黒い箱
開ける前よりも、開けた後の方が分からなくなった。
「触るな」
「触らないと調べられません」
「必要なところ以外に触るなと言っている」
「そんなこと言われたって、必要かどうかは触ってみないと……」
「アズマ」
「はい。必要なところだけ触ります」
クドウ管理官、俺は本当にこの人が苦手だ。一番小さなドライバーを手に取りながら、改めてそう感じる。
クゼ先輩が襲われた翌朝、俺とルカは、管理部の立ち会いのもと、魔道具整備室で黒い箱を調べていた。
黒い箱を載せている机の周囲には、透明な結界が張られている。そこから少し離れてセレナ先生とクドウ管理官が立ち、さらに後方にはキサラギとナギさんがいた。
「なぜ、こいつまでいるんですか?」
「僕に向かって、こいつとは失礼だね」
キサラギが前髪を撫でる。
「管理部から協力を求められたんだよ。ナギが人間の機械に詳しいからね。ならば、主人である僕が立ち会うのは当然だろう?」
「呼んだのはナギだけだ」
クドウ管理官に対して、キサラギは「フン」と言い返した。
「だがナギを学院へ貸し出しているのは僕だ。扱いを見届ける権利くらいはある」
「邪魔をしたら追い出す」
「随分と客人に冷たい学院だね」
「お前は生徒だ」
いつものやり取りが始まりそうなので、俺は黒い箱に集中することにした。四隅の螺子を外し、蓋を持ち上げる。
「おお……」
「おい。感心するのはいいけど、これ遊びじゃねえぞ」
「分かってる。でも、すごいぞ、これ」
中には、小さな部品が隙間なく並んでいる。
細い銅線と、黒い板に取りつけられた金属片、それに大きなタイプの人間の乾電池。
それにその間には、二つの魔石が組み込まれていた。
一つは、近くで使われた魔力を測る感応石。もう一つは、術式を一時的に保存する記憶石だ。
「ルカ、お前だってこれにはびっくりだろ。やっぱり人間の機械に、魔石を直接つないでいるぜ」
同時に、舞維さんが使っていた装置を思い出した。魔術を人間の機械でストックする技術。これもアレと同じようなつくりなのだろうか。
「人間の機械を魔石に、か。そんなことできんのか?」
「動いてたんだから、できるんだろ」
「お前が作れるかって聞いてんだ」
「材料があればな。ほら、扇風機だってしっかり作っただろ?」
「壊すからやめろ」
ルカに即答された。
「感応石の中身を確認する」
セレナ先生が結界越しに杖を向けた。
淡い光が石を包み、その中に残った魔力の形が浮かび上がる。
赤い光、次に緑色の光。
「火魔法と風魔法だな」
「昨日、犯人が使った魔法です」
「ああ。この石は襲撃時の魔力を測っていたらしい」
「やっぱり、魔法を記録するための装置か」
俺は配線を目で追った。
感応石から伸びた線は、記憶石へつながっている。そしてその記憶石からは、人間の金属板へ線が伸び、そこで魔力の変化を、別の信号に変えているみたいだ。
「短い音が三回、長い音が二回」
俺の言葉に、クドウ管理官が顔を上げる。
「昨日、お前のラジオが拾った音か」
「はい。この装置が、記録した魔法をどこかへ送ってたんだと思います」
「誰にだ」
「それは分かりません」
「役に立たんな」
「一晩で全部分かるなら、管理部の人が調べればいいじゃないですか」
「分からないから、お前を呼んだ」
「だったら、もう少し期待してくれても」
「期待しているから、余計な場所に触るな」
信用されているのか、されていないのか分からない。
「マナト、ここにも線がもう一本ある」
ルカの言う通り、そこには記憶石からではなく、外側の金属板から伸びた別の線がある。
箱の内側を回り込み、別の小さな魔石へつながっていた。
「これは感応石じゃないな」
セレナ先生が確認する。ちょっと、俺のすぐ上で屈まないでくださいよ、変な意識しちゃうから。
「魔力を測るためではなく、決められた形の魔力を発生させる石だ」
「送信用ですか?」
「うんにゃ。この向きなら逆だ」
ルカが金属板を持ち上げる。
「外から来た信号を、この石に入れてる」
「待って。だったら、これ……送るだけじゃない」
箱の中には、二つの流れがある。
近くで使われた魔法を測って記憶して外へ送る流れと、外から何かを受け取り魔力に変える流れだ。
「受信もできるのか?」
「多分」
「今の多分は?」
「かなり信用できます」
「随分曖昧な保証だな……面倒な」
「では、見ただけで分かる方にも伺ってみましょう」
俺たちの会話を聞いていたキサラギが得意げな顔になった。ナギさんを見上げて、ただ一言「ナギ」と促す。
「承知いたしました」
ナギさんが机へ近づいて、結界の外で足を止めた。
「そこから見ただけで分かる範囲を答えろ。証拠品には触れるな」
クドウ管理官が釘を刺す。
「かしこまりました」
ナギさんは身を屈め、黒い箱の内部へ目を向けた。
「……こちらは、小型呼出器に使われていた部品に似ております」
「呼出器?」
キサラギが聞く。
「離れた場所から合図を受け取る人間の道具でございます。音や光で、持ち主へ知らせます」
「へえ……そんなものもあるんだ。今も人間社会で使われているんですか?」
「同じ型は、ほとんど使われていないはずです」
「そうなんだ……見てみたかったな。これ、どのくらい前の物です?」
「八年から十年ほど前でしょうか。ただし、部品が古いだけで、装置そのものまで古いとは限りません」
八年から十年前。
その数字に、また沙耶香の姉のことが浮かんだ。
舞維さんが、史上初の人間の生徒として学院にいたのは九年前だ。
「製造時期は断定できるか」
クドウ管理官が聞く。
「製造番号が削られておりますので、正確には。ただ、古い型は構造が単純です。魔道具に接続するのであれば、新しい物より扱いやすい場合もございます」
「ならば、この装置を作れるか?」
「人間の部品だけでしたら。しかし、記憶石との接続には専門的な魔力工学の知識が必要です。私が一人で作るとしても、難しいでしょう」
ナギさんは穏やかに答えた。
「もっとも、十分な時間と材料をいただければ、試すことは可能かもしれません」
「なら、俺と同じですね」
「マナト様ほど大胆に試すことはできませんが」
「お? 俺、今褒められた?」
「多分、違うぞ」
ルカに言われた。
ナギさんはそれ以上、装置について語らなかった。聞かれたことにだけ答え、再びキサラギの後ろへ下がった。
「受信部があるなら、誰かがこの箱に信号を送っていた」
セレナ先生が言う。
「その信号を、魔力に変えた。その先は?」
「箱の外へ出ていません」
俺は内部を指す。
「この石で作られた魔力は、また金属板に入ってます。そこから電波みたいなものに変えて、近くに送り直していたんだと思います」
「外からの信号を受けて、近くへ別の信号を送る?」
「中継器だな」
確かに、ルカのその意見が一番あり得そうだ。
「誰かが離れた場所から命令を送る。この箱が受け取って、近くにある何かに渡す。その何かが魔法を使う」
「そして、使用された魔法を箱が記録して、送り返す。か」
セレナ先生が続ける。
「なら、これは襲撃を確認するだけの装置ではなく、襲撃者を動かすための装置かもしれん」
クドウ管理官の声が低くなる。
黒い外套の犯人は、誰かの命令を受けていた。 昨日、アリサが言ったことが頭をよぎる。自分のしたいことと、しなければならないことが別なのかもしれない。
あの犯人は、本当に自分の意思でクゼ先輩を襲ったのだろうか。
◇
解析が一区切りついたところで、俺たちは管理部の会議室へ移った。
沙耶香たちも呼ばれている。クゼ先輩は治療室から出られないため、書面だけを提出していた。
『実習準備から外れる意思はありません』
一行目から、相変わらず強いな。その隣には、今朝学院へ届いた書状が置かれている。
差出人は、ミツルギ・キサラギ。
「父上から?」
キサラギの表情が変わった。
「人間社会実習の準備を、今一度凍結するよう求める内容だ」
クドウ管理官が答える。
「犯人が捕まっていない以上、生徒を危険にさらす活動を続けるべきではない、とある」
「まあ、当然の判断だね」
キサラギが胸を張った。
「クゼ先輩が襲われたんだ。次の被害者が出てからでは遅い」
「止めたら、犯人の要求どおりになる」
と、レイナ。
「父上は犯人の要求に従おうとしているのではない。学院の安全を優先しているんだよ」
「結果が同じだと言っている」
「ほう。では、ツワブキ嬢は安全を無視して意地を張ることが正しいと?」
「極論だ。そんなことは言っていないだろう!」
二人の間の空気が悪くなる。その空気の中、沙耶香は助けを求めるようにクドウ管理へ疑問をぶつけた。
「この事態、学院はどう判断するんですか?」
「今ははっきりとは言えんが……公開説明会と、校外での事前調査は一時停止、となるかもしれない」
「実習そのものも?」
「凍結はしない。学院内での安全対策と見学先の検討は続ける」
「どちらにも完全には従わないつもりかい?」
キサラギが聞く。
「安全が確認できるまで生徒を外へ出さない。ただし、脅迫を理由に計画そのものを捨てることもしない」
「そんな結論、父上が納得するとは思えないね」
「納得させるのは学院長の仕事だ。生徒が気にする問題ではない」
「また押しつけたじゃん」
「聞こえているぞ」
「ごめんなさいじゃん」
ミカ、とても反省しているようには聞こえないぞ。
「お姉ちゃん」
アリサが沙耶香の袖を引いた。
「もし、わたしたちが人間世界を見たいと申し上げたために、また誰かが傷ついたら……」
「傷つけたのは、襲った人だよ」
「ですが……」
「見たいって言ったことまで、悪いことにしなくていいから」
沙耶香はアリサの手に触れた。
「アリサちゃんが牧場を見たいって思ったことと、クゼ先輩が襲われたことは別」
「本当に、別なのでしょうか」
「うん。少なくとも、アリサちゃんのせいじゃない」
アリサはまだ不安そうだった。
それでも、見たいという気持ちを取り消すとは言わなかった。
「黒い装置については、引き続き管理部で調べる。外部から信号を送った者と、それを受け取った物。両方を特定する必要がある」
「受け取った物?」
「黒い箱は、命令を中継しただけだ。実際に魔法を使った何かが、あの場にあった」
「何かって、犯人じゃないの?」
「そうは限らん。装着型の魔道具や、使い魔を遠隔操作した可能性もある」
「黒い外套の中身が、人ではなかったかもしれない?」
「まだ分からん」
なんだか、結局分からないことばかりだ。
人間の機械と魔道具を組み合わせた黒い箱や、外から送られた命令、それにアリサと同じ失敗をする魔法。
その三つが、まだ一本につながらない。
「ただし」
クドウ管理官が、俺たちを順番に見た。
「犯人が人間社会実習の協力者を狙っていると見せかけて、別の目的で動いている可能性が出てきた」
「別の目的?」
「あの装置は、使われた魔法を記録している。脅迫だけが目的なら、必要のない機能だ」
「じゃあ、クゼ先輩を襲ったのは……」
「魔法を使わせるためだった可能性もある」
犯人が欲しかったのは、計画の中止じゃなくて、黒い外套を着た誰かに魔法を使わせて、その結果を記録すること。だとしたら、人間社会実習への反対は、ただの隠れ蓑だ。
俺は机の向こうに置かれた保管袋を見る。
黒い箱は、もう音を出していない。それでも、その内部には外から命令を受け取る回路が残っている。
黒い外套の中にいたのは、事件を起こした犯人ではなく、誰かに動かされていた、もう一人の被害者なのかもしれなかった。




