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魔法学校に普通の人間が入学してきた ~紋無しと人間オタクの魔法使い~  作者: カラス
第二章 ダメダメメイドは命令を聞かない

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来ないでください

 無線機からは、まだ雑音しか聞こえなかった。受信する位置を少しずつ変えてみても、廊下を走る職員の足音に紛れてしまうような、頼りない音が続くだけだ。

 俺とルカは、管理棟の小部屋で机を挟んでいた。整備室から届けられた工具の隣には、もう一台の無線機と、学院の見取り図が広げられている。


「音が聞こえたとして、どっちにいるかまで分かるのか?」

「今のままだと、難しいだろうなあ」


 ルカの問いに答えながら、俺は無線機のアンテナを見た。

 ただ受信するだけなら、どの方向からでも音を拾えた方が便利だ。けれど今は、その便利さが邪魔になっている。音が大きくなっても、どちらへ進めばいいのかまでは教えてくれない。


「受信しやすい向きとしにくい向きが、もっとはっきり分かればいいんだけど」

「人間の機械なら、ナギに聞けばいいではないか」


 隣室から、キサラギの声がした。

 開いた扉の向こうでは、ナギさんが長椅子に座っている。入口には管理部の職員が立っていて、二人が勝手に出ていくことはできないようだった。


「君が悩むより、その方が早いと思うがね」


 いつもなら、一言くらいは言い返していたけど、今はそれどころじゃない。俺が口を開くより先に、レイナが隣室へ向かった。


「ナギ。アリサを捜すために、知恵を借りたい」

「おおっと。僕への話が先では――」

「頼む」


 レイナは、ナギさんから目を逸らさない。

 キサラギの言葉が止まる。ナギさんは少しだけ姿勢を正してから、静かに頷いた。


「もちろん。私に分かることでしたら、ご助力いたします」


 クドウ管理官の許可を得て、俺たちは無線機を隣室へ運んだ。

 ナギさんは内部の配線を眺めたあと、職員から紙を一枚もらった。その上に輪を描き、左右に短い線を書き加える。


「銅線で輪を作り、こちらに接続してみてください。回したとき、音の弱くなる向きが分かりやすくなるはずです」

「強くなる方を探すんじゃないんですか?」

「大きな音の違いを聞き分けるより、聞こえなくなる向きを探す方が容易な場合もございます。ただし、一か所で測っただけでは、場所までは決められません」


 離れた場所でも同じように調べ、地図の上で向きを重ねる。

 ナギさんの説明を聞きながら、俺は受信部の接続を確かめた。どこを変えればいいかは分かったけど、手元にある銅線では長さが足りない。


「こちらをお使いください」


 ナギさんが取り出した布包みには、巻かれた銅線と、細かな工具が収められていた。

 俺が普段使っている物より、ずっと先端の細いドライバーもある。


「こんな物まで持ち歩いているんですか?」

「魔道具の調整に使いますので。小さな螺子を扱うには、人間の工具も便利でございます」

「ほら、やっぱり人間の道具は――」

「アズマ。話している暇があるなら、手を動かしたまえ」


 キサラギに言われ、俺は口を閉じた。

 悔しいけど、今のは正しい。

 ルカが銅線を曲げ、俺が接続を確かめる。輪の形が崩れないよう固定したところで、無線機の雑音に、聞き覚えのある音が混じった。

 短い音が三回、その後に長い音が二回。

 俺たちは顔を見合わせた。


「ルカ、地図」

「分かってる」


 輪を立て、ゆっくり回す。音は一度大きくなってから弱まり、ある向きで、ほとんど聞こえなくなった。

 少し戻すと、また聞こえる。


「この向きです」


 ルカが地図に線を引いた。

 クドウ管理官が机を覗き込み、廊下で待つ職員に声をかける。


「渡り廊下までの経路を確認しろ。別の場所でも測る」


 俺は借りた工具を布に戻し、無線機と一緒に鞄に収めた。

 沙耶香とレイナも立ち上がる。クドウ管理官は二人を見てから、セレナ先生の後ろを離れないよう、短く念を押した。


「カナメは治療室へ行け。移動が必要な者がいれば、職員を手伝ってくれ」

「クゼ先輩たちのところ?」

「ああ」


 ミカは何か言いたそうだったけど、すぐに頷いた。


「分かったじゃん。アリサちゃん、ちゃんと見つけてよ」

「ああ。もちろん」


 俺が答えると、ミカは職員について廊下を走っていった。キサラギとナギさんも、続いて隣室へ向かっていく。


「工具は返したまえよ」


 背後から飛んできた声に、俺は振り返らず手を上げた。


     ◇


 渡り廊下で測った向きを重ねると、二本の線は、魔法生物飼育棟の付近で交わった。

 ただ、線が交わった場所に、そのままアリサがいるとは限らない。あの黒い箱のような装置が置かれている可能性もあるし、壁に反射した信号を拾っているかもしれない。

 それでも、確かめるべき場所であることに変わらない。セレナ先生を先頭に、俺たちは飼育棟へ向かった。

 授業の終わった飼育場には、生徒の姿がない。低く傾いた日差しが柵の影を長く伸ばして、昼間なら気にも留めない魔獣の鳴き声が、建物の奥からはっきり聞こえていた。

 そして、飼育棟の入口の扉は、半分開いていた。

 その内側で飼育担当の職員が壁に背を預けている。片腕を抱え、立ち上がろうとして顔をしかめたところへ、セレナ先生が駆け寄った。


「動かなくていい。何があった?」

「黒い外套の子が、奥へ……。止めようと腕を掴んだら、振り払われまして」

「顔は見たか?」

「この前、実習に来ていたメイドの子です。何度か呼びかけたんですが、返事がなくて……」


 セレナ先生が腕の状態を確かめる。その間も、職員は奥の区画を気にしていた。


「先ほど、何かを倒す音がしました。まだ、いるかもしれません」


 管理部の職員を一人その場に残して、俺たちはクドウ管理官の後ろについて飼育棟の奥へ進んでいく。

 飼育場に踏み入った途端、干し草の匂いが鼻を刺す。木製の柵の向こうでは、雲羊たちが落ち着かない様子で身を寄せ合っていた。何頭かは床すれすれに浮かび、同じ場所を行ったり来たりしている。


「アリサちゃん?」


 沙耶香が呼んだ。

 返事の代わりに、小さな雲羊が鳴く。その鼻先には、石柱から垂れた縄の端が揺れていた。


「待て。あれは……」


 レイナが指さした先。

 柱には太い縄が何重にも巻かれていた。その先に作られた小さな輪は、途中で引き千切られている。ほぐれた繊維が床に散り、輪の内側には、赤い染みが残っていた。

 縄の輪は、羊の胴に回すには小さすぎるけど、人の手首を通すくらいならちょうどいい大きさだ。

 その上、柱の同じ高さには、硬い物を何度も打ちつけたような傷もあった。


「自分の腕を、縛ったのか」


 そう考えると、柱についた傷も、千切れた縄もつながった。

 あの腕輪に動かされないように、柱に身体を固定しようとした。外せない腕輪を、石にぶつけて壊そうとしたのかもしれない。

 けれど、縄の方が先に切れてしまった。


「ここなら、生徒もいないから……」


 沙耶香は最後まで言わなかった。

 羊の世話に使う縄を、自分の腕に巻きつけるアリサが頭に浮かんだ。慣れた場所まで戻ってきて、助けを呼ぶ代わりに、一人で動けなくなろうとして。

 沙耶香が縄から手を離したとき、足元の藁が動いた。

 その下に、小さな木札が落ちている。

 餌の種類を書いて柵に掛けるための札だ。裏返された面には、黒い炭で、短い文章が書かれていた。


『来ないでください』


 いつもの手帳より線が太く、最後の方は少し斜めに流れている。

 それでも、アリサの字だと分かった。

 沙耶香は木札を拾い上げ、両手で持ったまま動かなくなった。何度も読み返しているのか、その目が、同じ行をゆっくり往復する。


「……嫌だよ」


 返ってきた声は、思っていたより小さかった。


「こんなの書いて、一人で待ってる子を置いて帰れるわけないでしょ」


 札の角を押さえる指に、力が入った。

 俺は何か言おうとして、やめた。面談室で、沙耶香へ向けた火矢を曲げたときも、アリサは必死に自分の腕を止めようとしていた。

 ここへ来てからも、それを続けていたんだ。

 レイナが立ち上がり、飼育棟の奥へ目を向ける。


「捜そう。まだ近くにいるかもしれん」


 その言葉に重なるように、無線機から、再び規則正しい音が聞こえ始めた。


「これって……!」

「さっきより、はっきり聞こえるな」


 ルカも俺の手元を見下ろしている。


「ああ。でも、近いとは限らない」


 俺は輪の向きを変えてみた。

 入口へ向けると音が弱くなる。反対に、飼料の積まれた奥の通路へ向けると、雑音の中から、短い音が浮かび上がった。

 そのとき、奥で何かが軋んだ。

 セレナ先生が手を上げ、俺たちを止める。飼料袋の陰から、床を擦るような音と、押し殺した息遣いが聞こえた。


「ミネウチ。そこにいるのか?」


 先生が呼びかけながら、一歩進んだ。

 返事はない。ただ、飼料袋と壁の隙間に、赤い光が一瞬だけ映った。


「……管理官。信号を重ねてみてもいいですか」

「受信だけだと言ったはずだ」

「でも、今なら反応を確かめられます」


 俺は受信している方をルカに渡した。


「同じところに別の信号が入ったら、元の信号が聞き取りにくくなるかもしれません。腕輪へ届く命令も、それで邪魔できないかと思って」

「……それで命令を止められるのか?」

「分かりません。こっちで音が消えても、腕輪で同じことが起きるとは限らないので」


 クドウ管理官は、奥へ進んでいるセレナ先生を見た。

 先生がこちらへ目を向け、短く頷く。


「一度だけ、短く試せ。ヤザワは受信を続けろ」

「はい」


 俺は無線機を合わせ直し、送信ボタンを押した。

 ルカの持つ無線機から、濁った音が出る。規則正しかった音が重なって、どこまでが短い音なのか、聞き分けられなくなった。

 ほぼ同時に、飼料袋の向こうで、何かが床にぶつかった。


「……お姉、ちゃん」


 無線機の音に紛れそうな声だった。

 けれど、すぐ近くから聞こえた。沙耶香が顔を上げ、木札を胸元に引き寄せる。


「いるよ! ここにいる!」


 奥で桶が倒れて、扉の蝶番が大きく軋む。セレナ先生が飼料袋の陰へ回ったときには、その向こうから冷たい風が吹き込んでいた。


「送信を止めろ」


 クドウ管理官の指示で、俺はボタンから指を離した。

 奥には、裏手へ続く通用口がある。開いた扉が風に揺れて、その金具には、細く裂けた黒い布が引っかかっていた。

 セレナ先生が外を確かめ、追いついた職員へ左右の経路を指示した。

 俺たちも通用口へ向かったけど、そこから見えるのは飼育棟の壁と、隣の校舎へ続く細い通路だけだった。


「今の、聞こえたよな」


 俺が尋ねると、ルカが頷いた。


「ああ。アリサだった」

「邪魔できたのかな」

「分からねえ。でも、声は出せた」


 それだけでも、何もできなかったわけじゃない。

 無線機からは、またあの短い音が聞こえていた。先ほどと同じように輪を回したけど、今度は、音の弱まる向きが変わっている。


「信号の出所が変わったかもしれません」

「向きだけで決めるな。移動して確かめろ」


 クドウ管理官の指示で、俺たちは飼育棟の裏手から、中央棟へ続く道を進んだ。

 校舎の陰へ入るたび、音の聞こえ方が変わる。急に大きくなったと思えば、数歩進んだだけで雑音に埋もれてしまった。

 焦って走り出しそうになるのをこらえ、見通しの利く場所でもう一度測る。その間に、職員が先の曲がり角を確認して戻ってきた。

 アリサの姿はない。

 それでも、沙耶香は木札を手放さなかった。

 何度目かに立ち止まったとき、頭上から鐘の音が降ってきた。

 思わず、俺たちは同じ方を見上げる。

 中央塔だ。周囲の校舎より高くそびえる時計盤を、赤い光が取り囲んでいる。


「何だ、あれ……」


 ルカがそう呟くのも当然だ。

 いつもはゆっくり進んでいるはずの針が、目で追えるほどの速さで、逆向きに動いていたんだから。

 そして、もう一度鐘が鳴る。

 時刻を知らせるときとは、間隔が違う。途中で無理に引き戻されたような音が、校舎の壁に反響していた。


「おい……あれは!?」


 レイナが叫ぶ。

 時計盤より上、鐘のある区画の欄干に、黒い人影が立っていた。風に外套の裾が持ち上がり、片腕の辺りで赤い光が明滅している。

 遠くて、顔までは見えない。それでも、沙耶香はその名を呼んだ。


「アリサちゃん!」


 声が聞こえたのかは分からない。ただ、人影がゆっくり腕を上げた。

 次の鐘が鳴った瞬間、渡り廊下の魔力灯まで赤く染まる。足元へ伸びた俺たちの影が一斉に揺れ、近くの校舎から、驚いた生徒たちの声が上がった。

 クドウ管理官が職員に指示を飛ばし、セレナ先生が中央塔へ向かって駆け出す。

 沙耶香は木札を胸に押し当ててから、その後に続いた。俺も無線機を抱え直し、赤く照らされた石畳を走った。


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