史上二人目
今回は沙耶香視点です。
たった一人の「紋無し」として魔法学校へ入った彼女から、この世界を見ていきます。
朝から最悪だ。
「おっ! おはよう」
昨日、私を珍獣みたいな目で見ながら質問攻めにしてきた男が、よりにもよって隣の席に座っている。なんでこっちに来るのよ……。座席は自由なんだから、あっち行きなさいよ……!
私は机に突っ伏して、思ったことが口から出てくる。
「厄日だ……」
「何で?」
ああ、何でそんな真ん丸な目をしているのコイツ。話しかけないでって怒鳴ったのに、まるで効いていない。名前は確か、マナト、だったっけ。恨めしい目で見上げて、「自覚ないの?」って聞いてみる。
「まだ何もしてないけど」
「昨日したでしょ。それにまだって……」
「ん? ……ああ、スマホのこと?」
「全部」
「電車も?」
「全部!」
こいつと話していると、本当に疲れる。まだ朝は始まったばかりだというのに、もう寝る前と同じくらいの疲労具合だ。
教室には、すでに半分以上の生徒が来ている。
当然、全員魔法使いだ。
正確には、私以外の全員。彼らの会話を観察してみると、私との違いが明確に現れてくる。
コミュニケーションの一環として、彼らは簡単に魔法を使っているんだ。その都度、彼らの体にうっすらと淡い光___魔紋___が現れて、手元に魔法が発動している。
私には、それができない。ただ才能を見出されて特例で入学した私は、昨日一日で膨大な量の視線に晒された。もう、この視線たちを気にしたら負けだ。
「ねえ」
マナトがまた話しかけてきた。今度は何?
「紋無しって呼ばれるの嫌?」
「……急に何?」
予想していなかった質問だった。
「昨日、人間って言ったら怒っただろ?」
「人間って言ったから怒ったわけじゃない」
「じゃあ紋無しならいいのかなって」
「そういう問題じゃない。別に、紋無しだろうが人間だろうが、どうだっていいの」
紋無し。それが、魔法使いが私___普通の人間を呼ぶときに使う言葉。
魔力を流したとき、魔法使いの身体には魔紋と呼ばれる模様が浮かぶけど、人間にはそれがない。
……なんだか、無いものって分類ははっきり言って嫌だな。
魔法社会では、悪口でも何でもない。けど、そう呼ばれると少し見下されたように感じる。
……お姉ちゃんも、こんな感じだったのかな。
「名前あるんだから、普通に名前で呼んで」
「柊沙耶香?」
「そう」
「分かった。じゃあ、沙耶香って呼ぶから、俺のこともマナトでいいよ」
「いきなり呼び捨て……後、それはどうでもいい」
「えっ……ひどくない?」
昨日よりはまともな会話になっている。
……いや。
私までこいつに慣れ始めているだけかもしれないな。この危険人物に慣れるって、危ないかもしれないけど。
「あ、そういえばさ」
「……今度は何?」
「人間の学校だと席って――」
「一日一個」
「え?」
大体その先が分かってきた。
これ以上疲れる前に、私は彼の目の前に人差し指を強く立てた。
「質問。一日一個まで」
「え」
この世の終わりみたいな顔をしている。真っ青って言葉は、こんな顔のためにあるんだろうなあ。
「少なくない?」
「嫌ならゼロ」
「一個でお願いします」
即答だった。
本当に変な奴。でも、これでやっと私の疲労も収まるでしょう。
◇
朝のホームルームが始まる。
昨日の女性教師が教室へ入ってきた。……この人、今日も際どい恰好しているけど、こっちじゃあれが普通なの? 私がいた中学でアレだったら、絶対に教育委員会が黙っていない。
「全員座れ」
声だけで、ざわついていた教室が静かになる。
声は確かに厳しそうな印象だけど、その実常に欠伸をしているような先生だから、顔を見るとそこまで緊張しないんだよなあ。
「改めて自己紹介する。セレナ・サキモトだ。一年間、お前たちの担任を務める」
黒板へ杖を向ける。すると、先生の体に魔紋が浮かび上がった。
だけど、それに対して息を呑むのは私だけ。他の生徒たちはみんな、眉一つ動かすことなくその先を見守っている。
そして、白紙だった黒板に、見えないチョークが勝手に動いていて、先生の名前が書き記されていく。
これも、魔法だ。
昨日も、マナトの動きを止めたものと同じ。そしてそれが、当たり前のように生徒たちの間に認識されている。
ついこの前まで、私がいた場所とは全く別の世界。
――来たんだ。本当に、御霊代魔法学院に。
「……」
嬉しくなるのを、今は我慢。周りに知られるのは恥ずかしい。
「昨日も説明したが、おそらく覚えていない馬鹿共が大半だろう……面倒だが説明するぞ。学院生活についてだが――」
そのあたりは、昨日と同じ説明だった。私も、そのあたりはしっかりとノートに書き記してある。
授業時間や、寮の門限、校外への外出規則。
危険区域への立入禁止に、学院内での決闘禁止なんてものもある。
「なお、私闘を『模擬戦でした』と言い張っても無駄だ。去年それをやった馬鹿が七人いる」
私闘なんてあるんだ。教室の何人かが笑っているけど、私はむしろ緊張で口すら動かない。
「笑っている奴。お前たちが八人目にならないことを祈っているよ。私も後処理が面倒なのでな。くれぐれもやってくれるなよ。さて、三度目の説明は必要ないよな? 質問は?」
何人かが手を挙げる。
授業、寮や部活動、それから学校行事。
そんな普通の質問が続いた。
私も聞きたいことはいくつもあるけど、今聞くことじゃないかな。
先生たちに聞いても、簡単には答えてくれないことだろうし。
最後の質問が終わって、先生が教室を見回した。
その時、私と目が合った。その刹那、彼女の目が鋭くなったような気がして、息を呑んだ。
けれどすぐに離れる。
「以上。次の授業までに学院案内を読んでおけ」
その言葉を最後に、先生は教室を出ていった。
私を特別扱いしなかった。ちょっと安心した。
◇
「ねえねえ」
またか。
休み時間、通路側からした声に、私は一瞬だけ身構えてから振り向いた。
今度は女の子だ。
人間社会なら、きっと原宿あたりでモデルとかにスカウトされているタイプの子だ。
明るい栗色の髪を肩のあたりで整えて、煌びやかな笑顔が印象的だ。右目の下には泣きぼくろがトレードマークで、会うだけで陽キャだって感じがする。
彼女は身を乗り出しながら、こちらを見ていた。
「今度は何?」
「柊……あ、こっち苗字だっけ? じゃあ。沙耶香、でいいんだよね?」
「そうだけど」
すると、彼女は思いっきり顔を近づけてきた。近い近い!
「紋無しって、自分で結婚相手選べるって本当?」
「は……は?」
あれ? デジャヴ?
後、どうしてここの人たちは、一発目の質問がおかしいんだろう。
「ほら、魔法使いって家柄によっては婚約とか多いじゃん」
「知らないけど」
「紋無しはないの?」
「……知らないわよ。彼氏いないし。あるところにはあるんじゃない?」
「あるところには? 普通は無いの?」
「今時は無いと思うけど」
「やっぱり!」
うわ、女の子が目を輝かせた。なんか、左側の誰かさんみたい。
「いいなあ! うちなんて十歳の時から『候補を三家まで絞った』とか言われてんじゃん」
「候補?」
「結婚相手」
「十歳で!?」
思わず大声で突っ込んでしまった。
っていうか、史上二人目の人間生徒へ初めて聞くことそれ?
「あ、名乗ってなかったじゃん。あたし、ミカ。ミカ・カナメ。よろしくじゃん!」
いきなり自己紹介し始めたし。私も返しておこう。
「私は……」
「柊沙耶香でしょ。知ってる。昨日有名だったし」
胸の奥に、少し嫌なものが引っかかった。
まただ。珍しいだの、二人目だの。
どうせ、それだけ。
「あれ? 怒った?」
「別に」
この子、なんで顔こんなに近づけてくるの……。
「本当?」
「本当」
「じゃあ今日、一緒にお昼行くじゃん?」
「……何で?」
「さーやのこともっと知りたいじゃん!」
「え? ……それだけ? 人間だからじゃなくて?」
「それも多少はあるけど」
「あるんだ」
「だって珍しいじゃん」
あまりにも普通に言われて、逆に腹も立たない。そう言えば、この子普通にさっきも紋無しって言ってたけど、普通に受け流していた。しかもいつの間にか渾名まで付けられてるし。
ミカは続ける。
「でも昨日のさーや、あの変な男子にずっと絡まれてて面白かったから」
「面白がらないで」
「仲いいの?」
「全然」
「でも隣じゃん」
「向こうが勝手に寄ってきたの!」
「呼んだ?」
左からマナトの声。起きないでよ、寝てなさいよ。
「呼んでない」
「今、変な男子って」
「あなた以外にいる?」
「いるだろ、いっぱい」
「少なくとも今の話ではあなた」
「おっ! 昨日立ち上がった人じゃん」
すると、ミカがマナトを指さした。
「いきなりさーやに熱烈アタックしてフラれた人!」
「いやあ、見てた? 恥ずかしいなあ……」
「みんな見てたじゃん」
最悪。
やっぱりあれ、相当目立っていたらしい。っていうか、マナトに恥ずかしいって概念あったんだ。
「そりゃあ、人間がいたからさ、つい……」
「うわ、それは引く……てか怖いじゃん」
「だよね!?」
初めて魔法使い側に理解者が現れた。感激して泣きそう。
「でも面白そうじゃん」
前言撤回。涙が引っ込んだじゃん。
……口癖移っちゃった。
「随分早く馴染んだものだな」
とそこで、また別の声がかけられてきた。
だけど、この声には覚えがある。一瞬身構えていると、やはりあの顔がやってきていた。
「二人目の紋無し」
「キサラギって、呼ばれてたっけ」
「ハクア・キサラギだ」
うわ、なにこの人。前髪を優雅に撫でて、時代錯誤の貴族様かな。
固まっていると、彼は続けて私の様子を見て呆れたような顔をした。
「おおっと、そうか。君にはキサラギを名乗っても意味ないのか」
「何よ、それ」
「いいや。気にしないでくれたまえ。ただ、僕の苗字に無反応なのが新鮮でね」
何その反応。知らない私の方がおかしいの?
彼はそのまま、ミカに目を泳がせた。
「紋無しでも興味は集めるものだね。孤立しないかと心配したよ」
「あんた、私のことを心配してくれるタイプの人だったの?」
「ああ。学院生活を送れないようでは、特例制度を議論する以前の問題だからな」
あ、カチンときた。
コイツ、ただ私に当て付けに来ただけじゃない。
だけどその前に、ミカがこのハクアって人の真ん前に立った。
「アンタいきなり何言ってんの? さーやに謝るじゃん!」
「おいおい、カナメの末娘が、随分と物好きになったものだな。そんな紋無しに肩入れするより、付き合う奴を考えた方がいいぞ」
「魔法使いの常識は私、まだ分かってないけどさ」
多分私、今絶対に目つき悪くなっている。
口を挟んで悪いけど、紋無しって一点だけでここまで言われる筋合いはない。
「アンタのことは、嫌な奴だってことは分かったよ」
「……ふん」
ハクアは鼻を鳴らして、歩き去っていった。
そこまで怖かったのかな。
「で、なんでアンタは寝たふりしてるのよ」
「いや、アイツに絡まれたくないなあって」
一方、いの一番に私に絡んできたマナトは狸寝入りを決め込んでいた。
お読みいただきありがとうございます。
マナトに加えてミカ、そしてハクア。
少しずつ沙耶香の周囲にも人が増えてきました。
次回、いよいよ最初の魔法実技です。




