鞄が五つと、メイドが一人
荷物と一緒に、少女が配送されてきた。
「……え?」
俺は、噴水前へ降りてくる赤い絨毯を見上げた。
御霊代魔法学院では、その日に届いた荷物は、授業が終わる頃には運搬用の絨毯へ載せ替えられ、寮の個室まで届けられている。
だから、この時間に配送絨毯が直接中庭へ降りてくること自体が珍しい。ましてや、荷物の中に人影まで見える。
「これ、誰か乗ってるじゃん」
隣でミカ・カナメが言った。
「配達人じゃねえのか?」
ルカ・ヤザワも目を細める。
「前に一人いるだろ。だから、もう一人」
「じゃあ客?」
「来客を荷物と一緒には運ばないでしょ」
柊沙耶香が呆れたように言う。
「近くで見れば分かるかな」
一歩踏み出すけど、沙耶香に袖を掴まれた。
「……俺まだ何もしてないけど」
「もう行こうとしてるでしょ」
「珍しいものが来たんだから、確かめたくなるだろ」
「見るだけだからね。勝手に触らないでよ」
「信用ないなあ」
「普段の行動の結果でしょ」
この学院で唯一の人間である沙耶香は、最近、俺が何を考えているのか分かるようになってきたらしい。
困るなあ。好奇心が満たされないじゃないか。
「待て」
俺たちがあれこれ議論を交わしていると、背後から声が飛んできた。
長い銀髪を揺らしながら、高身長の女子生徒が大股でこちらへ歩いてくる。
レイナ・ツワブキだ。いつもきっちり整えられている制服には今日も乱れ一つない。相変わらず生真面目が服を着て歩いているみたいだ。
ただ絨毯を見上げた顔だけは、あからさまに険しい。
「あれは、ツワブキ家の運搬絨毯だな」
「ツワブキ? ってことは、レイナの荷物?」
「知らん。私は何も頼んでいない」
「実家に帰れってことじゃん?」
ミカ、可愛い顔でなんてひどいことを。
「いや、むしろ逆じゃねえか? 実家の方がこっちに来たとか」
「ああ、それはちょっと見たいな」
「勝手に開けるなよ、マナト」
「何で俺だけ?」
「顔が開けたがっているからな」
レイナまで沙耶香と同じことを。まあ、否定はできないけどさ。
ツワブキ家のような名家の紋様は、学院へ登録された配送証明にもなっているんだろうな。だから、通常の配送時間を過ぎていても結界を通過できたんだ。
赤を基調とした大きな絨毯が、静かに高度を落としていく。
四隅についた金色の房が、風もないのに揺れていた。厚い生地に織り込まれた花と蔓の紋様が、夕日を受けて白く輝いている。
やがて、絨毯が石畳すれすれで停止した。
前方に座っていた配達人が杖を振る。
すると、荷物を固定していた革帯が一斉に外れ、大きな鞄が、一つずつ魔法で浮かび上がっていく。
一つ。
二つ。
三つ。
「まだあるのか」
四つ。
そして五つ。合計五個の鞄が、噴水の前に綺麗に並んだ。
「ねえ、多くない?」
と、沙耶香。
「もしかして……鞄一個ごとに部屋が入ってたりして?」
「それが五個あれば家になるじゃん!」
「おお。それはちょっと見たい」
「だから開けるな」
レイナが先回りしてきた。
そんなことを話している間に、最後の鞄が石畳へ着地する。
けれど、絨毯の上には、まだ何かが残っていた。
「……あれ?」
灰色の毛布だ。人一人が包まれるくらいの大きさで、編み込まれた金色の髪が飛び出している。
「……クレオパトラ?」
「やっぱり人じゃん」
ミカの言葉に、全員が黙った。
「レイナ・ツワブキ様。ツワブキ本家より、お荷物をお届けに参りました」
すごいな、この配達人。まるで何事もなかったようにレイナへ頭を下げる。
レイナは五つの鞄ではなく、絨毯の中央を指した。
「これは何だ」
「お付きの方と伺っております」
「お付き……?」
レイナの眉間に皺が寄る。
「いや、それより、なぜ荷物と一緒に固定されていたんだ!?」
「飛行中に落下なさらないよう、ご本人が希望されました」
「本人が?」
「はい。出発直後までは、鞄を押さえておられましたので」
「途中からは?」
「お休みになられました」
ああ、確かに。耳を澄ませばすう、すう、と規則正しい寝息が聞こえてきた。
「寝てる……」
「空飛ぶ絨毯の上で? 危なくないの?」
沙耶香が呆然としている。
ルカは横を向き、肩を震わせていた。
「それでは、私は次の配達がございますので」
「待て! まだ説明が終わっていない!」
「詳しくは、お荷物に同封された書状をご確認ください」
「だから――」
「ご利用ありがとうございました」
配達人が鮮やかに一礼して、再び絨毯へ乗る。
レイナが手を伸ばすより早く、四隅の房が持ち上がっていく。やがて絨毯はレイナの手を避けるように上昇し、空中連絡橋の向こうへ飛び去っていく。
後に残されたのは、五つの鞄と……灰色の毛布に包まれ、石畳の上で眠り続ける女の子が一人。
「……本当に置いていった」
誰に言うでもなく呟いた。
俺たちより、二つか三つほど年下に見える。灰色がかった金色の髪を左右で編み、黒い服の上から白いエプロンを着けていた。顔立ちも背丈も幼いのに、体つきだけは年齢より少し大人びていて、そこだけ妙にちぐはぐな印象がある。頭には、少し曲がったホワイトブリムが載っていた。
これは、どう見てもメイドだ。
「これって……もしかして、メイド? 後この毛何?」
沙耶香が白い毛を一本摘まむ。
「ねえ、魔法使いの世界にもメイドっているの?」
「昔ほど多くないけど、名家なら今でもいるぞ」
俺も足元へ落ちていた毛を一本拾った。
「これ、少し魔力が――」
「持って帰るな」
うわ、何だよレイナ。そんないきなり。
「まだ何も言ってないだろ」
「顔に書いてある。調べてみようとな」
今日はみんなそれを言うな。
レイナが少女へ近づき、毛布の端を靴先で軽く突いた。
「おい。起きろ」
「ふにゃ……あと五分だけ……」
「誰の許可を得て、私の前で寝ている」
「ふわあっ!?」
女の子が跳ね起きた。
頭から毛布が落ち、ホワイトブリムも一緒に飛んでいく。
寝ぼけた目で俺、沙耶香、ルカ、ミカの順に見回し、最後にレイナを見つける。
「……レイナ、お嬢様?」
「ああ」
「レイナお嬢様なのです!」
少女が勢いよく立ち上がった、と同時に、足元の毛布を踏む。
「あっ」
身体が正面へ傾いた。
沙耶香とレイナが同時に腕を伸ばし、石畳へ顔から突っ込む寸前で受け止める。
「も、申し訳ございません、レイナお嬢様!」
「まずは立て」
「はい!」
二人に支えられて立ち直った少女は、エプロンの汚れを払い、落ちていたホワイトブリムを拾ってそのまま頭へ載せる。
前後が逆だ。それを沙耶香が無言で直す。
「あ、ありがとうございます!」
少女が今度こそ姿勢を正す。
「お初にお目にかかります、レイナお嬢様!」
「いや、会ったことはあるな」
「覚えていてくださったのですか!?」
「親族の集まりで二度ほどな」
「二度も!」
二度をそんなに喜べるのか。
「改めまして、わたくし、アリサ・ミネウチと申します! 本日より、レイナ・ツワブキお嬢様の身の回りのお世話を務めさせていただきます!」
勢いよく頭を下げる。
お、今度は落ちそうになったホワイトブリムを、自分で片手で押さえた。
「世話だと?」
「はい! お食事の用意、お部屋の清掃、衣類の管理、学業の補助、身辺警護、その他どのようなご命令でも承ります!」
「頼んでいない」
「はい!」
「聞いていたか?」
「頼んでいないと!」
「なら、なぜ元気よく返事をする!」
「お嬢様のお言葉には、元気よく返事をするよう教わりました!」
レイナがこめかみを押さえた。
「誰の指示で来た。お父様か?」
「本家からのお手紙をお預かりしております!」
アリサがエプロンのポケットへ両手を入れる。
右から出てきたのは、替えのホワイトブリム、左からはつぎはぎだらけの財布。
「違うのです」
次に出てきたのは、小さな櫛、糸、針、乾燥させた葉。
「それ何?」
ミカが覗き込む。
「羊がお腹を壊した際に使う薬草なのです!」
「え……レイナには使わないでね」
「もちろんです!」
そこは迷わないんだな。
さらにアリサは、折り畳まれた紙を取り出した。
「あっ、地図です!」
「手紙は?」
「こちらではございません!」
開かれた学院の地図は、上下が逆だった。
「……それでここまで来たの?」
沙耶香が尋ねる。
「途中までは絨毯の方がご案内くださいましたので!」
「途中からは?」
「空を見ておりました!」
「じゃあ地図いらなかったじゃん」
「ですが、必要な物だと教わりました!」
アリサは大切そうに地図を畳み直した。
逆さまのまましまい直して、再びポケットを探る。
「あれ? あれ? あれれれれ?」
「……どこへ入れた」
「少々お待ちくださいなのです!」
ついにアリサは、並んだ五つの鞄へ走った。
一つ目、大量のタオルが溢れ出した。
「こちらは洗顔、入浴、清掃、負傷時の圧迫、それから雨天時にも――」
「説明は後でいい」
「はい!」
二つ目、予備らしいエプロンが何着も詰まっている。
三つ目、蓋を開けると、茶器一式が勢いよく浮き上がった。
「あっ!」
アリサが慌てて両手を伸ばすけど、彼女の背丈では届かない。
レイナが杖を振り、落下寸前の茶器を空中で静止させた。
「申し訳ございません!」
「壊れる物を一番上に詰めるな!」
「すぐ使えるようにと思いまして!」
「割れたら使えんだろう!」
「はい!」
四つ目、白い毛の塊が、一気に膨れ上がった。
「うわっ!」
ミカが嬉しそうに抱きつく。
「何これ! ふわふわじゃん!」
「夜、お寒いときに必要かと思いまして」
「寮には布団がある」
「ですが、本家の方へ寒い思いをさせてはならないと教わりました。もしや、お嬢様はお鞄一つで学院へ?」
「ああ」
アリサが目を見開いた。
「足りないのです!」
「十分足りている!」
「ですが、冬用と夏用、それから予備の――」
「足りている!」
「はい!」
最後、五つ目。
果たして今度は何が飛び出してくるのかと警戒していたけど、広い内部の中央には黒い封筒一枚が置かれていただけだった。
「ありましたのです!」
俺たちが言葉を失っている一方で、アリサは顔をすごく輝かせている。
いや、まさか。
「……それだけのために鞄を一つ使ったのか?」
レイナが俺の考えを全て代弁してくれた。けど、アリサは堂々と答えてくる。
「紛失しないためなのです!」
「今、紛失しかけただろう!」
アリサが封筒を差し出した。けれど、レイナは受け取ろうとせず、杖を持っていない方の手で、その頭上を指した。
「その前に、誰かこれを受け取れ」
見上げると、茶器がまだ一式、宙に浮いていた。俺たちが羊毛や手紙に気を取られている間も、レイナはずっと支えていたらしい。
「お嬢様! ありがとうございます!」
「礼はいい。まず皿を――」
アリサが勢いよく頭を下げたので、レイナはその額がぶつかる前に、カップを少し高く持ち上げた。
「私が受け取るから、アリサちゃんは鞄を押さえてて」
沙耶香が器を一つずつ戻していく。最後の皿が収まってから、レイナはようやく杖を下ろし、差し出されたままの封筒へ手を伸ばし、慣れた手つきで白い花の封蝋を割った。
中に入っているのは上等な羊皮紙だ。紙だけで、俺のラジオより高いかもしれない。読み進めるにつれ、レイナの顔が険しくなっていく。
「何て書いてあるの?」
「先日の襲撃を受け、私の生活補助と警護のため、付き人を一名派遣する。状況によっては私を本家へ連れ戻せ、だそうだ」
「警護って、この子が?」
全員の視線がアリサへ向く。
本人は散らばった羊毛を種類ごとに分け直していた。
「アリサ。お前、いくつだ」
「十三歳です!」
「付き人の経験は?」
「本日が初めてです!」
「学院までの道中で、なぜ寝ていた」
「昨日から緊張して、一睡もできなかったのです! 絨毯へ乗って安心したところ、いつの間にか!」
「胸を張るな!」
「申し訳ございません!」
レイナは手紙を握りしめた。
「ミネウチ家は祖父の代に本家から分かれた血筋だ。今では遠縁に近い。領地の端で羊を育てて暮らしている」
「本当にアリサちゃんが警護役なの?」
沙耶香の質問に、レイナは額に手を当てながら「手紙にはそうある」と声を低くした。
「十三歳の未経験者を警護として送りつけ、私を本家へ連れ戻すための道具にするつもりか」
「わたしは、立派な付き人になるために参りましたのです!」
「経験もない者へ護衛を任せる時点で、まともな人選ではない」
「これから経験いたします!」
「その経験に私を使うな」
アリサの口が閉じた。
「私に付き人は必要ない。食事も着替えも自分でできる。警護も不要だ」
「……はい」
「本家への返事は私が書く。荷物をまとめて帰れ」
アリサの動きが止まった。今までとは違う、小さな声が返ってくる。
「承知しました」
反論はない。泣きもしない。ただ深く頭を下げ、一つ目の鞄を閉じ始める。
「あれ? もっと騒ぐと思ったじゃん」
「命令ですので」
アリサは鞄を持ち上げようとしたけど持ち上がらない。もう一度力を込めて、ようやく革底が石畳の上を、ほんの少しだけ擦った。
そのとき、彼女の足元へ透明な雫が一つ落ちた。
「アリサちゃん」
沙耶香が声をかける。
「泣いてるでしょ」
「泣いておりません」
アリサは振り返らない。
「いや、泣いてるから」
「これは汗でございます」
「目から汗は出ないよ」
「では、雨かと」
「晴れてるでしょ!」
沙耶香の語気が強くなった。
それでもアリサは鞄を引っ張り続ける。
「命令に従っているだけです。わたしの家では、ツワブキの方のお言葉には必ず従うよう教わっておりますので」
「それって、嫌じゃないの?」
「嫌かどうかは、関係ございません」
「そんなわけないでしょ」
「お嬢様に必要ないと言われました。でしたら、わたしは帰ります」
震える声とは裏腹に、アリサは顔を上げない。
沙耶香は何か言いかけて、制服のポケットからハンカチを取り出した。
「ならせめて、これ使って」
「ですが、汚してしまいます」
「もう泣いてるんだから、今さらでしょ」
「泣いておりません」
「じゃあ、その目から出てる雨を拭けばいいじゃない」
アリサがようやく顔を上げて、差し出されたハンカチを見つめる。
そしてレイナを窺う。
「私を見るな」
「ですが……」
「ハンカチを差し出したのは沙耶香だ。受け取るかどうかは、自分で決めろ」
「自分で……?」
アリサの手が上がりかけて、途中で止まった。まるで、そこから先をどうすればいいのか分からないみたいだった。
沙耶香が少しだけ声を柔らかくする。
「これは私からのお願い。命令じゃないから、嫌なら断っていいよ」
「断っても……?」
「いいよ」
アリサは、さらに困った顔をした。
断るとか選ぶとか、俺たちにとっては当たり前のことが、どうやらこの子には簡単ではないらしい。
長い時間をかけて、ようやく、恐る恐る手が伸びた。
「……ありがとうございます」
「私は柊沙耶香。レイナの友達。よろしくね」
「サヤカ様……」
アリサは、確かめるようにもう一度口にした。
借りたハンカチで目元を拭くけど、濡れた布を見た途端、また不安そうになった。
「洗ってから、必ずお返しいたします」
「いつでもいいよ」
「ですが――」
「返したいときに返せばいいから」
「わたしが、決めても?」
「うん」
アリサがハンカチを握る。
「……どうしたいの?」
すぐには答えなかった。
何度も口を開きかけて、ようやく、小さな声が出る。
「わたしは……」
震える息を吸った。
「本当は、帰りたくありません」
その一言を口にした途端、今まで我慢していたものが崩れた。
「今日までいっぱい練習したのです! お茶の淹れ方も、お掃除も、お洋服の畳み方も!」
「うん」
「初めてのお仕事なのに、着いてすぐ帰れと言われて……まだ何もできていないのです!」
「うん」
「一度くらい、お役に立ちたかったのに、三分でクビになってしまいました!」
「うんうん」
沙耶香がアリサの肩へ手を置く。
アリサはただ、その手がそこにあることを確かめるように、沙耶香の制服の袖をそっと掴んだ。
レイナが長く息を吐く。
「帰りたくないと言われても、私の付き人として残すつもりはない」
アリサの肩が下がる。
「だが、今日はもう遅い。通常の配送も終わっている。あの絨毯も帰った」
確かに、ツワブキ家の運搬絨毯は、とっくに空中連絡橋の向こうへ消えていた。
「あの配達人、本当に置いて帰ったな……」
「ツワブキ家専用ってそんなに忙しいのかよ」
「まあ、名家は色々あるじゃん」
「はあ……本家へ連絡し、明日迎えを寄越させる。それまでは学院に泊まれ」
「はい!」
アリサの顔が一瞬で明るくなる。
「でしたら、今夜の間に必ず、お嬢様に必要な付き人になってみせます!」
「そういう意味ではない!」
「まずは何をいたしましょう! お部屋のお掃除ですか? お食事の用意ですか? それとも、こちらの皆様を追い払いますか?」
「何で最後だけ物騒なの?」
沙耶香が一歩離れた。
「もういい。何もするな」
レイナが吐き捨てる。
「承知しました!」
アリサが背筋を伸ばした。両手を身体の前で揃えて、ビシッと効果音が鳴りそうなほど直立した。
十秒経過して、二十秒経過して、三十秒経過。
微動だにしない。
「……何をしている?」
「何もしておりません!」
「そういう意味ではない!」
今日何度目か分からないレイナの怒鳴り声が、中庭へ響いた。
何なんだろう、この子。真面目なのか融通が利かないのか。
多分、両方だ。
そのとき、積み直されていた鞄が、ゆっくりと傾き始めた。
「危ない!」
沙耶香が叫ぶ。けど、アリサは動かない。
「アリサ、避けろ!」
レイナが命じた。
「はい!」
アリサが全力で横へ飛んだ。
俺の方へ。
「え?」
視界いっぱいに白いエプロンが広がる。
次の瞬間、固いものと柔らかいものが同時に顔面へぶつかった。
「いだっ!」
「申し訳ございません!」
あ、俺今背中からこの石畳に倒れたんだ。俺の体の上に、アリサの体が乗っていて、そこで彼女は頭を下げていた。
「いっつつ……あれ? ラジオは!?」
「女の子とぶつかっておいて心配するところ、そっち?」
沙耶香の突っ込みを聞き流して、手元はどうだ?
先日の事件から、電源を入れても音が出なくなっていた携帯ラジオ。
これからルカと中を調べるつもりだったけど、裏蓋には今、新しいひびが入っていた。
「壊れてるところが増えた……」
「直す前から増やすなよ」
「いや、これは俺のせいじゃないだろ」
もちろんアリサのせいでもない。これは多分、鞄のせいだ。……まあ、ここも直せばいけど。
「あの、大丈夫でしょうか」
アリサが、俺ではなくラジオを見ていた。
「これ?」
「はい。わたしが壊してしまったのでしたら……」
「元から壊れてたから大丈夫だよ。ひびが一個増えただけ」
「増えているではありませんか!」
「まあまあ。直す場所が一つ増えただけだよ」
「ですが……」
「まだ直せるかもしれないだろ。ところでさ……」
俺は頬を掻いて、尋ねた。
「そろそろ退いてもらえないかな? 起き上がれないんだけど」
「ですが、起きるよう命じられておりませんので!」
「そこは自分で退いて!?」
「そこは自分で決めろよ!」
俺の声に合わせて、ルカの叫びも響いた。
その後ろで、傾いていた五つの鞄が、ついに崩れる。
四つ目から溢れていた羊毛が、ふわりと空へ舞い上がった。
夕日に照らされた白い毛が、中庭いっぱいへ降り注ぐ。
レイナは額を押さえ、沙耶香は呆れ、ミカだけが楽しそうに羊毛を捕まえている。
その中心で、アリサ・ミネウチは、俺の上に座ったまま、逆さまの学院地図を大事そうに抱えていた。
学院へ到着してから、まだ十分少々。それなのに、もう嫌な予感しかしなかった。
多分、明日の朝まで何も起こらない、なんてことはないんだろうな。
「その多分、信用できない」
「まだ何も言ってないけど」
「顔に書いてある」
結局、レイナが「立て」と命じるまで、アリサは俺の上から動かなかった。




