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魔法学校に普通の人間が入学してきた ~紋無しと人間オタクの魔法使い~  作者: カラス
第二章 ダメダメメイドは命令を聞かない

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視察

「いつも通りにしろ」


 視察当日の朝、セレナ先生が、教室の前で全員にそう告げた。


「視察者が来ても騒ぐな。質問されない限り、余計なことを話す必要もない。普段の授業を見せればいい」

「分かりました」

「ただし、アズマ」

「はい」

「お前だけは、いつも通りにするな」


 ん? 何で俺だけ?


「お前の場合、いつも通りだと何を始めるか分からんからな」

「大丈夫ですよ。多分」

「「その多分、信用できない」」


 沙耶香とセレナ先生の声が重なった。


「え? それ、先生まで言うんですか?」

「便利な言葉だからな。せっかくだし、使わせてもらおう」


 今日の学院は、普段より少しだけ嘘をついていた。

 廊下はいつもより磨かれていて、掲示物の曲がりは直されている。壊れかけていた教室の扉も、昨日のうちに交換されていた。


「あそこ、間に合わなくて隠してるじゃん」


 とミカが遠慮のない言葉を口にした。

 彼女の視線の先には、先日の襲撃で穴の開いた壁がある。今そこには、大きな布が掛けられていて、その上には学院の歴史を描いた絵が飾られていた。


「ああ。まだ調査が終わっていないから埋めるわけにはいかなくてな。修理中の場所へ視察者を案内して、瓦礫に躓かれても面倒だろ」


 セレナ先生が答える。


「普通に修理中って言えばいいんじゃねえの?」

「聞かれたらな。聞かれなければ、説明を増やす必要はない」

「それ、隠してるって言わない?」


 沙耶香の問いに、先生は答えなかった。

 教室の後ろには、視察者用の椅子が並べられている。

 正式な案内役は、教師と生徒会の上級生で、俺たちは普段どおり授業を受けるだけだ。


「皆様、おはようございます!」


 扉が開き、アリサが入ってきた。

 髪は綺麗な三つ編み。メイド服には皺一つなく、胸には先日もらった名札が下げられていた。

 銀色の盆を両手で持ち、その上には水の入ったグラスが並んでいた。


「おはよう、アリサ」

「おはようございます、お姉ちゃん!」

「声」

「おはようございます、お姉ちゃん」

「私にまで接遇用の声にしなくていいよ」


 アリサは、教室の後方へグラスを並べていく。

 一つもこぼさず、テーブルへ置く音も、ほとんど聞こえなかった。


「ちゃんとできてるじゃん!」


 ミカが小声で褒めた。

 アリサは嬉しそうに振り返りかけ、途中で止まった。昨日、急に振り向くなと教わったのを覚えているらしい。ゆっくり体ごと向きを変えた。


「ありがとうございます」

「ちょっと怖いくらい上達してるな」


 おお、思ったことをルカが代弁してくれた。


「昨日、寝るまで練習いたしました!」

「……寝たんだよな?」

「二時間ほど!」

「それ、寝たって言わねえぞ」

「今日失敗しなければ、今夜はたくさん眠れます!」


 失敗するまで眠らないつもりだったのか。この子、地味に寝不足問題も大きくないか。


「いくら表面を整えても、中身まで一日で変わるものではないよ」


 キサラギがまた余計なことを口にしている。


「父上の前で、今と同じ余裕が保てればいいがね」

「保ってみせます!」

「フン。返事だけは立派だ」

「朝から嫌味を言わないと気が済まないの?」


 沙耶香が聞く。


「心配してあげているんだよ。父上は、君たちのように失敗を笑って済ませる方ではない」

「お前が余計なことを言わなければ、アリサは落ち着いていられる」


 レイナが吐き捨てた。


「おおっと。使用人の精神管理まで周囲に頼るつもりかい?」

「黙れ」

「怖い顔をするなよ。僕は、父上の前でツワブキが恥をかかないよう忠告しているだけだ」

「頼んでいない」

「なら好きにしたまえ」


 キサラギは前髪を撫でた。いつもより指の動きが速いのを、俺は見逃していない。やっぱり、あいつも緊張しているんだな。

 やがて、学院中へ鐘の音が響いた。

 正門が開いた合図だ。


「来たぞ」


 セレナ先生の一言で、教室から声が消えた。


     ◇


 最初に入ってきたのは、生徒会の上級生だった。

 続いてクドウ管理官、学院の教師が二人。

 その後ろには、教育審査会の視察者が五人並んでいる。

 中央を歩いているのが、ミツルギ・キサラギだ。

 淡い金色の髪に、黒い外套。片手には黒い杖を持っている。その内部には、さらに細身の杖が仕込まれているらしい。

 顔は息子にそっくりなのに、父親の方からは、揺るがない品格が感じられた。


「父上」


 父親が教室へ入ると、キサラギはほとんど反射的に立ち上がった。

 それに対して、ミツルギさんは穏やかに手で制した。


「授業中だ、ハクア」

「し、しかし……」

「今の私は、父親ではなく視察者だ。特別な挨拶は必要ないよ」

「……はい」


 おお、いつもなら誰よりも大きく見える金髪が、今日は少し小さい。普段ももう少しああなってくれればいいのにな。


「では、授業を続けるぞ」


 セレナ先生の言葉とともに、俺たちの間に漂っていた休憩ムードが一気に消える。


「さて、基礎魔法理論――と言いたいところだが、視察の目的に合わせる。先日の魔力停止についてだ」


 黒板へ、学院の見取り図が書き込まれていく。

 中央魔力塔から、照明、通信、結界、扉へ線が伸びていって、あれが学院の魔力の伝搬図なんだろう。


「学院の設備は、中央魔力塔から供給される魔力へ依存している。先日の襲撃では、術式への干渉によって、その大半が機能を停止した」

「学院側の不備を、授業で説明するのか?」


 ミツルギさんが聞いた。


「先日の一件は、我々も事実として真摯に向き合わねばなりません。それはひいては、生徒たちへの教育にもなります。失敗を隠す方が、後に大きな損害となる可能性もあります」

「なるほど。正直なのはよいことだ」


 これは、称賛なのかな。

 セレナ先生は眉一つ動かさない。ミツルギさんが質問を続ける。


「では君ら教員は、その対策として人間社会の設備を学ぶ実習を計画したと?」

「あくまで一環として。魔法以外の方法を、すぐに学院へ導入するわけではありません。まず知ることを目的としています」

「なるほど。だが知識を得るために、生徒を人間社会へ出す必要があるのかな」


 ミツルギさんの視線が、沙耶香に向いた。

 穏やかには見えるけど、どこかこちらを探るような目でもあった。


「学院には、すでに人間社会を知る生徒がいる」

「……私一人が知っていても、意味がないと思います」


 沙耶香は一拍置いてから、ミツルギさんへ向き直った。


「電気や機械の使い方を、私だけが説明しても、実際に見たことがなければ分からないことがあります。それに、私も全部知っているわけじゃありません」

「君は人間なのに?」

「……人間だって、全員が機械の専門家ではありません」


 あれ。なんで一瞬俺を見たの? 俺、今何も言ってないよ?


「私だって、機械のことなんて詳しくは知りません」

「なるほど。それでも君は、この学院に人間社会の設備が必要だと考えている?」

「全部を置き換えろとは思ってません。でも、魔法が止まっただけで何もできなくなるのは危険です」

「ならば魔法を止められないよう、強化する方が先では?」

「両方やればいいと思います」


 沙耶香は、ミツルギさんから目を逸らさなかった。


「一つの方法だけに頼らない方が、安全です」

「ふん。紋無しらしい意見だね」


 なんだ、キサラギが途端に元気になった。

 わざわざ沙耶香へ体を向けて、いつもの嫌な笑みを浮かべている。


「魔法を持たないから、人間の道具へ頼る。学院全体を、果たして君に合わせる必要があるのかい?」

「別に私に合わせろなんて言ってない」

「結果は同じだろう。人間の設備を入れれば、維持するために人間の知識が必要になる。学院が紋無しへ依存することになるんだ」

「知らないまま、また敵に使われるよりましだ」


 レイナが割り込んできた。


「侵入者は、人間の部品と魔法を組み合わせていた。私たちは構造を知らなかったから、止めるまでに時間がかかった」

「だから、人間の猿真似をするのか?」

「学ぶことと、真似ることは違う」

「困ったものだ。名門ツワブキまで、紋無しの便利さに目が眩んだらしい」

「ハクア」


 ミツルギさんが息子の名前を呼んだ。


「何でしょうか、父上」

「視察中だと言ったはずだ。君の意見を聞く時間ではない」

「……申し訳ございません」


 お、黙った。

 すごいな。たった一声で、あのキサラギを黙らせた。さすがはお父様だ。


「それでは、他に人間の機械が役立った例は?」


 ミツルギさんの隣に並んでいる視察者が尋ねる。

 これは、チャンスではないか?

 俺が勢いよく手を上げると、セレナ先生と沙耶香が、同時に怪訝そうに俺を見た。


「……いや、質問されたからさ」

「まだ指されてないでしょ」

「アズマ」


 セレナ先生が、諦めたように俺を指す。


「答えろ。短く、簡潔にな」

「はい」


 俺は机の中から、修理した携帯ラジオを取り出した。


「ってアンタ、それ持ってきたの!?」


 沙耶香が声を潜めて詰め寄る。


「使うかもしれないと思って」

「何もするなって言われてたでしょ!」

「質問された時のためだよ」


 ラジオを掲げる。


「えー、学院の魔法が止まったときも、人間の機械は動いていました。これは電池で動くラジオです」

「それが、学院の安全とどう関係するのかね?」

「魔法の通信が止まっても、別の方法で連絡できるかもしれません」

「ほう。人間の放送が、学院内まで届くのかね」


 ミツルギさんが真剣な眼差しで聞いてきた。

 一瞬たじろんだけど、俺はすぐに答えた。


「ほとんど届きません」

「それでは意味がないではないか」

「だから、どうすれば届くか調べるんです」


 お? 教室が静かになった。これ、少しは効果があったか。


「使えるか分からないから捨てるんじゃなくて、使えるようにできるか確かめる。そのために、人間の町で本物を見る必要があります」


 ミツルギさんが、俺とラジオを見比べる。


「君は、魔法より人間の機械が優れていると思っているのかい?」

「違います」


 前なら、そう思っていたかもしれないけど。

 あの人との再会が、俺にこう思わせてくれたんだ。


「どっちも使えた方が面白いです」

「……面白い?」

「はい」

「安全ではなく?」

「安全にもなると思います。多分」


 沙耶香が額を押さえた。


「最後で台無し……」

「その多分は、信用できないかな」


 ミツルギさんが聞く。


「これから調べるので」


 俺が答えると、ミツルギさんが初めて口元を緩めた。


「正直な生徒だ」


 褒めているのかどうかは、分からなかった。


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