エピローグ
「そこ、立入禁止」
「分かってる」
「足入ってる」
「これは立ってない。覗いてるだけ」
「同じよ!」
沙耶香に襟を引っ張られて、俺は崩れた廊下から引き離された。
事件が終わってから一週間経つけど、日常は全然戻ってこない。西避難区画へ続く通路には、黄色と黒の縄が何重にも張られている。
舞維さんが吹き飛ばした壁には、とりあえず巨大な板が打ち付けられていた。
その隣には、もっと大きな穴。どうやら白塗りの男が作ったらしい。穴開けた後に窓に乗ったのか。何で?
「こっちは本当にでかいな。どうやったんだろ」
というか、舞維さんもこっちの穴から脱出した方が早かったんじゃないかな。そういえば、あの魔法を発動した後も、舞維さんの顔のアレは消えていなかった。魔法を使ったかどうかに関係がないなら、魔紋じゃないのかな。
「……」
やっぱり気になるな。彼女の魔法も、機械も、あの顔についている紋様と目も、何もかも。
「お姉ちゃんのこと考えているの?」
どうやら真剣な顔になっていたかもしれない。沙耶香が心配そうに覗き込んでいた。
「……うん」
事件のあと、俺たちは教師たちに保護されて、そのまま医務室送りになった。
幸い、重傷者はいなかったらしい。
俺たちも全身打撲だらけだったけど、治癒魔法を受けて今は普通に歩ける。
レイナだけは「私は平気だ」と言って治療を拒否しようとして、先生三人に取り押さえられた。
あれはちょっと面白かった。本人に言ったら怒るから言わないけど。
「結局、あれ何だったんだろうね」
「あれ?」
「お姉ちゃんの顔」
「……ああ」
やっぱり沙耶香も気になっていたみたいだ。
黒い紋様に赤い右目。とくに黒い魔紋は、俺たちが知っている魔紋によく似ていた。
人間には、魔紋はないはずなのに。
「先生たちも分からないって?」
「うん。少なくとも、私には何も教えてくれなかった」
「証拠品の狐面も?」
「調査中だけど、あれは多分普通にお祭りとかで売ってるものじゃないかな」
「もっと見たいなあ。普通の売り物とかだったら、俺が見ても問題ないよね」
「それでも証拠品だからね?」
「ちょっとだけでも」
「駄目」
「一分」
「駄目」
「三十秒」
「短くすればいいと思ってるの?」
駄目だったか。
事件後、俺たちは何度も事情を聞かれた。特に沙耶香はかなりの量の聞き取りがあった。舞維さんと何を話したかとか、舞維さんは何を目的にしていたかとか、昔の舞維さんと違うところはあったかとか、とにかく知っている限り全部。
結局、一番知りたいことは、俺たちにも分からない。
どうして舞維さんが沙耶香を連れて行こうとしたのか。
『人間が欲しい』
白塗りの男はそう言ったけど、人間ならアイツの隣にいる舞維さんもそうだったはずだ。
「ねえ、マナト」
「何?」
「その顔やめて」
「どの顔?」
「今から勝手に調べに行きそうな顔」
「……行かないよ」
「本当に?」
「多分」
「その多分、信用できない」
ああ、いつものやつだ。
何だか、それを聞くとちょっと安心した。
◇
「いやー、ひどいな」
教室へ戻ると、ルカが机いっぱいに部品を広げていた。
「何が?」
「これだよこれ!」
差し出されたのは、焦げた金属片。その端には、細い術式が刻まれていた。
「何だこれ?」
「おい、勝手に触るな!」
「まだ触ってない!」
「目が触ってる!」
「どういう意味!?」
「近いんだよ!」
ルカが部品を引っ込めた。
「中継器の残骸。危険性がないって確認されたやつの一部を預かっててな。壊したの俺だから、どこ弄ったか説明しろって」
「いいなあ……俺もそっち行けばよかった」
「お前、事情聴取を羨ましがるなよ」
いや、魔法と人間の技術を合わせた機械に直接触れたなんて羨ましい。舞維さんの腰の奴とか、結局触れもしなかったし。
「で、どうなってた?」
「まあ……やっぱり変だった」
ルカが声を少し落とした。
「魔道具だけじゃない。中に、人間の電子部品がかなり使われてる」
「やっぱり!」
「ただし、俺も全部は分からん」
「開けた?」
「もちろん」
「いいなあ!」
「そこ食いつくのかよ!」
俺も見たい。ものすごく見たい。
「それで、この機械は電気で動かしてるの?」
「一部はな。けど、肝心の魔法妨害自体は魔力を使ってる」
「じゃあ、人間の回路で魔法を制御してる?」
「多分な」
「その多分は信用できる?」
「お前に言われたくない」
でもやっぱり、舞維さんが使っていたのと同じだ。
人間の技術と魔法の両方を盛り込んでいる。
「……面白いな」
「お前、最近そればっかり言ってんな」
「だって実際に面白いし」
「いままで魔法の授業、寝てたじゃん」
「寝てないよ」
「窓の外見てた」
「起きてるじゃん」
「授業受けろ」
「マナッちー!」
今度は後ろから、思い切り背中を叩かれた。
「痛っ!」
「元気そうじゃん!」
「ミカ!」
「さーやも生きてるー!」
ミカはそのまま沙耶香へ抱きついた。
「ちょ、ちょっと! 三日前にも確認したでしょ!」
「何回確認してもいいじゃん!」
「重い!」
「ひどっ!」
沙耶香も本気では引き剥がそうとしない。事件の前だったら多分もっと露骨に嫌がっていたかもしれない。
「何?」
見ていたら、なんか沙耶香に睨まれた。
「いや、友達増えたなって」
「アンタがそれ今言う?」
「あ」
少しまずかったかもしれない。でも、沙耶香は怒らなかった。
「おい」
教室の入口から、俺たちを呼ぶ声がした。
見れば、レイナが走り寄っていた。
「全員いるな」
「何?」
「セレナ先生が呼んでいる」
「え? また事情聴取?」
「いや……」
レイナは少し嫌そうな顔をした。
「今後についてだそうだ」
◇
「最初に言っとくが」
教卓の前では、セレナ先生が腕を組んでいた。
「お前らの行動は褒められたもんじゃない」
あれ? これ、俺たち怒られるパターン?
「避難指示は出した。教師もいた。なのに結果的に、お前ら五人は侵入者と戦った」
「俺中継器止めたんですけど?」
あ! ルカ、お前手柄を引き換えに自分だけ助かろうとしてるな!
「ああ、そうだな。お前は保守通路へ勝手に入った件が追加されるな」
「すみません」
うわ、切り替え早いな。
「カナメ。避難を終えた後に戻ったな」
「……じゃん」
「ツワブキは、一度気絶したあと戦線復帰……そもそも一度目の時点で死んでいなくてよかったな」
「はい」
「柊」
「……はい」
「敵がターゲットとして狙っている本人が最前線か。こういうのを、人間の世界では鴨が葱を背負って来たと言うんだよな?」
「……はい」
「アズマ」
「はい」
俺の罪状を言いかけて、先生は少し頭を抱えた。
「色々ありすぎる」
「何で俺だけまとめたんですか?」
「全部言うと面倒だ」
「そんなにあったっけ?」
「私の面倒の七割はお前なんだよ!」
うわっ! いきなり机を叩くとビックリするじゃないですか!
一通りキレたセレナ先生が、締めに大きく息を吐いた。
「ただ、全員生きてる。それはよかった」
それだけははっきりとしていた。
「教師側も今回、完全に後手に回った。選択式の妨害、同時多発的な侵入反応、魔力塔への攻撃。学院側にも問題は山ほどある」
窓の外には、まだ修理中の中央魔力塔が空に伸びていた。
「だからって、お前らが次も勝手に戦っていいって話じゃないからな。特にアズマ」
「何で俺?」
「今、『次は何すればいいかな』って顔した」
そんなに顔だけで詳しく俺が考えていることって分かるものなのかな。
「それから今回、一番痛かったのは、学院の生活基盤が魔法に依存しすぎてたことだ」
誰も反論しない。セレナ先生の一言で、職員室で作業をしている先生たちが纏っている空気が一気に淀んだ。
「以前から議論はあったが今回、笑えない形で証明されたわけだが……おいアズマ。嬉しそうな顔するな」
「してないです」
「しているんだよ。お前にとっては朗報かもしれんがな……来月から、一部の実習内容を変更する予定だ」
「変更?」
「ああ。表側――人間社会の設備を使った実習を増や……アズマ、座れ」
「まだ立ってないです!」
「立とうとしただろ」
「……はい」
でも、これはすごい。
人間社会で実習。つまり、定期的に人間世界に行けるんだ!
「具体的には交通、通信、電力、商業施設、緊急時の避難設備。その辺りを実地で学ぶ」
「先生!」
「質問は後だ」
「スマートフォンも?」
「……検討中だ」
「電車は?」
「それは乗るだろうな」
「配電盤は!?」
「施設による」
「人間の家は?」
「知らん!」
「マナト!」
なんだよ、沙耶香。
「一日一個!」
「今授業のことだから別枠じゃない?」
「何その抜け道!」
ちょっと、笑えてきた。
先生は怒っているけど、沙耶香もルカもミカも、そしてレイナも笑っていた。
舞維さんも昔、こんな感じだったんだろうか。
魔法を見て、もっと知りたいって思ったのだろうか。
◇
その夜、寮の部屋に戻った俺は、机の一番下の引き出しを開けた。
青いボールペンは、今朝ようやく俺の手元に届けられてきた。
インクはもう出ない。それでも九年間、捨てられなかったものだ。
『次に会ったら、私の知らないこと、教えてよ』
「……先にすごいもの見せられちゃったな」
舞維さんの靴、腰に付けていたあの機械、とんでもない量の魔法陣。
俺はボールペンの隣へ、自分の杖を置いた。
人間の道具と、魔法の道具。
九年前なら、俺は人間の道具にしか目が行かなかったけど、今はどっちも気になる。
二つは一緒に並んで、仲良さそうに隣り合っている。
「……次は俺の番だな」
第一章、最後までお読みいただきありがとうございました。
マナトと沙耶香の物語は、まだ続きます。
第二章でも、二人と御霊代魔法学院をよろしくお願いします。
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