↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法学校に普通の人間が入学してきた ~紋無しと人間オタクの魔法使い~  作者: カラス
第二章 ダメダメメイドは命令を聞かない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
56/67

整備室の襲撃者

「螺子(ねじ)、一本足りねえぞ」

「そんなはずない」

「じゃあ、何で一本だけ穴が空いてるんだよ」


 三台目の無線機を裏返すと、確かに裏蓋の隅に穴があった。

 午後四時三十八分。俺とルカは南棟の魔道具整備室で、クドウ管理官に命じられた修理を続けていた。


「あ、あったあった」


 机の上へ目を走らせて、工具箱を動かし、足元まで覗き込んだところで、ルカが俺の袖を摘まんだ。


「動かすなよ。今度こそなくなるからな」


 折り返した袖口から、小さな螺子が転がり出た。知らない間に、自分で持ち歩いていたらしい。


「これで三台、全部直ったな」

「まだ通じるか確かめてねえだろ」

「そこまで含めて、ほぼ完成だ」

「その『ほぼ』、信用できねえんだよ」


 沙耶香がいないからって、ルカまで代わりを務めなくてもいいのに。

 机の端には、俺が描いた黒い箱の略図が置かれていた。

 感応石と記憶石、その間をつなぐ人間の部品。思い出せる範囲を書き込んだけど、途中からルカが見かねて線を引き直している。

 装置そのものは証拠保管室へ戻された。ここにあるのは紙だけだけど、これも持ち出し禁止だ。


「描き終わったか?」


 入口側にいた管理部の職員が尋ねる。


「はい。分からなかったところは、空けてあります」

「後で管理官へ提出する。まず、無線機の確認を済ませろ」


 職員は自分の通信具に手を添え、中庭にいる担当者へ試験の開始を伝えた。

 俺は修理した無線機を持ち上げる。


「こちら南棟整備室。聞こえますか?」

『聞こえている。少し雑音が入るな』

「調整します」


 受信状態を確かめながら、つまみを少しずつ動かしていく。すると、声が遠のき、雑音が強くなっていく。元へ戻しかけたところで、雑音の中に硬い音が混じり出した。


『ピ、ピ、ピ……ピー、ピー……』


 これって……。


「マナト。今の、聞こえたか?」

「ああ」


 ルカも手が止まっている。

 短い音が三回。長い音が二回。黒い箱のそばで聞いたのと、同じ並びだった。


「すみません、また――」


 職員を呼ぼうとしたとき、部屋の奥で何かが擦れた。

 振り返ると、部品棚の横にあった壁板が内側へ押し開かれていた。昨日まで壁だと思っていた場所に、人が通れるほどの隙間ができている。

 その暗がりから、黒い杖が突き出ていた。


「伏せろ!」


 職員の声と同時に、ルカが俺の肩を引く。

 白い閃光が頭上を走った。

 一本だった雷は、途中で三つに分かれた。一つが照明を砕き、もう一つが入口脇の吊り棚を支える金具を撃ち抜く。

 最後の一本は、俺の手元へ来た。


「うわっ!」


 無線機の側面で火花が弾ける。熱さに手を離すと、それは作業台の下へ滑り込んだ。


「《障壁》!」


 職員が杖を上げた。

 落ちてきた金属の棚が、俺たちへ倒れる寸前で止まる。支えられた棚から部品が次々と落ち、正面の扉までの道を塞いでいった。


「二人とも、そちらへ下がれ! 管理部、南棟整備室に襲撃者!」


 通信具に向かって叫ぶ職員の向こうで、壁板の隙間から黒い外套が現れた。

 深く被ったフードの奥は見えない。それでも、クゼ先輩を襲った相手を思い出すには十分だった。


「ルカ、机の陰へ!」


 俺たちが身を低くしたところへ、再び雷が飛んでくる。

 三本の光が、机と壁、それに床をそれぞれ撃った。

 木片が頬をかすめる。黒い影は倒れた椅子を踏み越えて、こちらへ肉薄してきた。


「《衝》!」


 ルカが杖を突き出し、接近の衝撃魔法が外套の胸元を捉えた。けれど相手は、片腕をかざして受け止める。靴底が床を擦っただけで、倒れない。


「何だ、その力……!」


 黒い影が踏み込む。

 伸びた手がルカの胸元を掴み、その身体を持ち上げた。


「ルカ!」


 俺が杖を向けた途端、ルカが横へ投げ出される。部品棚の前へ落ちた身体が、鈍い音を奏でた。


「《水球》!」


 俺の水が、黒い影に迫る。

 相手の杖先にも、青い魔法陣が開いた。あの魔法術式。間違いなく、同じ水球だ。当然のごとく生まれた水球は、俺のものとは逆向きに渦を巻いている。

 二つがぶつかり、水が横へ弾けていく。

 冷たい飛沫が顔にかかる。外套の裾も濡れていたけど、相手は構わずに机の端へ手を伸ばした。

 狙いは、黒い箱の略図だ。


「させるか!」


 紙へ伸びる腕目掛けて、もう一度水球を放つ。

 即座に黒い影が身を引く。水は外套の端をかすめ、背後の部品棚にぶつかった。


「……あ」


 しまった。大きく傾いた棚の下には、まだ起き上がれないルカがいた。


「ルカ!」


 ルカが顔を上げるけど、もう間に合わない。

 俺が杖を振り直すより早く、黒い影が机から離れた。


「え」


 俺の口からたったその一文字が漏れた一瞬、時が止まったみたいだ。

 略図を通り過ぎ、ルカの目の前に飛び込んだ黒い外套は、両腕を上げて倒れてきた棚を受け止めた。

 木材が軋み、外套の膝が沈むけど、それ以上棚は落ちなかった。


「……何で?」


 ついさっき、自分で投げ飛ばした相手なのに、何で助けたんだろうか。

 黒い外套は棚を支えたまま、足元のルカへ顔を向けた。


「離れろ、ルカ!」


 俺の声で、ルカが目を覚ます。一瞬きょろきょろと左右を見渡して、目の前にいる黒い姿に唖然としていた。


「ルカ!」

「うおおおっ!?」


 我に返ったか、ルカは床を転がってその場から離れた。

 身体が棚の下から抜けた瞬間、黒い影は両腕を振り、棚を横へ押し倒した。工具箱と割れた魔力灯が、壁際へ雪崩のように落ちていく。

 フードの奥から荒い息が流れ、俺の下からルカが「た、助かった……」という声が漏れ出ていた。


「お前……誰かに、やれって言われたのか?」


 相手の杖が、こちらを向く。

 一瞬息を呑んだそのとき、作業台の下に落ちた無線機が、ひび割れた音を出した。


『……ピ、ピ、ピ……』


 杖を持つ手が跳ね上がる。

 次の瞬間、相手は俺の目の前にいた。

 胸元を掴まれ、息が詰まる。抵抗しようと相手の左腕に手をかけると、布越しに硬いものが当たった。

 手首を囲む、金属の輪のような感触だった。


「返して……」

「え?」


 今、誰が言った?

 聴覚が物事を理解するよりも前に、すでに身体が浮き上がって床へ投げ出されていた。遅れて、背中に痛みが走る。


「っ!」


 痛みが全ての集中を途切れさせる。

 その間にも、侵入者は机の上から略図を掴んでいた。


「待て……!」


 指先が布に触れるのと同時に、相手が振り払おうとした。そして、その拍子に左の袖口がずれる。

 細い手首と___銀色の輪が見えた。

 模様までは分からない。そこから弾けた光に指を焼かれ、俺は布を離してしまった。


「止まれ!」


 職員の杖から、光の縄が伸びる。

 黒い影は身を屈めてかわすと、略図を握ったまま、部品棚の奥へ飛び込んだ。そして壁板の隙間へ、その裾が吸い込まれていく。

 俺が起き上がったときには、暗い通路だけが残っていた。


     ◇


 応援の職員が到着すると、正面の扉を塞いでいた部品が取り除かれた。

 俺たちを守っていた職員も、ようやく障壁を解く。杖を持つ手が、細かく震えていた。


「襲撃者は奥の通路へ。黒い外套、杖を所持。資料を一枚奪っています」

「二人で追え。無理に接触するな」


 クドウ管理官の指示で、職員たちが通路へ入っていく。

 セレナ先生は、床に座ったルカの前で膝をついた。


「どこを打った?」

「胸と背中です。あいつ、片手で俺を持ち上げやがった」

「動くな。アズマも、そのまま座っていろ」


 俺は言われたとおり、倒れた作業台に背中を預けた。

 部屋中、水浸しだ。それに三台並んでいた無線機のうち、一台は側面が焦げ、もう一台は机から落ちて裏蓋が外れている。

 全部直したばかりだったのになあ。


「奪われたのは、黒い箱の略図だな」


 クドウ管理官が確認する。


「はい。それだけです」

「相手は、最初から紙を狙っていたか?」

「途中からは。無線機にも攻撃していました」


 管理官は空になった机の端を見た。

 俺は、濡れた床に残る三本の焦げ跡に目を落とす。


「……管理官」

「何だ」

「今の雷も、アリサと同じでした」


 ルカがこちらを見る。


「飼育場の閃雷か」

「ああ。あのときも、三本に分かれただろ」

「ほかには?」

「水球です。俺とは逆向きに回っていました。アリサが空から落ちたときに使ったものと、同じです」


 クドウ管理官が、俺の正面にしゃがみ込んだ。


「顔は見たか?」

「見えませんでした」

「声は?」

「一度だけ。返して、って。小さくて、苦しそうでした」

「聞き覚えは?」


 あの、喉から無理に押し出したような、短い言葉を思い出す。


「……分かりません」

「そうか。ほかに見たものは?」

「左手首に、銀色の輪がありました」


 管理官の視線が止まる。


「腕輪か?」

「そう見えました。石や模様までは、見えてません」

「分かった」


 それ以上、誰の名前も口にしない。

 俺も、言えなかった。


     ◇


 沙耶香たちが来たのは、その少し後だった。

 職員に案内されて入ってきた沙耶香は、床に座る俺たちを見るなり駆け寄った。


「マナト! ルカ!」

「二人とも意識はある。騒ぐな」


 セレナ先生の言葉に、沙耶香が足を止める。

 その横から、アリサが顔を出した。


「お怪我をなさったのですか!?」

「今、先生が診てくれてる」

「包帯でしたら、ございます!」


 アリサが鞄から取り出した包帯を両手で差し出した途端、俺は息を呑んだ。

 その袖口から、銀の腕輪がのぞいたんだ。

 中央に、小さな青い石。視察の日、ミツルギさんから贈られたお守りだ。

 俺の視線に気づいたのか、アリサが包帯を少し持ち上げた。


「これでは足りませんか? では、まだ……」

「……いや。大丈夫」


 相手の腕に、あの石があったかどうか――だめだ。どれだけ思い出そうとしても、銀色の光しか浮かばない。


「お前たちは、どこにいた?」

「西棟のリネン室です」


 クドウ管理官へ、沙耶香が即答した。


「クゼ先輩のお見舞いの後、治療室で布を頼まれて。職員さんに行き先を伝えて、皆で取りに行ってました」

「ふむ。全員、同じ場所か?」

「はい。いや、正確には、アリサちゃんだけがリネン室内で、私たちは扉の前で待ってました」

「何分ほどだ」

「四分くらいです。入ったのが四時四十三分で、出てきたときは四十七分でした。廊下の時計を見ていたので、間違いないと思います」


 職員たちの探索魔法のおかげで、最初の雷が飛んできたのは四時四十四分頃だと判明している。逃げるまで、三分はかかっていないと思う。


「リネン室から、ここまでは?」

「普通の廊下なら、歩いて七分ほどかかる」


 レイナが答えた。


「私たちが警報を聞いたのは、その部屋を出てからだ。職員を呼び止めて、何があったか尋ねた」

「ほかに出入口は?」

「見た限りでは、私たちが待っていた扉だけです。窓もありません……し」


 答えながら、管理官を見る沙耶香の目に、だんだんと疑念が混じっていく。


「あの……どうして、アリサちゃんが中にいた時間を聞くんですか?」

「襲撃者の移動経路と、周辺にいた者の行動を確認している」

「私は、扉の前にいました」


 沙耶香の声が、少し強くなった。


「アリサちゃんが出てきたら、分かります」


 アリサは包帯を抱えたまま、沙耶香と管理官を交互に見ていた。


「わたしは、棚から布を出しておりました。ほかの方には、お会いしていないのです」


 リネン室にいたのなら、ここへ来る時間はない。沙耶香だけではなく、レイナとミカもその扉を見ていた。

 そもそも、俺が誰かに似ていると思い込んでいるだけなのかもしれない。腕輪なんて、珍しい装飾品でもないし、アリサの魔法を真似する方法があるのなら、同じ癖が現れてもおかしくはない。そもそも黒い箱には、魔法を記録する仕組みがあったわけだし。

 そう考えながら、床の焦げ跡を見た。

 左から崩れる火矢に、最初だけ強すぎる風。逆向きに回る水と、三本に分かれる雷。


「マナト様?」


 呼ばれて顔を上げると、アリサが心配そうに俺を見ていた。


「やはり、お背中が痛むのですか?」


 差し出された小さな手を、俺はすぐには取れなかった。

 ルカを投げ飛ばした手も、倒れてくる棚を支えた手も、黒い手袋に覆われていた。その下にあった手がどんな形だったのか、俺は見ていない。

 見ていないはずなのに、目の前の手から、なかなか視線を離せなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。