五人なら
「ぐっ……」
痛い。熱い。冷たい。
あらゆる属性魔法の影響が、これでもかと全身に打ち付けてある。
隣では、沙耶香も俺と同じ状態だ。仰向けとうつ伏せの違いはあるけど、長い髪が大きく乱れて彼女の状態は分からない。
「痛っ……今の、まともに当たったら死ぬだろ!」
「大丈夫。当たらないところには撃ってるよ」
「さっき当てるつもりって言ってたじゃん!」
「倒すつもりなのは間違いないからね?」
舞維さんの周囲にある___火、水、風___三つの魔法陣は、まだ消えていない。
だけど、全部が同じ強さで光っているわけじゃない。
炎の光が強くなれば、水が弱くなった。そんな具合に、どれかが強くなれば、また別の魔法陣が薄くなる。
「あれ、多分全部に同時に魔力流してない!」
「今それ考えてたの!?」
舞維さんは四つの魔法陣、その全部を作っている。
でも、それを形作る彼女の魔力そのものは必要になった術式へ順番に高速で流している。
「一つ一つ、魔力を切り替えてるんだ!」
「流石。そこまで見えるんだ」
舞維さんが感心したような声を上げた。
これ、当たりかな?
「こらこら。敵に答え合わせしないの」
お、俺の分かりやすい顔も役に立つじゃないか。彼女のこの反応は、正解だ。
「電気みたいだ。舞維さん、魔力を電気みたいに振り分けてるよね?」
「……マナト君」
舞維さんは、穏やかに答えてくれた。
「九年前にそれを言われてたら、私、すごく喜んだと思う」
「正解二回目、だね。……今は?」
「今も結構嬉しいけど、それとこれは別!」
「危なっ!」
今度は雷だ。直感で避けられたけど、仮面のせいでどこを本気で狙っているのか読みづらい。
完全な劣勢だ。俺も沙耶香も舞維さんに一発もまともに当てられていない。一方こっちは、もう最初の一撃でボロボロだ。
それなのに。
「面白い……! 魔法って、こんなに色々できるんだ!」
魔法を組み合わせるだけでも、あれだけいろんなことが出来るんだ。
そんな俺に、沙耶香が顔を起こして口をあんぐりと開けている。
「十五年間使ってきて今さら!?」
「知らなかったんだから仕方ないだろ!」
「学校で勉強しなさいよ!」
「これからする!」
「ふふっ」
沙耶香と言い合っていたら、舞維さんが口元に手を当てていた。
「九年前だったら、君、今頃これしか見てなかっただろうな」
腰の機械を軽く叩く。沙耶香の攻撃を受けても、まだ動いているのだろうか。
「今でも見たいよ。めちゃくちゃ。でも、同じくらいさっきみたいな滅茶苦茶な魔法も見たい」
「欲張りだなあ」
「それに今は、何よりも沙耶香だ。舞維さんに連れて行かせない」
舞維さんの口元から笑みが消える。
「……本当に、大きくなったんだね」
「九年経ったから」
「そういう意味じゃないよ」
分からない。狐面の奥で、彼女は一体何を考えているんだろうか。
その時、壁の魔法陣が大きく揺れた。魔法陣の薄い光が、何度も消えてはまた点灯している。点滅するたびに、その色合いはだんだんと濃くなっていく。
「これって……!」
「ルカだ!」
あいつ、中継器を見つけたんだ。なら、止めてもらえれば、魔法の不自由さを解消できるはずだ!
「だったら、ルカが止めるまで――」
「時間を稼げばいい? 君、作戦を敵の前で言うの止めた方がいいよ?」
あ。またやってしまった。舞維さんも流石に呆れ果てているよ。
「今のなし!」
「だから無理だって」
「どうしよ!?」
「もうバレたなら、止まるまで粘る!」
全部の魔法が使えないわけじゃないんだから。勇ましい沙耶香に続いて、俺は杖を身構えた。
「悪くない判断だね。じゃあ中継器が止まる前に、二人とも寝てもらえばいいね」
「うわ、正論」
「感心しないで!」
その瞬間、廊下の魔法陣が全部光り出した。
消えていた魔力灯も、奥まで次々点灯していく。
「これって!」
「ルカのやつが、本当にやりやがったんだ!」
つまり、魔力の妨害が消えたんだ。俺たちの魔力も、しっかり流れている。
「やった! これなら!」
「結構早いね。けどマナト君、一つ忘れてない?」
なんだか、舞維さんの笑みってさっきから嫌な予感をさせるんだよなあ。
「あの子すごいね。もう中継器を無力化するなんて。でも、魔法が戻ったってことは」
舞維さんから、これまでとは比べ物にならないくらいの魔力が溢れ出てきた。
「私も全部使えるんだよ」
あ。
もう、腰の機械の補助なんていらない。
視界一面に広がるほど、大量の、色とりどりの魔法陣が並んでいた。
「ああ、これもうダメだ。いっそ、沙耶香を差し出してしまおうか」
「ちょっと!」
「じゃあ、宣言通り……このまま寝てもらおうかな」
「《暴風》!」
突如として、横から突風が走り抜ける。
「っ!」
この時、舞維さんの身体が初めて、大きく揺れた。
魔法を消して咄嗟に防御態勢を取った舞維さんは、大きく吹き飛ぶけど壁に向けて力強く着地、そのまま床に降り立っている。
「間に合ったじゃん!」
その声は、すぐに分かる。
廊下の向こうから、明るい笑顔でこっちに走ってくる生徒の姿があった。
「さーや!」
「ミカ!? 何で戻ってきたの!」
「全員、ちゃんと上級生に引き渡したじゃん! だから戻ってきた!」
息が切れている。それでも、杖を握ったまま戻ってきてくれたんだ。
「友達置いて自分だけ安全なところで待ってるとか、無理じゃん!」
「ミカ……」
「それに、さーや……お姉ちゃん見つけた時、教えてって言ったじゃん! だから、色々教えてもらいに来た!」
あ、沙耶香が感動で言葉を失っている。
「今日は後輩たちに沢山感心させられるなあ」
一方、舞維さんにダメージはほとんどない。腕をスナップして、首を鳴らす。
舞維さんの視線が、沙耶香とミカの間で止まった。
狐面のせいで顔は見えない。でも、彼女は少しの間固まっていた。
「だけど、それ程度じゃ、まだ……___ッ!」
突然、舞維さんは言葉を切って魔法陣を展開、雷を発射させる。
なぜ、と思ったのは一瞬。彼女の前には、巨大な雷魔法が襲い掛かってきていたんだ。
雷が室内で相殺。閃光が溢れて、一瞬視界が見えなくなる。
「私もまだまだだな」
その声に、この場にいた誰もが驚く。
あっさりと舞維さんにやられたレイナの声だった。
頭を押さえて、体もふらついている。けど、目には雷光のような光が宿っていた。
「私の全力を、そんな咄嗟の雷魔法に相殺されるとはな」
「いや、君充分にすごいと思うけど……結構早いね。もう起きたの?」
舞維さんが素直に称賛している。
レイナは手に残った電気の残滓を振り払って、肩で呼吸する。
「誰が寝ていろと言った……」
「私だけど?」
「お前に命令された覚えはない!」
激昂とともに、激しい雷が、レイナの全身を走る。
この雷光に晒されて、初めて舞維さんの仮面の下表情が見えた気がした。
「なるほどな。沙耶香。お前の姉は、明らかに私より強い。だが、私はツワブキだ……一度倒された程度で、同級生を置いて寝ていられるか!」
「君みたいな人が名家の当主だったら、この世界もいいものだったんだろうね」
舞維さんが、静かに呟いた。
彼女が身構えると、レイナにも改めて緊張が走る。
「分かっているな……一人ずつでは、誰も勝てん。ならば」
レイナが、杖を構えた。
「全員でやるだけだ!」
「それ、めっちゃ主人公っぽいじゃん!」
「茶化すな!」
だけど、それしかない。しかも、俺たち三人とレイナで、舞維さんを挟み撃ちにしている。
「お姉ちゃん。五対一になったけど、どうするの?」
「四対一じゃない? 一人は機械と戦っているんでしょ?」
「細かい!」
「誰が機械と戦ってるって!?」
さらに新しい声が聞こえてきた。
前置きなく、壁のタイルのうち一枚が剥がれる。タイルに紛れた点検口から、埃まみれの男子学生が転がり出た。
「ルカ! 遅いぞ!」
「中継器止めたんだからいいだろ! 結構大変だったんだよ! それとマナト! お前の読み当たってたぞ!」
「何が?」
「中身、人間の制御基板と魔道具の二重構造だった! 電気で切り替えて、妨害そのものは魔法側でやってる! だから魔力がダメな状況でも、持続できていたんだ」
「あんまり人が苦労して作ったものを勝手に分解しないでくれる?」
舞維さんの声が少し低くなる。
「あれ作るの大変だったんだよ?」
「侵入者が学院に置いてった物に所有権主張すんな!」
と、とにかく、これで五人だ。
舞維さんは俺たちを一人ずつ見渡して、しばらくしてから言った。
「沙耶香……本当に、友達、いっぱいできたね」
「うん。だからって連れて行かれる気ないから」
「だろうね。じゃあ___」
狐面の目元に、少しだけ優しそうな光が見えた。だけどそれは、すぐに消えて。
「来なさい。君たち全員、すぐに眠ってもらうから」




