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魔法学校に普通の人間が入学してきた ~紋無しと人間オタクの魔法使い~  作者: カラス
第二章 ダメダメメイドは命令を聞かない

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命令されていない仕事

「人間の機械は、叩けば直るらしい」

「そんなこと、一言も言ってないけど」

「昔のテレビは叩いたら映ることもあったって話もあるけど、大体は故障の原因によるからね」

「え? ラジオも似たようなものじゃないの?」

「似てない。あとそれ以上壊したら許さないから」

「これ俺のなのに?」

「人間の機械を雑に扱うのが許せないの」


 放課後、授業を終えた俺たちは、寮の談話室へ集まっていた。

 机の上に置かれているのは、先日の事件から音が出なくなった携帯ラジオだ。外側には、昨日アリサと衝突したときにできた新しいひびがある。

 スイッチを入れても、何の音もしない。


「だから開ける」

「結局その結論にしかならないの?」

「だって、中を見ないと、壊れた場所が分からないだろ」

「あんた見て分かるの?」

「多分」

「信用できないっつーの」


 ああ、ラジオを取り上げようとするな。両手で抱え込み、守り切った。


「これは俺のだッ!」

「これ以上壊したら、人間界で買い直すこともできないでしょ」

「だから直すんだよ」

「お前ら、始める前から壊す話しかしてねえな」


 ルカは工具袋を机へ置き、中から大きさの違うドライバーを取り出した。


「どれどれ……外側は欠けてるが、蓋は開きそうだ。無理やりこじるなよ」

「分かってる」

「その手に持ってる金属棒は何だ」

「蓋が開かなかったとき用」

「いらねえ! しまえ! 面見せんな!」


 俺が金属棒をポケットへ戻したところで、談話室の扉が開いた。


「失礼いたします!」


 アリサだ。朝ほどじゃないけど、顔色にはまだ疲れが残っている。髪の編み込みも自分で直したらしく、左右で形が違っている。

 部屋に入るなり、アリサの目が沙耶香で止まった。


「サヤカ様!」

「あ、アリサちゃん。起きたの?」

「はい! お嬢様から、昼まで眠るよう命じられましたので、正午まで眠りました!」

「よかった、しっかり寝れたんだ。そのあとは?」

「正午から、次のご命令をお待ちしておりました!」

「え? 今までずっと?」

「はい!」


 もう夕方だ。ぶっ通しで五時間くらいも待っていたということか。


「待たなくていいって言われてなかった?」

「私の身の回りのことをする必要はない、とのご命令でしたのです!」

「だからって、何時間も立ってなくていいでしょ」

「では、座って待つべきでしたでしょうか」

「いや待つのをやめなよ」


 アリサが本気で首を傾げると、沙耶香は説明を諦めたように息を吐いた。


「それ、何?」

「お借りしたハンカチでございます!」


 綺麗に畳まれたハンカチが、その手に握られていた。洗っただけでなく、丁寧に皺まで伸ばされている。


「ありがとうございました」

「別に、そんな丁寧にしなくてもよかったのに」

「お借りしたときより、綺麗な状態でお返しするよう教わっているのです!」

「そ、そう。こっちこそありがとうね」


 沙耶香が受け取ると、アリサは満足そうに笑った。


「それでは、失礼いたします!」

「え? どこへ行くの?」

「次のご命令をいただくまで、廊下で待機いたします!」

「ここにいればいいでしょ」


 沙耶香が反射的に言った。すると、アリサが止まる。


「こちらにいても、よろしいのでしょうか」

「だって、廊下で立たれてる方が気になるから」

「おー、だったらここ空いてるじゃん」


 ミカが長椅子の上に抱えていた魔獣図鑑を退けて、隣を叩いた。


「ありがとうございます!」


 アリサは礼を言いながら、ミカの隣に腰かける。背筋を伸ばし、膝へ両手を置いた行儀のよさに、ミカがほほ笑んでいる。


「談話室でそんな固くならなくてもいいじゃん」

「では、どの程度の固さが適切なのです?」

「やばい、さーや。この子座ってても固いじゃん」

「私に言わないでよ」


 一方、アリサはさっきから俺とルカの手元をじっと追っていた。


「これ、気になる?」


 俺がラジオを持ち上げた。


「はい……それは、昨日わたしが壊した物でしょうか?」

「前から壊れてた。ひびは昨日増えたけど」

「申し訳ございません!」

「外側だけだから大丈夫だって。これから中を調べるんだけど、手伝う?」


 アリサの顔が一瞬明るくなるけど、すぐにレイナを窺った。

 談話室の隅では、レイナが本を読んでいる。


「しかし、お嬢様から、マナト様のお手伝いをするよう命じられていないのです」

「なら、レイナに頼めば――」

「待って」


 沙耶香が俺を止めた。


「アリサは、手伝いたいの?」

「ですが……ご命令がないのです」

「命令じゃなくて、アリサがどうしたいか」


 昨日から何度も問われているのに、アリサはすぐには答えられなかった。

 机の上のラジオと、俺とルカの工具に目をやり、次に自分の両手へ視線を落とす。


「……皆様のお手伝いをしたいです」

「だったら、マナトに言えばいいでしょ」

「わたしから、お願いしてもよろしいのでしょうか」

「いいよいいよ。駄目だったら断られるだけだから」


 アリサは両手を前に揃え、背筋を伸ばした。


「マナト様……わたしにも、お手伝いさせていただけませんか?」

「もちろん」


 アリサが勢いよく顔を上げた。


「ありがとうございます!」

「よし。じゃあ、この螺子を持ってて」


 外した四本の螺子を、アリサの手のひらへ載せる。


「絶対になくさないでね。いい? 絶対だよ?」

「承知いたしました!」


 アリサは両手で螺子を包み込んだ。

 指の隙間さえなくなるほど、きつく握っている。


「そ、そこまで力を入れなくてもいいよ」

「ですが、絶対になくさないようお願いされました!」

「……まあ、いっか。潰さないでね」

「はい!」


 力を緩めてほしいが、手を開かれると落ちそうで怖い。頼み方って結構難しいんだな。

 俺はそのまま、ラジオの裏蓋を外した。

 細い線や金属の板、見慣れない部品が俺を迎えた。当然、魔法陣も魔石もない。

 それなのに、これほど小さな箱からでも遠くの人間の声が聞こえる。


「すごい……」

「何が?」


 人間なのに、沙耶香には分からないらしい。


「何がってそりゃあ、全部だよ」

「それじゃ何も分かってないのと同じでしょ」

「この丸いのが声を出すんだよな」

「スピーカーね」

「すぴーかー」

「マナト、話が進んでねえぞ」


 ルカがラジオの中を指さす。


「ここ。電池と触れる板が内側に曲がってる。落とした衝撃じゃねえか?」

「俺は落としてない」

「昨日は、お前ごと地面へ落ちてただろ」

「あれはアリサが降ってきたから」

「申し訳ございません!」

「謝らなくていいから、螺子だけ持ってて怖い!」


 金属板を持ち上げようと、細いドライバーを差し込むけど、なかなか入らない。

 無理矢理にでも押し込むべきか。そう考えた時。


「お待ちください」


 後ろから落ち着いた男の声がした。


「力任せに曲げれば、金具が根元から折れますよ」


 振り返ると、食堂でキサラギの後ろに控えていた男が立っていた。

 ナギさんはそのまま、談話室内部に入ってきた。


「おそらくは。電池の接点が二ミリほど内側へ入っています」

「え? 見ただけで分かるんですか?」

「はい。その型では、よくある故障ですから」


 ナギさんは上着の内側から、細長い革の入れ物を取り出した。

 留め具を外すと、太さの違う小さなドライバーや、先端の曲がった工具が並んでいる。


「そ、それって! 人間の工具ですよね!」

「マナト、近い」


 沙耶香に制服を引っ張られる。

 気づけば、ナギさんの顔のすぐ前まで迫っていた。


「ああ、すみません。キサラギ家では、人間の機械も使うんですか?」

「まさか。ですが、主人が何を必要とされても対応できるようにするのが、付き人の務めですので。アリサ様も、修理のお手伝いを?」

「はい!」

「それはそれは。レイナ様からのご命令ですか?」


 アリサが一瞬、沙耶香を見る。


「いいえ。わたしから、お願いしました!」

「ほう。それは結構なことです」


 ナギさんが穏やかに頷いた。


「では、こちらの金具を押さえていただけますか」

「はい!」

「強すぎず、弱すぎず。私が手を離しても、同じ位置を保ってください」


 アリサは螺子を俺へ返し、ラジオの中へ指を伸ばした。

 細い接点を、親指と人差し指で挟む。


「もう少し右へ……そこで止めてください」


 ぴたりと止まった。震えさえしない。

 ナギさんが工具を差し込み、沈んだ金属板を少しずつ持ち上げる。


「上手ですね。指示した位置から、全く動いておりません」

「わたし、お役に立てていますか?」


 アリサの目が輝く。そんな彼女に、ナギさんはにこやかに微笑んだ。


「ええ。とても」


 アリサが口元を押さえた。褒められていいのか分からず、笑うのを我慢しているらしい。

 ナギさんは接点を元の位置へ戻し、工具を抜いた。


「これで通電するはずです。ただ、外装にひびがあるため、電池が再びずれる可能性がございます」

「だったら、何か挟めばいい?」

「薄く、柔らかく、熱を持ちにくいものがあれば」

「それならあるのです!」


 アリサのポケットが火を吹いた。灰色の羊毛が、まさにこの時とばかりに姿を見せる。誰の指示も待たず、彼女は羊毛を指先で丸め始めた。

 繊維の向きを揃え、何度も押し潰して、薄く平らな形へ整えていく。


「羊の鞍や鈴がずれないよう、これを挟むことがあるのです。こちらでは、いかがでしょうか」


 完成したのは、糸でできたとは思えない灰色の板。礼を言った俺は、それを電池の横へ差し込む。もうラジオを軽く振っても、中の電池は動かない。すごい、ぴったりだ。

 アリサが持っていた螺子を一本ずつ受け取って、ちゃんと四本全部、付けなおす。

 い、スイッチオン。……何も聞こえない。


「失敗?」

「まだ分からない」


 音量のつまみを回して調整。しばらくは無音だったけど、やがてざっ、と小さな雑音が飛び出てきた。


「鳴った!」


 さらに回すと、雑音が大きくなる。人間の声は聞こえないけど、少なくとも通電はしているな。


「アリサ、直った!」

「本当ですか!?」

「ああ! 羊毛がなかったら、またすぐ電池がずれてたかもしれない」

「羊毛で、直せたのです……!」


 アリサは羊毛を丸めた指先を見下ろす。

 胸を張った頭から、羊の耳が生えたように見えた。多分、ポケットから飛び出した羊毛だ。


「お役に立てましたか?」

「ああ! 今度は多分じゃなく、間違いなく」


 アリサの顔がより一層明るくなる。

 そのとき。


『ザッ――ピ、ピ、ピ……ピー、ピー……』


 ラジオから奇妙な音が流れてきた。

 短い音が三回と、長い音が二回。声でも、音楽でもない。


「何、これ? 人間界の放送?」

「こんな番組はないと思うけど」

『ピ、ピ、ピ……ピー、ピー……』

「魔獣の鳴き声じゃないの?」


 俺が尋ねると、ミカがラジオへ耳を近づけた。


「うーん、どうだろ。生き物なら、ここまで同じ長さと間隔で繰り返さないじゃん」


 その直後、ふっと音が消えた。


「おそらく、学院の結界と、受信機が干渉したのでしょう」


 ナギさんが胸元へ手を添えながら言った。ん、何かを胸ポケットにしまったような。


「結界が、こんな音を出すんですか?」

「さあ。私も専門家ではございませんので」


 人間のラジオを見ただけで故障箇所を当てた人が、今さら専門家ではないと言い張るか。


「ナギ!」


 突然談話室の入口から、キサラギの怒鳴り声が聞こえた。


「教本を取りに行くだけで、いつまでかかっているんだい?」

「申し訳ございません、ハクア様。ただいま参ります」


 ナギさんは工具をしまい、俺たちへ一礼した。


「それでは、失礼いたします」

「ありがとうございました!」


 アリサが深く頭を下げる。

 そこへ、キサラギがどたどたと足音を立てて降りてきた。直ったラジオを一瞥して鼻を鳴らす。


「まったく。くだらない機械で、僕の付き人を引き留めないでくれたまえ」

「くだらなくない。今、直ったところだから」

「そんなものより、魔法の練習でもしたらどうだい?」

「お前が人間の機械を知らないだけだろ」

「知る必要がないんだよ」


 キサラギは鼻を鳴らし、ナギさんを連れて去っていった。

 俺はラジオを持ち上げて、ナギさんが消えた扉へ向けてみる。


『……ピ』


 一度だけ、小さな音がしたけど、それきり、何も聞こえない。


「今の音、どこから来たんだろう」

「外の電波を拾ったんじゃない?」

「学院の結界があるのに?」

「あ、そっか。……弱いものなら、たまに入るのかも」

「じゃあ、多分ただの雑音だな」

「その多分、信用できない」


 今回ばかりは、俺も同感だった。

 沙耶香は俺を放って、アリサの前でしゃがみ込む。


「アリサちゃん」

「はい!」

「さっき、羊毛を出したのは誰かに言われたから?」


 アリサが目を瞬く。


「いいえ。柔らかい物が必要と伺いましたので、使えるかもしれないと思ったのです!」

「そうだね。それ、自分で考えたんでしょ? 命令されなくても、できたじゃない」


 アリサは手のひらを開いた。朝、どちらの命令へ従えばいいのか分からず、動けなくなっていた手だ。

 今、その手で羊毛を選び、人間の機械を直した。


「わたしが、自分で……」

「ちゃんと役に立ったでしょ」

「はい!」


 アリサがにっこりと笑った。ひとしきり笑った後、アリサが首を傾げた。


「サヤカ様は、なぜわたしに教えてくださるのですか?」

「教えてるつもりはないけど」

「昨日は、ハンカチを貸してくださいました。鞄を選ぶときも助けてくださいました。今朝は、お嬢様へ聞き直すことを教えてくださいました」


 そこまで言ってから、アリサが一度口を閉じた。


「あの……つかぬ事をお伺いするのですが……サヤカ様は、紋無しでいらっしゃるのですよね」


 沙耶香の表情が、わずかに硬くなった。


「……そうだけど」

「わたしの家では、紋無しの方は魔法社会と関わらず、人間の世界で暮らすものだと教わりました。ですから、なぜサヤカ様が学院にいらっしゃるのか、不思議だったのです」


 その声に、沙耶香を侮るような響きはない。

 ただ、教わってきた常識と、目の前にいる沙耶香が結びつかず、戸惑っているようだ。

 沙耶香は少し警戒していたが、アリサに悪意がないと分かると、「入りたかったから」と答えた。


「私が魔法を勉強したかったから、ここに来たの。反対されたし、入学試験でも散々言われたけど、それでも来たかったから」

「それはご自分で、決めたのですか?」

「そう……だけど」


 アリサは、沙耶香を見つめた。

 魔法を使えないはずの紋無し。

 けれど、アリサができずにいることを、この人は当たり前のようにやっている。それがアリサにとって、どう映っているのだろう。


「だから、わたしにも、自分で決めるよう教えてくださったのですか?」

「いや。そんな立派なことまで考えてないよ。見てると危なっかしいから、放っておけないだけ。年下の子が困ってたら、気になるでしょ。それに……」


 沙耶香は少し考えてから、肩をすくめた。


「私には姉しかいないから。妹がいたら、こんな感じなのかなって思っただけ」

「お姉様がいらっしゃるのですか?」

「……うん。いるよ」

「そうなのですね! では、わたしはサヤカ様の妹でございますか?」

「え、いやそこまでは言ってない!」

「違うのでしょうか……」


 アリサの肩が露骨に落ちた。すると、沙耶香が困った顔になった。


「違うとも……言ってないけど」

「どちらでしょうか!」

「そういうところ、本当に命令待ちだよね……」

「違うのです?」


 おお、すかさずアリサがうるうる攻撃を仕掛けている。これはもう逃げられないなあ。


「……ま、まあ、学院にいる間だけなら、妹みたいなものでもいいんじゃない」


 アリサが勢いよく身を乗り出した。


「では、お姉ちゃんとお呼びしてもよろしいでしょうか!」

「何でそうなるの?」

「妹は、年上の姉をお姉ちゃんと呼ぶものだと教わりました!」

「誰に?」

「母です!」

「うっ……この上お母さんまで引き合いにだされたら、そこは間違ってないけど……」


 沙耶香はしばらく答えあぐねていた。

 アリサが、期待に満ちた目でじっと返事を待っている。


「学院にいる間だけね」

「はい、お姉ちゃん!」


 アリサの大声に沙耶香の顔が赤くなる。

 よし、だったらついでに。


「俺のことは、お兄ちゃんでもいいよ」

「マナト様は、レイナお嬢様のご友人です!」

「あ、あれ? 分類が急に雑になったな」

「妥当だろ」


 ルカにまで言われた。


「私は?」


 隣に座っているミカも身を乗り出す。


「私もミカおねーちゃんがいいなあ!」

「ミカ様はミカ様です!」

「ええ? 私はお姉ちゃんじゃないの?」

「お呼びした方がよろしいでしょうか!」

「うーん、でもさーやだけなのも面白いから、そのままでいいじゃん」

「遊ばないで!」

「お姉ちゃん!」

「一回で聞こえてる!」


 沙耶香は何とかアリサを落ち着かせようとしている。けど、やめろと言うことはなかった。


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