また、魔法が消えた
「《水球》!」
俺の前を飛んでいった水の塊が訓練用の標的に命中すると、青い水が派手に弾けた。
「よし!」
「よし、じゃない。威力が強すぎる」
ルカがげんなりしながら、俺たちのところに戻ってきた。
今、俺たち一年生は屋外の実技場で簡単な攻撃魔法を練習している。
数日前まで学院中の魔法が止まり、中央魔力塔が爆発し、変な白塗りの大男が暴れていたとは思えないくらい平和だ。
いや、平和に見えるのは外見だけか。
視線を上げれば、実技場の外には教師が二人増えている。
校舎の屋上にも、箒に乗った人影があちこちに行き来している。
中央魔力塔はまだ足場に囲まれたままで、修理用の魔法陣が絶えず明滅していた。
正門の保安部員も、以前の倍以上。
俺たちに見えるところだけでもこれだ。多分、俺たちに見えない範囲だと、学院の中は前とは全然違うかもしれない。
「マナト、次あんたよ」
「え? もう?」
沙耶香に言われて、俺は的へ杖を構えた。
最近少しだけ。魔法を見る目が変わってきた。
前までは、言われた通り術式を作って、魔力を流して、出ればそれでいいと思っていた。
でも今は。魔力がどこを通って、どういう順番で術式が動いて、どの部分で魔法に変わるのかを考えるようになっている。
人間の機械を見る時と同じだ。
「……ここを先に作ったら、どうなるんだろ」
「アズマ」
「はい?」
「さっきから何を弄っている」
セレナ先生に見つかった。
彼女の目は、俺の手元……俺の魔紋と、それが紡いでいる魔法陣を見つめていた。
「あ、これは……ちょっと術式の順番を」
「今は教本通りやれ」
「でも、ここの順番を逆にしたら早く――」
「暴発したいなら私の面倒にならないところでやれ」
この人、面倒嫌う割には面倒を持ち込む俺にすごい絡んでくるなあ。
「マナッちって、最近魔法まで弄り始めたじゃん。この前の人間世界で、人間の機械は満足しちゃった?」
後ろでミカが笑っている。
別にそこまでじゃない。ただ、魔法のことも色々気になり始めただけだ。
だけど、俺はそう反論することなく、言われた通りの魔法陣を描いて、水を発射。
「お前も威力が高すぎる!」
……沙耶香に教えたとはいえ、コントロールって結構難しいな。
◇
休憩時間、実技場の端で水を飲みながら、俺は中央魔力塔を見ていた。
「まだ直らないのかな。外観はあっという間に直ったのに」
「ド派手に壊されたからな」
ルカが答える。
「内部の完全復旧はまだ先らしいぞ。今は予備系統で学院の大半を動かしてるって」
「へえ……前はそれも動かなかったんじゃなかったか?」
「前の事件の後に強化したらしい」
「へえ……人間の電気みたいだな」
耳を済ませれば、塔から絶え間なく作業をしている音が響いてくる。魔法の世界に身を染めていると、こういう細かい手作業をすることは少ない。ちょっと新鮮だ。
「一つ止まっても、別から動かすところがさ」
「まあ、似てなくもないけど」
「だったら、この前みたいに全部止められることはもうないのかな」
「そう簡単にはいかないだろ」
「……ねえ」
これは、ミカ。
「あの箒乗ってる先生、さっきからこれで三周目じゃん」
「そりゃあ、警戒しているんだろ」
「……酔わないのかな?」
「そっち!?」
一方、沙耶香も、俺たちの話に聞き耳を立てている。
中央魔力塔を見上げながら、ため息をついた。
「沙耶香、どうした?」
「別に……ちょっとね」
「舞維さんのこと?」
「……何で分かるのよ」
「最近分かるようになってきた。お前も結構顔に出やすいからな」
「マナトの同類みたいで嫌」
そう言って沙耶香は、またため息をついた。
「お姉ちゃん、ここにいた時もあの塔見てたのかなって思っただけ」
「ああ……そりゃあ、何年かはいたんだから、そうだろうな」
「そう……同じところにいたのに、今度は外から壊す側にいるかもしれない」
かもしれない。
まだそこは決まっていないけど、そう考えるだけの材料は日に日に増えている。
だけど、この事件にかかわる中で何度も俺は実感した。
「本人に聞くまでは、何も分かんない。だろ?」
「……そうね」
沙耶香が頷いた。
その時、小さな音が、空気を揺らした。
「……?」
実技場の端で、魔力灯が一つ消えた。
「あれ、球切れ?」
「魔力灯に球なんてねえだろ」
それを見たルカとミカがそう言い合っている。
直後、もう一つの魔力灯が消える。
次々に、実技場を囲む魔力灯が端から順番に落ちていく。
「全員、術式を止めろ!」
瞬間、セレナ先生の顔からいつもの気だるさが消えた。
「え?」
「いいから止めろ!」
生徒たちが、一斉に魔法を解除する。俺も、手の中に集めていた魔力を消した。
その瞬間、校舎の足元から地面が揺れた。
「な、何だ……!? また……!」
そして、予想は当たった。
研究棟の方から、黒い煙がもくもくと昇っていたんだ。
「また爆発!?」
誰かが叫んだ。
今度は正門方向からも、鈍い音が響く。
「また……?」
沙耶香が真っ青になっている。
でも、まだ終わらない。遠くから、立て続けに爆発音が響いて、学院全体から悲鳴が上がり始める。
「全生徒、実技場中央へ集まれ!」
「教師は外周警戒! 勝手に持ち場を離れるな!」
これは、知らない先生の声。あちこちで警戒をしていた教師たちが、すぐに動き出す。
一人が通信術式を展開した。
「管理保安部、応答願う! こちら第一実技――」
途中、魔法陣が消えた。
まるで魔法など存在しなかったかのように、魔法陣もその空間には消滅、魔紋も完全に沈黙している。
「これって……!?」
俺は、杖をかざす。魔力はあるし、体内に魔紋も問題なくある。
「《灯火》」
だけど、何も出ない。魔法も、魔法陣も。
「……この前と同じ」
「違う」
沙耶香の呟きを、ルカが否定した。
「何が?」
「見ろ、塔は生きてる」
ルカが指さす方を見れば、確かに魔力塔からは魔力の淡い緑色の光が溢れ出て、その役割を果たしているように見える。
じゃあ、何で使えなくなっているんだろうか。
「魔法が使えるぞ!」
「え?」
その声は、校舎の方からだ。生徒のうち何人かが、校舎側に移動して、魔力を試していたみたいだ。確かに、その杖にはほのかな魔法陣の光が見える。
「今回は、範囲が細かく分かれてるのか?」
俺の言葉にルカが目を見開いた。
「前と違う……!」
前回は学院全部がほぼ一度に止まった。
だけど今回は、この競技場や爆発した研究棟と正門だけ。
「もしかして、区画ごとに止めてる?」
「何でそんな――」
……いや、もしかして。
正門、研究棟で爆発すれば、あちこちに散らばっている教師や警備員が、対応するために現場に向かっていく。生徒たちだって、少なくともその場からまとまって移動するだろう。
「学院の戦力分散が目的なんじゃ……!」
「正門が突破されました! 侵入者、確認できただけで六名!」
「六名?」
「ですが研究棟、西棟でも同時に侵入反応! 数が合いません!」
どこから聞こえてきたんだろう。対応に追われている警備員が、俺たち生徒の前にもかかわらず、大声で報告してしまったみたいだ。
途端に、競技場の空気が凍り付く。
そして、理解した。今回のこれは、魔法を止めるためだけじゃない。
「侵入するため……」
そう沙耶香が呟いた。それを皮切りにしたかのように、セレナ先生が怒鳴った。
「全員、避難しろ! 一年は西避難区画へ! 走れ!」
生徒たちが、一斉に動き出す。
俺たちも、その流れに従いながら校舎へ向かう。
でも。
「待て!」
そう叫んだのは、レイナだ。
彼女は校舎の屋根を指差しながら、言った。
「あれは……何だ?」
俺たちも彼女の指の先を目で追った。
そして、唸った。
「アイツは……!」
白い顔と黒い服。今この場にいる誰よりも長身の印象を抱かせる男性。
「この前の歌舞伎の人!」
「おやおや、分かりやすく言い表してくれて話が早いですねえ」
大男は大きな声で言って、ジャンプ。
やはりというべきか、彼はそのまま、何回もある屋上から当たり前のように地上に着地した。彼の足元の石畳は、その衝撃に耐えられずに大きなヒビが入っている。
やっぱりあの身体能力、おかしいだろ。
「先日はどうもお世話になりました。あのインカムはお役に立ちましたか?」
「やっぱりあいつ! また来たのか……!?」
「誰あの派手なおじさん!? さーや、知り合いなの?」
「知り合いじゃない!」
「いやあ、前回は途中で終わってしまいましたからね……」
白塗りの顔が、大きく歪んだ。
「もう一度、楽しみましょうよ。柊沙耶香さん」
「生徒から離れろ。賊が」
だけど、前回との大きな違いは、この場に先生がいるということ。
ローブの裾を払い、セレナ先生がカブキの前に立ちはだかった。
「初めまして、だよな? この前来た実行犯については聞いていたが、ここまでおかしな面構えとは思わなかった」
「歌舞伎、というものらしいですよ? わたしも詳しくは知りませんが、この外見は気に入っています」
「馬鹿を抜かせ。どちらにしろ、今のお前は侵入者だ」
先生の手が杖に伸びる。
でも、この場所は今、魔法は使えないはずだ。
「先生……」
「言った通りだ。避難しろ」
「でも……」
「行け。こいつは私がやる」
やるっていっても、先生今魔法が使えないはずなのに。
先生もそれを理解しているみたいで、杖をローブの中へ戻した。
「いかんな。今の状況、杖はただの役立たずだったな……なら」
代わりに腰から、短い金属棒を抜き取った。
丁度、目の前の敵が得物にしているものよりも少し短いくらいの金属棒が。
「おお、まさか魔法以外の戦力を備えていたとは驚きました。ですが、そんな玩具でどこまでやれますかねえ?」
「ふん。教師が魔法しか使えないと思ったか? 面倒は嫌いなんでな。すぐに片付けてやる」
セレナ先生は吐き捨てた。
一方、大男はギロリとした目で、セレナ先生からターゲットである沙耶香を睨む。
「いいでしょう。もっとも、あなた方が普段どれだけ魔法に頼っているかは知っています。あなたを排除したのち、ゆっくりと柊沙耶香を攫うことにしましょう」
「誰が渡すか」
遠くに、繰り返し爆発音が響いた。
そして、爆発が続くたびに、魔法が消えていった。
俺たちが逃げるときに最後に見たのは、先生が大男に向かっていく光景だった。




