↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法学校に普通の人間が入学してきた ~紋無しと人間オタクの魔法使い~  作者: カラス
第二章 ダメダメメイドは命令を聞かない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
60/67

中央塔

 中央塔へ近づくにつれて、校舎の異変がはっきり見えるようになった。

 窓が誰も触れていないのに開き、閉じる。渡り廊下の先では、閉まりかけた扉を職員が身体で押さえ、その隙間から生徒たちを逃がしていた。頭上の魔力灯は赤く明滅し、そのたびに石畳へ落ちる影の濃さが変わっている。


「中央塔は、学院の結界や施錠をまとめて管理している」


 走りながら、クドウ管理官が説明した。


「各棟の防火障壁、緊急時の避難経路もだ。あそこから誤った命令が出れば、逃がすべき者を閉じ込めることにもなる」

「壊れたら、また魔法が使えなくなるんですか?」

「魔力を供給している塔とは別だ」


 セレナ先生が、俺の前を走りながら答える。


「お前たち自身の魔法が止まるわけではない。だが、学院の設備は、誰の指示に従うか分からなくなるだろうな」


 人間の道具を学ぶために、避難経路を確かめたばかりだ。その道を開けたり閉じたりする仕組みが、今度は勝手に動いている。

 さっき職員が押さえていた扉を思い出して、俺は無線機を握り直した。

 中央中庭には、まだ生徒たちが残っていた。教員が塔から離れるよう誘導する中、空中連絡橋の表面を覆う光が、不規則に薄くなっている。


「橋は使うな! 地上の経路へ回せ!」


 クドウ管理官が指示を出すと、近くの職員が駆け寄ってきた。


「学院長が外周の結界を維持しています。各棟の避難も進めていますが、扉の誤作動が増えています」

「中央塔へ入る。それから、ナギに無線機の予備部品がないか確認しろ。用意できるなら職員をつけてここまで持ってこさせろ。塔へは入れるな」

「承知しました」


 職員が走り去ったところで、向こうからミカが駆けてきた。


「マナト! アリサちゃん、上にいるんでしょ?」

「ああ。さっき、鐘のところに見えた」

「あたしも行くじゃん」

「クゼ先輩は?」

「別棟へ移した。先生たちも一緒だから、もう大丈夫」


 ミカが俺たちに並びかけるけど、セレナ先生が足を緩め、塔の上部を指した。


「カナメ、お前は外で援護しろ」

「え? あたし、また居残り?」

「上から破片が落ち始めている。避難する者を守れ。それに、中から出られなくなった場合、窓から人を運び出すことになるかもしれん」


 言われて見上げると、時計盤の下で、細かな石片が壁を伝って落ちていた。地上に届く前に職員の障壁に弾かれたけど、あれがもっと大きくなれば、近くにいるだけでも危ない。

 ミカは、塔と俺たちを交互に見た。


「……分かったじゃん。外は見てるから」

「頼む」

「だから、アリサちゃんのことお願いね」


 いつもの軽い調子は、ほとんど残っていなかった。


     ◇


 中央塔の正面扉では、管理部の職員が二人がかりで解除を試みていた。

 扉に刻まれた魔法陣が一度暗くなり、すぐ赤く光り直す。そのたびに内部から重い金属音がして、取っ手を押していた職員が顔をしかめた。


「解錠しても、塔の内部から施錠命令が戻ってきます」

「手動解除は?」

「こちらも途中で止まっています。無理に回すと、軸が曲がる恐れが」


 扉の脇にある小さな鉄板は、すでに外されていた。壁の中から突き出した取っ手が、半端な角度で引っかかっている。

 ルカが、その前にしゃがみ込んだ。


「これ、動力側の金具が噛んでるんじゃねえか?」

「分かるのか?」

「避難訓練のあと、整備室で同じ型を見せてもらったからな。ちょっと、中を照らしてくれ」


 俺は鞄から懐中電灯を取り出した。

 白い光を差し込むと、取っ手の奥で金属の部品が小刻みに動いているのが見えた。ルカはすぐには触らず、その動きが戻る位置を確かめてから工具を選んだ。


「取っ手を支えていてください。これを外せば、魔法錠から切り離せるはずです」


 職員がクドウ管理官を見た。

 管理官が頷き、ルカの肩越しから内部を覗き込む。


「やれ」


 ルカが工具を差し込んだ。

 一度目は、金具に押し返された。二度目は深く入り、取っ手を支えていた職員の腕が、わずかに動く。


「今です。ゆっくり回してください」


 重い音が壁の中に響いた。

 今度は、赤い魔法陣が光り直しても、取っ手が戻らなかった。職員が扉に肩を当てると、細い隙間が開き、その向こうから冷えた空気が流れてくる。


「開いた」


 思わず声が出た。

 ルカは工具を抜きながら、小さく息を吐く。


「説明を聞いとくもんだな」

「俺だって、聞いてたらできたかもしれない」

「お前、あのとき懐中電灯の蓋を開けてただろ」


 覚えていたか。

 言い返す言葉を探す前に、セレナ先生が扉の中を確認した。クドウ管理官は入口を開いたまま固定するよう職員に命じ、俺たちを振り返る。


「ここからは離れるな。勝手に先へ進むことも禁ずる」

「お待ちください」


 背後から、ナギさんの声がした。

 振り返ると、管理部の職員に付き添われたナギさんとキサラギが、中庭の端から歩いてきていた。ナギさんは入口の手前で足を止め、小さな包みを職員へ渡す。


「ご用命の物です。予備の電池と、この型に使えるアンテナをお持ちしました」


 職員が中身を確かめてから、俺へ差し出した。

 同じ大きさの乾電池が数本と、折り畳まれた細い金属の棒。接続するための小さな金具も、一緒に包まれている。


「助かります」

「塔の中では、金属の部品や壁で信号が反射いたします。音の大きさだけで判断なさらぬよう、お気をつけください」

「はい」


 包みを鞄に入れると、キサラギが俺を見た。


「無駄にするなよ」

「分かってる」


 今度は、余計な言葉をつけなかった。

 ナギさんたちを入口の外に残し、俺たちは中央塔へ足を踏み入れた。


     ◇


 塔の中央は、高い吹き抜けになっていた。その周囲を石の階段が巡り、壁沿いには太い管と、魔法陣をつなぐ銀色の線が上まで伸びている。

 頭上から、歯車の軋む音が聞こえた。

 大きな物が動いているのに、その動きは滑らかではない。進みかけては引き戻されるような音が、石壁を伝って響いてくる。

 無線機から聞こえる信号も、外にいたときよりはっきりしていた。

 けれど、それだけで腕輪との距離が分かるわけじゃない。俺はナギさんの言葉を思い出し、音量を少し下げて階段へ向かった。

 二つ目の踊り場が見えたところで、頭上から金属の擦れる音がした。


「下がれ!」


 クドウ管理官が杖を上げる。

 天井から落ちてきた鉄格子が、展開した障壁に激突した。俺たちの目の前で止まった格子は、そのまま下りようとしているらしく、障壁の表面に細い光の波を広げていた。


「通路を塞ぐ命令まで出ているな」


 管理官が歯を食いしばる。

 ルカは受信用の無線機をレイナに預け、壁際の装置へ向かった。俺も懐中電灯を向けたけど、光の先にある部品は、入口の物よりずっと細かい。


「すぐ開くか?」

「調べてる。もう少し右を照らせ」


 俺たちが装置を確かめる間、セレナ先生は壁に杖を当てていた。

 銀色の線に沿って、赤い紋様が浮かび上がる。上から流れてきた光が途中で止まり、少し戻ったあと、また同じ場所に押し寄せていた。


「面倒だな……学院の術式に、別の命令が割り込んでいる」

「それも、アリサの腕輪の影響ですか?」

「可能性が高いだろうな。正規の命令によく似せてあるが、同じではない。塔が受け入れたり、拒んだりしているようだ」


 だから、扉が何度も閉じ直されたのか。

 レイナの持つ無線機から、短い音が三回聞こえた。続く二つの長い音を聞きながら、俺は送信用の一台を取り出す。


「ここで、もう一度妨害を試せませんか」


 クドウ管理官が、こちらを見た。


「飼育棟では、ミネウチの声が戻っただろう。だが、何が起きたかまでは確かめられていない」

「はい。だから、先生に見てもらいながら」


 俺が壁の紋様を見ると、セレナ先生が頷いた。


「術式の変化はこちらで確認する。だが長くは続けるなよ。異常を感じたらすぐにやめろ」

「分かりました」


 許可はもらった。すぐに送信ボタンを押す。

 すると、レイナの持つ無線機から、濁った音が発せられた。規則正しかった信号が重なり、壁を流れていた赤い光が、途中で引っかかるように揺れる。

 頭上で、歯車の軋みが止まった。

 急に静かになった吹き抜けに、小さな声が落ちてくる。


「……マナト、様」


 俺は顔を上げた。

 何層もの階段と梁が重なっていて、声の主までは見えない。それでも、今度ははっきり聞き取れた。


「アリサ! 聞こえるか!」

「お姉ちゃんを……連れて、逃げてください」


 叫ぼうとしているのか、かすれた声の最後だけが大きく響いた。

 沙耶香が吹き抜けに近づき、手すりを掴む。


「アリサちゃんを迎えに来たんだよ! 一緒に帰るの!」

「駄目です。わたしは、また――」


 そこで声が途切れた。

 壁の赤い光が、一気に明るくなる。止まっていた歯車も動き出し、鉄格子が障壁を押す音が大きくなった。


「止めろ」


 セレナ先生に言われ、俺は送信ボタンから指を離した。

 けれど、受信用の無線機からは、さっきの信号が戻ってこない。


「レイナ、それ貸して」


 受信位置を少し動かすと、別のところから音が入った。

 短い音が二回、長い音が一回。

 俺は、つまみの位置を確かめた。


「信号が変わりました。同じところに送っても、妨害が届かない」

「送っている者が、操作したのか?」


 クドウ管理官が聞く。


「自動で切り替わったのかもしれません。でも、こっちを避ける仕組みはあるんだと思います」


 合わせ直して、短く送信する。

 再び壁の光が鈍った、その直後だった。

 足元から突き上げられるような揺れが来た。俺は手すりに肩をぶつけ、頭上では魔力灯の覆いが割れて落ちる。


「妨害を止めろ!」


 反射的に指を離した。

 クドウ管理官の障壁が、落ちてきた破片を吹き抜け側へ弾く。下の階で何かが砕ける音を聞きながら、俺は手すりにしがみついていた。


「腕輪だけが動いているわけじゃない」


 セレナ先生が、壁の紋様を見据えたまま言った。


「塔の中枢までつながっている。命令を途切れさせたことで、制御そのものが乱れた」

「じゃあ、妨害しちゃ駄目なんですか?」

「遠くから続けるのは危険だ。本人と接続部分を確かめてからでなければ、どこへ負担がかかるか分からん」


 送信すれば、アリサが少しだけ話せるようになる。

 けれど、それだけで解決できるわけではなかった。俺たちの足元まで揺れたということは、上にいるアリサも、同じ揺れを受けたはずだ。


「抜けた!」


 ルカが声を上げた。

 鉄格子を押していた力が弱まり、クドウ管理官の障壁が、それを少しずつ持ち上げる。

 後続の職員が固定するのを待って、俺たちはその下を抜けた。

 上からは、もう声が聞こえなかった。


     ◇


 上階へ進むにつれて、石段の上に細かな破片が増えていった。

 踊り場の縁が欠け、手すりの支柱が斜めになっている場所もある。さっきの揺れで傷んだのか、それ以前から壊されていたのか、俺には分からなかった。

 セレナ先生が足場を確かめ、その後、俺たちは一人ずつ通った。

 沙耶香は木札を鞄にしまっていた。両手を空けるためだったのだろうけど、上を見上げるたびに、その鞄の口を押さえている。

 やがて、階段の先に半開きの扉が見えた。

 隙間から、強い赤い光が漏れていた。壁を伝っていた紋様も、すべて扉の向こうへ続いている。


「先に入る。後ろにいろ」


 クドウ管理官が扉に手をかけた。

 沙耶香は何か言いかけたけど、唇を結び、レイナの隣で足を止める。

 扉の向こうは、円形の部屋だった。壁沿いには歯車や制御用の魔道具が並んでいて、中央には人の背丈ほどもある水晶が据えられている。奥の大きな窓は開いていて、その先に、外から見上げた欄干があった。

 そしてアリサは、水晶の前に立っている。黒い外套が窓の近くに脱ぎ捨てられていた。

 左手をその表面に押し当て、身を支えるように前へ傾いていた。銀色の腕輪から伸びた赤い線が水晶の中に入り込み、床に刻まれた溝を通って、部屋の外まで広がっている。

 左手首には、縄を巻いた跡が残っていた。袖口の一部が暗く染まり、水晶に触れた指も、ところどころ擦りむけている。羊小屋で見た柱の傷を思い出して、俺は思わず息を詰めた。


「アリサちゃん……迎えに来たよ」


 沙耶香が一歩踏み出す。彼女の声に、小さな肩が動いた。

 ゆっくり振り返った顔には、涙の跡。けどその目は、俺たちを見ても大きく開かず、誰かの顔を探そうとする様子もない。

 右手だけが、こちらに向かって持ち上がった。


「構えろ!」


 セレナ先生が叫ぶのと同時に、アリサの周囲に四つの魔法陣が開いた。それぞれに腕輪から赤い線がつながり、別々の色をした光が、同時に膨らんでいく。


「四つ、いっぺんに……?」


 俺が言い終える前に、風が床の埃を巻き上げた。


「《障壁》!」


 クドウ管理官の前に、透明な壁が広がる。

 ぶつかった風は、一瞬だけ凄まじい音を立て、すぐに勢いを失った。飼育場で見たときと同じだと思った直後、その向こうから巨大な水球が押し寄せてきた。

 左へ渦を巻く水が障壁に広がり、視界を覆う。

 その奥で、炎の矢が大きく曲がった。障壁の端を叩いた赤い光と、三本に分かれた雷が重なり、扉の枠から石片が弾け飛んだ。

 クドウ管理官の靴底が、床を擦った。


「後ろへ!」


 俺はルカに襟を掴まれ、扉の外に引き戻された。沙耶香とレイナも下がり、セレナ先生がその前に立つ。

 障壁の表面に、細い亀裂が広がっていった。

 四つの攻撃が途切れたあとも、管理官はすぐには杖を下ろさなかった。乱れた息を整えるように一度大きく呼吸し、こちらを振り返る。


「正面から受け続けるのは無理だ。次は散れ」


 障壁が、薄い光の欠片になって崩れた。

 その向こうで、アリサが水晶から左手を離す。

 つながっていた赤い線が細く引き伸ばされ、やがて途切れた。けれど、水晶の中にも、彼女の腕輪にも、赤い光は残っていた。

 アリサが、俺たちへ向かって歩き始める。

 右手の前には、もう次の魔法陣が浮かびかけていた。


「お姉ちゃん……」


 唇が、わずかに動いた。

 さっきまで俺たちの顔を捉えなかった目が、沙耶香のところで止まる。その目から新しい涙がこぼれたのに、持ち上がった右腕は、下がろうとしなかった。


「わたしを……止めてください」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。