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魔法学校に普通の人間が入学してきた ~紋無しと人間オタクの魔法使い~  作者: カラス
第一章 九年前に消えた一人目

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魔法がなくても困らない世界

 翌朝、俺は自分の机の上を眺めていた。

 懐中電灯に古い携帯電話、乾電池。

 昨日までなら、見ているだけで楽しくなる人間の道具たち。

 もちろん今も楽しい。

 でも、昨日までとは少しだけ見え方が違っていた。


「……これ」


 懐中電灯を手に取って、スイッチを押す。

 白い光が、机の上を照らしていく。もちろん魔力は使っていない。

 術式も、魔紋も、杖も必要ない。

 学院中の魔法が止まった時、魔法灯は全部消えたあの時も、こいつだけは点いていた。

 もちろん、電池が切れれば使えない。

 昨日沙耶香も、人間の世界だって、電気が止まれば困ると教えてくれたけど。


『それでも、一つに全部依存していない……だろ?』


 魔法が止まれば、電気。

 電気が止まれば、魔法。

 もし、両方あったら。


「……面白そう」

「朝っぱらから何一人で笑ってんだよ」

「うわっ!」


 突然後ろから声をかけられた。

 振り返ると、開けっ放しの扉からルカが顔を出していた。


「ノックしろよ!」

「したぜ」

「聞こえなかった」

「じゃあ意味ねえだろ。お前の問題だ」

「ったく……で、何の用?」

「朝飯だ。行くぞ」

「あ、もうそんな時間?」


 時計には、確かに朝食の時間が刻まれていた。

 やべ、まだ全然準備してない。

 急いで着替えていると、ルカが勝手に部屋に入ってきていた。


「お前、またそのガラクタ見てたのか?」

「ガラクタじゃない」


 ローブを羽織りながら、俺は懐中電灯を掲げた。


「これさ。魔法が止まった時でも使えたんだよな」

「そりゃ電池で動いてるからな」

「じゃあ逆に、電気が止まった時は魔法使えばいい」

「……お前、また何か作る気か?」


 ルカの目が細くなる。


「まだ考えてるだけだけどな。両方で動くものとかあったら、結構いいんじゃないか?」

「両方というと……?」

「普段は魔力。魔法が止まったら電気。逆でもいい」


 ルカはしばらく黙っていた。

 そして。「……面白えな」と口元をゆがめた。


「だろ?」

「でも先に飯だ。このまま行くと、遅刻するぞ」


 それもそうだな。……仕方ない。

 懐中電灯を机に置いて、その隣の杖に手を伸ばす。

 魔法の道具と人間の道具。

 並べてみると、何だかすごくしっくりきた。


     ◇


「マナッち、今日なんか眠そうじゃん」

「朝から考え事してた」

「また人間の? もう昨日あれだけ見たのに?」

「見たからだよ!」


 朝食中、俺の正面で、ミカがパン口に入れている。

 その隣で、沙耶香はさっきからほとんど喋っていなかった。


「沙耶香」

「……何?」

「眠い?」

「別に」

「昨日のこと?」

「……」


 返事がない。顔をそらしているし、どうやら正解らしい。


「マナト。そういうの、本人が言いたくない時に聞かないものじゃん」


 ……怒るなら、せめてそのパンをちぎる手を止めたらどうなんだ。


「別にいいけどね。……考えていたのは本当だから」


 沙耶香は小さく笑って、スープに口をつけた。


「お姉ちゃん、一体何してたんだろうね……」


 スープを一気に飲み干した沙耶香は、深呼吸しながら言った。

 九年前にも魔法停止事件の中心には舞維さんの研究室。

 この上ない状況で、舞維さんは疑われた。

 でも本人は、自分じゃないと言った。

 そして三日後、学院から消えた。


「柊」


 突然。頭の上から声が落ちてきた。

「ひゃっ!」


 沙耶香が肩を跳ねさせる。

 セレナ先生、いつの間に来たんだ。

 なんだか、一周回ってこの際どい服装でいるのが久しぶりに感じてきた。ここのところずっと真面目な衣装だったからなあ。


「あと、アズマとヤザワも。放課後、私のところへ来い」

「また?」


 ルカが口を尖らせた。すると、セレナ先生が「面倒だな」と肩を鳴らす。


「お前は別に嫌なら来なくてもいいぞ」

「じゃあ――」

「ただし重要な話を聞けなくなるがな」

「行きます」

「即答か」

「何か分かったんですか?」


 と、沙耶香が立ち上がりかける。

 だけど、先生は「放課後」の一点張りだった。


「今じゃ駄目ですか?」

「食堂でする話ではない。それにこれから授業だ」

「……はい」

「あと」


 先生はギロリと俺を一瞥した。


「勝手に調べに行くなよ」

「行ってません」

「昨日だけで信用を取り戻せたと思うな」

「いつになったら戻るんですか?」

「卒業する頃だな」

「長い!」


 七年じゃん! もう少しで舞維さんの失踪と同じくらい時間かかっちゃうよ!


     ◇


 放課後、俺、沙耶香、ルカの三人は言われた通り、職員室の奥___すっかり管理官の部屋ってイメージが定着した部屋___に集まっていた。


「教授は?」


 今回、教授の姿はない。舞維さんに関しては、あの人が一番知っていると思うんだけどな。


「クドウと九年前の資料を洗ってる。私だけじゃ不満か?」

「いや、別に」

「なら座れ」


 三人並んで座る。

 セレナ先生は、机にもたれた。

 いつもならもっと適当そうにしているのに、今日は少しだけ難しい顔をしている。

 真面目な話なのに、今日は際どい服装なんだな。……この人、どんなタイミングで衣装変えているんだろうか。


「昨日、お前たちが帰ったあとでな、昔のことを思い出してな」

「……お姉ちゃんのこと?」


 沙耶香に対して、先生は頷いた。


「ああ。昔、妙なことを言っていたんだ」

「妙なこと?」

「ああ。あいつがまだ学院にいた頃だ」


 セレナ先生が、窓の外を見る。


「当時、私はまだ教師になったばかりだった」

「新米教師?」


 その時から、今みたいなすんごい服装をしていたんだろうか。


「……マナト、お前喧嘩売ってるのか?」

「違います。てか、何も言っていません」

「顔に書いてある。黙って聞け」

「はい」


 だけど、俺そこまで顔分かりやすいのかな。ここまで率直に怒られると、正直凹む。

 一度黙った後、「ある日の夜だった」と先生は始めた。


「舞維の研究室の魔法灯が壊れててな。あいつ、人間の懐中電灯だけで作業してたんだ」

「お姉ちゃんが?」

「ああ。私が『魔法を使えばいいだろ』って言ったら、笑ってたよ」


 セレナ先生は、少しだけ懐かしそうに目を細めた。


「その時に言ったんだ。『いつか、魔法がなくても困らない世界にしたい』って」

「……魔法が、なくても?」

「ああ。だから私も聞いた。『魔法が嫌いなのか』ってな」

「お姉ちゃんは?」

「『逆ですよ。私、魔法大好きですよ』って笑ってた」

「……」


 沙耶香の顔が少しだけ緩んだ。


「『だから、魔法がなくなっただけで何もできなくなるのが嫌なんです』だと」


 その言葉、数日前だったら多分、俺にはよく分からなかった。

 でも今なら。


「魔法が止まったら電気使えばいい……電気止まったら魔法使えばいい」


 丁度、俺も似たようなことを想像していた。

 だとしたら。


「舞維さんが言ってたのって……」


 魔法を消すことじゃなくて。


「どっちかしかないのが嫌だった?」

「私はそう受け取った……少なくとも当時の柊舞維はな」


 当時。その言葉だけが、妙に引っかかった。


「当時はって……今は?」


 沙耶香はそう言いかけて、自分ではっとする。


「今もお姉ちゃんが同じこと考えてる保証はない……そういうことですよね」

「ああ。ない」

「……ですよね」


 沙耶香はどこか寂しそうに笑った。

 セレナは続ける。


「彼女が行方不明になってから九年だ。それだけあれば、誰だって考え方くらい変わる。魔法使いだろうが、人間だろうがな」

「……先生も?」

「ああ。昔より面倒事を嫌うようになった」

「え? そ、そこですか?」

「大事だぞ。……だが」


 先生が大きく息を吸い込んだ。


「だから、私は舞維を庇うつもりもない」


 沙耶香が息を呑む。


「今の舞維がどこで何をしているのか、私は知らない」

「……」

「この学院を襲った不審者と繋がっている理由も。今回の事件にどこまで関わっているのかも」

「……はい」

「昔いい奴だったから、今も絶対にいい奴だ、なんて理屈は通らない。この学院の生徒だったからといって、あの大男と区別することはできない」


 沙耶香が壊れた人形のように頷きを繰り返している。

 分かっているんだろう。そして、受け入れようとしているんだろう。

 だけど、このまま先生の言葉を受け続けていたら、壊れてしまうような気もした。


「ただし……不審者と通信していた。昔似た研究をしていた。だから全部舞維がやったと決めつけるつもりもない」


 その言葉に、沙耶香は顔を上げた。

 だけど、セレナ先生は沙耶香の視線にはとりわけ応えることなく、俺を見た。


「アズマ。お前は特に気をつけろ」

「え? 何で俺?」

「舞維本人に思い入れがある」

「いや、それなら沙耶香の方が……」

「柊は自覚してる。姉だからな。だがお前は、自分がどれだけ舞維の影響を受けてるか自覚が薄い」

「俺が?」

「ああ。人間の道具を集め始めたきっかけも、昨日思い出した約束も、舞維だろ? だから気をつけろ。『自分の知っている舞維なら、そんなことはしない』って言い出したら、見えるものまで見えなくなる」

「……」


 何も言えない。

 本当に、そうなのだろうか。

 舞維さんは、俺に対して……当時だと、半分以下の年齢の俺に対して、どう思っていたんだろうか。


「それで、もう一つ」


 セレナ先生が机から一枚の紙を取り出した。


「教授が九年前の保管記録を調べ直して、気づいたんだが、当時の研究記録、資料番号に対応する資料がいくつか紛失している」

「資料……それって、舞維さんが持っていったのか?」


 ルカの反応に、セレナ先生は頷いた。


「当時はそう結論付けられたが、実際のところは分からん。本人が持っていったのかもしれない。事件前に処分したのかもしれない。あるいは……」

「他の誰かが持っていった」


 俺が先生の言葉を引き継いだ。

 その考えがあっているとばかりに、先生は頷いた。


「なら、今回の装置を作った奴が、その資料持ってた可能性もあるのか?」


 今度はルカが身を乗り出した。


「九年間も、ずっと舞維さんの研究をしていた可能性も……?」

「ヤザワ。お前も話を繋げすぎだ」

「……」


 その言葉で、ルカは静止した。


「だが、舞維の研究に関連した技術が今回使われていた。教授の言う通り、九年前より進歩したものがな。だが、今分かっているのは、そこまでだ」


 そう。全てを知っているのは、舞維さん本人と、あの怪人だけだ。


「でも……もし舞維さんが本当に『魔法がなくても困らない世界』にしたかったなら……」


 そう。セレナ先生の言う通りだとして、どうしても分からないことがある。


「学院の魔法を全部止めるのって、おかしくない?」


 多分、この場にいる全員がどこかで考えていたんだろうな。

 だけど、全員が俺にその先を言わせようと沈黙を貫いていた。


「……魔法がなくても困らないようにするなら、人間の機械を増やすとか、魔法と人間の技術を両方使えるようにするとか……魔法そのものを使えなくする必要、ないよな?」

「だからそれを……」


 沙耶香が、俺の言葉を遮った。


「本人……お姉ちゃんに聞かなきゃいけないんでしょ。だって……今のお姉ちゃんが何考えてるか、私たち誰も知らないんだから」


 そう言って、沙耶香は自分の膝の上で拳を握った。


「昔のお姉ちゃんの言葉だけで、今のお姉ちゃんを勝手に決めたくない」

「うん」

「悪いことしてるなら怒るし、何でいなくなったのかとか、九年間何してたのかとか、何であの歌舞伎みたいな人と一緒にいるのかとか、それから……それから……」


 沙耶香の言葉が途中で少しだけ止まる。

 そして。


「今も、本当に魔法が好きなのか」


 その言葉に、改めて誰もが口を閉ざしていた。


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