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魔法学校に普通の人間が入学してきた ~紋無しと人間オタクの魔法使い~  作者: カラス
第二章 ダメダメメイドは命令を聞かない

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閉ざされた避難路

 人間世界を見学するために、俺たちは学院の中で遭難した。

 事の始まりは、今朝のホームルームだ。


「本日の授業は、避難訓練だ」


 教壇に立ったセレナ先生は、始める前から面倒そうだった。単語を一つ言うごとに一回ため息をつきながら、彼女は説明した。


「ただし、魔法の使用は禁止。照明、通信、扉の開閉も含め、魔法が使えない状況を想定する。南訓練棟から中央中庭まで、班ごとに移動しろ」

「それって、この前の事件みたいな感じ?」


 ミカが手を挙げた。


「そうだ。学院の設備は、中央魔力塔からの供給が止まると、その大半が使えなくなる。人間社会実習の審査でも、安全対策として指摘された」


 教室の後ろには、記録係としてクゼ先輩が立っている。

 各班へ配られたのは、紙の地図と笛。そして、小さな筒形の照明だった。ん? これって……


「懐中電灯だ!」


 俺が突起を押すと、先端から白い光が出た。もちろん、オンオフを繰り返せば、そのたびに光も点いたり消えたりする。


「うおお! しかもこれ新品だ! 光もこんなにはっきり……ぐああああっ! 目があああっ!」

「懐中電灯の光を覗き込まないでよ!」

「う、動くか確かめただけだよ」

「三回も?」

「三回とも動いた」

「一回で分かるでしょ!」


 そしてもう一つ、班ごとに携帯無線機が渡された。

 俺のラジオとは違い、離れた相手にこちらの声も送れる人間の機械だ。対になる一台は中庭で待つクドウ管理官が持っている。

 これも当然のように新品。傷一つない。なんか興奮してきた。


「アズマ」


 セレナ先生が俺を指す。


「通じなくても、その場で分解するなよ」

「しませんよ。多分」

「お前の多分は信用できない」

「ええ……あの、それ……授業中に流行らせないでもらえます?」

「私も使わせてもらうと言っただろ?」


 ぐぬぬ……口癖にいちいち突っ込まれていたらやっていられないのに。


「昼間の校舎で、そんな玩具を持ち歩く必要があるのかい?」


 キサラギが懐中電灯を眺め、鼻を鳴らした。


「窓から光が入るだろう? それに照明魔法がなくても、目を開ければ前は見えるじゃないか?」

「地下には窓がないじゃん」


 とミカが言う。


「僕なら、暗い場所へ入る前に使用人へ確認させるね」

「使用人が戻らなかったらどうする?」


 今度はレイナだ。


「別の使用人を向かわせればいい」

「うわ、最低じゃん」

「適材適所と言いたまえ」


 その横で、アリサが真剣な顔をしている。


「では、わたしが先に確認した方がよろしいでしょうか」

「必要ない」


 レイナが即答した。


「これは避難訓練だ。お前も自分が避難することを考えろ」

「承知いたしました!」


 アリサ、本当に分かっているかなあ。

 俺がそう思ったことはレイナにも伝わったのだろうか。彼女も浮かない顔でアリサを見つめている。


     ◇


 そうして、訓練が始まった。

 俺たちの班は、俺、沙耶香、ルカ、ミカ、レイナ。それに、レイナから離れられないアリサも同行する。

 キサラギは別の班だったけど、すぐ後ろから出発していた。

 南訓練棟の二階から、壁に貼られた矢印と紙の地図を頼りに進んで、中央中庭まで出る行程だ。


「点く。消える。点く」

「遊ぶな」


 ああっ! 俺の懐中電灯が!


「ルカのド外道!」

「そこまで言われるとは思わなかったぜ」


 そのままルカは、懐中電灯を持って俺から離れていく。


「第一、そんなに付けたり消したりして何の意味があるんだよ?」

「動作確認」

「さっき教室で済ませただろ」

「場所が変わっても動くかどうかを」

「動くに決まってんだろ」

「魔法陣は場所によって調子が変わることもあるぞ」

「これ懐中電灯だから、電池があればどこでも動くわよ」


 おお、沙耶香。それが一番すごいんじゃないか。


「アリサちゃん、それ逆じゃん」


 ミカが、アリサの持っている地図を指でなぞっていた。見ると、確かにアリサは地図を上下逆に持っている。


「あ、なるほど! 歩くたびに目的地が遠ざかっていくと思っていたのです!」

「その発想はなかったじゃん! 地図の中の目的地は動かないし」

「む、難しいのです……」


 どうやらアリサは地図が苦手らしい。でも廊下の曲がり角では迷わず先を見ている。


「この先は階段です。足元へお気をつけください」

「地図を見なくても分かるの?」


 沙耶香が尋ねる。

「先日、お茶を運ぶ際に通りましたので」


「あー、歩いた道は覚えてるんだ」

「一度通った場所でしたら、おおよそは」


 こりゃあ、地図より本人の方が役に立ちそうだな。

 この建物の東階段の先には、中央棟へ続く二枚扉がある。ここを抜ければ、中庭まで残り半分ほどだ。

 先頭を歩いていた生徒が取っ手を押した。


「あれ?」


 どうやら、扉は開かないようだ。

 引いても、もう一度押しても動かない。


「退きたまえ」


 後ろの班から、キサラギが前へ出た。


「全く。扉の開け方まで分からないのかい?」


 取っ手を握り、引く。開かない。


「……む?」


 両手で引くけど、やはり開かない。


「……建てつけが悪いね」

「顔、赤くなってるじゃん」

「黙りたまえ! 普段ならこんなもの、開錠魔法の一つで簡単に開けられる!」

「それができない場合の訓練じゃん」

「ミカ・カナメ! 君は本当に……!」

「いや、これは建てつけじゃねえな。向こう側で何かに引っかかってる」


 いつの間にか、ルカも扉を調べていた。何度か扉のあちこちを叩いて、そう結論を下している。

 立ち止まった二つの班が、狭い廊下で重なった。

 後ろにいる生徒には、扉が開かないことが伝わっていない。そのまま進もうとして、前の生徒へぶつかる。


「おい、押すな!」


 誰かが声を上げた。その声でさらに人が動き、俺の背中にも肩がぶつかった。

 前後から身体を挟まれる。


「ちょっと、下がって!」


 沙耶香の声も、騒ぎに埋もれた。

 クゼ先輩が笛を持ち上げようとするけど、周囲の生徒に押されて腕を動かせない。


「皆様、止まってください!」


 アリサの声が、廊下の端まで突き抜けた。

 普段の元気な大声とは違う。遠くまで届くよう、腹から真っ直ぐ出した声だ。


「前の扉が開きません! 後ろから押さず、その場で止まってください!」


 生徒たちの動きが、一瞬止まる。


「後ろの方から、一歩ずつお下がりください! 前の方は動かなくて大丈夫です!」


 アリサは、自分の周りにいる生徒を先に一歩下がらせた。それを見た後ろの生徒も続く。少しずつ間隔が開き、押されていた身体が軽くなった。

 ようやく腕を動かせるようになったクゼ先輩が、笛を三回鳴らす。


「全員、その場で停止してください! 別の経路を確認します!」


 廊下が静かになった。


「助かったよ、アリサさん」

「皆様が止まってくださったからなのです」

「でもよく、あんな状況で声が出たね」


 沙耶香が聞く。


「群れが狭い門へ集まったときも、後ろから押させないようにするのです。羊とは違いますが、今は同じように見えました」

「僕たちを羊と一緒にしないでもらいたいね」


 キサラギが制服を直しながら言う。


「お前も言われたとおり下がっていただろう」

「後ろの者へ手本を見せただけだよ」


 レイナの指摘にムキになっているけど、絶対に違う。

 俺は携帯無線機の送信ボタンを押した。


「こちら南訓練棟。東階段の扉が開きません。聞こえますか?」


 管理官につながっているとの話だったけど、実際には機械からは雑音だけが返ってくる。


「あ、あれ?」

「壊れてるじゃん?」

「そうなのかな? もしかしたら、電波が届きにくいのかも」

「分解するなよ」

「しないって。少し戻って試す」


 他の班をかき分けて階段の途中まで戻って、もう一度呼びかける。

 今度は雑音の向こうから、途切れた声が返ってきた。


『こちら……中央中庭。状況を……報告しろ』

「東階段の扉が開きません。複数の班が止まっています。怪我人はいません」

『東階段は……今朝、開放を確認している。訓練で封鎖する予定もない』


 クゼ先輩の顔から、表情が消えた。


「予定外の異常ですか?」

『その可能性がある。無理に開けるな。来た道を戻れ』


 でも、今狭い階段から戻ろうとすれば、また列が詰まる。

 クゼ先輩が地図を広げ、別の経路を探す。


「困りましたね。ここからどう移動すれば……」

「それでしたら、使用人用の通路があるのです」


 アリサが、廊下の隅にある小さな扉を指した。


「この先から、中央棟の裏手へ出られるのです」

「え? そんな道、地図には載ってないよ」

「一般の生徒が使う通路ではないのです。正面廊下より狭いですが、一人ずつなら通れます」


 アリサはクゼ先輩へ向き直った。


「わたしが先頭に立ちます。こちらを使わせていただけませんか?」


 今度も、レイナにも沙耶香にも聞かない。道を知っている自分が、どうすればいいかを考えていたんだ。

 クゼ先輩は携帯無線機を受け取る。


「クドウ管理官。使用人通路を使っても構いませんか?」

『了解した。安全を確認しながら、一班ずつ移動しろ』

「分かりました。アリサさん、お願いします」

「はい!」


 アリサが案内してくれた小さな扉の先は、確かに一人ずつしか進めないほど狭い。

 アリサが懐中電灯を持ち、先頭を歩く。


「二段下がります!」

「次の角を左です!」

「頭上に配管がございますので、お気をつけください!」


 後ろまで届くよう、曲がり角ごとに声を送る。

 途中、ミカが頭をぶつけた以外は問題なく、俺たちは中央棟の裏手へ出ることができた。


「痛いじゃん……まさか上を向いたら、足元の段差に引っかかったんだって」

「両方を見る必要があったのです……!」

「目は別々に動かないからね」


 予定より八分遅れたけど、それでも被害はミカの頭にできた小さなたんこぶだけだった。


     ◇


 訓練は一度中断された。

 クドウ管理官とセレナ先生が、開かなかった扉を中央棟側から確認する。俺たちも、最初に異常を発見した班として同行した。

 原因は、すぐに分かった。

 二つの取っ手が、太い鎖で結ばれていたんだ。しかも中央には金属製の錠までかけられている。


「これでは、反対側から開くはずがありません」


 沙耶香が言う。


「しかし今朝確認した際には、鎖などありませんでした」


 クゼ先輩の声が硬くなる。

 クドウ管理官は手袋をはめ、鎖を調べる。


「魔力反応はない。鎖も錠も同じだな」

「昨日の脅迫状と関係があるんでしょうか」

「いや……まだ決めつけるな。見ろ」


 クドウ管理官が指さした先、鎖の結び目には、小さく折られた紙が挟まっている。

 その紙には、太い黒字で一文だけ書かれていた。


『人間に頼れば、道を失う』


 誰も口を開かない。もう、警告は紙の上だけの話じゃなくなったんだ。


「……おいおい、随分と僕を見ている者がいるね」


 キサラギが冷たい声で言った。

 周囲の生徒が、気まずそうに視線を逸らす。


「僕が実習へ反対しているから、これも僕の仕業だと言いたいのかい?」

「誰も、まだそうは言ってないでしょ」


 沙耶香が答えた。


「どうだか。昨日も言ったが、僕なら意見は正面から述べる。こんな安物の鎖で生徒を閉じ込める趣味もない」

「鎖の値段は関係ねえだろ」

「品性は使う道具にも表れるんだよ」


 腹は立つが、キサラギの反対意見は学院中に知られている。そんな中で、わざわざ自分に疑いが向く言葉を残すだろうか。

 そう思わせるために、あえて残した可能性もあるけど。


「クゼ」


 クドウ管理官が呼んだ。


「人間社会実習の準備から外れる意思はあるか?」


 クゼ先輩は、鎖に挟まれていた紙を見る。


「ありません」

「怖くないのか?」

「怖いです。だから、一人では動きません」


 昨日、アリサに話したことと同じだった。


「管理部へ相談し、必要なら護衛も受けます。それでも、脅されたことだけを理由に準備をやめるつもりはありません」

「分かった。今日から、実習準備中は必ず誰かと行動しろ」

「はい」


 クドウ管理官は証拠の紙を袋に収めた。


「脅迫だけなら悪質な意見で済んだが、今回は実際に避難中の生徒を危険へさらしている」


 誰も大きな怪我をしていないし、魔法も使われていない。壊された物も、ほとんどない。

 それでも、昨日までとは違う。


「学院内に、実習を止めるためなら、他人が傷ついても構わない者がいる」


 開かなかった扉からは、鎖が外されている。

 向こう側には、もう何もないのに、俺にはその暗い廊下の奥から、まだ誰かに見られているような気がした。

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