 俺は目を細め、舞い上がる泥の向こうを見た。

 弱くなるはずだ。そう思っても、立ち上がることはできなかった。向こうが同じ魔法を使っているというだけで、この風まで同じだとは限らない。

 そのとき、俺の頬にぶつかっていた水滴の勢いが落ちた。

 柱を鳴らしていた音が、急に遠ざかる。

 前に押しつけられていた肩が軽くなり、宙に舞っていた小石が、ばらばらと地面に落ち始めた。


「……今です」


 入口の奥から、声がした。

 アリサが、沙耶香に支えられながらこちらを見ていた。


「もう、強いところは過ぎました!」


 クドウ管理官が、防壁の端をわずかに開いた。

 そこから流れ込んできたのは、濡れた草を撫でる程度の風だった。


「確認した。行くぞ、サキモト!」


 防壁が左右へ割れ、その間を通って光の帯が広場へ走った。


「出力を落とすようには命じておりませんが」


 ナギの声に従い、悪魔の魔法陣がもう一度強く光ろうとする。

 けれど、その前に二人の先生の拘束が届いた。剣と盾を持つ腕が外へ引かれ、下側の腕にも光が絡みつく。

 悪魔が、大きく身体を捻った。

 その動きで、低く構えていた盾が持ち上がる。傷ついた膝と、鎧の継ぎ目が露わになった。


「アズマ!」


 セレナ先生に呼ばれ、俺は顔を上げた。


「長くは押さえられん!」

「はい!」


 俺が杖を構える横で、ルカとキサラギも立ち上がった。レイナが入口の縁に進み、ミカは息を整えながら、その少し後ろにつく。

 アリサが、俺の背中に声をかけた。


「マナト様」


 振り返ると、アリサは自分の手を胸元で握っていた。


「あの魔法で、これ以上、皆様が傷つくのは嫌なのです」

「ああ。さっき教えてくれたこと、使わせてもらうぞ」

「はい!」


 大きな返事だった。

 すぐに咳き込んでしまい、沙耶香に背中を支えられている。それでも、その目は悪魔から逸れなかった。

 あいつが覚えているのは、アリサが言われるままに撃った魔法だけじゃない。外そうとした火矢も、当てないようにした雷も、その中に残っていた。

 ナギが奪っていった記録には、アリサが最後まで従わなかったところも、確かに残っている。


「ルカ。キサラギ」


 俺は二人に向き直った。

 悪魔を縛る光が、すでに軋み始めている。打ち合わせに使える時間は、ほんの少ししかなかった。


「最初は、さっきと同じように見せる」

「そのままじゃ、また防がれるぞ」

「分かってる。だから――」


 俺は、自分の考えを短く伝えた。

 ルカが一度だけ目を見開き、すぐに杖の向きを変える。キサラギは嫌そうに眉を寄せたが、話の途中で口を挟むことはしなかった。


「……君らしい、行儀の悪い使い方だね」

「さっき泥を這ってた奴に言われたくないぞ」

「ふん。さっさと構えたまえ。時間がない」

「分かってる」


 悪魔の赤い裂け目が、俺の右手に向く。青い魔法陣が開き始めると、拘束されている下側の腕が、鎖をこちらに向けようと動いた。

 そこまでは、さっきと同じだった。

 俺は杖先を動かさず、隣に立つ二人を待った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。