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魔法学校に普通の人間が入学してきた ~紋無しと人間オタクの魔法使い~  作者: カラス
第一章 九年前に消えた一人目

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魔紋

 舞維さんの周囲に、色とりどりの魔法陣が広がった。

 火とか水とか、俺たちが知っているものだけじゃなくて、見たことのない術式まで混じっている。

 一人では絶対に勝てない。

 二人でも実際に無理だった。

 でも、今は五人もいる。


「それで、最初、どうする?」

「今から考える!」

「こんな時くらい考えておきなさいよ!」

「相談は終わった?」


 あ、舞維さんがせせら笑っている。彼女は両手を広げて、狐面の下に怪しい目を光らせた。


「なら、こっちから行くよ」


 最初に光ったのは雷。雷の魔法陣が、光と音を強く放った。


「散れ!」


 そう指示したのはレイナの声。

 俺たち全員が左右へ飛んで、雷が俺たちの間を駆け抜けていく。

 続くのは風。それを避けた先には水。そのさらに先には炎。


「やっぱり!」

「何がだ!」


 転がりながらルカが叫ぶ。


「舞維さん、俺たちが避ける場所まで先に狙ってる!」

「見れば分かる!」

「じゃあ何とかして!」

「無茶言うな!」


 俺たちが言い合っている間にも、舞維さんは次の魔法陣へ魔力を流す。さっき見た通り、一つの魔力を複数の魔法陣へ高速で振り分けている。

 人間の町では、一か所から来た電気を、照明や機械や色々な場所へ分けていた。舞維さんがやっているのも、人間の電気と同じだ。

 だったら。


「一か所にいっぱい流してる時は、他が弱くなる! レイナ! 一番強いの撃って!」


 銀色のお嬢様は、俺に何かを訴えるような目をしたけど、すぐに全身に白い雷を走らせる。


「《紫電(しでん)》!」


 室内に雷鳴が轟いて、正面から巨大な雷撃が放たれる。


「真正面から来るんだ?」


 舞維さんの前に三枚の魔法陣が重なる。

 魔法陣はそのまま障壁となり、巨大な雷と衝突、室内が白く染まっていく。


「ぐっ……」


 やっぱり、舞維さんは完全に防いでいる。

 でもさっきとは違い、レイナはずっと雷魔法を放ち続けている。そうなれば、ずっと魔法を防御に回す他ない。


「ミカ!」

「はいはい! 《暴風》!」


 今度は横から風魔法。当然、雷だって消えていない。

 舞維さんはレイナに片腕を向けたまま、そっちにも魔法陣を展開して風を防ぐ。その黒髪が大きくなびいて、一歩足がずれた。


「まだだッ!」


 レイナがさらに魔力を注ぎ込む。すると、雷魔法がより太くなり、雷が大きな叫び声を上げて、空気が震えた。


「す、すごっ……!」

「感心している場合か!」


 そうだ。こうなっている間は、舞維さんも他へ目を向けることができない。あれだけ多く広がっていた魔法陣たちも、時間を経るごとに減っていく。


「マナト!」

「何だ!」

「舞維さんの靴! 右足の補助、今止まってる! 電力か魔力か知らんけど、防御に回してる間は出力落ちてるぞ!」


 ルカ、よく気付いた! 腰の機械だけじゃなくて、靴も舞維さんの魔法と連動しているんだ。

 人間の機械だって、何でも無限に動くわけじゃない。

 電池や電源、モーター。とにかく何かしらの動力源を使っているし、それを連結させていれば、一つのところへ大量に使えば、他へ回せる分は減る。

 つまるところ、魔法も魔道具も舞維さんの機械も。全部違うようで、ちゃんと繋がっているんだ。


「ミカ! もう一回!」

「《暴風》!」


 さらに、風が暴れまわり、舞維さんの身体が左へ引っ張られている

 だけど、さっきからミカの風魔法に対しては余裕だ。


「同じ攻撃?」

「同じでいい!」


 人間の道具だってそうだ。釘を一本打つのに、毎回違う道具なんて使わない。

 効くなら、同じことを繰り返せばいいんだ。


「《水球》!」


 これも、さっきと同じだ。

 舞維さんの足元に水が弾けて水たまりが広がっていく。


「またそれ?」

「一回効いたから!」

「そういうところだけ妙に合理的だね!」

「沙耶香!」

「分かってる!」


 舞維さんの挑発は聞かない。

 沙耶香の火魔法、火矢が放たれる。


「それは効かないよ」


 火が舞維さんに接触するほんの一瞬、彼女は魔法陣を手放した。目にもとまらぬ早業で黒い短剣が、炎を真っ二つにして、もう一度障壁を張りなおす。


「もう一発!」

「《火矢》!」

「何回やっても――」


 二発目も両断して、散っていく。


「《紫電》!」


 そこへ、レイナの雷が再び閃いた。

 舞維さんは短剣を雷へ向けて防御するけど、まだ沙耶香だって火魔法が使える。

 炎、雷、風。三つの魔法を、全部一人で処理している。


「ルカ! 何か投げて!」

「雑すぎるだろ! ……ほらよ!」


 くるくると回転しながら、何かが舞維さんへ飛ぶ。


「……ドライバー?」


 舞維さんが、わずかに顔を向けて、そのまま避ける。

 でも、完全に舞維さんの視線が一瞬だけそっちに向いた。

 それでいい。

 人間の道具は、別に直接相手を殴るものだけじゃない。スイッチを押したり、歯車を回したり、レバーを倒したり、一つ別の場所を動かせば、結果が変わる。

 だったら魔法だって。


「沙耶香! 次、舞維さんじゃなくて……!」

「……分かった!」


 ありがとう。俺の指さしで、素直に意図を察してくれた。


「マナト君」


 舞維さんの視線が戻った。


「君、本当に色々考えるようになったね」

「舞維さんのおかげ!」

「それ、今はあんまり嬉しくないな!」


 最後の言葉とともに、舞維さんの魔力が跳ね上がる。

 すると、魔法陣がそれぞれの属性の力を爆発させて、水風雷を消し飛ばした。


「うわっ!」

「ぐっ!」


 一時的に魔法を止めて、たじろくミカとレイナ。

 その隙に、短剣がすさまじいスピードで迫ってきた。短剣に対して、俺は杖で応戦する。

 彼女の剣が、俺の杖とぶつかった。


「重い!」

「そりゃあ杖で受け止めるならね……!」

「《火矢》!」


 沙耶香の魔法が火を噴いた。すぐに舞維さんは、防御のためにそちらに動く。

 だけど、今だけは完全に俺には無防備だ。


「《水流(すいりゅう)》!」


 今度は、少し強めの水魔法だ。水球よりも遥かに大量の水が、舞維さんの体を押し流していく。

 だけど、それも長くはない。すぐに黒曜の軌跡とともに、魔力を込めた水が霧散していった。


「《暴風》!」

「《紫電》!」


 すかさず、二方向からの魔法が舞維さんを挟み撃ちにする。

 すぐに舞維さんの周囲に新しい障壁が現れて、風と雷を同時に受け止めた。

 この人……本当に強い。

 でも、その際彼女は右足で踏ん張った。すでに濡れているタイルの、さらに滑りやすくなっているドライバーの上で。


「!」


 また、滑った。僅か。本当に僅かだけど、姿勢が崩れた。

 今しかない。

 全速力で舞維さんに接近した俺は、全力で杖を振った。もう、魔法なんて使っている暇はない。

 俺の杖が、舞維さんの手から黒い光を放つ短剣を弾き飛ばした。


「しまっ……!」

「お姉ちゃん!」


 もう、沙耶香が舞維さんの目の前に迫っていた。

 舞維さんが短剣を戻そうとするけど、もう遅い。

 俺たちが少しずつ、舞維さんの選択肢を潰している。両腕はミカとレイナが。足場はルカが。そして得物である剣は、俺が。

 もう、彼女に沙耶香の攻撃を避ける手段はない。


「九年も……」


 固めた沙耶香の拳が、力を込めて___


「どこ行ってたのおおおおおおおおおおッ!」


 白い狐面に真正面から入った。

 ゴッと、鈍い音が響いて舞維さんの顔が大きく横へ弾かれて、白い狐面に大きな亀裂が走った。そのまま舞維さんの体は、石畳の床に突き落とされた。

 俺たち全員の動きが止まった。


「……お姉ちゃん」


 沙耶香の声に応じて、舞維さんが起き上がった。

 長い真っ黒な髪の下にあった顔は、写真の中の少女でも俺が昔会った学生でもない。


「!」


 俺は思わず、息を呑んだ。


「魔紋……?」


 彼女の顔___その右半分に、黒い魔紋みたいなものが浮かび上がって……いや、刻み込まれていたんだ。

 黒く、表皮に張り付いている紋様。まさに、魔紋としか思えない。人間にはないはずなのに___しかもそれは、魔法を発動した瞬間だけ浮かぶものではなく、黒い印そのものが皮膚へ刻み込まれているように見えた。

 同じく右目の色もおかしい。壁で出来ている影で、少し暗いのに、彼女のその目は赤く輝いていた。ただの赤い目じゃない。奇妙な魔力が内包されている瞳が、俺たちを捉えて離さない。

 だけど、どれだけ変わっていても間違いない。俺の記憶にあるあの人と。そして何より、沙耶香ととても似ている。


「お姉ちゃん」


 沙耶香が、小さな声で呼んだ。

 すると、舞維さんはほほ笑みながら頬に触れた。


「結構痛いね。本気で殴ったでしょ?」


 狐面がなくなったから、今度こそ優しそうな笑顔が見える。

 でも、それはほんの一瞬。短剣を拾い直した彼女の表情は、冷たく暗くなっていた。


「それじゃあ、今度は本気で行こうかな」


 黒と赤の目から、優しさが完全に消えた。光が失せて、その目は明らかに沙耶香の姉としての目じゃない。


「嘘だろ……まだやれるのか?」

「五人でやっと一発入れたのに!」

「ならもう一発入れるだけだ!」


 レイナが鼓舞するけど、俺たちはもうボロボロだ。

 そうしている間にも、また新しい魔法陣が次々に展開していく。


「さあ、行くよ。今度は___」

「止めましょう」


 突然、別の声が聞こえてきた。

 もう、嫌と言うほど耳に残っている声。見れば、廊下の窓に飛び乗っている大きな影がいた。


「舞維さん。名残惜しいですが、本日の演目はここまでです」

「……どうしたの?」

「いえ。何やら魔法が復活したようじゃないですか。こちらにも先生方が随分と大勢やってきましてねえ。もうマナーも何もないどんちゃん騒ぎでしたよ……この状況で妹さんを確保するのは難しいかと。きっと、この場にもすぐに雪崩れ込んできますよ?」


 舞維さんは白い面を細目で睨んでから、俺たちを……沙耶香を見つめた。

 やがて黒曜の剣が、腰の鞘にしまわれる。


「……分かった」

「賢明な判断、感謝しますよ」


 白塗りの大男は満足そうに頷いて、廊下に降りてきた。


「それでは、柊沙耶香さん。それとご学友の方々。またお会いすることになるでしょう」

「待て!」


 おいレイナ、何で退却しようとする相手に声をかけるんだよ!

 だけど、彼女は堂々と続けた。


「彼女に何の用だ!? なぜ、わざわざ妹を攫おうとするんだ!」

「この場でお答えすることは止めておきましょうか」


 カブキは肩をすくめた。


「ですが、折角我々を退けたのですから、少しぐらいは労(ねぎら)いましょうか。そうですね……人間が欲しい、とだけ言っておきましょうか」

「人間? それだったら……」


 沙耶香の目が、舞維さんに向かう。

 だけど、今の彼女は人間のままなのだろうか。顔にずっと残る魔紋があって、目の色だって赤く変色しているなんて。


「それでは舞維さん。行きましょうか」

「そうね」


 舞維さんは短く答えて、右手を壁に向けた。

 一瞬だけ出現する魔法陣。すると、まるで爆発したかのように、魔法陣はその先にある壁を吹き飛ばしていた。

 なんだ、あの魔力。舞維さんは、どこまで強大なんだろうか。


「沙耶香」


 開けた穴に一歩踏み出しながら、舞維さんは振り返った。

 さっきまで狐面に隠れていた顔は、沙耶香によく似ている。

 なのに、その右半分には黒い複雑な紋様が張り付いていて、赤く染まった瞳がこちらを映している。


「また、迎えに来るからね」

「……」


 沙耶香は何も答えなかった。

 ただ、拳を強く握り締めて___


「嫌。次も行かない」


 その返答に、舞維さんの表情が僅かに変わる。


「それに、次は、迎えに来させない」


 沙耶香は、真っ直ぐ姉を睨み返した。


「私がお姉ちゃんを止める。今度は、逃がさないから」


 しばらく二人は何も言わない。

 先に笑ったのは、舞維さんだった。


「そっか」


 嬉しいのか、寂しいのか。今の俺には分からない。

 二人は、そのやり取りを最後に、ずっと見つめ合っていた。


「舞維さん!」


 気付いたときには、俺も声をかけていた。このままだと、舞維さんと次に会えるかも分からないから、言わないといけないことがある。


「あの機械! 今度会った時、ちゃんと見せて!」

「またそれ? 敵の装備なんだけどなあ」

「だって気になる!」

「マナト!」

「それに!」


 沙耶香に怒鳴られる前に続けた。


「次は俺も、もっと面白いもの持ってくるから!」

「面白いもの?」

「人間の機械と魔法、両方使ったやつ!」


 まだ何を作るかなんて全然決まっていないし、そもそも作れるかどうかも分からない。

 だけど、今日舞維さんの戦い方を見て、初めて思った。

 人間の機械と魔法、どっちも使えば、今までにないものを作れるかもしれない。


「舞維さんのより、面白いやつ作る! 約束!」

「敵と約束するの?」


 舞維さんが笑った。今の彼女がどんなところにいようとも、その笑い方だけは、九年前と何も変わっていない。


「そっか。うん、じゃあ、楽しみにしてるよ。マナト君」

「はいはい。思い出話はそこまでにしましょうか」


 白塗りの男が舞維さんの肩を軽く叩く。


「そろそろ本当に先生方がいらっしゃいますよ?」

「分かってる」


 舞維さんが穴の向こうへ踏み出す。


「お姉ちゃん!」


 最後に沙耶香が叫んだ。舞維さんは、もう振り返らない。


「絶対、連れ戻すから!」


 ほんの一瞬、舞維さんの足が止まった。


「……やってみて」


 その一言だけを残して、二人の侵入者は、崩れた壁の向こうへ消えていった。

 追いかける者はいなかった。追いかけられる状態じゃなかった。

 俺たち五人は全員、立っているだけで精いっぱいだ。

 やがて俺は、舞維さんがいた場所へ近づいていく。

 彼女がいた場所には、まだ割れた狐面が残っていた。


「これ……」

「触るな」


 手に取ろうとしたところで、ルカに即座に止められた。


「何で?」

「証拠品だろ! 何でも拾おうとするな!」

「気になるじゃん」

「我慢しろ!」


 仕方なく手を引っ込める。

 でも、俺が本当に気になっているのは、もう狐面じゃなかった。


「沙耶香。舞維さんの顔」

「うん」


 沙耶香にも分かっている。あれは、見間違いじゃない。


「あれ……魔紋、なのかな」

「……分からない」

「でも、魔紋にしか見えなかった」


 それだけじゃない。あの赤い瞳に、尋常じゃない量の魔力。

 そして、あの白塗りの男が残した言葉。


『人間が欲しい』


 どういう意味だろう。全部、まだ何一つ繋がらない。


「次に会った時」


 沙耶香が、姉の消えた穴を睨んだまま言った。


「お姉ちゃんに全部聞く。……それで」


 彼女は、拳を見下ろした。さっき舞維さんを殴った手を。その手は、まだ赤く滲んでいた。


「今度こそ、連れて帰る」


 俺も穴の向こうを見る。

 九年前、ずっと探していた人は、生きていた。でも、見つければ終わりじゃなかった。

 むしろここからだった。

 舞維さんが九年間で何をしたのか。あの魔紋は何なのか。どうして沙耶香を狙うのか。

 そして、あの人が使っていた、人間の機械と魔法。

 魔法、か。今までは当たり前すぎて何とも思わなかったものが、今は少しだけ違って見えた。


「魔法も、結構面白いな」

「今さら遅い」

「これからだから」


 遠くから、教師たちの足音が聞こえてくる。

 まだ分からないことばかりだ。

 それでも、九年前に途切れたものが、今日もう一度、動き始めた。


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