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魔法学校に普通の人間が入学してきた ~紋無しと人間オタクの魔法使い~  作者: カラス
第二章 ダメダメメイドは命令を聞かない

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アリサの休日

 アリサちゃんが私を「お姉ちゃん」と呼ぶようになってから、放っておけないことが増えた。


「何してるの?」


 休日の女子寮、欠伸と一緒に部屋から出た私は、レイナの部屋の前で直立しているアリサを見つけた。

 メイド服には皺一つなく、髪も綺麗な三つ編みになっている。ただし、その足元には小さな手帳が開かれていて、持ち主が拾う気配はない。

 何だろう、と思って屈んでみる。小さな手帳には、みっちりと可愛い字が書きこまれていた。


『午前六時――起床』

『午前六時五分――お嬢様のお目覚めを待つ』

『午前六時十分――本日は休日なので起こす必要がないと気づく』

『午前六時十一分――反省』

『午前六時十二分――休日に何をするか考える』


 そこで記録が止まっている。

 廊下の時計は、六時五十九分を示していた。


「えっ……もしかして、四十七分も考えてたの?」


 聞いてみるけど、アリサちゃんは動かない。


「アリサちゃん? ……アリサちゃん!?」


 こっくりこっくりと頭を揺らしている。これ、寝かけているんじゃない?

 背中をトンと叩くと、ようやく「なのですっ!」と我に返った。


「お、お姉ちゃん、おはようございます!」

「うん、おはよう。えっと、昨夜はちゃんと寝たんだよね? 六時まで」

「はい! しっかりお休みしましたのです!」


 その割には、さっきまでうとうとしていたような。それに、初日よりはマシとはいえ、まだ目の下にクマも残っている。


「そうなんだ。……アリサちゃん、今日はどうするの? 学校もお休みだけど、なんでレイナの部屋の前に?」

「はい! お嬢様より、本日は仕事をせず、好きに過ごすよう命じられました!」


 うわあ、元気。


「でも、何をすればいいのかが分かりません!」


 これまた元気。その元気を、決断の方にも持っていってほしいなあ。


「好きなことが決まるまで、動くわけにはまいりませんので!」

「動いていいって言われてるんだよ?」

「ですが、行き先がないのです!」


 行き先がない、かあ。

 今日は学院へ来てから、この子にとって初めての休日だ。

 授業の見学も、魔法の訓練もない。レイナの身の回りを世話することまで禁止されているから、何をすればいいか分からなくなったみたい。


「それじゃあ、家にいたとき、休みの日は何してたの?」

「羊の世話なのです!」

「羊の世話って……それは仕事でしょ? 羊から離れて」

「羊から……」


 そんな難しいこと言ったつもりはないんだけど。アリサちゃんはしばらくポカンとしてから、「むむむ……」と考え込んでいる。


「雨の日には、母と小物を作ることがございました。余った羊毛を洗って、色をつけて、針で固めるのです」

「手芸細工みたいなものかな……? それは仕事とかでやってるの?」

「いいえ。……母と好きな形を作っていたのです」


 お、いい反応。本人は気付いていないと思うけど、穏やかな笑みを浮かべている。


「それって、楽しかった?」

「……楽しかったです」


 小さな返事。よし、それなら。


「今日はそれにしよう」

「お姉ちゃんが作りたいのですか?」

「アリサちゃんが作りたいか聞いてるの……あ、レイナに聞くのは無しね」


 助けを求めるようにレイナの部屋を見上げたけど、私は先回り。

 アリサちゃんはまだ戸惑っていたけど、やがて手帳を拾い上げて、新しい予定を書き加えた。


『午前六時五十九分――羊毛で何かを作る』

「……はい。作りたいのです」


 今の返事は、誰かから命じられたものじゃない。

 自分の意思で、やりたいことを決めたんだ。


     ◇


「何で全員いるの?」


 一時間後、羊毛が山積みになった談話室の長机を、マナト、ルカ、ミカ、それにレイナまで囲んでいた。


「面白そうだったからじゃん!」


 ミカが白い羊毛へ顔を埋める。

「わーっ! ふわふわじゃん!」

「顔を埋めないでください! 形が崩れてしまうのです!」

「後で丸め直せばいいじゃん」

「繊維の向きが乱れてしまうのです!」


 やっぱり羊から離れられないらしい。

 机には白や灰色の羊毛のほか、赤や青、黄色に染められた小さな束も並んでいて、準備万端といったところだ。


「この準備の良さ、まさにメイドって感じだな。そういえば、人間のメイドもいるのか?」


 マナトのいつもの癖が発動した。

 最初の方に決めていた一日一個の制限も、最近は形骸化している。私は特に突っぱねることなく考えて。


「……美味しくなーれ、もえもえきゅーん?」

「何それ!? それも人間の呪文!?」

「近い近い近いっての!」


 こいつ、やっぱり制限復活させてやろうか。

 そう思っていたところで、もうミカとルカが作業を始めていた。


「えっと、アリサちゃん。これ、どうやってやるん?」

「なんかのパーツに使えそうだよな、これ」


 あの二人はフリーダムだ。各々、羊毛とは全く関係なさそうなものを作り出そうとしていて、レイナは離れたところで、ずっと本を読んでいた。


「でも、意外。レイナもいるなんて……」

「念のためだ。アリサの目付け役だな」

「主人がメイドのお目付け役って……逆じゃない?」

「ご一緒したくないのでしょうか……」


 アリサの肩が落ちる。


「お嬢様にも、作っていただきたいのです……」

「あいにく私は手先が不器用でな。下手なものを人前に晒す趣味はない」

「そんな、下手だなんて……」


 アリサちゃんの表情がさらに曇ってしまう。


「……わたしは、お嬢様とご一緒に作りたいです」


 さっきまでなら、レイナに大声で何を作るべきか尋ねていたはずだ。

 でも、今の小さな言葉は、それまで彼女が決して口にしなかった、自分自身の意思だったはずだ。

 レイナもそれに気づいたのか、本を閉じた。


「……一つだけだ」

「はい!」


 アリサちゃんがぱっと顔を上げた。


「それでは、作り方をご説明いたします。まず羊毛を丸めて、形が崩れないよう専用の針で少しずつ刺していきます」

「ほらー。そこでダークマター作り出そうとしている男子共も話聞け―」


 本当に、ミカとルカの二人は何を作り出そうとしているんだろう。ようやく手が止まったときには、手元には毛玉だかなんだか分からない失敗作が散乱していた。この数分でよくもまあ……


「ダークマターって何!?」


 こっちはこっちでうるさい! ああ、ダークマターって魔法社会じゃ通じないの!?

 私がマナトを締め落として座らせたところで、アリサちゃんが実際に手本を見せた。

 赤い羊毛の束から少量を取り、指先で丸める。あれだけ嵩のあった羊毛が、指先ほどの大きさまで縮んだ。さらに、細い針を一定の速さで刺していくと、柔らかかった羊毛が次第に固くなっていく。


「指を刺さないよう、お気をつけください」

「ほーん。……痛っ!」

「言った直後に刺さないでよ、マナト」

「今のは羊毛の方が動いた」

「動くわけねえだろ」


 ルカの言うとおりだ。ルカはさすがに器用で、今アリサちゃんが見せた見本と、ほとんど同じ形に仕上げている。


「アリサちゃんは何を作るの?」

「わたしは、皆様のお手伝いをするのです」

「それだと仕事になるでしょ」

「ですが、初めての方には先生役が必要です」

「教えながらでも作れるよ。アリサちゃんは何が欲しい?」

「それでは、お嬢様がお使いになる椅子敷きを――」

「それはレイナのための物」

「では、お姉ちゃんがお使いになる――」

「私のためでもなくて、自分のために、何か一つ選んで作るの」


 色とりどりの羊毛を、アリサちゃんの前へ集める。


「わたしのため……」


 アリサちゃんは、白、青、黄色と順番に見ていった。迷ったあと、手本に使っていた赤い羊毛へ目を戻す。


「苺を作りたいのです」

「どうして苺?」

「好きなのです!」

「じゃあ、決まりね」


 赤い羊毛を渡すと、アリサちゃんは嬉しそうに作業を再開した。

 しばらくして、机の上には各自の作品らしきものが並び始めた。

 ルカが作っているのは、針や小さな工具を入れるための細長いケース。マナトは携帯ラジオへ灰色の羊毛を巻きつけている。


「何してるの?」

「ラジオ型の人形だ」

「人形って……中に本物が入ってるよね?」

「再現度を高めるために」

「単に羊毛を使いたかっただけだろ」


 ルカに図星を突かれ、マナトが黙った。

 ミカが作っているのは、大きな白い雲だった。


「やっぱり雲は、浮いてこそ完成じゃん」

「待って。なんか、指先に魔紋が浮かんでない?」

「《軟風》!」


 止めるより先に、ミカの風が雲を持ち上げた。まさに雲のように浮かぶけど、同時にまだ固めていない羊毛まで一斉に舞い上がってしまった。


「うわっ!」

「前が見えねえ!」

「魔法の使用は禁止なのです!」

「うわっはっは! 先に言ってほしかったじゃん!」

「羊毛細工で風魔法を使う方がいるとは思いませんでした!」


 ミカの笑い声とともに、談話室が羊毛で真っ白になっていく。

 細かな羊毛が落ち着いた頃には、レイナの銀髪がアフロみたいになっていた。

 ……あ、ごめん。わざとじゃないんだけど、真顔でその髪型は、さすがに笑っちゃう。


「……ミカ」

「ごめんごめん。わざとじゃないじゃん。許して」

「取れ」

「はい、お嬢様……」


 ミカが大人しく銀髪へ絡んだ毛を取り始める。

 微動だにしないレイナの手元には、黒い獣の人形が置かれていた。

 太い四本の脚に、尖った耳と鋭い目。


「お嬢様、とても格好いいです!」

「そうか?」

「はい! 不器用だなんてとんでもない、とても強そうです!」


 レイナは黒い人形を見下ろした。

 口元がかすかに緩んだ気がする。

 本人へ言ったら怒るだろうから、黙っておこう。


「随分と騒がしいと思えば、学院の談話室を羊小屋にでもするつもりかい?」


 う、楽しい空間がハクアの一言で台無しに。

 談話室の入口には、私服のハクアが呆れたように立っている。

 背後には、いつものようにナギさんが控えている。

 ハクアは羊毛まみれの床と、宙に浮いている白い雲、ルカの工具入れ、マナトのラジオを順番に見た。


「お前たち、一体何をしている? もしや、そこのメイドに倣って羊にでもなろうというのかい?」

「今日は休日なので、好きな物を作っているのです!」

「は? おいおい、勘弁してくれ。主人から仕事を禁じられ、今度は遊び相手まで与えてもらったのかい?」

「はい!」

「アリサちゃん、あれは嫌味」


 私が教えると、アリサちゃんは目を丸くした。


「そうなのですか?」

「困った従者だ。もう少し、人の悪意を理解した方がいいね」

「あなたの悪意が多すぎるだけでしょ」


 私たちが言い合っている間に、アリサちゃんは金色に近い羊毛を手に取った。

 何度か針を動かし、丸い胴体へ短い脚をつける。形が一瞬で作り上げられて、最後に頭をやや上向きに整えた。


「できました!」

「何がだい?」

「ハクア様です!」


 完成したのは、金色の羊だった。

 人形とハクアを見比べると、確かに胸を張り、顎を上げているところがよく似ていた。


「僕のどこが羊なんだい?」

「お髪の色が近かったのです!」

「……は?」

「こちらの羊は群れの先頭へ立ちたがるのですが、皆が別の方向へ行っても、一頭だけ気づかないことがあります!」


 ミカが吹き出した。ルカは笑いを隠すように机へ顔を伏せている。

 私も口元を押さえたけど、完全には堪えられなかった。


「アリサ、多分それ以上は説明しない方がいいよ。キサラギが、何か面白い顔してるから」


 マナトの忠告は一足遅かったみたいだ。


「そんな物はいらない!」


 ハクアは怒鳴ると同時に、人形を弾き飛ばした。


「ああっ……!」


 金色の羊が、机の向こうへ飛んでいく。

 床へ落ちる――その寸前、白い手袋が下から受け止めた。


「危ないところでした」


 ナギさんだ。いつ動いたのか、近くにいた私にも分からなかった。人形についた羊毛を指先で整えて頷く。


「ご安心を。壊れてはいませんよ」

「よかった……ありがとうございます!」

「何を勝手に拾っているんだい、ナギ」

「ハクア様には不要とのことでしたので」


 ナギさんは金色の羊を眺め、穏やかに微笑んだ。


「でしたら、私がいただいてもよろしいでしょうか」

「なぜ君が欲しがる?」

「よく似ておりますので」

「ナギ!」


 ハクアは頬を赤くしながら、ナギさんの手から人形を奪い取る。


「僕を模した物を、君が持っている方が不愉快だ! これは僕が……!」

「捨てるの?」


 ミカが聞くと、ハクアは人形を見下ろした。

 それから、なぜか潰さないように両手で持ち直す。


「僕の部屋で処分方法を考える!」

「結局持って帰るんじゃん」

「黙りたまえ!」


 ハクアは金色の羊を上着の内側へしまうと、肩を怒らせて談話室を出ていった。

 ナギさんは私たちへ一礼して、ハクアを追う。


「怒らせてしまいました……」


 アリサちゃんが、しょんぼりと扉を見つめる。


「大丈夫。あれは多分、気に入ってるから」

「本当ですか?」

「捨てるだけなら、部屋まで持って帰らないでしょ」

「なるほど……さすがお姉ちゃんなのです!」


 そんな騒動のあとも、私たちは羊毛細工を続けた。

 昼前には、アリサちゃんの手元で、親指ほどの苺の飾りが完成していた。丸い赤い実に小さな緑色のへたと留め具がついている。


「それは誰にあげるの?」

「……わたしが使っても、よろしいでしょうか」

「どうして私に聞くの。アリサちゃんが作ったんでしょ?」

「では、わたしが使います!」


 アリサちゃんは、自分のエプロンの胸元へ苺をつけた。何度も角度を直したあと、満足そうに頷く。


「似合うじゃん!」

「ありがとうございます!」


 誰かのためではなく、自分のために作った物。きっとアリサちゃんにとっては、それだけでも特別なのだろう。


「私からも、これ」


 私は机の下へ隠していた人形を差し出した。

 白くて丸い羊に、灰色がかった金色の三つ編みをつけたものだ。左右の長さは揃っていないし、片方の目も上へずれている。

 それでも、何を作ったのかくらいは伝わるはずだ。


「わたし、ですか?」

「三つ編み、似てるでしょ」

「はい! わたしより綺麗に揃っています!」

「そこは比べなくていいから」


 アリサちゃんは、壊れ物に触れるように人形を両手で受け取った。


「いただいても、よろしいのですか?」

「もちろん。アリサちゃんのために作ったんだから」

「わたしのため……」


 何度も人形を眺めたあと、アリサちゃんが勢いよく立ち上がる。

 勢いのまま私へ飛びつきかけて、途中でぴたりと止まった。


「あの……抱きついても、よろしいでしょうか」

「転ばないならね」

「はい!」


 今度はゆっくり近づいてきて、私の身体へそっと額を預ける。


「ありがとうございます、お姉ちゃん」

「うん」


 妹がいたら、こんな感じなのだろうか。そして……お姉ちゃんも、昔はこんな気持ちだったのかな。

 正解は分からないけど、私はアリサちゃんの頭を軽く撫でた。

 ただ、アリサちゃんが自分で選べるものを一つ増やすたび、なぜか私まで嬉しくなる。

 この子が私をお姉ちゃんと呼んでくれる間くらいは、もう少しそばで見ていたい。

 それは誰かに命じられたからではなく、私が自分でそうしたいと思ったことだった。

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