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魔法学校に普通の人間が入学してきた ~紋無しと人間オタクの魔法使い~  作者: カラス
第二章 ダメダメメイドは命令を聞かない

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黒い箱

 開ける前よりも、開けた後の方が分からなくなった。


「触るな」

「触らないと調べられません」

「必要なところ以外に触るなと言っている」

「そんなこと言われたって、必要かどうかは触ってみないと……」

「アズマ」

「はい。必要なところだけ触ります」


 クドウ管理官、俺は本当にこの人が苦手だ。一番小さなドライバーを手に取りながら、改めてそう感じる。

 クゼ先輩が襲われた翌朝、俺とルカは、管理部の立ち会いのもと、魔道具整備室で黒い箱を調べていた。

 黒い箱を載せている机の周囲には、透明な結界が張られている。そこから少し離れてセレナ先生とクドウ管理官が立ち、さらに後方にはキサラギとナギさんがいた。


「なぜ、こいつまでいるんですか?」

「僕に向かって、こいつとは失礼だね」


 キサラギが前髪を撫でる。


「管理部から協力を求められたんだよ。ナギが人間の機械に詳しいからね。ならば、主人である僕が立ち会うのは当然だろう?」

「呼んだのはナギだけだ」


 クドウ管理官に対して、キサラギは「フン」と言い返した。


「だがナギを学院へ貸し出しているのは僕だ。扱いを見届ける権利くらいはある」

「邪魔をしたら追い出す」

「随分と客人に冷たい学院だね」

「お前は生徒だ」


 いつものやり取りが始まりそうなので、俺は黒い箱に集中することにした。四隅の螺子を外し、蓋を持ち上げる。


「おお……」

「おい。感心するのはいいけど、これ遊びじゃねえぞ」

「分かってる。でも、すごいぞ、これ」


 中には、小さな部品が隙間なく並んでいる。

 細い銅線と、黒い板に取りつけられた金属片、それに大きなタイプの人間の乾電池。

 それにその間には、二つの魔石が組み込まれていた。

 一つは、近くで使われた魔力を測る感応石。もう一つは、術式を一時的に保存する記憶石だ。


「ルカ、お前だってこれにはびっくりだろ。やっぱり人間の機械に、魔石を直接つないでいるぜ」


 同時に、舞維さんが使っていた装置を思い出した。魔術を人間の機械でストックする技術。これもアレと同じようなつくりなのだろうか。


「人間の機械を魔石に、か。そんなことできんのか?」

「動いてたんだから、できるんだろ」

「お前が作れるかって聞いてんだ」

「材料があればな。ほら、扇風機だってしっかり作っただろ?」

「壊すからやめろ」


 ルカに即答された。


「感応石の中身を確認する」


 セレナ先生が結界越しに杖を向けた。

 淡い光が石を包み、その中に残った魔力の形が浮かび上がる。

 赤い光、次に緑色の光。


「火魔法と風魔法だな」

「昨日、犯人が使った魔法です」

「ああ。この石は襲撃時の魔力を測っていたらしい」

「やっぱり、魔法を記録するための装置か」


 俺は配線を目で追った。

 感応石から伸びた線は、記憶石へつながっている。そしてその記憶石からは、人間の金属板へ線が伸び、そこで魔力の変化を、別の信号に変えているみたいだ。


「短い音が三回、長い音が二回」


 俺の言葉に、クドウ管理官が顔を上げる。


「昨日、お前のラジオが拾った音か」

「はい。この装置が、記録した魔法をどこかへ送ってたんだと思います」

「誰にだ」

「それは分かりません」

「役に立たんな」

「一晩で全部分かるなら、管理部の人が調べればいいじゃないですか」

「分からないから、お前を呼んだ」

「だったら、もう少し期待してくれても」

「期待しているから、余計な場所に触るな」


 信用されているのか、されていないのか分からない。


「マナト、ここにも線がもう一本ある」


 ルカの言う通り、そこには記憶石からではなく、外側の金属板から伸びた別の線がある。

 箱の内側を回り込み、別の小さな魔石へつながっていた。


「これは感応石じゃないな」


 セレナ先生が確認する。ちょっと、俺のすぐ上で屈まないでくださいよ、変な意識しちゃうから。


「魔力を測るためではなく、決められた形の魔力を発生させる石だ」

「送信用ですか?」

「うんにゃ。この向きなら逆だ」


 ルカが金属板を持ち上げる。


「外から来た信号を、この石に入れてる」

「待って。だったら、これ……送るだけじゃない」


 箱の中には、二つの流れがある。

 近くで使われた魔法を測って記憶して外へ送る流れと、外から何かを受け取り魔力に変える流れだ。


「受信もできるのか?」

「多分」

「今の多分は?」

「かなり信用できます」

「随分曖昧な保証だな……面倒な」

「では、見ただけで分かる方にも伺ってみましょう」


 俺たちの会話を聞いていたキサラギが得意げな顔になった。ナギさんを見上げて、ただ一言「ナギ」と促す。


「承知いたしました」


 ナギさんが机へ近づいて、結界の外で足を止めた。


「そこから見ただけで分かる範囲を答えろ。証拠品には触れるな」


 クドウ管理官が釘を刺す。


「かしこまりました」


 ナギさんは身を屈め、黒い箱の内部へ目を向けた。


「……こちらは、小型呼出器に使われていた部品に似ております」

「呼出器?」


 キサラギが聞く。


「離れた場所から合図を受け取る人間の道具でございます。音や光で、持ち主へ知らせます」

「へえ……そんなものもあるんだ。今も人間社会で使われているんですか?」

「同じ型は、ほとんど使われていないはずです」

「そうなんだ……見てみたかったな。これ、どのくらい前の物です?」

「八年から十年ほど前でしょうか。ただし、部品が古いだけで、装置そのものまで古いとは限りません」


 八年から十年前。

 その数字に、また沙耶香の姉のことが浮かんだ。

 舞維さんが、史上初の人間の生徒として学院にいたのは九年前だ。


「製造時期は断定できるか」


 クドウ管理官が聞く。


「製造番号が削られておりますので、正確には。ただ、古い型は構造が単純です。魔道具に接続するのであれば、新しい物より扱いやすい場合もございます」

「ならば、この装置を作れるか?」

「人間の部品だけでしたら。しかし、記憶石との接続には専門的な魔力工学の知識が必要です。私が一人で作るとしても、難しいでしょう」


 ナギさんは穏やかに答えた。


「もっとも、十分な時間と材料をいただければ、試すことは可能かもしれません」

「なら、俺と同じですね」

「マナト様ほど大胆に試すことはできませんが」

「お? 俺、今褒められた?」

「多分、違うぞ」


 ルカに言われた。

 ナギさんはそれ以上、装置について語らなかった。聞かれたことにだけ答え、再びキサラギの後ろへ下がった。


「受信部があるなら、誰かがこの箱に信号を送っていた」


 セレナ先生が言う。


「その信号を、魔力に変えた。その先は?」

「箱の外へ出ていません」


 俺は内部を指す。


「この石で作られた魔力は、また金属板に入ってます。そこから電波みたいなものに変えて、近くに送り直していたんだと思います」

「外からの信号を受けて、近くへ別の信号を送る?」

「中継器だな」


 確かに、ルカのその意見が一番あり得そうだ。


「誰かが離れた場所から命令を送る。この箱が受け取って、近くにある何かに渡す。その何かが魔法を使う」

「そして、使用された魔法を箱が記録して、送り返す。か」


 セレナ先生が続ける。


「なら、これは襲撃を確認するだけの装置ではなく、襲撃者を動かすための装置かもしれん」


 クドウ管理官の声が低くなる。

 黒い外套の犯人は、誰かの命令を受けていた。 昨日、アリサが言ったことが頭をよぎる。自分のしたいことと、しなければならないことが別なのかもしれない。

 あの犯人は、本当に自分の意思でクゼ先輩を襲ったのだろうか。


     ◇


 解析が一区切りついたところで、俺たちは管理部の会議室へ移った。

 沙耶香たちも呼ばれている。クゼ先輩は治療室から出られないため、書面だけを提出していた。


『実習準備から外れる意思はありません』


 一行目から、相変わらず強いな。その隣には、今朝学院へ届いた書状が置かれている。

 差出人は、ミツルギ・キサラギ。


「父上から?」


 キサラギの表情が変わった。


「人間社会実習の準備を、今一度凍結するよう求める内容だ」


 クドウ管理官が答える。


「犯人が捕まっていない以上、生徒を危険にさらす活動を続けるべきではない、とある」

「まあ、当然の判断だね」


 キサラギが胸を張った。


「クゼ先輩が襲われたんだ。次の被害者が出てからでは遅い」

「止めたら、犯人の要求どおりになる」


 と、レイナ。


「父上は犯人の要求に従おうとしているのではない。学院の安全を優先しているんだよ」

「結果が同じだと言っている」

「ほう。では、ツワブキ嬢は安全を無視して意地を張ることが正しいと?」

「極論だ。そんなことは言っていないだろう!」


 二人の間の空気が悪くなる。その空気の中、沙耶香は助けを求めるようにクドウ管理へ疑問をぶつけた。


「この事態、学院はどう判断するんですか?」

「今ははっきりとは言えんが……公開説明会と、校外での事前調査は一時停止、となるかもしれない」

「実習そのものも?」

「凍結はしない。学院内での安全対策と見学先の検討は続ける」

「どちらにも完全には従わないつもりかい?」


 キサラギが聞く。


「安全が確認できるまで生徒を外へ出さない。ただし、脅迫を理由に計画そのものを捨てることもしない」

「そんな結論、父上が納得するとは思えないね」

「納得させるのは学院長の仕事だ。生徒が気にする問題ではない」

「また押しつけたじゃん」

「聞こえているぞ」

「ごめんなさいじゃん」


 ミカ、とても反省しているようには聞こえないぞ。


「お姉ちゃん」


 アリサが沙耶香の袖を引いた。


「もし、わたしたちが人間世界を見たいと申し上げたために、また誰かが傷ついたら……」

「傷つけたのは、襲った人だよ」

「ですが……」

「見たいって言ったことまで、悪いことにしなくていいから」


 沙耶香はアリサの手に触れた。


「アリサちゃんが牧場を見たいって思ったことと、クゼ先輩が襲われたことは別」

「本当に、別なのでしょうか」

「うん。少なくとも、アリサちゃんのせいじゃない」


 アリサはまだ不安そうだった。

 それでも、見たいという気持ちを取り消すとは言わなかった。


「黒い装置については、引き続き管理部で調べる。外部から信号を送った者と、それを受け取った物。両方を特定する必要がある」

「受け取った物?」

「黒い箱は、命令を中継しただけだ。実際に魔法を使った何かが、あの場にあった」

「何かって、犯人じゃないの?」

「そうは限らん。装着型の魔道具や、使い魔を遠隔操作した可能性もある」

「黒い外套の中身が、人ではなかったかもしれない?」

「まだ分からん」


 なんだか、結局分からないことばかりだ。

 人間の機械と魔道具を組み合わせた黒い箱や、外から送られた命令、それにアリサと同じ失敗をする魔法。

 その三つが、まだ一本につながらない。


「ただし」


 クドウ管理官が、俺たちを順番に見た。


「犯人が人間社会実習の協力者を狙っていると見せかけて、別の目的で動いている可能性が出てきた」

「別の目的?」

「あの装置は、使われた魔法を記録している。脅迫だけが目的なら、必要のない機能だ」

「じゃあ、クゼ先輩を襲ったのは……」

「魔法を使わせるためだった可能性もある」


 犯人が欲しかったのは、計画の中止じゃなくて、黒い外套を着た誰かに魔法を使わせて、その結果を記録すること。だとしたら、人間社会実習への反対は、ただの隠れ蓑だ。

 俺は机の向こうに置かれた保管袋を見る。

 黒い箱は、もう音を出していない。それでも、その内部には外から命令を受け取る回路が残っている。

 黒い外套の中にいたのは、事件を起こした犯人ではなく、誰かに動かされていた、もう一人の被害者なのかもしれなかった。

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