その才能、私に寄こしなさいよ!
沙耶香にとって、初めての本格的な魔法実技。
けれど、魔法使いにとって「簡単」なことが、人間にも簡単とは限りません。
「今日の質問なんだけど」
「もう使ったでしょ。終わりよ終わり、続きは明日」
「えええっ!?」
そんな、バカな!
俺の足が止まる。すると、沙耶香も足を止めて、ものすごく面倒くさそうに振り返った。
「朝、人間の学校の席について聞こうとしたでしょ」
「まだ答えてもらってないよ!」
「質問はした」
「そんな法律の抜け穴みたいな判定ある!?」
「ああ、その概念この世界にもあるんだ。だってこれ、私が決めたルールだから」
「横暴だ!」
「嫌ならゼロに戻すけど」
「従います」
ダメだ、勝てない。俺の好奇心は、彼女の機嫌次第だ。
俺たちは今、本館から離れた学生食堂へ向かっている。
正確には、沙耶香と、その隣を歩くミカ・カナメ。それを追う俺とルカだ。
「だから言っただろ。一日一個でも多いって」
ルカの奴、他人事だと思ってのんきに頭の後ろで手を組んでいやがる。しかも憎たらしい笑顔を浮かべやがって。
「ルカはどっちの味方なんだよ」
「平穏」
「友達を見捨てるのか!」
「知り合って一週間も経ってねえだろうが」
冷たい奴だ。長い付き合いだと錯覚していたのに。
こんな調子で喋っているうちに食堂へ着いた。
御霊代魔法学院の食堂は、七年間ここで暮らす生徒の腹を満たすだけあって、とにかく広い。
二階まで吹き抜けになった空間に、長い机が何列も並んでいる。その間を、大皿や飲み物を乗せた銀色の盆が宙を滑っていた。
注文した生徒のところまで勝手に飛んでいくのは、改めて見ると便利ではある。
人間なら、これをどうするんだろう。
ベルトコンベア? それとも、小さいタクシーみたいなのあるのかな?
「おい」
「ん?」
「今、絶対ろくでもないこと考えてただろ」
「失礼な。人間だったらどうやって料理運ぶのかなって思ってただけだよ」
「普通に店員さんが運ぶよ。最近はロボットも多いけど」
前を歩いていた沙耶香が答えた。
突発的に目を見開いた俺は、恐る恐る尋ねる。
「今の質問に入る?」
「……はあ。いいよ、独り言だから入らない」
「よし!」
「何でそんな必死なの?」
沙耶香が疲れ気味にため息をついた。
席を探していると、ミカが空いている四人掛けの机を見つけて手を振った。
「ここ空いてるじゃん!」
「四人だぞ」
ルカが人数を数える。
俺、ルカ、沙耶香、ミカ。
「ウチらちょうど四人じゃん」
ミカはそう言って、迷いなく沙耶香の隣へ座った。
俺も向かいへ座ろうとしたところで、沙耶香と目が合う。
「ん? どうしたの?」
「別に」
何だ、その疑っている目は。座るくらいいいだろ。
各自料理を注文すると、ほどなくして銀色の盆が飛んできた。
俺の前には肉の煮込みとパン。ルカは麺料理。ミカはやたら甘そうな果物と焼き菓子。沙耶香の前には、ご飯と焼き魚と味噌汁らしきものが並んだ。
「おお? それ、人間の料理?」
「魔法使いも食べるからあるんじゃないの? これ」
確かに馴染みはあるけど、彼女が食べていると急に人間の料理に見えてくる。
「見ないでよ」
「見てない」
「魚を凝視してる」
「魚だからいいだろ」
「私の魚なんだけど」
「その理屈だとそのまま私物を見せてくれない?」
「昨日スマホ奪おうとした人が言っても説得力ないから」
駄目だったか。
「本当に仲いいじゃん」
「よくない」
ええ、ショック。仲良くなったと思ったのは俺だけだったのかなあ。
けど、昨日より普通に話してくれているから、確実に進歩だ。
「そういえば午後から基礎魔法実技じゃん?」
ミカが焼き菓子をかじりながら言った。
「初日からやるんだな」
「そりゃやるだろ。御霊代だぞ」
ルカがスープを飲んで答える。
「入学試験でも実技あったし、最初は適性の確認じゃね?」
「ああ、それなら楽そうだな」
俺にとっては、魔法実技なんて今さら珍しくもない。
これまでも使ってきたし、入学試験も散々やった。
ただ、向かい側で、それまで普通に食事していた沙耶香の箸が止まった。
「沙耶香?」
「何?」
「魚、嫌い?」
「……ちょっと考え事してただけ」
「何を?」
「それ質問ってことでいい?」
「違う違う!」
危ない危ない。
一日一個の権利をこんなところで失うわけにはいかない。
沙耶香が呆れながら、再び箸を動かす。
その横から、ミカが身を乗り出した。
「さーやって、魔法どれくらい使えるの?」
「えっ」
しまった。
俺が聞きたかった。
「何でマナトが悔しそうなの?」
「俺の質問一個候補……いや、それだったらミカが聞いてくれた方が権利使わなくてお得なんじゃ?」
「はあ……」
沙耶香は視線を落として、やがて口を開いた。
「勉強はしてきた。特例試験で合格貰えるくらいには」
それを最後に、彼女は食事へ戻る。
そういえば特例とはいえ、沙耶香はどうやって入学できたんだろう。
魔紋がないのに。
昨日は人間だと分かっただけで舞い上がって、その辺を全然考えていなかった。
◇
午後、俺たちがやってきたのは、本館の裏手にある第一実技棟だった。
石造りの円形施設で、教室の三倍以上の広さがある。座学以外のあらゆる実技教育に対応できるよう、床一面に細かい術式が刻まれていて、たとえここで上級術師がドンパチやったとしても、十分後には元通りだ。
「うわあ……」
隣で沙耶香が小さく声を漏らした。
見ると、さっきまでの不機嫌そうな顔が消えている。子供が初めてワクワクするものを見つけたみたいに、目が輝いていた。
いや、彼女の場合は本当に初めて目にするものなんだ。俺たちにとっては当たり前のものでも、彼女にとっては本格的に魔法に触れる最初の機会なんだから。
「沙耶香、楽しそうだな」
「別に」
あ、一瞬でいつもの不機嫌な顔に戻った。
これ、ちょっと仕返しするチャンスじゃないか?
「今すっごい顔してたぞ。わああって」
「してないって!」
うわ、顔真っ赤。
数秒しょんとしたけど、顔を上げればまたすぐに明るくなっている。
人間も魔法が好きなんだな。
いや、沙耶香が、か。
その時だった。
「全員、適当に散れ。隣と杖がぶつからないくらいには間隔を取れよ」
前から聞き覚えのある声が飛んでくる。
セレナ先生だった。
「先生が実技もやるの?」
ルカが聞く。
「面倒だが、初回だからな。お前らがどの程度使えるのか私が確認する」
セレナ先生が杖を軽く振る。
床に刻まれた紋様が淡い青色に光り、俺たち一人ひとりの足元を囲むように円が作られていった。
「入学試験を通ったからといって安心するなよ。試験は試験、授業は授業だ。ここから七年間、嫌というほど魔法を使わせる。いきなり誤爆して学校最初の一週間を医務室で過ごすだなんてことはないようにな」
生徒たちから小さく笑い声が上がる。
ただ一人、沙耶香だけは笑っていなかった。
杖を握る右手に、やけに力がこもっている。
一方、セレナ先生はそんな彼女の様子など見ないで、杖を持ち上げた。
「最初は簡単なものからだ」
すると、彼女の体に薄い赤が走った。それまでは色気に惑わされそうになる体だったけど、炎の魔力が生じた途端、それは魔法使いのものへと変化する。
「まずは火魔法の基本中の基本だ。《灯火》」
先生の杖先に、白い光が灯る。
ただそれだけ。
攻撃力もない、魔法使いなら、子供の頃に一度は使う術だ。
「今日はこいつで、お前らの魔力制御を見る。派手さも威力もいらん。どれだけ小さく、安定して、長く維持できるか。それだけだ」
簡単なことだ。子供の時にはもう出来ていた。
周囲からも、拍子抜けしたような声が聞こえる。中には、「そんなの寝ながらだってできますぜ」という声まで聞こえる。
でもそれは、少なくとも俺たち___生まれながらの魔法使いにとっては。
唯一の例外、沙耶香だけは、誰よりも真剣な顔で、先生の杖先を見つめていた。
「じゃあ、やれ。失敗しても構わん。初日から完璧な奴ばかりだったらつまらんからな」
その言葉を皮切りに、あちこちで杖が持ち上がった。
「「「《灯火》」」」
次々に光が生まれていく。白。黄色。少し青みがかったもの。
大きさも形も微妙に違うけど、誰も苦労していない。それぞれの体には淡く魔紋が浮かび、そこを流れた魔力が杖へ集まっていく。
俺も杖を取り出す。
ただ、呪文を唱えることはしなかった。
何より、隣が気になっていた。
この学校唯一の人間、沙耶香はまだ何もしていない。
杖を両手で握って、目を閉じている。
「魔力を中心に集めて……流量を一定にして……術式へ接続……」
小さすぎて全部は聞こえない。ただ、彼女の口は小さく、そして素早く動いていた。
《灯火》に、あんな手順必要ないんだけどなあ。
「《灯火》ッ!」
沙耶香が杖を振る。
すると、その先に小さな白い光が生まれた。
「……や、やった!」
沙耶香の顔が一気に明るくなる。
だけど。
「あっ」
瞬きをする間もなく、光が弾け飛んだ。
沙耶香の表情も一緒に消える。
「もう一回……ッ!」
杖を握り直す。今度は光すら生まれない。
「焦るな、柊」
いつの間にか近くまで来ていたセレナ先生が声をかけていた。
「魔力自体は動いている。無理に量を増やすな。さっきは発動したんだろ?」
「はい」
「だったら同じ状態を再現しろ。いいな、同じ状態だぞ」
「……はい」
沙耶香が頷く。
悔しそうだった。
周りでは、みんな当たり前のように杖先を光らせている。
ルカなんて欠伸をしながら、杖先に小さな光を浮かべていた。
「眠そうだな、ヤザワ」
「だってこれ、ガキの頃にやる奴じゃん」
「余裕があるなら光量を半分にしろ」
「げっ」
「キサラギは特にいうことないな」
「当然です。あそこの紋無しに出来るか、見物ですね」
「フン。カナメも遊ぶな。そんな形状変化はいらん」
「はーい」
やっぱり。みんなにとっては、その程度なんだ。
沙耶香も分かっているんだろう。
さっきから周囲など全く気にしないで、杖を凝視している。
三回目は、一瞬で消える。
四回目は、少し長い。十秒くらいは持ったかな。
「おお、長くなったなって」
「……これくらいはね」
沙耶香はそれ以上言うことなく、《灯火》を唱え続けた。
これ以上口をはさむのは過干渉かな。
俺も杖を軽く持ち上げて、唱えた。
「《灯火》」
もうとっくに慣れている。杖先に光が灯り___ちょっと明るすぎた。
「アズマ。『小さく』と言ったはずだが」
「ああ、そうだった」
魔力を絞って、白い光が豆粒くらいになる。
そういえば、人間の懐中電灯ってどうやって明るさを変えてるんだろう。
電流とか電圧? それともその都度電池で変えているのかな。
何段階か変えられるって聞いたことがある。
灯火が、魔力に応じて強くなったり弱くなったりするように。
「じゃあ次。光を三つに分けろ」
あれ? セレナ先生、まだいたの?
「余裕だろ?」
「まあ、それくらいならそこまで難しくないけど」
魔力をもっと細かくコントロール。そうすることで、新たに二つの小さな光が杖の周りをふわふわ浮かび上がっていく。
「待ちなさいよ」
適当に光で遊んでいると、隣から低い声がした。
沙耶香が杖を持ったままこっちを睨んでいたんだ。
「どうした?」
なんか、向こうからこっちに話しかけてくれるなんて珍しいな。
「何でそんな簡単にできるのよッ!」
「そりゃあ実際にそんなに難しくないし」
あ、今の失言だったかも。
口を抑えたけどもう遅い。ショックを受けた顔の沙耶香は、また低い声で言った。
「難しくないって……私が昨日までどれだけ練習したと思ってるの?」
彼女が杖を握る手に力が入る。
「教本だって何回も読んだ。魔力の動かし方も、術式の構造も、必要な手順も全部覚えた。試験だって、それで何とか通ったのに……」
沙耶香の杖には、何も灯っていない。
「しかも何よ、それ」
彼女が指さすのは、俺が出した三つの光。それぞれを恨めしそうに見つめて、彼女はもう一度杖を構えた。
「《灯火》!」
小さな光が、すぐに消えた。
「……っ!」
「沙耶香」
「何よ!」
「魔力、流れてるよな?」
「は?」
「いや。魔紋ないのにどうやって――」
「今それ聞く!?」
「一日一個の質問とは別で――」
「そういう問題じゃない!」
あ、あれ? また間違えたらしい。
でもさっきから見ていて、少し変だ。
魔力も術式も問題なさそうだから、魔法の条件は大丈夫だと思うんだけど、何であんなに不安定なんだ?
俺たちと何が違うんだ?
考えていると、沙耶香が俺の手元を見ていた。
三つの光はまだ消えていない。
特に意識しなくても、そのまま浮かんでいる。
「……ずるい」
「え?」
「ずるいっ!」
「何が?」
「だから!」
沙耶香が杖を握ったまま、俺を指さした。
きっと、悔しさも怒りも、両方が入り混じっているんだ。
「魔法に大して興味もなさそうなくせに、何でそんな簡単にできるのよ!」
「いや、興味がないわけじゃ――」
「昨日からスマホだの電車だの充電器だのばっかりじゃない!」
「充電器は面白いだろ!」
「知らないわよ!」
沙耶香が思いきり息を吸い込んだ。
そして、実技棟中に響くくらいの声で叫んだ。
「――その才能、私に寄こしなさいよ!」
お読みいただきありがとうございます。
同じ魔法を使っているはずなのに、マナトと沙耶香では何かが違う。
次回、その違いをマナトなりに考えてみます。




