↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法学校に普通の人間が入学してきた ~紋無しと人間オタクの魔法使い~  作者: カラス
第二章 ダメダメメイドは命令を聞かない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
50/67

人間世界で見たいもの

 人間社会実習の準備再開が決まった翌日の放課後、学院の講堂には、予想以上の生徒が集まっていた。

 一階の座席はほとんど埋まり、二階席にも人影がある。実習へ行きたい生徒だけではない。学院が人間社会へ近づくこと自体に反対する生徒も、大勢参加している。

 そんな中、俺たちは一階前方へ並んで座っていた。

 アリサも、学院の来訪者証を首から下げ、レイナの隣にいる。


「アリサちゃんも参加するの?」


 沙耶香が聞いた。


「はい。お嬢様のお側を離れないようにしております!」

「今日は、それだけ?」

「……人間世界のお話も、少し聞いてみたいです」

「だったら、そっちを先に言えばいいのに」

「よろしいのでしょうか」

「聞くのに許可はいらないよ」


 アリサは一度レイナへ顔を向けかけるけれど、途中で止めて、そのまま正面へ向き直った。


「では、聞きたいのです!」


 アリサが背筋を伸ばした。

 壇上には、生徒会の腕章を着けた上級生が立っている。

 視察の日に学院内を案内していた人だ。名前は知らないけど、厳格そうな女子生徒だ。


「五年のクゼです。今回の人間社会実習では、生徒側の準備責任者を務めます」


 おお、あの人場慣れしているなあ。これだけ大勢が見守っているのに、その言葉には一切の揺らぎがない。


「先日の視察を受け、実習の準備再開が仮に認められました。ただし、実施が正式に決定したわけではありません。安全対策、秘密保持、移動手段など、解決していない問題が残っています」

「決まってないのに、どうして意見を集めるんですか?」


 後ろの方から質問が飛んできた。それに対してもクゼ先輩は、淀みなく答えていく。


「何を学ぶか決めなければ、必要な準備も決められないからです。現在留守中の生徒会長に代わり、私がこの場にて決定権を預かっています」


 クゼ先輩が杖を黒板に向けた。

 いつもセレナ先生がやっているのと同じように、黒板に白い文字が書き込まれていく。

『電力』『通信』『交通』『医療』『災害対策』

 あの人、本当は先生が変身魔法か何かで化けているんじゃないか。

 そう思えるほど、彼女は迷いなくこちらへ向き直った。


「学院の魔力供給が止まった際、代替手段になり得るものを優先します。このほかにも、見学したい施設があれば、理由と一緒に提案してください」

「機械を作っているところ!」


 俺は真っ先に手を挙げた。


「工場ですね。理由は?」

「人間の機械が作られるところを見たいからです!」

「同じことを言い直しただけじゃねえか」


 ルカ、うるさい。


「壊れたとき、俺たちでも直せるようにするためです」

「お前が触ったら、壊れていない部分まで壊しそうだけどな」

「ラジオは直っただろ」

「半分以上、ナギさんとアリサのおかげでしょ」


 沙耶香まで加わった。


「羊毛を入れる場所は俺も確認した」

「ナギさんに教えられた場所をね」

「……工場を希望します」


 これ以上は不利なので、話を戻した。

「製造設備として、候補へ入れておきます」


 クゼ先輩が黒板へ書き加える。


「家電量販店も――」

「見学先には入れません」

「まだ何も言ってないです!」

「視察の日から聞いています」


 俺のことを覚えていてくれたらしい。

 きっと、いい意味で。


「多分、違うと思う」

「沙耶香のその多分は信用できる?」

「うん、できる」


 それからも、講堂のあちこちで手が挙がった。


「人間の病院を見てみたい!」

「電車は、魔力がなくても動くんですか?」

「緊急時の通信設備は?」

「人間の町で魔法を使わずに身を守る方法も必要だと思います」


 当然、反対意見も沢山あった。


「学院の制服で集団移動したら、人間に正体がばれるんじゃないか?」

「人間の設備を入れたら、今度は電気が止まったとき困るだろ」

「侵入者が人間の機械を使っていたのに、さらに持ち込んで大丈夫なのか?」


 賛成と反対の声が入り交じり、講堂が騒がしくなる。どれだけ騒がしくなっても、クゼ先輩は決してどちらか一方を止めようとはしなかった。


「すべて記録します。今日ここで、実習の是非を決めるわけではありません」

「随分と悠長な話だね」


 反対側の最前列から、キサラギが立ち上がった。いつの間に移動したんだ、あいつ。


「学院へ人間の設備を入れれば、それを維持するために人間の知識が必要になる。やがて学院は、紋無しでは何もできなくなるだろう」

「設備を導入するとは決まっていません」


 いきなりこの場を凍り付かせた相手なのに、クゼ先輩は全く動じない。あの人、メンタルすごく強いな。


「今回の実習は、あくまで仕組みを知ることが目的です」

「ふん。知ったところで、魔法使いに同じ物が作れるのかい?」

「分かりません。作れない可能性もあります」

「なら、学ぶ意味はないだろう」

「作れないことと、対処できないことは同じではありません」


 クゼ先輩はキサラギから目を逸らさない。


「侵入者が使った人間の部品を、私たちはすぐに判別できませんでした。知らない物を使われたとき、何も分からないままにしない。そのための実習でもあります」

「結局、人間を信用するという話ではないか」

「人間ではなく、知識の話をしています」

「その二つを切り離せると思っているのかい?」

「少なくとも、知らないまま怖がるよりはよいと思います」


 おお、キサラギの嫌味を、正面から普通に返している。

 沙耶香も同じことを思ったらしく、小声で呟いた。


「先輩、強いね」

「キサラギが相手でも全然怒らないな」

「君たち、聞こえているぞ!」

「静かにしろ」


 レイナに言われ、キサラギが黙った。あいつ、レイナの言うことは聞くんだな。


「それで、ほかに意見のある方は?」


 クゼ先輩が講堂を見回す。

「はーい!」

 うわ、珍しいな。ミカが人間の話でいきなり積極的に手を上げるなんて。

 お前もとうとう人間の魅力について分か――


「先輩は、人間世界で見たいものとかないんですか?」

「私ですか?」


 まさか、自分の意見を求められるなんて思っていなかったんだろうな。クゼ先輩は一拍考え、黒板に書かれた『交通』の文字へ目を向けた。


「私は電車に乗ってみたいですね」

「意外と普通じゃん」

「カナメさんからはそう見えるかもしれませんね。でも、家名も身分も尋ねず、同じ切符を買えば何度でも同じ場所まで運んでくれる。……どんな感覚なのか、少し興味はありますね」


 彼女の言葉に、何人かの反対派から騒がしさが消えた。もしかしたら、話がいい方向へ向いたのかもしれない。


「あ、あの……」


 俺の隣でアリサが小さく手を上げた。

 けど、肩より上まで持ち上げたところで、不安そうに止まる。


「どうしたの?」


 沙耶香が尋ねた。


「わたしは学院の生徒ではございませんので……」

「言いたいことがあるなら、聞いてもらえばいいでしょ」

「ですが」

「駄目だったら、先輩が駄目って言うよ」


 アリサの顔が、レイナへ向きかけた。

 いつもなら、ここで答えを求めていたけど、途中で止める。

 アリサは自分で正面へ向き直り、下がりかけていた手を真っ直ぐ上へ伸ばした。


「では、そちらの方」


 クゼ先輩に指されて、アリサが立ち上がった。


「わたしは学院の生徒ではないのですが、発言してもよろしいでしょうか」

「付き人の方ですね。参考意見としてなら、どうぞ」

「ありがとうございます!」


 アリサの大きな声が、講堂全体に響いた。

 何百人もの視線が集まり、アリサの体が一瞬強張る。肩もわずかに震えたけど、座ろうとはしなかった。


「あの……人間世界にも、羊がいると伺いました」

「羊?」


 クゼ先輩が聞き返した。


「はい。魔力を持たず、空へ浮くことも、雷を出すこともないそうです」


 講堂のあちこちから、戸惑った声が上がる。

 確かに、羊と言えば、浮かぶか魔力が暴発するイメージが強いから、それらが無い羊はうまく想像できない。


「その羊を、人間の方々がどのように育てているのか、見てみたいです」

「今回の実習は、学院の安全設備を学ぶことが中心ですが……」

「羊も、生き物です」


 アリサは自分の言葉を探しながら続けた。


「魔法を使わずに、多くの羊を守り、迷子にせず育てているのでしたら、それも人間の知恵だと思うのです」


 クゼ先輩が一拍考える。


「そうですか……確かに、生物管理の方法としては参考になるかもしれません」


 黒板の一番下へ、新しい言葉が書き加えられた。


『牧場』

「見学先にできるかは分かりませんが、意見として記録します」

「ありがとうございます!」


 アリサが嬉しそうに頭を下げた。

 椅子へ座ると、すぐに赤い表紙の手帳を取り出す。

 沙耶香からもらった、失敗ではなく、できたことを書くための手帳だ。


『人間世界で見たいものを、自分で決めた』


 アリサはその一行を指先でなぞった。


「別に、何でも書かなくていいんだよ」


 沙耶香が照れたように言った。


「書きたいので、書いたのです」

「……なら、いいけど」


 アリサは満足そうに赤い手帳を閉じた。

 実際に牧場へ行けるかは、まだ分からない。


     ◇


 説明会が終わると、講堂の出口に置かれた意見箱へ、用紙が次々に飛び込んでいく。

 賛成か反対か。見学先の希望や、不安に思っていること。用紙には名前を書いても、書かなくてもよいことになっている。


「これだけあったら、読むだけでも大変じゃん」


 ミカが記入した紙が飛行機の形に折られて、自動で意見箱へ滑り込んでいく。


「集計を手伝えるかな? 先輩に聞いてみようかな」

「いいえ、それには及びませんよ」

「うわっ!」


 沙耶香が跳び上がった。

 いつの間にか、後ろには噂のクゼ先輩がにっこりと立っていた。


「く、クゼ先輩!? は、初めまして。私……」

「柊沙耶香さんですね。一度お話したいと思っておりました。トウカ・クゼと申します」

「あ、ご丁寧にどうも……」


 二人が同時に頭を下げると、所作の違いが明確になる。

 先輩、なんていうか高貴だ。


「レイナみたいな名家なんだっけ?」

「お前そういうこと面と向かって聞くなよな」


 ルカに小突かれるけど、ちょい気になったんだ。仕方ないだろ。

 すると、クゼ先輩はくすりとほほ笑んだ。


「家の話になるといささか恥ずかしいのですが……いわゆる没落貴族ですね。ツワブキ家とは比較になりません」

「アンタ本当に……!」


 痛い。いだだだだ。沙耶香、頬を抓らないでくれ。

 ミカが「大変そうだし手伝うじゃん」と言い出したけど、クゼ先輩は首を振る。


「まずは生徒会で内容を分けるから大丈夫です」

「俺、家電量販店って書かれた紙だけ探せますよ」

「それを抜き取るつもりだろ」


 ルカに襟を掴まれた。


「な、なんだよ。確認するだけだって」

「お前の用紙一枚しかないと思うぞ」

「まだ分からないだろ。人間の冷蔵庫に興味がある魔法使いは、俺だけじゃないかもしれない」

「多分、あんただけだよ」

「いやいや、多分って言葉は信用できないから大丈夫だ」

「アンタじゃないんだから」


 そんなことを話しているうちに、クゼ先輩が杖を意見箱に向けた。

 すると、箱が開いて、何十枚もの紙が俺たちを見返してきた。


「お? どれどれ……」

「アンタは見ない! そもそもこれは、クゼ先輩しか見ちゃダメなやつでしょうが!」

「だって、見えてしまって……ぐあああっ!」


 や、ヤバい。沙耶香に首を絞め上げられる……!

 このままだと、舞台化粧や衣装って書かれた希望が、俺の最期の光景になってしまう!

 クゼ先輩も、固まっていないで助けて!

 だけど、クゼ先輩の様子がおかしいことに沙耶香も気づいたらしく、俺の首から腕を離した。

 何十枚もの意見用紙の中に、一つだけ見慣れないものが混じっていた。

 学院指定の用紙ではない茶色い封筒が、紙の束から滑り落ちる。


「何でしょうか」


 アリサが拾い上げる。

 茶色い封筒には、宛名も差出人も書かれていない。


「何だろ……? アリサ、まずはクゼ先輩へ渡して」

「なのです!」


 沙耶香に言われ、アリサは両手で封筒を差し出した。


「こちらが、箱の中に入っておりました」

「ありがとう」


 クゼ先輩が封を開く。

 中に入っていたのは、半分に折られた一枚の紙だった。

 目を通した途端、先輩の表情が変わった。


「何が書いてあるんですか?」


 俺が覗き込むと、紙の中央には、黒い文字で短い文章が記されていた。


『人間社会実習から手を引け』


 そして、その下にもう一行。


『次は警告では済まない』

「うわ、脅迫じゃん」


 ミカの一言が、状況をはっきりと物語っていた。


「一体誰が入れたんだ?」


 説明会に参加していた生徒の多くは、すでに廊下へ出ているし、そもそも意見箱には誰でも入れられる上、匿名も認められていたのだから、今からこの封筒を入れた人物だけを見つけるのは難しいだろう。

 俺たちの視線が、一度だけキサラギへ向いた。

 講堂の隅からこちらを窺っていたキサラギは、帰ろうともせず、その場に残ってこちらを見ていた。

 うん、より一層怪しい。


「何だ、その目は」

「あんた、実習に反対してたじゃん? 言いそうだなって」

「ばかばかしい。僕なら、言いたいことは正面から言う。名前を隠して脅す必要などない」


 キサラギは、クゼ先輩が持つ紙を睨んだ。


「それに、反対意見と脅迫を一緒にしないでもらいたいね。僕は実習の必要性を疑っているだけだ。暴力で止めろとは言っていない」


 嫌味ではなく、本気で不快そうだった。

 確かに、こいつなら名前を書いたうえで、もっと長く嫌な文章を送りつけてきそうだ。


「とにかく、これは管理保安部へ届けます」


 クゼ先輩は脅迫状を封筒へ戻した。


「説明会は、中止するのですか?」


 アリサが聞く。


「いいえ」


 クゼ先輩は、迷わず答えた。


「反対意見なら聞きましょう。ですが、脅せば自分の意見が通ると思わせるわけにはいきませんから」

「怖くないんですか?」

「ええ、怖いですよ」


 先輩は、あっさり認めた。


「だから、管理保安部へ相談です。怖くないふりをして、一人で何とかしようというのは傲慢ですから」


 人間社会へ向かう計画は、ようやく少しだけ動き始めた。

 同時に、それを止めようとする誰かも、この学院の中で動き始めていたんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。